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リアクション
第24章 実用性か外観か
「あ、あれは……」
「どうしたのですか? アクアさん」
先程の不動産屋で幾つかの物件をキープし、次の店も近くなったところでアクアは嫌そうな顔をして立ち止まった。宿儺は不思議そうに彼女の目の先を追ってみる。その先には、一行の目的地である店の前に立つ男性――風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の姿があった。貼り付けられた見取り図を見ていた優斗は、視線を感じたのかふとこちらに顔を向ける。
「あれ? アクアさん、こんなところで会うなんて偶然ですね。どこに行かれるんですか?」
「…………」
彼は、にこにことした笑顔で話しかけてきた。どこでも良いでしょうと言って別の不動産屋に行こうと思ったアクアだったが、苦々しい表情を浮かべている間に宿儺が言う。
「このお店に、工房に使える物件を探しに来たのです!」
「……宿儺!?」
「どうかしました?」
「いえ……」
過去、優斗に何度も振り回されたと勘違いしているアクアは彼にあまり良い感情を持っていない。だが、それを宿儺に言っても詮無いことだ。諦めて彼と顔を合わせる。
「工房……もしかして、機晶技師として独立されるんですか? おめでとうございます」
「……独立といっても1人ではありませんし……私はモーナの手伝いをしていただけで弟子というわけでもありませんでしたから……」
相変わらず裏の無い笑顔を浮かべている優斗に不承不承、答える。
「ツァンダにある物件を探しているんだ。なかなか条件に合う場所がなくってな」
そこに真司が説明すると、優斗は「ツァンダに来るんですか?」と何だか嬉しそうにした。
「もしご近所になったら宜しくお願いします」
「では、近所にならないように気をつけますね」
と言っても、アクアは優斗達の家に行ったことがない。不可抗力で近所になってしまうかもしれない。
「そう言わないでくださいよ。僕や隼人、僕のパートナーも機晶技術にある程度精通していますし、分からないことがあったら訪ねてきてください。呼び出してくれても良いですし……あ、そうだ」
苦笑しつつ話していた彼は、良いことを思いついたという顔になってアクアに言う。
「ツァンダには土地勘もありますから、ある程度良さそうな物件の目星もあるのでお勧めの不動産屋を紹介しますよ」
「……それで近所に誘導しようとか思ってるのではないでしょうね?」
「まさか。友人として協力するのは当然ですから」
アクアのジト目を気にする素振りもなくそう言うと、優斗はこっちです、と歩き出す。
「…………」
存外素直に、アクアは彼に続いた。新しい物件が見られるのなら、この際猫の手の紹介でも軟派男(勘違い)の紹介でも気にしてはいられない。
「ところで……貴方はあそこで何を見ていたんですか? 先程の話から考えて引っ越す気は無さそうですし……もしや、中で働いている女性に声を掛けようと……」
「! ち、違います、見取り図を見てたんですよ! ……今の家だとストレスが溜まりすぎるので、たまに家族に内緒で1人で静かに過ごせるような場所を見つけようかと考えまして……」
「……よく分かりませんけど、隠れ家、みたいなものでしょうか……?」
話を聞いていたヴェルリアが、小さく首を傾げる。
「あ、そうですそうです! あ、あの、誰にも内緒で……特にテレサやミアには絶対に知られないようにしたいので……そこの所はご協力をお願いします!」
同居を頼んだ宿儺もかくやという必死さで頼み込む。
その時、優斗の携帯がぴろりん、と音を立てた。
「はっ!? テレサからメールが……。……えっ!? ……何で、分かるの!?」
――約1分前、ツァンダの優斗の家にて――
「あっ、今、何か優斗さんが良くないことを考えているような気がします」
何かびびっと来たテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)は、早速連絡を取らないといけない、と家事の手を止めて携帯を取り出した。
『今、女の子とお話をしていますよね? どんなお話をしているんですか(`・ω・´)』
素早く打ったメールを送信する。顔文字はまだ可愛らしい部類だが本人はお近づきになりたくないレベルに無表情だ。冷たいオーラが放たれている。
そのままの表情で待つこと数分、優斗から来た返信を秒速で開く。
『違うんです! 今、偶然アクアさんと会って、お引っ越しを考えているらしいからそのお手伝いをしようと……ほら、僕はラックベリーも所持しているじゃないですか。だからお役に立てるかなと思って……。
