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2022年ジューンブライド

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2022年ジューンブライド
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リアクション

 6月に結婚したカップルは幸せになれるという、ジューンブライド。
 ここ、パラミタ大陸の各地でも様々なカップルが夫婦の誓いを交わしていた。

 ショーウィンドウに飾られた純白のウェディングドレスを見て、どちらともなく二人は足を止めた。
「……なぁ、朔」
 椎堂紗月(しどう・さつき)は隣にいる彼女、鬼崎朔(きざき・さく)の横顔をちらりと見やる。
「俺は朔と今まで過ごしてきて、朔の全部を受け入れるつもりでいるし、この先、伴侶として生きていく決心も決まってる」
 話し始めた途端に、紗月の胸は緊張で早鐘を打った。
 朔はドレスを見つめたまま、彼の言葉に耳を澄ませる。
「……いつかは、地球にある田舎の実家に帰らなきゃなんねーし、あの辺で昔から地元を治めてる一番の名家だとか、俺は女当主として振舞わないとなんねーとか、しきたりも面倒なこともたくさんあるけど、前に家族と会った時に朔はそれを受け入れてくれた」
 紗月は少し声量を上げて言った。
「俺、あれ、すっげえ嬉しかったしさ。……だから、俺の方はもう心も決まってるし、朔側への不安もねーんだ」
 しかし、朔は不安だった。自分は体に欠陥を持っているかもしれず、そのことが朔にとっては汚れているようにしか思えないのだ。こんな自分が、彼と一緒になっていいのだろうか?
「朔さえよければ、結婚してほしい」
 と、紗月は朔の方へ体を向けた。
 頬をほんのりと赤く染めながらも、朔は聞き返す。
「……本当に私でいいの?」
「ああ、もちろんだ。あの時の約束を、果たしたいんだ」
 まっすぐに見つめる紗月の瞳にはいつわりなどなかった。心からの言葉であり、これまで育んできた愛情である。
「幸せに……してくださいね。私も、あなたを幸せにするから……」
 いつかの約束が込められたネックレスが、朔の胸できらりと光を反射した。

 朔のために作られたウェディングドレスを身にまとい、朔は紗月の隣へ立った。
 開放感溢れる教会の中、二人は多くの親しい者たちに祝福されていた。
 厳かに式は進み、そして指輪交換の時が来た。
 紗月は首にかけたネックレスを外し、チェーンを通していた指輪を手に取る。
 おずおずと差し出された朔の左手、薬指にそっと指輪をはめる。
 朔もまた同じようにネックレスにしていた指輪を、紗月の指へはめた。
 約束は果たされた。紗月が初めてプロポーズしたあの日、二人で交わした約束は、ついに現実のものとなる。
 二人はお互いの顔を見合わせると、にこっと微笑みあった。

 たくさんの人たちからの拍手が二人を祝福し、バージンロードを歩いていく。
 教会の外へ出ると明るい太陽光が紗月と朔の未来を照らす。
 朔は手にしたブーケを少しの間見つめ、未婚の友人が待つ方向へ落ちるようにそっと祈りを込める。
 紗月との幸せをおすそ分けするようにして、朔はブーケを投げた。

   *  *  *

 結婚式の直前、キリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)は言った。
「私の方が、たぶんセラータよりも先に死ぬでしょう。種族的な寿命は、契約者になっても越えることが出来ません……」
 ヴァルキリーであるセラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)は少し寂しそうな顔をした。
 しかしキリエはにっこりと笑顔を浮かべながら言う。
「でも、私は貴方と生きていきたい。貴方が私を選んで契約してくれた時の喜びを、私は一生忘れることなど出来ません。ありがとう、セラータ。私をパラミタという広い世界に導いてくれて、私を人生のパートナーに望んでくれて……感謝してもしきれません」
「キリエ……感謝をするのは俺の方です」
 と、セラータは口を開く。
「君に出会うまで、俺の世界は灰色でした。父も母も俺を愛してはくれなかったし、撫でられたことも抱きしめられたこともなかった。結婚なんて、ただの契約でしかないと思っていました」
 それは昔のことだった。セラータは愛を知らずに生きてきた。しかし、今はキリエがいる。
「でも、今は違います。キリエ……俺を選んでくれてありがとう。名字は地球での君の姓を名乗りたいという俺の願いを、許してくれてありがとう」
「いえ、そんなこと……セラータの両親には申し訳ないと思っているくらいです」
「申し訳ないことなんて一つもありません。だって、君はパラミタで生きることを選んでくれたんですから」
 二人は目を合わせると、どちらともなくにっこりと微笑み合った。

