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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第30章 死亡フラグを折りましょう

「死亡フラグ……ですか?」
「うん! この子の予言だよ。フラグを折らないと、大変なことになっちゃうよ!」
 予言ペンギンを抱いて、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は陽太と環菜、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に大慌てで訴えた。ばたばたと3人の所に来たノーンは、『ラスと覚に新しい死亡フラグが立つ可能性が高い』と書かれたプラカードを3人に見せる。
「これは、心配ですね……」
「このペンギンが予言したのなら、間違いないということですものね」
「でも、どうでもいい事しか予言しないんでしょ? だったら、どうでもいいという事じゃないかしら」
 エリシアに続いて、環菜はいつも通りに冷静に言う。それを聞いて、ノーンはますます慌てた。
「そ、そんなことないよ! 死亡フラグが成立したら大変だよ!」
「……。いえ、実際にどうでもいいんだと思うわ。『二つ目のフラグ』は」
「二つ目? 環菜、それは……あ」
 訝しみつつ聞きかけ、陽太は途中で気がついた。プラカードには『新しい』死亡フラグと書いてある。つまり、既に別の死亡フラグが立っているという事だ。エリシアもそれが分かったらしい。
「二つ目は駄目押し用のフラグ、ということでしょうか。一つ目を折ってしまえば、二つ目の発生を阻止出来るかもしれませんわね」
「ここには『2人が死ぬ』とは書かれていないでしょ? 予言通りに二つ目が発生しても、それを折れば済む話だわ」
 予言ペンギンの言葉は、100パーセント的中する。『2人が死ぬ』と予言されていたのなら恐らくどうしようもないが、フラグだけなら、何とかなる。……かもしれない。
「うん、折ろう! すぐ折ろうよ!」
「まず、どんなフラグが立っているか確認しないと……ラスさんに連絡してみますね」
 陽太は携帯電話を取り出した。通話が繋がったのは、コール音が9回繰り返された後だった。

「あーーーーーーー……やっちまった……殺されるよな、もうこれ戻ったら殺されるよな」
「頭は冷えたか?」
「こんなくそ寒かったら嫌でも冷えるわ。大体な、お前がミサイルとか搭載してるのがいけねーんだよ」
「オレのせいかよ!?」
 ミンツに乗って空京に着いたラスは、上空7、8メートルの所を飛行しながら文字通り頭を抱えていた。この前のデパートの事件では、犯人を燃やそうとしたピノに「誰に似たんだ」と思ったものだが誰どころの騒ぎではない。相手が鱗付きではなく生身だったらと思うとぞっとする。
「まあ、あの位やらなきゃ逃げられなかったしな。仕方無かったんだよな。正当防衛だよな。死なないと分かった上で牽制した訳で……」
「いくら言い訳しても事実は変わんないと思うぞ。後、正当防衛の使い方間違ってんじゃないか?」
「分かってるよ! ……とにかくルカルカに電話しねーと……ロストとかしてないだろうなカルキノス生きてるよな?」
 半分本気でパートナーロストの心配をしながら携帯(兎に壊された為、新品)を取り出す。フィアレフトやカルキノスの言った通り、これから新幹線に乗って上野に行き、そこから更に成田に行き飛行機に乗り、何て事をしていて間に合う訳も無い。だからこそ、ルカルカに連絡して何とか彼女を説得しなければいけなかった。黙って行動している辺り、もう嫌な予感しかしない。今思うと、先日話をした時、ルカルカは割と顔色を変えていた気がする。悪い方に。
 そこまで見ていて彼女の行動が予測出来なかったのは油断もあっただろうが、後日にデパートに閉じ込められてピノという懸案事項が増えたからという気もしないでもない。