ただの親切心であって、それ以上でもそれ以下でもないんです!』
「……アクアさんがお引っ越し……本当なんでしょうか。アクアさんにもメールを……」
表情を通常モードに戻して、新規に作ったメールをアクアに送る。だが、家事に戻ってしばらくしても返信は来なかった。気付かないのかもしれない。
「電話してみましょう」
直接ダイヤルしてみる。だが、やはりアクアは出なかった。これは、マナーモード(しかもバイブなし)とかにしている可能性がある。
もう一度優斗からのメールを読み直す。これだけでは、嘘を吐かれていても見破れない――と、テレサは思った。
「直接会って、話を聞いてみましょう」
『分かりました。優斗さん、どこにいるんですか? 教えてください』
⇔
「……まさか、ここに来るつもりじゃ……」
テレサからの返信を読んで、優斗は怯えた。いや、怯えることはない。自分は、嘘など何も吐いていないのだから。
空京に居る旨を打ち込み、返信する。一方、テレサのメールにも電話にも気付かなかったアクアは、道の先から歩いてきたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)と話をしていた。
「工房を開くんですか。遊びに行きたいです! どこにあるんですか?」
「いえ、まだ場所は決まっていないんですが……物件を探している途中なんです」
「そうなんですかー……それなら、私も何か協力しますよ!」
迷わずにそう申し出てくれた彼女と近くのカフェに入り、これまでにどれだけの店を回ってどれだけの数の内見をしたか、元々の希望がどんなものだったのか、何人で工房を使うか等を皆で話す。
「……そんなにたくさん回ってたんですか……」
そこまで詳しい話を聞いていなかった優斗が驚きを露わにする中、ノアはお茶のカップを水平の位置からじーっと見つめ、なぞなぞを前にした時のような表情を浮かべている。
「んー……アクアさんの希望を全部叶えようとすると、手持ちの予算では心許ない感じですねー」
部屋5つに大きい作業部屋、というだけでも実はそこそこにハードルが高い。結構な高級物件だ。充分の広さが必要なら、予算にもう少し余裕が欲しいところである。
尚もカップを見つめていた彼女は、自分の知っている中で何か良い物件はなかったかと記憶を探る。結果、思い出したのがとある倉庫だった。
「アクアさん、レンさんが前、飛空艇を弄るのに借りていた倉庫があるんですけど、良ければそこを貸しましょうか? 今は、買い取ってウチの所有物になっているんです」
「倉庫……ですか? でも私は……」
作業や研究をする為の職場としてだけ使うのではなく、居住しようと思っている。広さは充分かもしれないが、住むのに快適とは言えないのではないか。
「まあまあ、最後まで聞いてください。つまり、内装しちゃえばいいんですよっ! 理想の物件を探すのも疲れたでしょうし、いっそのこと自分で造った方が早いような気がしませんか?」
「内装……」
それは、考えてもみない選択肢だった。目から鱗が落ちる思いのアクアに、ノアは明るく続ける。
「飛空艇は空京に移しているんで、自由に使って貰って大丈夫です。知り合いの内装屋さんにお願いすれば格安で改装出来ると思いますし、他にも、安い業者さんがあるかもしれませんよ?」
驚き覚めやらぬまま話を聞いていたアクアは、真剣にその方法について考える。自分で間取りや内装を決められるなら、ウォークインクローゼットを初めとした一度諦めた数々も組み込めるかもしれない。
理想を言うなら外観も可愛らしい建物が良かったが、そこが多少無骨になってしまうのは仕方がないだろう。
「分かりました。他に何箇所か見てみて良い場所が無さそうだったらお借りするかもしれません」
希望が見えてきたアクアは倉庫のサイズだけ聞き、最終的にどうするか決まったら連絡する、とノアに言って彼女と別れる。
そして、次の不動産屋へと皆で向かった。
「こんな所で会うなんて珍しいですわね、アクア」
内装も既に整っているなら、勿論その方が手間も掛からない。だが、優斗に紹介されて入ってみた不動産屋にはやはりそこまでの物件は無かった。ノアに連絡してみようかと思った矢先、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)とばったり会って足を止める。
「そうですね……買い物ですか?」
ノートは通信士ゲフィオンと2人、両手には高級ブランド店のロゴの入った紙袋を持っていた。
「ええ。望がドイツに出張中なので、今日はゲフィオンがお供ですわ。アクア達はどこに行くんですの?」
