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リアクション
chapter.2 ウラハラの間
謙二が幽閉されて長い時間が経つ。
そう彼の弟子たちから聞いた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、単身Can閣寺にいる苦愛の元へ向かっていた。
以前、お寺の体験学習の際に苦愛と話す機会を得た舞花は、その時Can閣寺に違和感を抱いていた。
それははっきりとしたものではなく、漠然とした形になっていないもの。舞花はそのモヤモヤを解消しようとも試みたが、やはりどうも答えは出ない。
そのうち彼女は恋愛に悩む女性の駆け込み寺としてここがそれなりの需要を満たしていることを知り、部外者があまり口を挟むのも無粋なのでは、と考え始めた。
にも関わらず今彼女がこの寺を訪れているのは、謙二のことについて、苦愛に言いたいことがあったからだった。
「少し、よろしいでしょうか」
大広間を出た先の廊下で苦愛を見つけた舞花は、後ろから彼女に声をかけた。
「ん? わあ、久しぶりだねー。どうしたの?」
「はい、もしかしたら差し出がましいかもしれませんけれど、ひとつ提案したいことがあって」
「提案? なになに?」
苦愛が話の先に耳を傾ける。舞花は、謙二の弟子たちが師匠の解放を目的として、方々に助けを求めていることを告げた上でこう言った。
「もしお弟子さんたちがまたここに大勢で押しかけるようなことになれば、以前のようなトラブルに発展する可能性があります」
「あー、あの時のね……」
苦愛が一月前ほどのいざこざを思い返し口にする。舞花はさらに続けた。
「ですので、今のうちに謙二氏を解放してしまった方が良いのではないでしょうか?」
「うーん」
「もちろん、差し支えなければ、ですけど」
舞花の提案に、苦愛は小さく唸った後、綺麗に巻かれた髪を手でいじりながら答えた。
「あたしも変なトラブルとかはイヤなんだけど、あの人はまだ出せないんだよねー」
「それは何か、理由が?」
深く突っ込みすぎるのは良くないと思いつつも、舞花はそう尋ねずにはいられなかった。苦愛の眉が少し下がる。何秒かの沈黙の後、苦愛が言う。
「まだダメって言われてるんだ。だからあの人は出せないの」
「それはもしかして……」
副住職である苦愛に指示を出せる人間は、ここにはひとりしかいないはず。舞花はその後に続く言葉を出すべきかどうか一瞬迷ったが、それはあっけなく苦愛の口から出てきた。
「うん、間座安(かんざあん)……あっ、住職様なんだけど、間座安様がそう言ってるの」
「かん……ざあん」
「そうそう、言いにくいよねー。もっとラブリーでキラキラな名前の方がいいのに」
苦愛の言葉に舞花は笑顔で合わせた。
部外者が口を挟むのは無粋と思いつつも、このお寺の実態が気になるという気持ちも消えたわけではない。そんな感情からつい耳にした名前を反芻してしまったが、幸い苦愛には勘ぐられずに済んだようだった。
「そういうわけで、あの人は出しちゃいけないの。ごめんねー」
「いえ……こちらこそ、変に不要な助言をしてしまってすいません」
頭を下げ、舞花はその場を去った。彼女の頭のモヤモヤは、結果としてより膨らむこととなってしまったが、今この場でしつこく追求することは逆効果だと判断し、大人しく引き下がったのだ。
それがおそらく、今後も話を聞くことが出来る一番の方法だと信じて。
「あの子、入山したりはしないんだけど、ちょくちょく話聞きにはくるんだよねー。まあ、いいけど」
舞花が去った後、苦愛がひとり呟く。
「それより、間座安様が何考えるか分かんないけど、確かにあの子の言う通りかも。またあの変な男の人たちが来たら超めんどくさーい」
どうしよっかな、と困った顔を浮かべる苦愛。そしてその不安は、この直後的中することとなるのだった。
◇
Can閣寺内の一室。
大広間よりは狭い部屋だが、六〜七人で集まって話をするには充分な広さがある。部屋の入り口には「ウラハラの間」とある。
どうやら部屋ごとに様々な名前がつけられているらしく、入山者は各々のファッションスタイル、目指す系統によって部屋を割り当てられるようだ。
