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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 9 愛らしき殺人鬼の進撃

 地下二階、ペットショップ。本来であれば多くの人で賑わうこの場所。楽しそうな笑い声が溢れている……ハズだった。
「うわぁあああああ、く、くるなああっ!」
「やめろ、放せ、放してくれぇぇぇッ!」
 至る所から聞こえるのは、この場所とは無縁のはずの悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 フロアのいたる所を真っ白い毛並みの愛らしい兎が走り回る。ちょっと見れば可愛らしい光景にも見えるが……現実は違っていた
 一羽の兎がある二人組に走り寄っていく。近づいていくにつれ、兎は紫色と赤のまだらという毒々しい姿へと豹変した。
 兎は目を見開いて牙をぐぁっと剥くと二人組の男の方に飛び掛かる。
 次の瞬間、兎の頭は宙をくるくると舞い、頭部を失った体も地面にべしゃりと落ちた。
「可愛さとは……無縁な形相だったな」
 死骸となった兎を見下ろして樹月 刀真(きづき・とうま)は言い放つ。
 背後の物音に気付いて振り向こうとした刀真の頭のすぐ横で兎は弾け飛んだ。細かな肉片が衝撃で後方に流れ、床にべとりと付着する。
「うーん、ちょっと強すぎたかな? 撃ち抜くつもりだったんだけど……」
 ラスターハンドガンを調整しながら漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はそう呟いた。
「弾け飛ばしても構わないだろう、数だけはいるようだから。一撃で仕留めておかないと後が大変だ」
 二、三匹の兎を一度に斬り飛ばし、回転しながらその後ろに控えていた数匹の兎の群れまでも粉微塵にする刀真。
 その流れる動きは洗練されており、華麗とも言えるほどであった。
 足捌きの為か、それとも動きを見切っている為か返り血は一切ついていない。
 続けて天井から飛来した兎の鋭利な牙を右手の黒い刀身の片刃剣――光条兵器『黒の剣』で受け流し、すぱんっと首を刎ねた。
「一羽、一羽はそれほど脅威といえる強さではない。確実に仕留めていけば、この数相手でも勝機はある……ただ」
 刀真の視線の先にはフロアに溢れかえるほど飛び回る兎達の姿があった。その数はざっと見て、この場だけでも数百はいるだろう。
「随分と重労働になりそうって事だよね……終わった後、どこかカフェとかで休憩したいかも……っと!」
 咄嗟に月夜は飛び掛かってきた兎の攻撃を地面を滑るように回避する。急な回避だった為か、脚部鎧のローラーが軋みを上げた。
 すぐさまラスターハンドガンを三連射。一発目は兎の右を通り過ぎ、二発目は左を通り過ぎる。直前二発分の回避で動きを制限された兎は三発目を頭部に食らい、無残にも弾け飛ぶ。
 三発目は頭部を貫通し、そのまま数匹の兎を地獄へと送り込んだ。
「そういう時、動きやすいのは羨ましい」
 刀真が月夜をみてそう言った。しばしの沈黙の後、月夜は自分の胸に目を落とす。お世辞にも大きいとは言えない胸がそこにあった。
 顔を真っ赤にして、彼女は拗ねたように言い放つ。その脳裏には今は別の階で救護活動に励んでいるもう一人の仲間――封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の豊満な胸が思い浮かぶ。
「なっ……ど、どうせっ! 大きい方がいいっていうんでしょ!」
「何を言っているんだ……? 俺は脚部鎧のローラーの事を――」
「もうーーっ! うるさいうるさいーっ!」
「喧嘩なら、安全な所でやってくれ」
 その声で振り向いた二人の前に一人の男性が立っている。一振りの長剣を携えて。
 目の前には先程よりも大量の兎が集まってきていた。兎達が猛然と男に突撃する。
 焦る様子もなく、男は長剣を構えると兎達を一閃。そのまま返す刃で一閃。振る度にその速度は向上し、風を切る音が響いていく。
 最初は回避しようと飛び回っていた兎達がその数を次第に減らしていく。刃の檻に閉じ込められた兎達は抵抗する事すらできずに切り刻まれる。
 彼の腕はもう人の目では捉えられないほどの速度に達していた。銀色の剣閃が兎達を物言わぬ肉片へと変えるまでわずか数秒。
 長剣に付いた血を振るって飛ばすと、彼――ガルディア・ノーマッド(がるでぃあ・のーまっど)は刀真達の方を見る。
「この先には治療スペースがある。そこにも防衛している者達はいるが……敵の数があまりにも多い」
 背中を向け、彼は歩きながら話す。
「兎の群れでも特に数の多いモノを殲滅したいが、一人では少々骨が折れる。喧嘩が終わっているようならば、手伝って欲しいのだが?」
「わかりました。そういうことならお手伝いしましょう。失礼ですが、お名前は?」
「すまない、名乗るのを忘れていた。ガルディアだ」
「俺は樹月刀真です、彼女は漆髪月夜と言います」
「そうか、よろしく頼む。刀真、月夜……それで気になっているのだが、いいか?」
「なんでしょう……?」
「さっき喧嘩していた大きい方がいいというのは?」
「ああ、それは――――」
「い、言わなくていいーーッ!」

