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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第29章 蒼空の花園へ〜未来の一端〜

「? 何だろう、あれ……」
 リュー・リュウ・ラウンがどれだけ広くても、敷地内上空でミサイルが使われたら流石に分かる。爆発音と、宿泊施設の上に広がる煙を見て、ピノは立ち止まった。彼女だけではなく、他の受験者関係者も足を止める。夕暮れ時、眠りかけていた動物達が目を覚まして慌て出し、ドラゴンが飛び回ったり猛獣が柵に体当たりしたりと放牧場は小パニックになった。スタッフ達が動物達を落ち着かせようと奔走する中、40代後半位に見える獣人の管理人エイダーは受験者達と一緒に厳しい目で空を注視していた。煙が晴れてしばらく、次に何も起こらないと確信してから力を抜く。
「……何だったんでしょうか? 今のは……」
「戻ったら確認する必要はあるでしょうね。何か事故でなければいいのですが」
 スタッフには普通の男性口調で指示を出すエイダーも、来客――アクアには丁寧な口調でそう応えた。どことなく渋さも伺える彼は、笑顔を作って受験者達に言う。
「放牧場の案内はこれで終わりです。夕食は夜7時からとなりますが、それまで自由に過ごしてください。ああ、暴れている動物達には近付かないように。私達で対応します。受験者の皆さんに“試験前に”怪我をさせるわけにはいきませんから」
『……………………』
 受験者達は、無言のままにこう思わずにはいられなかった。『試験中ならいいのか』と。
「それにしても、さっきの爆発は凄かったわねー。花火でも上げようとしたのかしら」
「花火とは音が違ってた気がするよ、ファーシーちゃん……」
 それぞれに皆が解散していく中、ピノはファーシー達と宿泊施設へと戻り始める。その後ろで、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)と話をしていた。
「ピノがドルイドを目指すなんてね……」
 大人姿であった時は兎も角として、初めて会った時はまだまだ子供だった。いや、今も子供だが、彼女も大人への道を歩んでいるということだろう。
「それでねフリューネ、フェイミィ……彼女を蒼空の花園に案内したいと思うんだけど」
「え? これから?」
「ワイルドペガサスに会わせたいの。ここには居ないみたいだし、会ったらきっと良い経験になると思うわ」
 そう言うと、驚いて空を見上げていたフリューネは得心したようだった。
「ああ、そういうことね。喜ぶんじゃない? 彼女」
「蒼空の花園に、ね……なるほど、いいかもな」
 フェイミィもフリューネの隣を歩きながら賛成する。リネンに思慕の念を抱いている彼女だったが、恋人が出来たことを飲み込める程度には落ち着いていた。まだ軽い嫉妬も感じるし複雑ではあったが、空賊として憧れを持っているし普通に話すことも出来る。
「それとは別に、フィーにも声を掛けてみるわ。彼女はピノが狙われてると言ってた……そこ、詳しく聞いてみるつもり」
 リネンが言うと、フリューネは前を歩いているピノを見て少し表情を曇らせた。
「そうね……まだ元気なところを見るとあれから何かが起きたわけではないようだけど。いつまでもそうとは限らないし、確認しておいた方が良いかもね」
「うん。えっと、それでね、フリューネ……その間、フェイミィと2人でピノの相手をしていて欲しいんだけど……」
「! 何だよ、リネンは一緒じゃねえのか?」
「そうしたいんだけど……ごめん、フェイミィ」
 申し訳無さそうなリネンの言葉に、フェイミィが若干慌てる。フリューネも一瞬「え」というように意外そうな顔をしたが、すぐに彼女の意図を察したようで笑顔になった。
「ええ。分かったわ。でも、後で私にも詳しい話を教えてね。……よろしく、フェイミィ」
「あ、ああ……よろしくな」
 宿泊施設に戻ると、そこではフィアレフトが涙目でエイダーに何かを説明している所だった。
「す、すみません……! おじさんが間違えてスイッチを押してしまったみたいで……! 大変な事にならないようにカルキさんが受け止めてくれたんです! (大体)本当です! あの、テロとか事故とかではないので、施設にも損傷とかないので……! すすすすみません! ご心配をお掛けして……!!」
「……おにいちゃんが? ミンツくんを? しょうがないなあ……」
 話を傍で聞いていたピノが、呆れたような表情を浮かべている。「そういえば、おにいちゃんどこに行ったんだろう」ときょろきょろしかけたところで、リネンは彼女に声を掛けてみた。今後は気をつけるように言われたフィアレフトも解放され、良い頃合だ。
「ねえピノ、蒼空の花園に行ってみない? よければ、フィーも一緒に」

 エイダーに敷地の外に出る許可を貰って、5人で蒼空の花園の地を踏みしめる。
