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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 23 死を求める者

 兎の気配が地下二階フロアから消失したのは、それから間もなくのことだった。
「もう出てきても大丈夫だ」
 刀真は、喫茶店などに閉じこもっていた人達に声を掛けて回る。人々は、恐々とだが徐々にフロアに姿を見せ始めた。シャッターが開いていない以上、まだ脱出自体は出来ないが――狭い場所に閉じこもっているよりは広いフロアにいるほうが幾分か良いだろう。
 白花と合流しようと、月夜と一緒に治療スペースに向かう。確か、ガルディアも先程そちらに向かっていた筈だ。彼は機晶姫のようだったが、稼動に限界が来たのだろう。彼に詳しい話を聞く為にも、治療スペースへ行く必要はあった。
 氷壁の中では、ガルディアが中の契約者達と何事かを話している最中だった。だが、彼に話しかける前に刀真と月夜にはやる事がある。
「安心してくれ。外にもう兎はいない」
「全部、倒したわ。だから、怯えなくてもいいよ」
 二人がそう言うと、重傷を負って治療を受けていた人々は苦しげな顔の中に安堵の色を見せた。よく見ると、治療スペースの中の人数が随分と少ないような気がする。中にいた避難者達はどこへ行ったのか。
「刀真さん」
 そう思った時、白花が声を掛けてきた。安心を表情に乗せて、彼女は少し微笑んだ。
「お疲れさまです」
「白花こそお疲れ様、皆、大丈夫? 何だか、人が少ないみたいだけど……」
 月夜が周りを見回しながら言うと、白花は嬉しそうな顔をして報告する
「はい、脱出路が見つかったんです。この治療スペースから出なくても移動が可能だということで、動ける方々は皆さん、脱出していきました」
「脱出? 本当に?」
 驚く月夜と刀真に、白花は力強く頷く。
「外に兎がいないなら、他の場所に避難していた方々も脱出できますね。私、皆さんに伝えてきます」
 そうして、彼女は話を聞いた真司が氷壁を解除していく中、フロアへと出て行った。
「あっ、ザカコさん、佐那さん。兎さんたち……全部倒されたらしいの。これで、全員脱出出来るわ」
「本当ですか?」
「それは良かったです。エレナ、ソフィア、皆さんをこちらに案内しましょう」
 そこで、従業員通路からザカコと佐那達、ラスが戻ってきた。ファーシーの話を聞いて、佐那もパートナーの二人を連れて人が増えてきたフロアへと向かう。
「良かったですね。ところで……少し居なかった間に、何か雰囲気が変わっていますね」
「ああ……何か分かったのか?」
 ザカコとラスは、話し合いをしているらしいガルディア達に注目した。そこで話されていたのは――正に、今回の事件を起こした首謀者についてだった。

                 *...***...*

 管理システムを扱っているビルは、デパート近くのビジネス街にあった。そこへ向かう最中で、ソフィアはルークと話をした。脱出路が見つかったから警察に救急車を駐車場側に回すようにと頼まれて、彼にはその時、シャッターの異常さを目の当たりにし、セキュリティを確認するために管理会社のビルに向かっている事をこちらからも報告した。すると、集まっている協力者達に伝えるためだろう――ルークはその内容を電話口で復唱した。直後に聞こえてきたのは、彼以外の声。
『十分に注意するように行ってくれ。後、フロア内に設置された監視カメラの映像が見られるようだったら確認してほしい。その映像が何処かに転送されていないかも』
『分かりました。えーと、ソフィア……』
「聞こえていました。油断せず、監視カメラの映像を確認、ですね」
『そ、そうですそうです!』
 そんな会話をしたことを思い出しながら、ソフィアは比較的真新しいビルへと入っていく。セキュリティ管理の会社だけに自動ドアすら自動では開かなかったが、インターフォンにて部長の名前を告げると中に入ることが出来た。受付で改めて身分証明をして、目的の部屋まで行く。灰色の扉を預かったカードキーで開けて中に入ると、そこには、ビル会社の制服を着た若者が一人、座っていた。
「どちらさまですか?」
「……取り押さえろ!」
 きょとんとした若者を指差し、警部が部下の部下達に叫ぶ。部下の部下達は、どどどっと音を立てそうな勢いで室内に入り、男を取り押さえて手錠をかけた。
「! な、なんなんですかあんた達! 警察を呼ぶぞ!」
「俺達が警察だ!」
「……!!」
 愕然とする男には目もくれず、ソフィアは部屋にあるシステムコンソールを調べる。すると、後から追加で設置されたと思われる、明らかに妙なスイッチが二つ、在った。丸く、ゲームセンターの筐体に使われていそうな掌大のスイッチ。赤と青の、二種類。
「……分かりやすいセンスですね」
 コンソールの前にある幾つかのモニターの一つに、デパートのシャッター前が映っている。そこには、シャッターの破壊を試み続けている美羽とメティスの姿も見えた。そして、何より。
 シャッターの色がおかしい。何か、フィルターが掛かっているように紫色の、火花のようなものが見える。シャッターだけではない。エレベーターの扉前にも同様のものが見えた。これが、契約者の力でも壊れない原因――だろうか。
「どちらが解除ボタンですか?」
「……! だ、誰が言うか!」
「……まあいいです。こういうのは、大体青が解除ですよね」
 ふっ……と、若者が勝利の笑みを浮かべる。
「分かりやすいですね」
 一度息を吐き、赤のボタンを躊躇いなく押す。
 画面に映っていた、紫色の火花が消えていく。瞬間、美羽の蹴り攻撃とメティスの拳がシャッターを破った。
「後は、監視カメラですね」
 ソフィアが映像の転送先について問い質すと、若者はそんなものはないと悔しそうに言った。次に、録画された監視カメラの映像を確認していく。人々が兎に襲われ始めた頃まで映像を巻き戻す中で、彼女はある一人に違和感を抱いた。多くの者がパニックになり、そうでなくても顔を強張らせて状況を把握しようとしている中、一人だけ悠々と歩いている者がいる。その男は――
「……?」
 現在を映すカメラモニターの中を、ソフィアは見直す。人々が避難していく道筋の近く。重傷者が手当てを受けている傍で、話し合いをしている集団が見える。その中にはルークの顔もあったがそれはどうでもいいとして。
 更にその奥、手当てされている重傷者の中に――