 一方少し離れた場所で兎の群れの中心にいる者が二名。二人は背中合わせで武器を構えている。
「……普通ならこの状況、絶体絶命って言うんじゃないの?」
「普通なら、な。そうじゃないからガルディアもこの場を俺達に任せて、向こうにいる喧嘩中の二人を助けに行ったんだろう」
「信頼されてるって事でいいかなー……ってねッ!」
 彼女――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は両手で握る巨大な戦斧を振り被ると目にも止まらぬ速さで振り抜いた。高速で振られた戦斧は空気を裂き、兎の群れを薙ぎ払う。
 猛烈な風が戦斧の動きに合わせて発生し、ただでさえ自重の軽い兎達を軽々と吹き飛ばしていく。空中で身動きの取れなくなった兎達は直後に光の雨を受けて消滅する。
「対象以外にはダメージを与えない、こういう時には便利だな」
「だからって、容赦なく撃たれるのはいい気分じゃないわ……ねッ!」
 戦斧で兎を地に葬りながらルカはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に文句を垂れる。彼女の頭や腕などお構いなしにダリルが撃つからである。ダメージはないとしてもいい気分ではないかもしれない。まあ、そこまで気にしている様子ではないが。
「流石にこの数が相手だと、気にしながら撃っていては殲滅に時間が掛かってしまう、後で何か奢るから許してくれ」
「その言葉、忘れないでよッ! ただでさえ、電話の買ってと狩ってが違ってまったく――」
 ルカは何かごにょにょ言いながら戦斧を振るう。神速で振られるその動きはまさに鬼神であるが、喋っている内容は女の子そのものである。実にアンバランスとでもいうべきか。
 戦斧の一撃を免れた兎はダリルによって制圧され、群れであった兎達は徐々にその数を減らしていく。とはいっても、まだ目に見えて減っているようには見えなかった。
「あと、何匹いるのよ……」
「……そうだな、あとざっと数えてもこの場だけで数百といった所か。それと、数は匹ではなく、兎の場合は羽が正しい」
 個々ではダメと判断したのか一斉に飛び掛かってきた兎に反応し、ルカはダリルの合図で戦斧を自らの頭上で円状に振り回す。風が巻き起こり、それは一つの竜巻となって兎達を次々と飲み込んだ。
「うるっさい! 細かいことはいいの! はぁぁぁぁあーーーッ!!」
 振るうのをやめ、構えなおすルカ。二人の周囲には相変わらず愛らしい殺人鬼達が蠢いていた。
 倒しても倒しても湧き出るそれらは無尽蔵のようにも思える。
「さっさとこいつらを殲滅して――」
「どこかにいると思われる黒幕に後悔させるのか?」
「そう! その通りっ! 私達に喧嘩を売った事を後悔させてやるんだから!」
 やれやれといった表情でダリルはルカを見る。
「後悔は生きてないとできないんだからな? 加減はしろよ?」
「はーいっ」
 そんな会話を高速で戦闘しながらしている辺り、やはり二人は只者ではないのかもしれない。

