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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

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終章


 騒動は、終わった。
 研究所も平穏を取り戻し、カルマは再び微睡みについた。
 協力者には、ルドルフとジェイダスが感謝を示し、その労をねぎらった。
 オペラハウスの内部は、やはり修復がかなり必要なようだが。
「修繕の請求費などというくだらないものを、私がするわけないだろう」
 ……というジェイダスの一言で話はついた。


 フルートの処遇についてだが。
 ジェイダスの力もあり、後日、三姉妹はタシガン屋敷の一室にやってきた。その手に、フルートを持って。
 その場に出席したのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)と、叶 白竜(よう・ぱいろん)。そして、ジェイダスとルドルフの四名だった。
「今回の件については、生徒たちから報告を受けているよ。……君たちが、フルートを鎮めてくれたということも。感謝する」
 ルドルフはそう三姉妹にきりだした。
「……ですが、第二のレモのような被害者を出さないためにも、笛が誰から贈られたものなのか、所有者の確認と今後はどう保管されるべきか話し合う必要があります」
 あくまで実直に、誠実に、白竜はそう述べる。
「所有権についてだが、……あれは今のところ、レモのものであるという認識でいいんだな?」
 ジェイダスが確認すると、白竜は頷いた。
「ならば、私はあの子から、フルートについての全権を委譲されている。その上で、所有権を彼女らに譲ることを宣言しよう」
「感謝いたしますわ、ジェイダス様」
 トレーネが、深々とお辞儀をする。シェリエがそれに倣い、パフュームも一拍遅れて、ひょこっと頭を下げた。
「今後は、ワタシたちの手元で、厳重に保管をすることを約束するわ。このような悲劇を、繰り返さないように」
 シェリエがはっきりと宣言した。
「あの笛の因縁は……いずれ、おまえたちが片をつけることなのだろうな」
 ジェイダスが、ぽつりと呟き、そして、目を細めた。


 そうして。
 ただ、終わっていないのは、一人。
「…………」
 数日の静養を終えて、レモは薔薇の学舎に戻った。
 ほどんどの魔力と体力を吸い尽くされ、しばらくは立って歩くことすらおぼつかない状態だったのだが、今はそれなりに回復してきている。
 とはいえ、自分がしてしまったことに対して、少年が悔恨にさいなまれているのもまた、事実だった。

「どうぞ」
 喫茶室「彩々」の片隅。
 初夏のこの季節、店内は薄緑と白、そして青を基調とした、爽やかな色に統一されている。
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がすすめたのは、この喫茶室の名物の一つ、四季の大福だ。と、いっても、今日は特別に『秋』のイメージの『黄』のものだ。梔子で色をつけた皮で鶯豆とマンゴーで作ったマンゴー餡を包んでいて、以前、レモが一番好きだと言っていたものだった。
「ありがとう、ございます」
 レモはぺこりと頭を下げる。
「どういたしまして」
 弥十郎は微笑むが、やはり、レモの表情が優れないことは気になった。それは、レモをこの喫茶室へと誘った、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と、山南 桂(やまなみ・けい)にとっても、同じだ。
「今回は、災難でしたが、自分のせいと思いこんだら駄目ですよ?」
 翡翠は言葉を選びながら、優しくレモへと語りかける。
「皆、心配していましたが、あなたが無事で良かったと思って、気にしてませんよ? 早く皆に笑顔見せられるように、元気出して下さいね? ……あ〜、慣れて無いので、気の効いたアドバイス言えませんけど……」
「心配させたと思ったら、後でその分、強くなれば、良いのです。ただ、焦らないように」
 翡翠の言葉をついで、桂が言う。
「八雲が言ってたけどね。あのフルートは……存在そのものが、魔のものだって」
 そう、弥十郎が口を挟む。「魔……ですか?」と翡翠は小首をかしげた。
「そう。なにかが取り憑いてるとかなのかと、八雲は思ってたらしいけど……実際、【見】たら、そういうものじゃなかったみたいだねぇ。もっと特殊な、あえていうなら、魔、っていうことかなぁ。だからね、本当に、レモ君のせいじゃないんだよ」
「…………」
 レモは答えない。
 わかってはいるのだ。
 皆の気持ちも、励ましの言葉も。ずっと聞いていた。だから、抗えた。
 ただ、それへの感謝が大きすぎて、今のレモは、どうしていいのかわからない。
 一体なにをすれば、それだけの感謝を伝えられるのだろう。
「なんだ、まだしょげてんのか」
 そう声をかけてきたのは、喫茶室にやってきたザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)だった。レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)と二人、リア・レオニス(りあ・れおにす)と待ち合わせらしい。
「レモ、ちょっと立ってみろよ」
 そう言うなり、ザインはレモの肩を抱くと、ぐいと席から立ち上がらせる。
「は、はい」
「お前も男だろ。付いてるモンにも自分にも自信持て! まずはここに力入れな」
「えっ!?」
 がっとザインの手が伸び、レモの股間をぐいと掴む。……が。
「な、なんて下品な!」
 レムテネルが、ザインの背後でそう怒る。しかし、ザインはそれに、軽口を返すことはできなかった。むしろ、絶句している。
「え? レモ???」
「あの……」
 当惑するレモから、ばっとザインは手を離す。信じられない、といったように。
「ザイン君?」
「レモ、君……」
 言いかけたザインの言葉を遮るように、そのとき、ぼそりと声がした。
「……笑えばいいんだ」
 それは、カールハインツだった。彼の姿を認め、すっとまた、レモの表情が青ざめる。そんな反応に、カールハインツは眉根を寄せ、ため息をついて前髪をかきあげた。
「なぁ。お前に最初にひどい目に遭わされたのは、オレだよな。たぶん、一番重傷だったのも」
「……はい」
「つまりオレは、お前に償いを請求できる立場だな」
「……はい」
 カールハインツの強い口調に、レモは肩を落として頷く。そんな二人のやりとりを、周囲は戸惑いをもって見守っていた。
「じゃあ、笑えよ。……あんたの一番の償いと感謝は、またいつも通りになることだぜ」
「…………」
 レモが、顔をあげる。しかし、カールハインツは、照れくさかったのか、すぐに「じゃあな」と背中をむけてしまった。
「自分も、そう思います」
 翡翠がレモに微笑む。桂と弥十郎も、同じ思いだった。
 レモは、しばし考えているようだった。だが、ややあって、顔をあげる。まだ少しばかり、無理をしているようではあったが、それでも。
「……本当に、ありがとう。僕、薔薇の学舎に戻ってこられて……本当に、嬉しいよ」
 レモは、微笑んでそう言った。
「おかえりなさい、レモ君」
「おかえりなさい」
 暖かな言葉に、レモの目が潤む。だがそれを、ぐいと手の甲でぬぐい……レモは、笑って答えた。
 
「……ただいま!」


担当マスターより

▼担当マスター

篠原 まこと

▼マスターコメント

●ご参加いただき、ありがとうございました。
今回は、神劇の旋律の一環を兼ねてのシナリオでしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
たくさんのご協力をいただき、感謝しております。

●ストラトス・フルートは、この結果により、ジェイダス(およびレモ)から三姉妹へと所有権を譲られました。

●基本的にシリアスな内容でしたが、そんななかでも、ちょこちょことコメディも書けて、楽しかったです。ただいくつか、若い方にはわからないネタもあったかもしれませんが……すみません。

●それでは、また新たなシナリオで、お会いできれば幸いです。