                 *...***...*

 治療スペースに辿り着いたリナリエッタは、咄嗟に手で鼻を覆った。鼻に襲い掛かる匂い……血の匂い、それも濃く濃縮されたかのような強い匂いだった。
 彼女も血の匂いはそこそこ平気なつもりではあったがこの場の匂いは、その程度をはるかに超えていた。
 重症者が絶えず運び込まれた為か、止血しようが床に付いた血が乾こうが、治療スペースに充満する血の匂いは消える事がない。
 長くこの場で活動している者は匂いに慣れ、気にしなくなっていくが初めてこの場を訪れた者にはきついものがあったのだろう。むせ返るのも当然の反応である。
 歩きながら、彼女は治療スペースの一角に簡素な机と椅子が設置されているのを見つける。恐らくは周辺の店舗の物を持ってきたのだろう。
 そこには何人かの人物が集まっていた。
 椅子に座り、回復魔法による治療を受けながらきつい目の男がリナリエッタをにらむ。といっても、本人は睨んだつもりは一切なかったのだが。
 きつい目の男――ガルディアはリナリエッタにこちらへ来るように促した。
「今、得られた情報から犯人の特定をしている。何か犯人に繋がる情報があるなら教えてくれないか」
 ガルディアによれば、契約者達がサイコメトリで得た情報をまとめていくうちに犯人はこのデパート内にいる可能性が高いと判断したらしい。
「奴は兎をデパートに運び込んだ後、故意にせよ事故にせよ、何らかの理由で深手を負った……到底、外に逃げられているとは思えない」
 そう彼の目の前に座っていたダリルが言う。その隣ではルカが犯人用だろうか……痛いけど簡単には死なない武器を選んでいる。どれもこれもかなり凶悪な見た目をしていた。
「兎についてだが……変化は細胞にまで作用している……あれでは、救ってやる方法はないと思った方がいい」
 その言葉を聞いたその場にいた全員が暗くなる。無理もない。兎達を救ってやる方法があるかもしれない、その希望が断たれたのだから。
 犯人は深手を負っている……ということは、この重症者の治療スペース内にいるのだろうか。
 それとも、もう脱出してしまっただろうか。
 そう思ったリナリエッタが治療スペース内を見回していると、はっと視線が止まる。
「大丈夫? しばらく放っといちゃったけど、怪我は良くなってる筈……立てる?」
 壁際に座っている男の顔を、ファーシーが濡れた布で拭き取っている。顔にこびりついていただけの血が、取り除かれていく。
 体に身震いが再来した。忘れられないほどの狂気を纏った男、彼女に恐怖を覚えさせた人物。
 視線の先に一人の男がいる。彼は穏やかな顔をしていたが、その顔を忘れるはずもない……兎達を壊した張本人……それは――
「待って! そいつは……!」
 視線の先に一人の男がいる。彼は穏やかな顔をしていたが、その顔を忘れるはずもない……兎達を壊した張本人……それは――重傷者としてラス達が助けたあの男であった。