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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●リア充たちの晩餐

 波、静かなり。パラミタ内海。
 誰知ろう、陽、海に没したのちのコテージで、繰り広げられるこの人間絵巻。
 それは晩餐、リア充たちの……晩餐!
「いやぁ久々の海で楽しかったな!」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は意気軒昂といった様子だ。最前まで太陽を浴び、ギラギラのヒリヒリに日焼けして、実はまだ肩のあたりがカッカと火照っているのだが、冷たいシャワーで塩っけを落とし、首にタオルをかけて実にさっぱりとしている。
 コテージ内のテーブルには、豪華な海の幸や珍味が、ちょっと手を触れるのがためらわれるほど綺麗に盛りつけてあった。海で遊んだ今日一日の締め、打ち上げの場ということだ。
 康之は手にしたグラスを掲げる。
「というわけで、ジュースで乾杯しようか!」
 真っ先に杯を手にしたのは匿名 某(とくな・なにがし)
「コテージが近くにあるとは康之もいい場所チョイスしたな」
 と康之をたたえておいて、しっかりこう言い加えるのを忘れない。
「これも恋人のためってか?」
 なんてニヤニヤしてみるのだ。さすが初代リア充の余裕だ!
「……なんだそのふざけた理由は。撃ち抜くぞ」
 フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)はグラスを手にしつつも、まったくもって手厳しい。ギロッと康之を一瞥する。口調も、大きなハンマーで五寸釘を一撃のもとに叩き込むような容赦のなさであった。
「あいたた! あいかわらずだな、でかっ子は!」
 空いたほうの手で額を抑えて、男康之は討ち死にの体だ。
 すると助け舟、やはり初代リア充すなわち匿名某の恋人、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)がグラスを手にして言うのだった。
「そういうフェイちゃんだって、このところは恋愛関係が充実しているようですね……」
 これはフェイのウィークポイントらしく、彼女はたちまち「そ……それは……」と口ごもる。
 綾耶は続けて、
「フェイちゃんが以前話してた子と恋人になったと聞いたのはびっくりでしたが、幸せなら問題ないですよ!」
 と一切の邪念なく赤子のように笑った。
 これで復活したのは康之だ。がばと身を起こす。
「なんにぃ!? それは一大事! そうだな……最近リア充になったでかっ子を祝うってのはどうだ!」
「……馬鹿は死んでも治らないという。どれ、試してみるか……」
「っと、そんな物騒な言い回しはなしだぜ!」
 本当に撃ち抜かれてはたまったものではないので、康之は眉間をかばうようなポーズを取った。
 だがフェイに殺意はなかったようだ。ふてくされたように、
「……まあ、祝われなくても幸せだ。だって、本当ならほとんど諦めていた相手と恋人になれたんだから」
 と、ボソッと言って視線を壁のほうに向けたのだから。壁に愉快な模様でも描いているのであれば話は別だが、これはおそらくフェイによる、『照れ』の表現であるとみてよかろう。
 それでは、と某が咳払いして音頭を取った。
「こうして皆、自分の一番大事な人間と大切な仲になれたってのは本当にいいことだよな! よし、乾杯だ! お疲れ、そしておめでとう!」
 リア充たちの晩餐というのは大袈裟ではない。
 某と綾耶は以前から公認のカップルで、本日の旅行の幹事康之も、なんやかんやあったものの意中の人と結婚を前提とした付き合いを始めたところであり晴れて二代目リア充を襲名(?)、そしてついに『でかっ子』(by康之)ことフェイも同性の想い人を射止め、まさかの三代目リア充となったのである。
 というわけで現在、絶賛幸せ確変突入中のフェイであるが、どうも性分らしく一言いわずにはおれないようだ。康之(フェイいわく『やかまし野郎』)に毒づくようにして言う。
「……なぜこの中で一番そういうのに遠かった奴が一番関係進展してるんだ。それが凄く不思議で腹立つ」
 某はカニの足を開けていたところだが、手を止めて口を挟んだ。
「康之も出会った頃はわんぱく坊主がでかくなったような奴だったのに、今じゃすっかり成長したもんだ」
 しみじみと、親のような心境の某なのである。