ここ「ウラハラの間」では、ポップでカラフルな、個性の強い独特なファッションをした女性が集まってガールズトークを楽しんでいた。
「キャーリーその柄タイツ超かわいくない?」
「ありがと! カエイラちゃんもその前髪ぱっつんのピンクボブ似合ってるよ!」
話の節々に混ざる単語を聞いているだけでも、ここがファッションモンスターの巣窟だということが窺える。
そんなある種の異空間に、遠野 歌菜(とおの・かな)と雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は迷い込んでいた。
いや、正確には自ら足を踏み入れたというべきだろう。
彼女らは、ここに恋バナをしにきたわけでもなければガールズトークを楽しみにきたのでもない。彼女たちの目的は、謙二の安否と居場所を知ることだった。そして。
「そっちの子も、身長高くていいなー。何センチあるの?」
「ていうか背中に背負ってるエレキギター、ファッションのアクセントになってて超良くない?」
キャーリー、カエイラと呼び合うふたりが、ある人物に注目する。
「……」
その人物は、ぎこちない作り笑いを浮かべ、ただ沈黙を返すのみだった。が、隣にいた歌菜に何やら耳打ちすると、突然立ち上がり、部屋を出て行った。
「あれ? どうしたんだろ?」
「えーっと、あの、トイレに行きたくなったんだって! なんか急にお腹痛くなっちゃったみたいで」
「大丈夫?」
「私、ちょっと見てきますね!」
言って、歌菜も慌てた様子で部屋を出る。廊下に出た彼女を待っていたのは、先ほど部屋を出たばかりの人物――月崎 羽純(つきざき・はすみ)だった。歌菜のパートナーであり、男性である彼がなぜここにいられるのだろうか?
答えは簡単、羽純は女装していたからである。いや、歌菜によって半ば強引に女装させられていたと言った方が正しいか。
羽純の格好は、明らかに彼のイメージにそぐわない花柄のワンピースに、紫色のカラータイツというなんともファッションモンスターな出で立ちだった。ちなみに頭には金色のウイッグをかぶっているというファッションモンスターぶりだ。
百八十を超える背丈の人物がこれで街中を歩いていたらかなり人目を引くが、そこはウラハラの間。ここではむしろ、これが正しい格好であった。
「おい歌菜」
「な、なにかな?」
「なんだこれは」
「な、何ってほら、女装だよ? だって潜入捜査するのにひとりじゃ不安だし、男性は入れないし」
「それはいい。いやよくないけど、最悪それでいい。この格好はなんだ」
「うんとね、急いで準備したから、パッと出せるのがそれくらいしかなくって……」
しどろもどろで言い訳する歌菜を見て、羽純は、はぁと小さく溜め息を吐いた。
「でもさっきの子たちにも褒められてたし、やっぱり羽純くん美人さんなんだよ!」
「そういう問題じゃない……いいか、部屋に戻っても、俺は一言も喋らないぞ」
声を出したらバレるからな、と付け足して羽純が言うと、歌菜も頷いた。
「ったく……どーしてこうなった……」
歌菜が心配だから不可抗力で、と頭ではわかっているものの、やりきれないものを感じる羽純だった。
ふたりが部屋に戻ると、キャーリーとカエイラはリナリエッタと盛り上がっているところだった。
「やっぱ付き合うならイケメンよねえ」
「あたしセンスのある人がいいなー。ピンクが似合う人」
「あーわかるー。でもイケメンも捨てがたいけど」
「あ、そういえば。イケメンではないかもしれないけれど」
場の空気が自分を拒んでいないことを確認したリナリエッタは、話題を自分が本来話したかったことへと移した。
「変な侍っぽい童貞がちょっと前にここ来て、捕まったわよねぇ」
「あー、憶えてるそれ! あたし怖かったよ!」
「ていうか、童貞って。まあ、ぽかったけどねー」
キャーリーとカエイラが言うと、リナリエッタは鋭くその様子を観察した。
もし彼女たちが謙二の居場所を知っているのなら、あるいは何か情報があれば表情や態度から何か読み取れないかと思ったのだ。
そして情報を知りたかったのは、歌菜もまた一緒であった。
「その男って、まだこの寺の中にいるんですか?」
自然な流れで話に混ざった歌菜は、伏し目がちな表情をあえて浮かべつつ言葉を漏らした。