 陽太から着信があったのは、電話帳をスクロールさせている最中だった。出たくない。物凄く出たくない。だが、同時に無視出来ないという予感もあって結局彼は電話に出た。

「そんな事情があったんですか……。話してくれてありがとうございます」
「……今の状況じゃ話さない訳にもいかないからな」
「これ以上無い位のフラグですわね……」
 エセンシャルリーディングを使った事で、陽太もエリシアも1回の話で全てを把握する事が出来ていた。黒ピノと金ピノの名前が入り混じって出た事で若干解り難かったが、ノーンが「?」となったところも丁寧に説明する。
「ええと……つまり、ピノちゃんのことを思い出したらフラグが成立しちゃうんだね? わたしの知ってるピノちゃんじゃなくて、知らないピノちゃんについて」
「平たく言うとそうだ。でも、どうやってフラグを折るつもりだ? 親父はもう……」
「おにーちゃん達は陽菜ちゃんを置いていけないし……わたしがフランスまで行くよ! それで、サトリさんが危ないことにならないようにしてくるよ!」
「無理じゃないか? 今からじゃ」
 今の時間に空京に居る時点で間に合わない。気合満点に力強く言うノーンに、ミンツが口を出す。陽太達も同じ気持ちだったが、そこでエリシアが何かを思いついたように「いえ……」と呟き、溜息を吐いた。
「仕方ありませんわね……わたくしが地球まで送ってさしあげましょう」
 その言葉に、全員が注目した。陽太と環菜は「ああ」と納得顔になる。
「やった! これで早くフランスに行けるね!」
 ノーンにもすぐに通じたらしいが、ラスは怪訝そうな表情を浮かべていた。顔で内心を表すことの出来ないミンツは、分からないことを主張するためにもエリシアに訊く。
「何だ? 何か方法があるのか? テレポートとかか?」
「いえ、イコンを使いますわ。乙琴音ロボをたまたま空京に置いていたので。変形させた乙琴音ライダーなら、短時間で行けると思いますわ」
「……! そんなの持ってんのか!? じゃあ俺も……」
「定員オーバーですわ」
 咄嗟にラスは同乗を思いついたが、エリシアは間髪入れずに不可能であることを彼に告げた。彼女とノーンだけで2人分の席は埋まってしまう。
「……別に、1人増えたって飛べなくなるわけじゃないだろーが」
 ルール違反だという自覚はあるのか多少言い難そうではあるが、ラスは諦める気もなさそうだった。そこで、環菜が口を開く。
「あなたは残りなさい。定員もそうだけど、身の安全を考えるならね」
「……何だか、行ったら確実に死ぬみたいな言い方だな」
「そうね。高確率でそうなると思うわ」
「な……」
 本人を目の前にはっきりと言い切ると、環菜はノーンに抱かれて座っている予言ペンギンをちらりと見た。
「『二つ目』の予言があったのはついさっき。つまり、それまでは『一つ目』のフラグも立っていなかったということよ。あなたに関してはね。放牧場から出て空京に来ると決めた時点で初めて一つ目が立ち、その後でこのペンギンは予言をした……『二つ目』の駄目押しとして示されているのは、多分、『エリシアのイコンに乗ること』でしょうね。私達に呼ばれてこの部屋に来ることまでは、規定に近いものだったのだと思うわ」
「…………」
「感情を優先するか命を優先するかはあなた次第だけど」
 そう締め括った環菜に、ラスはどこかやりこめられた感のある視線を送っていた。二つ目のフラグを立てる事の危険性は軽視出来なかったのか、不本意ながら彼は帰郷を諦めたようだ。
「分かったよ。残ればいいんだろ、残れば」
 見守っていた皆が、一斉に安堵の息を吐く。話が纏まったところで、ノーンは「あ!」と声を上げた。
「サトリさんに連絡しておかなきゃ! わたしが行くまで待っててって!」
 そして、ノーンは自らの携帯電話を取り出した。彼女は覚の電話番号を知っている。だが、いざ掛けようとした時に陽太がストップをかけた。