 別の場所では、ラサーシャ・ローゼンフェルト(らさーしゃ・ろーぜんふぇると)がそわそわとしていた。
「ローゼンフェルトだとメーデルにはゴロが悪いかもしれないけど、僕の方の名字を名乗るの承諾してくれてありがとう!」
「ふふ、気にするな。お前の名字は私には似合わんが、それでお前の家族が安心するなら構わない。名字に思い入れも無いのでな」
 と、メーデルワード・レインフォルス(めーでるわーど・れいんふぉるす)は笑う。
「そ、そうだよね。僕、メーデルのこと大事にする。絶対幸せにするから!」
「ああ、もちろんだ。現に私は今、とても幸せだしな」
「メーデル……! あ、そうだ。実家にいる家族に写真は必ず送れって約束させられてるんだった。それは写真館でパパッと撮ろうね。あと、家族写真として4人で撮って、それも送らないと……えと、えと、それから――」
 と、あたふたするラサーシャを見つめて、メーデルは優しい顔をした。
「相変わらず落ち着きがないな、ラスは……そういう所も可愛いのだが」
 結婚を間近に控え、メーデルはとても幸福な気分でいた。
「え、メーデル何か言った?」
「いや、何でもない。ただ……お前が私を見つけ、キリエがお前と出会い契約し、私はキリエに助けられた。奇跡という言葉しか見つからん……と、思ってな」
「うん! 本当に奇跡だよね! メーデル、これからはずっと一緒だからね」
「ああ、もちろんだ」

 そして今日、キリエは純白の法衣を身に纏い、セラータは白のヴァルキリードレスに身を包んだ。
 少し豪華な貴族らしい礼装を着たラサーシャは、白いローブ姿のメーデルワードへ微笑みかける。
 厳かなオルガンの音が響く中、四人は愛する人の手を取ってバージンロードを歩き出すのだった。

   *  *  *

「そうだ、今日は模擬結婚式をしてみないかい?」
 と、永井託(ながい・たく)は提案をした。
 今日は恋人である南條 琴乃(なんじょう・ことの)と街でデートをしていたのだが、あちこちで結婚式が行われているのを目にしたのだ。
「まだ早いってことは分かっているし、今すぐに本番というわけにはいかないけれど」
「うん、いいよ! あくまでも模擬結婚式だものね」
 と、琴乃はいつものように明るく微笑んだ。

 ドレスに身を包んだ彼女を見て、託は予想外の美しさに言葉を失った。
「……っ」
 キレイだと言ってやりたいが、声にならない。
 琴乃は彼の気持ちに気づいていたらしく、何も言わずにはにかんだ。
 しばらく見とれていた託は、はっとして気持ちを落ち着かせると、彼女へ言った。
「き……キレイだよ、琴乃」
「えへへ。ありがとう」
 愛らしく微笑む彼女に胸をドキドキさせる託。
 自分も結婚式らしくタキシードを着ていたが、彼女の隣に立つのは気が引けるような気がした。

 すべての準備が整い、二人の模擬結婚式は始まった。
 バージンロードを歩いてくる琴乃にみとれそうになりながら、託は一人で佇む。
 そして彼女の手を引いて、神父の待つ祭壇の前へ……。
 模擬結婚式は順調に進んでいたが、メインとも言える誓いの言葉でそれは起きた。
「あ、えっと……模擬とはいえ、誓いの言葉を言っていいのかな?」
「え、琴乃?」
「……私で、いいのかな?」
 と、琴乃は託を見つめた。
 教会で愛を誓い合うなど、一年前だったら考えられなかった。
 託はその頃のことを思い返しながら、琴乃をなだめるように優しい口調で言う。
「一年前、君の笑顔に惚れて……それからずっと、君を見ていた。何にでも一生懸命頑張ってる姿とか、たまに見られた照れた笑顔にますます好きになって……付き合ってからどころか、出会ってからも一年と少ししか経っていないけれど、はっきりと言えるよ」
 そして彼女の不安な気持ちを消し去るように、託ははっきりと告げる。
「僕は、琴乃がいいんだ」
 にっこりと微笑む彼を見て、琴乃は明るい表情を取り戻す。
「……うんっ」
 改めて前を見つめた琴乃は、自信を持って誓いの言葉を口にした。
「南條琴乃は永井託を夫にし、健やかなる時も病める時も、悲しい時も苦しい時も、彼を支え、生涯愛し続けていくことを誓います」
 いつ二人のゴールインが訪れるかは分からない。しかし、二人の想いは本物だった。