 浮遊島からはあまり地上の景色を拝むことは出来なかったが、夕暮れ色を反映した雲にすっぽりと収まった島の風景は、ピノの好奇心をくすぐった。
「わー……」
 素直に綺麗だと思えるし、わくわくする。
「でも、街の中にあるような建物もあるんだね! 最近出来たのかな?」
 ピノは下草の中に敷かれた石畳の上を歩きながら、島に咲く花々や気まぐれに周囲を飛び回るスカイフィッシュに目を輝かせる。定期便が出るようになってからも花園に来る機会は無く、自分とは縁の無い別世界のような気がして、行くことはないんだろうなあと何だか勝手に思っていた。
 やがて、厩舎が見えてくる。頭を出しているのは、普通の馬ではなく皆、翼を持つペガサスだった。
「いっぱいいるねー。ペガサスの町っていうだけあるね!」
「ここにいるのは、調査隊の1人1人に心を許したペガサスなんだ。野生のペガサスは、町の外れや森の中にいるんだぜ」
「野生のペガサスも見たい? ピノ」
 フェイミィに続いてフリューネが訊くと、ピノは、「見たいよ!」と即答した。
「じゃあ、もうちょい外れまで行くか。森はまだ危ないからな」
「うん、よろしくね、フェイミィさん!」
「ああ。……よろしくな」
 厩舎のワイルドペガサス達にじゃあね! と手を振って、ピノはフェイミィ達と花園の中を歩いていく。フリューネがちらりと背後を振り向き、目配せする。リネンは軽く、頷いた。
「ピノさん楽しそうですね。ここ何日か元気が無かったんですけど、今は夢中になっているみたいで。何か、現実を忘れられるんですよね……私も、ここに来ると安心します。いつでも、同じ風景が広がっていて」
「フィーは、ここに来たことがあるの?」
「はい。何度か……。先生を匿っていたので、たまに会いに来ていたんです。観光で来た事は無いんですけど」
「先生? あなたの言う先生って、アクアの事よね。アクアなら、別に隠れてもいないと思うけど……それどころか、今、新しい工房を造ってるんでしょ?」
 何だか、話が矛盾している。
 どういうことかと考えて、無意識のままに予感していたものがリネンの中で身を結ぶ。お互いに別の意味で、「「あ……」」と2人は声を出した。2月に入ってからフィアレフトの正体を知る者も増え、未来での出来事を話しさえした。油断していたと言ってもいいし、もう殊更に隠す必要もない、という気持ちが少女の中にあったのだろう。
 アクアを匿っていたのは、この『2024年』の話ではない。
「もしかして……未来から来たの?」
 夏に言っていた『別の世界』はやはり『未来』の事だった。そう確信したリネンの問いに、フィアレフトは「はい」と頷く。
「……詳しい話、聞かせてもらえる?」
 神妙な表情になった彼女の目を見て、リネンは言う。
「私にも護りたい将来が、人があるわ。フリューネやみんな……もちろん、ピノ達も含めて」
「…………」
 その口調にどこか切実なものを感じ取って、フィアレフトはリネンに視線を返した。何かを背負っている、と思うには十分な真剣さだ。
「私は今までに、自分の未来を見たことがあるの。逆賊として処刑されてたりとか、フリューネと立場の違いで殺し合ったりとか……。でもね、やっと少し、明るい未来が見えてきたの。今は、そんな最悪の未来にさせないための準備をしているわ」
 空賊団の再編をし、また、体制側へ自警団として認識されるための方法も考えている。
「今、その平和を壊すことはできないの。何かの破局を知っているなら、教えて。放ってはおけない……!」
「…………」
 フィアレフトは先を歩くピノ達に目を遣った。随分と離れた場所にいる彼女達は、野生のワイルドペガサスを見つけて少し距離を取った上で話をしている。まだ暫く、こちらには戻って来ないだろう。
「……夏にも言った通り、これも破局……というんでしょうか、異常事態が発生するのはこの時代でのことではありません。それに世界が気付いたのは、2048年の事でした。政府……国が対策に動き出したのは2048年末の事です。その対策の結果、多くの『命』が……処分されていきました」
「それは……つまり、戦争が起こったということ? それとも……」
『対策』として、国が大量殺人を行ったということだろうか。俄かには信じられないことではあるが――
「戦争ではありません。無い……と、思います。それに、本来どう思っていたかは兎も角、国は『殺人』を認めませんでした。これは対策であり、処分であると……」
 悲しそうな顔で、フィアレフトは言った。だが、まだ、具体的な事が見えてこない。
「その事態を防ぐために、フィーはこの時代に来たの?」
 そこにどうピノが関わってくるのか、何故彼女が狙われているのかが分からないが、恐らくはそういうことなのだろう。
 そう思って聞いたのだが、フィアレフトは首を横に振る。
「え……?」