「私は不動産屋に……。工房に使える家屋を探しているんです」
そうして、新しく工房を開こうと思っている事、そこで何をして、どんな研究をしようと思っているか等を手短に話す。その途中で、アクアの脳裏に、またノートの台詞が甦る。
『本当に進みたい道があれば、気にせず進みなさいな』
彼女の一言が、自分に全く影響しなかったかと言えばそうではないのだろう。時間は掛かったが、進む為の糧になったことは多分、確かだ。
「いつかの夏の日の貴女の言葉も、私が今ここにいる素因の一つなのだと思います。……ありがとうございます」
「……?」
ノートは、1拍の間と共にきょとんとした。遅ればせながら礼を言われたと気付いて、得意気に笑う。
「何の事かさっぱり判りませんけど、感謝するというのであれば尊び敬いなさいな、お〜ほっほっほっ♪」
「……………………」
この瞬間、アクアは今の行為を少しばかり後悔した。口の下に揃えた手を当て、絵に描いたような高笑いを続けていたノートは、「なんだこの人」という一同とゲフィオンと通行人の視線を1ミリも気にせず、調子づいて閃きのままに明言する。
「工房というなら、アクアのアトリエで決まりですわね!」
「アクアのアトリエ……ですか?」
どこのゲームだと突っ込む者が不在の中、アクアは真面目に考えてしまう。シンプルだが、分かりやすいタイトr……ではなく工房名だ。
「悪くないかもしれませんね……」
共同で使う3人の賛同が得られたら、その名前で看板を出そうかと本気で思う。
「それはそうと、予算はどのくらいなんですの?」
やっと笑いを収めたノートは、荷物を持ち直しつつアクアに訊く。増えた分も含めて答えると、少し考えてから彼女は言った。
「ツァンダ郊外でよければ、蒼空学園に通学していた頃に住んでいた別荘がありますわよ」
「ツァンダ郊外……ですか?」
「少々交通の便が悪いですが、2階建てで、地下貯蔵庫と自家菜園がありますわね。家賃は……交通と経年劣化もありますし、予算範囲内で抑えられますわね。改装するならローン購入でも構いませんけど」
「…………」
アクアはその建物の様子を想像する。別荘というのだから、外観もきっと良いだろう。しかし、それだけで広さ諸々が分かるわけもなく、判断は出来なかった。
「実際に見てみたいので、住所を教えていただけますか?」
「何だったらご案内しますわよ。買い物も大方終わりましたし」
彼女達が乗ってきた飛空艇でツァンダに行き、その郊外にあるという別荘を皆で見学したアクアは、外にあるガーデンチェアに座って頭を悩ませていた。
外観は良い。彼女の趣味にちょうど合致するデザインで、別荘なだけに町内会とは勿論無縁で周囲の環境も良い。日々をマイペースに過ごせるだろう。
だが、そこはやはり『家』だった。時には火花も散る機械作業をするには不向きな気がする。
(実用性を取るか、デザイン……いえ、住み心地を取るかということですね)
数時間前にヴェルリアが言った通り、本格的に工房を運営するなら、ある程度の居住性は諦めるべきだろう。そう考えると、倉庫を改装する方が良いかもしれない。だが――
どうにも決心がつかず、鞄から出した携帯をもてあそぶ。適当なボタンを押して暗転していた画面を明るくしてみて、そこで初めて、アクアはテレサからメールと着信があった事に気がついた。
(一応、連絡をしておきましょうか……)
メール本文にあった、本当に引っ越しするのかという問いに答えようとダイヤルする。耳につけた携帯から呼び出し音が聞こえてくる中、さわさわと揺れる木々の奥から着信音らしい電子音が流れてくる。
「……?」
誰が来るのかとそちらを見ると、石畳の続くその先から、テレサ本人が姿を見せた。空京にいると伝えてから連絡していなかった優斗が、吃驚仰天する。
「テレサ!? な、何でここに……!」
「空京に行く前、大型飛空艇を見かけて追いかけてきたんです。あそこに優斗さんがいる! と直感したので」
その場を見渡したテレサは、ノートとヴェルリア、宿儺を見て優斗に言う。
「女の子が何人もいますが……ナンパしたり、しようと思ってたりしませんよね?」
「し、してませんし思ってませんよ! 僕はあくまでもアクアさんのお手伝いでいるわけで……」
テレサが優斗を責め始めたのを見て、アクアは改めて携帯の画面に目を戻した。そこで、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)からメールが入る。そういえば、真司達に会う前に電話があったので、良い場所が見つからなくて困っている、と伝えていた。
『女の子の部屋とか分からん事もあるし、助っ人を見つけたぜ。これから会えるか?』