「だったら、怖いですよね……聞いた話だと、すごく乱暴者みたいだし」
もちろんその表情と言葉は、彼女の演技だ。
「大丈夫だと思うよ。確か、地下に閉じ込めてて、頑丈な柵で囲ってるって聞いた気がするから」
「地下……」
歌菜はその言葉を聞くと、小さく繰り返した。そして彼女たちに、こう返事するのだった。
「わかりました、じゃあ私、そこには近づかないようにしますね」
その言葉が真逆の意味を持っていることを、羽純は歌菜の顔を見るまでもなく分かっていた。
そしてリナリエッタもまた、その情報をテレパシーで送ろうとしていた。相手は外で待機させているパートナー、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)である。
と、その前に。
誰にも聞こえない声で小さくそう呟いたリナリエッタは、目の前にいるキャーリーとカエイラに質問を投げかけた。
「まあ、そんな男の話なんてどうでも良かったかも。それより、ちょっと聞いてみたかったことがあるのよ」
「なになに?」
「もし、超金持ちの彼氏が、ある日突然『実は俺、詐欺師に騙されて一円もないんだ! もう高級レストランでのデートもプレゼントも出来なくなる……それでも俺のそばにいてくれ』って頭下げてきたら、どうする?」
「えーっ、何その質問?」
キャーリーとカエイラは互いに顔を見合わせきゃあきゃあと盛り上がった。そしてふたりがリナリエッタに答えたのは、二通りの回答だった。
「あたしはイヤかなー。結局お金ないと恋愛も出来ないしねー」
「私は別に、そのまま付き合うかな。私も稼げばいい話だし」
別れると答えたキャーリーに、付き合い続けると答えたカエイラ。ふたりをじっと見つめ、リナリエッタはふうん、とだけ声を発した。
そこで彼女は何を思ったのか。もしかしたら、返ってきた答えが予想とは少し違く少し驚いたのかもしれないが、表情からは分からない。
そのままリナリエッタは、「お花を摘みに行く」と言って部屋を後にした。
◇
「む、マスタービッチからテレパシーが」
Can閣寺の門を出て、長い階段を下ったところにいたベファーナは、リナリエッタからのテレパシーを受け取って声を発した。
ベファーナの目の前には、謙二の弟子たちが十名ほど、突入を今か今かと待っていた。
彼らがここまで来たにも関わらず中へ入らなかったのには、ふたつ理由がある。
ひとつ目は、師匠である謙二が中にいる以上、うかつにこちらから手を出せないから。
ふたつ目は、ベファーナが彼らをなだめ、落ち着かせていたからだった。ベファーナはCan閣寺に向かっていた彼らと合流すると、こう告げたのだった。
「いいですか皆様、只今私のマスタービッチが謙二様の捕らえられている場所を捜索しています。情報が入るまでは大人しくしましょう。その方が、助けられる確率も上がります」
ベファーナの言うことももっともだと判断した弟子たちはその意見に従い、そして今こうしてCan閣寺の付近で待機していたというわけである。
「おお、いよいよか!」
弟子のひとりが興奮気味に言う。ベファーナはその様子を見て小さく微笑み、リナリエッタからのテレパシーを伝えた。
「どうやら謙二様は、お寺の地下に閉じ込められているみたいですね」
「よし、じゃあ早速……!」
弟子が階段を上がろうとするのを、ベファーナは止めた。
「待ってください。地下ということは、かなり寺の内部、奥の方に行かなければ救出できないでしょう。となれば、今はまだ危険です。もう少し待ちましょう。その機を」
熱心に、優しく語るベファーナ。弟子たちは「そ、そうか」と冷静になり、ベファーナに改めて礼を言った。
「しかし、なぜあなたはそこまで我々の味方を……?」
「ははは、何を今更。謙二様は仲間ですから」
「……?」
「男子の花園を作るため、ここを潰そうとしているんですよね? それなら、私の仲間です!」
「……」
それは違うと思う、とすぐ否定したかった弟子たちだったが、勘違いだとしてもとりあえず味方がいてくれるのはありがたいと思いその言葉を優しくスルーした。
そんな彼らの元へ、新たな協力者が現れた。
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