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比丘尼ガールとスイートな狂気

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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.9 秘密 


 騒がしかった一日が、あと数時間で終わりを告げようとしていた。
 暗がりの階段をのぼり、門を抜けて本堂に向かう影がふたつ。それは、南 鮪(みなみ・まぐろ)とパートナー、一休 宗純(いっきゅう・そうじゅん)だった。
 以前本堂へ下世話な目的で侵入した彼らだったが、何やら今回は様子が違う。その立ち振る舞いは、侵入者のそれとは思えない、堂々としたものだった。
 しんとした境内に、鮪は大きく声を響かせた。
「ヒャッハァー!! パンツ改めだぜ!!」
 突然の奇声とわけのわからない言葉に、尼僧たちは飛び起きて本堂から出てきた。
「な、何事ですか!?」
「今日はただでさえいろいろあったんですから、寝かせてください!」
「そうはいかねぇぜ! ここの秘密を俺は知ってるんだからなァ!!」
 秘密。それは鮪が前回忍び込んだ際に見た、男物の下着の存在だった。
 なぜ尼寺に男物の下着があるのか。それを考えていた鮪は、一休からとんでもないことを聞いてしまっていた。

「それは、水飴の毒じゃな」
「ミズアメノドク? パンツのメーカーかぁ?」
「いや違う。本当に良いものを独り占めしようとする輩がいるという話じゃ」
 そこで一休からとある説話を聞かされた鮪は、大きなショックを受けた。
「てことはつまり、条件を満たせばこの尼寺で男が堂々といてもいいってことか!」
 そしてそれは、百合園あたりでも応用が利くはずだと鮪は思った。キャッキャウフフが、夢ではなくなるのだ。
「これが悟りの力ってえことか、ヒャッハァー!」

 そんな皮算用を働かせた鮪だったが、現実は非常だった。
「ヒャッハァー! 寺の中に男物の下着があった証拠はあるんだぜ!!」
「……はい?」
「あの、帰ってください」
 尼僧たちの反応が、思いっきり冷たかった。予定と違う。
「ヒャ、ヒャッハァー! 信じてねえんだなさては! だったら今から言う場所を探してみるんだな!!」
 どうやら鮪の頭の中では、名乗りを上げた途端尼僧たちは腰を抜かし、慌てて中を案内するはずだったようだ。
 しかし現実として尼僧ら側からすれば、いきなりパンツの話題を出されて「寺の中にある」と言い張る不審者にしか映っていなかった。それで中に入れろとは、さすがに無茶だった。
「内部に、男性がいるのじゃ。それが許されているのなら、こちらも許されてしかるべきじゃろう?」
「いやだから、何言ってるかわからないです」
 一休がどうにか押し切ろうとするが、尼僧らの目は冷たさを増すばかりだ。
 こうなったら、と鮪は一本のペンを取り出した。使役のペンと呼ばれるそれは、他者の体に文字を書くことによって、そこに書かれた通りに命令をくだせるというものだ。
 鮪は一時諦めたふりをし、背中を向ける。尼僧らもそれを見て本堂へと戻っていこうとするが、そのタイミングを見計らって鮪は素早くUターンし、彼女たちの背中にペンを走らせた。
『パン……』
 これで持ち主のところまで行けるはず。そう思った鮪だったが、それも残念ながら成功はしなかった。なぜなら、どう考えても「パンツのところへ案内する」と書くより尼僧たちが振り返る方が速いからだ。
「ちょっ、背中に何書こうとしてるんですか」
「落書きならよそでやってください」
 しかし、ここで諦める鮪ではない。体に文字を書くのが困難とはいえ、不可能ではないのだ。鮪は一休と協力し、尼僧の動きを無理矢理押さえ込んだ上で再度ペンを走らせた。夜中に外でこの行為。まさに鬼畜の所行である。
 とはいえその甲斐あってか、当初の計画通り鮪と一休は無事本堂へと入り、以前見た押し入れのある部屋へと向かっていた。幸い夜も遅かったため、廊下を歩き回っている尼僧もほとんどいなく、余計ないざこざは起きていなかった。
 そうして無事再度あの押し入れに辿り着いたふたりは、改めてその男性用の下着にサイコメトリを行った。
 鮪がサイコメトリを通して目にしたもの、それはもちろんこの下着の持ち主なのだが、何分それが誰か分からない。
 と、その時だった。
 ひた、ひたと近くの廊下を歩く音。それが鮪たちのいる部屋の前で止まると、ふすまが一気に開いた。
 そこに立っていたのは、顔全体をすっぽり隠す頭巾を被った住職、間座安だった。そして驚くことにそれは、鮪がサイコメトリで見た人物と同じだった。
「ヒャッハァー! これはお前のか!?」
 鮪が尋ねる。が、間座安はそれに答えず、無言でふたりに近づいた。瞬間、鮪の全身に悪寒が走る。
 咄嗟に火炎放射器を向け、鮪は躊躇なく発射した。本当なら、ハーレム生活の方法を聞き出す尋問道具として持ってきたものだったがそうは言っていられない。
「!」
 直後、鮪は目を見開いた。炎に包まれているというのに、間座安は眉ひとつ動かさず、こちらに歩を進めているのだ。
 いよいよ身の危険を感じた鮪と一休は、最大量の火炎を見舞うと、その炎が煙幕となっているうちに脇をすり抜け、急ぎ外へと逃走した。
 夜の風は冷たかったが、鮪のかいた冷や汗はなかなか乾くことはなかった。



 鮪が思いがけず住職と接触していた頃、謙二と彼を助けた面々は今後の行動について話し合っていた。まず住職と会い、話をする。他の者がそこに同席するかどうかは、それぞれの判断に任せることとなった。
「最後に、聞きたいことがある」
 集まった一同の中で、修也がそう言って謙二に尋ねた。脱出の時は慌ただしい状況だったので、聞き漏らしていた質問だった。
「一月前、寺に押し掛けるのを俺とルエラが止めようとした時、代表者同士で話し合うよう提案した。しかし渡辺、あんたは『無理な申し出』と断ったな」
 その問いかけに、謙二は首を縦に振った。あの時もその言葉に違和感があって引っかかっていたが、今この状況になって、さらにその違和感は増大していた。
 なぜ無理な申し出だった代表者同士の話し合いを、これからしようということになったのか。
「あの状況であの断り方はおかしかった。なぜあんな言い方をした?」
「……」
 謙二は、沈黙で答えた。修也は、ならばと質問を変えた。
「襲撃した理由と、関係があるのか?」
 返答次第では、この後住職との話し合いに同席することも考えていた。しかし謙二は相変わらず沈黙を守ったままだ。
 ならばと、修也は新たな疑問をぶつけた。
「地下で住職の話が出た時、『いつかは、通らねばならぬ道』とも言ってたな。なあ渡辺」
 修也は、謙二のそれらの発言から、ある考えを浮かべていた。
「もしかして、住職のことを、前から知っていたんじゃないか?」
 だとしたら、謙二が言っていたセリフはどれも理解できる。謙二は一度その目をつむり、口をぎゅっと結ぶと、決意をこめたように目を開き、言葉を発した。
「あの寺の住職、間座安は……拙者の兄だったのだ」