              ⇔

 このデパートの地下を繋ぐのは階段とエレベータであるが、エレベーターも停止している現状、治療スペースに続く道は階段一つのみとなる。
 当然、そこには血の匂いを嗅ぎつけて大量の兎が集まってきていた……。
「どんなに数がいようと……ここを通すわけにはッ!」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)は憂うフィルフィオーナ【ナラカの蜘蛛糸】を通路に放射するように放つ。放たれた鋼糸は兎達の進路を塞ぐように展開し、進行を阻む壁となった。
 鋼糸があるのをお構いなしに向かってくる兎達は次々とその糸に絡め取られる。もがき、動きを止めようとはしない兎の身は鋼糸によって次第に裂かれていく。
 その様子を見て真言は目を伏せた。
「できれば、傷つけたくはないのですけど……これで意識を失ってくれさえすれば……っ」
 張り巡らせた鋼糸に威力を抑えた雷術を放ち、絡め取られた兎達を感電させる。びくびくと痙攣した兎達はそのまま麻痺したのか動きを停止した。
 直後、兎達の絡め取られている鋼糸が引き裂かれる。二本の槍を持った人物が鋼糸の中心で回転するように槍を薙ぎ、兎達の姿は跡形もないほどに細かく散った。
 真赤に燃え盛る槍と銀色の長大な槍を手にしたその人物――モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は真言の方を向いた。
「よくやった、真言。動きが止まったおかげでちょろちょろ動き回るこやつらは……ほら、粉微塵だ。貴様のおかげだな」
「わ、私は……そんなつも――」
「――い」
「え? 今、なんて……」
 睨みつけるような鋭い瞳で真言を一瞬見ると、モードレットは背中を向けた。
「甘い、といったんだ。この数相手に不殺を貫けるほどに貴様は強いのか? 死を免れたモノが、別の奴を襲ったらどう責任を取る……? くだらない正義感ならば……いっそ捨ててしまえ」
 吐き捨てるように言ったモードレットは二本の槍を構えると別の兎の一団へと駆けていく。
「私は……くっ……」
 伏し目がちになる真言の肩に手を置いたのは 久我内 椋(くがうち・りょう)だった。
「気にするな、とまでは言いませんが。沢渡殿には沢渡殿なりの考えがあって行動しているのでしょう? ならば迷うより今できることをなさってください」
「……はい」
 走っていく椋の背中を見ながら、真言は気を張り直す。
「できること。そう、今できることは……兎達を一匹も後ろに通さないこと……っ!」
 再び向かってくる兎達にの進路に鋼糸を張り巡らす。数が多いのか間をすり抜け数匹の兎が接近してくる。
「なら、密度を上げれば!」
 再び放たれた鋼糸は鋼糸同士の幅が狭く密度を上げて展開されたことに加え、抜かれた時の事を考えて二、三段余計に展開された。
 突撃してきた多くの兎は一段目に絡め取られ、行動不能となる。それを抜けた兎も密度を上げた鋼糸の前に敗北。無理に進もうとした一部の兎は身を裂かれ、無残な姿で転がった。
 仲間達の無残な様子を見ても兎達は突撃をやめようとはしない。その瞳には怪しげな狂気の光が宿っていた。
「すいません……本当は、殺したくはありませんが……後ろにいる人達を危険に晒すわけにはいきませんので……!」
 その様子を少し離れた位置で心配そうに見ていたのは沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)。彼は逃げ遅れた人々を治療スペースへと続く階段へ誘導していたのである。
「マスター……お辛い所でしょうが、奮戦する姿……立派です。私も頑張らなくては……それにしても、モードレット卿があのような事を言うとは……」
 兎の群れの中心で暴れるモードレットに視線を移すが、すぐさま彼は意識を切り替える。
「考えるのは後でもできますね。今は、これ以上被害が広がらない様に逃げ遅れた人々を避難させなくてはいけません」
 彼は時に歩けなくなっている人を背中に背負い、時に兎から身を挺して守り、逃げ遅れた人々を無事に階段へと送り届け、そこに待機している者達に後を託す。
 兎の攻撃の中を掻い潜り、華麗に人を助ける燕尾服の人物は避難民の間でしばらく語り継がれる事になったとか、ならなかったとか。

 先を走るモードレットに追いつき、襲い掛かる兎を二対の龍刃刀で受け止め攻撃を受け流す。
「……遅れてすいません」
「構わん、こっちは楽しく遊んでいた所だ……」
 椋が弾き飛ばした兎に狙いをつけ、魔槍スカーレットディアブロを投げるモードレット。
 投げられた魔槍は紅蓮の炎を吹き上げながら兎の群れを貫く。激しい炎に焼かれた兎は一羽残らず黒い消し炭となった。
 投擲の隙を狙った兎達は椋に阻まれ、モードレットに到達することはできない。攻撃の気勢を削がれた兎達は次の瞬間にはモードレットの流体金属槍で串刺しにされていた。
「いっそ兎肉で焼肉パーティーでもしてやろうか。これだけの数なら、かなりの量になるだろうしな」
「……妖しげな薬物に侵されていなければ、大歓迎です」
 串刺しにした兎を振るって投げ捨てモードレットは別の兎の集団を睨む。
「まったくだ……」
「それにしても、珍しいですね……」
 モードレットは兎を貫きながら椋の問い掛けに答える。
「何がだ?」
「沢渡殿に言った事です」
「ああ……あれか……」
 遠くを見つめるような目をした後、少し息を吐いて、モードレットは言った。
「――――ただの気まぐれだ」