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あの頃の君の物語

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地球で過ごした日々〜エールヴァント・フォルケン〜

「悪いねえ、エルヴァ」
「大丈夫だって、おばあちゃまはゆっくり寝ていて」
 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は洗い物をしながら、隣の部屋の祖母に優しい笑顔を向けた。
 ドイツ・フランクフルト近郊の街。
 そこにエールヴァントの家はあった。
 父・クラウスは勤め先の都合で海外赴任が多く、あまり家にいないが、母・ジェシカは自宅の隣で小さなセレクトショップを開いていた。
 母の店は近所の人に人気があり、お店はいつも賑やかな声に包まれていた。
「何か手伝うことはあるかい?」
「平気だよ。それより動いちゃダメだよ。また入院することになったら大変だからね」
 ずっとフォルケン家の家事全般を引き受けていた祖母のフレデリカは、去年、腰を痛め、一度、入院した。
 大したことはなかったのだが、医者には腰を痛めることはしちゃダメと言われており、それ以降、エールヴァントが率先して祖母の代わりに家事をするようになった。
「エルヴァにばっかりすまないね」
 孫が可愛いフレデリカはしきりに心配するが、エールヴァントはそんなに家事が嫌ではなかった。
 最初は買ってきたヴルストとホワイトアスパラを茹でるだけくらいだったが、少し凝った物もできるようになった。
 しかし、ただ、それだけを口にしても祖母がまた心配しそうなので、エールヴァントはちょっと茶目っ気を交えて言った。
「いいんだよ。だって、お母さんに任せたら心配だし」
「ふふふ」
 エールヴァントの言葉に祖母が笑う。
 それを見て、エールヴァントはホッとし、祖母にさらにこう言った。
「夏になったら、こちらに遊びに来なさいってお父さんが手紙くれてたからさ。おばあちゃまも一緒に行こうよ。それまでにしっかり腰を治しておいてね」
「そうかい、それもそうだねぇ」
 祖母は納得し、軽い眠りについた。


「ちょっと、このアイスバインおいしいじゃない」
 店から家に帰ってきた母はエールヴァントの料理を褒め称えた。
「おばあちゃまに教えてもらったんだよ」
 料理をしながら、エールヴァントは祖母にコツを聞いた。
 アイスバインは煮込み具合によって、おいしさにかなりの差が出る料理なので、祖母は丁寧に教え、エールヴァントもその教えを守って丁寧に作った。
「良く出来てるよ」
 祖母もそう褒めてくれた。
 食事が終わると、母は満足そうに笑顔を浮かべながら、エールヴァントに尋ねた。
「あなた、ギムナジウムに行くんでしょう?」
「なんで?」
 決定事項のように言う母に逆にエールヴァントは質問する。
「だって職人ってタイプじゃないし」
「え〜」
 母の言うとおり、ギムナジウムへの進学を考えていたエールヴァントだが、そう言いきられてしまうと悩んでしまう。
「でもほら、お父さんだって学者肌じゃない。僕だってもしかしたら……」
「あなたはそこはお父さんには似てないわ。見た目は似てるけどね」
 母の言葉にエールヴァントは自分の金色の髪に触れる。
 母は栗色の髪と瞳をしているので、エールヴァントの金髪碧眼は父譲りだ。
「あなたもこうやって料理するとかまめで、お父さんもメール連絡とかまめだけど……あら、こう考えると似てるかしら?」
 似てないといったそばから似ているという母を見て、エールヴァントは笑ってしまった。
 結局、エールヴァントはギムナジウムを選んだが、家での家事が心配で、一人暮らしをするのは大学に入ってからとなる。


 大学に入ったエールヴァントは家を出て一人暮らしをした。
 その頃には祖母は天国に旅立っており、悲しいけれど、家事の心配はなくなってしまった。
「それじゃ、お母さんによく散歩してもらうんだよ」
 ペットのミニチュアダックスフント・ポルテにそう声をかけて、エールヴァントは家を出た。
 一人暮らし、と書いたが、実際には大学の友達とルームシェアだった。
 大学の友達は同じくドイツ系で、エールヴァントを快く迎えてくれた。
「どうぞよろしくね!」
 二人は気が合い、仲良くしたが……。
 その友達はずぼらだった。
「もう、ちゃんとした物食べなきゃダメだよ」
 エールヴァントは自分が作った物を分け与えていたが、1人分を二人で分けると足りなくなった。
 仕方なく2人分作ろうとすると、悪いと思ったのか、友達が2人分の材料を買ってきてくれた。
 掃除をしていると、友達はスポンジとか洗剤を買って来てくれた。
 気付くと……奇妙な分業が出来ていた。
「……ま、いいか……」
 食事の用意も共用スペースの管理や掃除もエールヴァントの担当になっていたが、嫌いではなかったので、気に止めないことにした。
 そんなエールヴァントに転機が訪れる。
「教導……団?」
 パラミタにある学校の話をルームメイトに聞き、エールヴァントは眼をパチクリさせた。
「エルヴァは色んな事知るの好きだろう? それならうってつけの学校だと思うんだよ」
 友達はエールヴァントに教導団がどんなところか聞かせた。
 中国のエリート軍人が作った学校であること。
 軍人養成の学校であること。
 学校であると同時に警備、警察、防衛などの任務を請け負う所であること。
 それらの話を聞いていたエールヴァントだが、正直、
『珍しい世界の珍しい学校の話』
 くらいにしか思ってなかった。
 しかし、友人は最後に驚くべき事を言った。
「エルヴァ、ここの情報科に入ってみないか?」
「情報科?」
 それってなんだっけ? とエールヴァントは首を傾げた。
 情報通信科とかそういうことを考えたが、友達の口ぶりからするに、そういう通信や連絡を担当する科とはちょっと違う気がした。
「……スパイ、みたいな?」
「別にスパイだけじゃないよ。エルヴァ、地理とか言語得意だろ?」
「あ、う、うん……」
 それが何と結びつくのかと思ったエールヴァントだったが、それは情報科として必要な技術だと言われた。
「どうだ、やってみないか?」
 友人の薦めに悩んだエールヴァントだったが、結局、大学以後にやりたいことが思いつかなかったので、エールヴァントはその話に載った。
 なぜ、その時に自分に声がかかったのか……。
 エールヴァントはその理由を、その後、パラミタで知ることになる。