「出来るなら……その未来も変えようとは思っています。その方法を模索したい、とも……。でも、それは副次的な目的です。2048年に起こる異常事態を防ごうとしているのは“彼”であり、私ではありません。“彼”はこの『2024年の未来』にとっての正義の味方です。時間軸というのは、本当に数限りなくあるものです。その中にある、決定された自分達の『2048年』を変えることはもう出来ません。少なくとも、私達はその方法を知りません。けれど、“彼”はひとつでもいい。過去に戻って、平和な『2048年』を作ろうとしています。そして、ピノさんを殺せばそれが実現するのではないかと考えています。彼女を殺した後は、エリザベートさんに頼んで新しい『2048年』に行き、状況を確認する予定のようです」
 私達は自力で『未来』に行くことは出来ませんから。と、彼女は続けた。あくまでも『一方通行』なのだと。
「失敗していたら、またこの『2024年』に戻って別の関係者を殺しに掛かると思います。それが、“彼”の世界を……家族を救う方法です」
「だから、フィーはあの時、エリザベートに言ったのね。“彼”の申し出を断るようにって。でも、それがもし成功していたら? 新しい2048年に行って、そこが平和になっていたら“彼”はどうするつもりなの?」
「その時は……“彼”は自害するつもりみたいです。自分の犯した『罪』を自分で許すことが出来ない。それがもう解っているみたいで……」
「…………」
 どちらにしろ、承服はできない――そういうことなのだろう。
 リネンは、フィアレフトのこれまでの話について改めて考えてみた。“彼”とやらの行動動機は何となく見えてきたような気がする。だが、曖昧になったままの部分がある為、やはり全体像が分からない。
「ねえ、フィー。“彼”って誰なの? 未来に起こる、異常事態って……?」
「“彼”とは……××くんです」
「××……?」
「……リネンさん。リネンさんはもし、自分が子孫を残せない体になったら、どうしますか? いえ、もし自分ではなくてもその子供や孫がもう新しい家族を作れないと知ったら……」
「子孫を? ……病気で、ということ?」
 フィアレフトは、小さく首を振った。
「病気ではありません。そう考えられています。その機能自体が、消えて……消されてしまうんです。生物というものは、環境に応じて進化していきます。それが環境に応じて、退化させられた……というんでしょうか。私は元々子供が出来ない身体なので、それがどれだけの悲しみを伴うものなのかは解りません。でも……人々は、絶望しました」
 それが、2048年における“異常事態”だ。子孫を残すことが出来なくなった人々は、滅びの道を歩むしかない。
「ピノさんはパラミタ大陸がぎりぎりで保ってきたバランスを崩してしまったんです。彼女の行動の切欠となった事件は、2046年――『魔王』によるリュー・リュウ・ラウン襲撃事件です。少なくとも……私が知っている『事実』の中では」
 今、ペガサスの近くにいるピノにとっては、切欠はそれより前だったかもしれない。自分の暮らしていた世界では起きなかった事件――空京デパートでの兎事件のニュースを思い返しながら、フィアレフトは言った。

「……うーん、もっと近付きたいなー。大人しそうだけど……本当にダメなの? フェイミィさん」
 リネンとフィアレフトが話をしている中、ピノは葦毛のペガサス――ワイルドペガサス・グランツを横から見ていた。乗ってみたり触ってみたりしたいものだが、このペガサスは獰猛で、心を許した相手以外には大怪我をさせる可能性があるという。
 ちなみに、背後に立つともれなく蹴られるというのでペガサスのお尻を正面から見ることは出来ていない。
「心を許すと、すり寄ってくるんだけどな。それをしてこないって事は、まだ危ないってことだ」
「あたし、何もしないんだけどなー……攻撃されると思ってるのかな?」
 触りたいなー、と、うずうずした調子でピノは言う。我慢出来なかったのか少し近付くと、ペガサスは前肢で乱暴に土を掻き、鼻をふんっと鳴らした。びっくりした彼女は「わっ!」とその場に尻餅をつく。「大丈夫?」とフリューネが助け起こす横で、フェイミィは天馬の乙女を使ってペガサスに問いかけてみる。
「なあ、何でこの子に心を許さないんだ?」
 ペガサスはまた鼻を鳴らす。フェイミィはつい苦笑した。
「……ただの好奇心で見られるのも触られるのも嫌だってさ」
「そういうわけじゃないんだけどなー……ちょっとは? そういうところもあるかもだけど……」
「ただの好奇心じゃないって、伝えてみたらどうかしら。1回くらい、触らせてくれるかもしれないわよ」
 フリューネに言われて、ピノはむー、と口を尖らせてから一歩前に出た。何かを話しかけようとしているようだ。
「正直に、気持ちを伝えるんだ。見下すな、怯えるな……って、言葉じゃ難しいかもな。自分を隠さず、そうあろうとしろ、って話さ」
「……あたしは、ペガサスさんの事をもっと知りたいだけなんだよ。そういう気持ちを、伝えればいいのかな?」
 そうして、横目で見遣ってくるペガサスに話しかける。対話とは言いにくいそのささやかな交流は、日が暮れるまで続けられた。