「待ってください。……環菜、環菜の電話を貸してもらえませんか? その方が、タイムラグがないと思うので」
「タイムラグ……そうね。私の電話を使った方が早いわね」
 環菜は即決して、携帯をノーンに渡す。自分の携帯に表示された画面を見ながら、ノーンは番号を押していく。
「…………あ、サトリさん? えっとね、フランスにいるって聞いたんだけど……」
「ノーン、今、誰と何処にいるかも聞いてください。ラスさんの話から考えると、望さんと一緒にいるはずですから。後、ルカルカさんももしかしたら……」
 待っててほしいと言うノーンに、陽太が横から付け加えた。普通に考えたら、望が覚を捕まえた時点で一つ目のフラグは折られている筈だ。にも関わらず、二つ目の予言があったということは状況の変わるような何かがあったのかもしれない。
 こっくりとノーンは頷き、電話口にその旨を話す。
「うん、1人なんだね! 場所は……」
 1人と聞いて「あいつ、何やってんだ……」と苦々しく呟いていたラスは現在地を聞いてソファに寄りかかっていた身を軽く起こした。
「そこ……最後のY字路があるちょっと手前だ。もう少しで病院に着くぞ」
「え! さ、サトリさん、待っててね! わたしも行くから、絶対に先にお部屋に入らないでね!」
『何をそんなに慌ててるんだ? ノーンちゃん。まあ、まだルカルカさん達とも合流してないしな。待つのは構わないが……』
 それを聞いて、ノーンはルカルカの名前を出して「待ち合わせしてるみたいだよ!」と皆に伝える。
「……グルかよあいつら……!」
 彼女が電話を切って環菜に返すのを見ながら、ラスはそう言わずにはいられなかった。
「ノーン、一応、このカードを持って行ってください。活動資金です。これなら、両替しなくても使えますから」
 陽太がカードを渡してノーンとエリシアを送り出す中、彼は環菜が仕舞いかけていた携帯をひったくった。
「ちょっと……!」
 当然の如くの環菜の声は無視してリダイヤルする。
『? ノーンちゃん、何か言い忘れか? それとも環菜さ……』
「俺 だ よ。何勝手に覚悟完了してんだよくそ親父……!」

「…………!」
 聞こえてきた息子の声に、覚は思わず立ち止まった。血の気が引く。
「………………………………。あ、ああ、何だ? もしかしていやもしかしなくてもバレて……?」
『バレてるよ。こそこそこそこそ何やってんだ? ルカルカに何吹き込まれたか知らねーけど、ノーンが行ったらリンに会わずに帰って来いよ」
 そこまでバレてるのか、と覚は絶句した。否、何割かはただの予想かもしれないし鎌をかけているのかもしれない。ルカルカと自分がどこで繋がったかと言えば、あの初詣の日、彼女と話をした時くらいしか考えつかないだろう。呼び出された方が、何かを吹き込まれたと思うのは当然と言えば当然だ。
 ――それは、あながち間違ってもいないのだが。
「……違うな、ラス。俺は俺の意思でここに居るんだよ。誰かに何かを言われてそれに影響されたわけじゃない。大丈夫……必ず、元に戻ったリンをパラミタに連れて行くよ」
『今まで戻んなかったもんがそう簡単に戻るわけねーだろ! ピノの名前を聞いたら暴れ回って気絶して、それで……』
「ピノの名前を出さなきゃいいんだよな? その上で、お前の記憶を取り戻す」
 電話の向こうが沈黙した。その可能性について考えているのだろう。暫く待って返ってきた答えは、肯定ではなく否定だった。
『いや、無理だ。子供の話を持ち出した時点で叫び出すのは目に見えてる。だから帰って……』
「お前は、どうしてそう意固地に現状維持を勧めるんだ? 俺よりも……リンに一番思い出してほしいのはお前じゃないのか?」
『……………………』
 次の沈黙は、先程よりも長かった。電話が故障したのかと思う程の時間が過ぎて、声が聞こえる。