 すると不肖の息子(??)康之も、更生したヤンキーのような神妙な顔つきで言った。
「俺も今の子とは色々あって恋人になって、そして婚約者になったけど、こうして一番大事な人と一歩一歩仲を深めてくってのはすっげぇ嬉しいし幸せだって感じてる……」
 感無量になったようで、ちょっとウルっとなりながら康之はしめくくった。
「これがリア充なんだな! 確かになりたくなるよな!」
「リアジュウシネとか言っちゃだめだよな!」
 某もこれには意を唱える気はないようだ。
 綾耶が視線を向けると、フェイは観念したように、
「……同意したくないがやかまし野郎に同意だな」
 と言った。
「……今はリア充やってるどこぞの赤毛の龍騎士が、かつてやけにリア充になりたがってた時期があったが……その理由がなんとなくわかった。こういう気持ちになれるなら、確かになりたいものだ」
 某は舌を巻いた。これまでのフェイの言動を考えれば、こんなことを彼女が言うようになるとは、とてもではないが思えない。
 しかし、評価したい。
 ――フェイも最近まで悩んでたが、解決して幸せの最中って感じか……綾耶も言ってるけど、離れ離れになってもこうして幸せだってわかるのは、いいよな。
 康之が息子だとすれば、娘を見守るような心境にもなる。
 やがて食事が片付くと、食後の茶もほどほどにして康之は席を立った。
「さて、そろそろお開きにして俺とフェイはそれぞれの部屋に戻ろう」
「……ああ、綾耶も、二人きりになりたいだろうし」
 言いながらフェイもさっと立った。フェイは今日のことを、まだ恋人に伝えていない。ここを出たら電話しよう。
「おい、それって……」
 手を伸ばす某に、ご意見無用とばかりに康之は言いのけた。
「某とちみっ子はこの部屋だぜ? 当たり前だろ! てことで、二人でのんびりしてくれな!」
 そうして康之とフェイは姿を消したのである。
「…………」
 人数が半分になると、妙に静かなこの一室だ。
 まもなくして某は話すことがなくなり、話題を探すように視線をさまよわせた。
「……さっきの話題のせいか妙な感じですね……」
 綾耶は苦笑した。それは、これまで通りの綾耶らしい言葉だった。
 しかし、次の一言は、違う。
 綾耶ははっきりとこう言ったのだ。
「……でも、私たちも次のステップに進まなきゃですね」
 ――次のステップ!?
 某は突然、己が運命の日を迎えたことを悟ったのである。
 ――恋人としてはやってきたし、パラミタの騒動が収まったら結婚するって約束もしてるけど、他になにが……もしかして、大人の階段昇る、的なやつか!
 これは夢か。夢の劇場か。
 ――そういえば夢の劇場って英語で書くとDream Theaterとなるわけでそうするとなんだか変拍子が聞こえてきたりするけど、これを頭文字で略して書くとDTだねアハハン♪
 あまりの緊張と焦燥感と混乱ぶりに、頭の中がプログレッシブになってきた某である。わかる人だけわかればいい。
 いや、これは某の頭が熱暴走しただけのことかもしれない。
 ――ま、待て。康之がそこまで意識して言ってるわけじゃない! 俺の勝手な深読みに違いない!
 清純派の某としてはそう考え直して、
「すまん、なんかちょっと、暑くなってきた。汗かいたしもう一回シャワー浴びるわ」
 立ち上がり、頭を冷やすべくタオルと着替えを手にしたのだが。
 そんな某の足は、綾耶の言葉により硬直した。
「……『後で』一緒に入りませんか?」
 ――って、綾耶も同じ結論に行き着いてるぅ!
 心臓が口から飛び出して衛星軌道上まで到達しそうな精神状態になり、ぐるっと某が振り向くと、そこには、
 すさまじく紅潮した綾耶が、
 内股になってもじもじして、
 上目遣いの誘うような瞳で、
 某を見ていた。
 据え膳食わぬはなんとやらと言うが、たとえ夢劇場であろうとDream Theaterであろうとなんであろうと、健康男子21歳、これで動かなければ嘘だろう。
「綾耶!」
 某は綾耶の両肩に手を乗せた。
 ところが勢いがよすぎて二人、もつれあうようにして倒れ込む……ベッドの上に。
 砂漠で水を見出したかのように、夢中で某は綾耶の唇を求めた。綾耶も、言い方はダーティだがけだもののようにそれに応じた。
 某は綾耶のブラウスのボタンをむしり取るようにして外してしまう。
 無我夢中で彼女の下着に手をかけたとき、さすがに理性がよみがえったか、一瞬だけ某は躊躇した。
 でも大丈夫。
「え、えっと、お手柔らかに?」
 そう言って、綾耶はかすかにうなずいたのだから。

 ここから先は、筆者もあずかり知らぬところだ。