『いいんだよ。別に……死んじまうくらいなら今のままで……』
「……?」
 意味が分からなかった。リンは、命に関わるような病気ではない。記憶が戻ったからといって死ぬわけではないのだが――
 そう考えた覚が思い出したのは、妻の部屋の位置だった。5階に入院する彼女が、全てを思い出した瞬間に錯乱し、窓を開けて飛び降りる可能性は無きにしも非ずだ。
「それは……記憶が戻って、リンが自害するかもと思ってるのか? そんなヘマはしないさ」
『そうじゃなくて……』
「父親を信用して、安心して待っていてくれ。お前は何も気にすることはないんだ。そもそも……何でバレたんだ? そうやって心配させたくなかったし、母さんといきなり会わせて驚かせようという俺の計画が台無しだ。ああそうそう、今日からピノちゃんの試験だろ? ちゃんと応援してやれよ」
 笑って言うと、『……知ってたのか』とラスは驚いたようだった。やがて、盛大な溜息が耳に届く。
『……くそ親父。絶対に死ぬなよ。……あ』
「……何だ……?」
 あ、の後に続く言葉が分からないまま、通話は切れた。電話を仕舞い、もう目視で確認できる位置にある病院に向けて歩き出す。
(まだ死ぬつもりはないが……まあ、死んでほしくない位に俺のことが好きってことだな)
 そう解釈して満足すると、覚はこれまでよりも足取り軽く先に進んだ。ラスに秘密にしていた事が思っていたより負担になっていたのかもしれないし、単純に息子と話せた事が嬉しかったのかもしれない。
 Y字路を曲がり、葉の落ちた木々が並ぶ道を真っ直ぐに歩く。病院の敷地内に入り、ノーン達を待とうと近くのベンチに座ったところで、どこかから歌が聞こえた。落ち着く歌だな、と思ったのも束の間、急激に眠気に襲われる。
 何を考える間も無く、彼は深い眠りに落ちた。子守歌を歌っていた望は、その傍に立って息を吐く。
「……正直な話、先の事を知っているが故に物事を止める、というのは趣味ではないのですけどね。結果はどうであれ、その行為への決意や覚悟……想いを踏み躙る行為ですし」
 しかし、これからどうやって強制送還しようか。やはり、眠った覚をタクシーに乗せて空港に戻すのが一番良いような気もするが。
「それにしても、先程の電話……サトリ様はラス様を言い負かしたようでしたが……」
 覚が空港に戻ろうとしなかったということは、そういうことだろう。だが、ラスが仮に言い負かされていたとしても、フィアレフトの言った『事実』は変わらない。
「……運転手の方にご協力頂く必要がありそうですね」
 少し考えて、望はロータリーに向けて歩き出した。

「今のって、フラグですよね。予言分の……」
「自分で『二つ目』を立ててどうするのよ……」
 失言に気付き、電話を手に持ったまま後悔の海に沈んでいたラスに、陽太と環菜が口々に言う。テーブルに置かれたプラカードを見ていた彼はヤケになったように2人に言う。
「あーーーーーーーもううるせーな! 言っちまったもんはしょうがねーだろ!」
「てことはあれだな。今の台詞までが予言の時点で規定されてたってことだな」
 どこか楽しそうなミンツに恨めしげな目を送り、溜息を吐く。生後2週間の陽菜の様子を見ながら、陽太が言った。
「……後は、ノーンに任せるしかありませんね。難易度が上がってしまったような気がしないでもないですが……」
「とりあえず、彼女から連絡が来るまで待ちましょう。……そうだわ。あなた達に確認しておきたい事があったんだけど……イコン部品の盗難事件について、何か知らない? この前にも訊かれたとは思うけど」
「……ああ……」
「それなら、フィーが何か言ってたな。××が関係してるかもって」
「××……? 私は知らない名前ね。何者なの?」
 記憶を探っても、環菜には覚えが無かった。訊ねる彼女に、ミンツは説明していく。××とフィアレフトがどんな関係なのか、何故事件に関わっていると考えたのか。その理由について――