リアクション
「花見にはまだちょっと早いね。蕾のままでも綺麗だけれど」 ○ ○ ○ 「今の髪型が気に入ってるんだ。これ以上切る気はないし、服の好みもある」 「そう。どうせ大して頓着ないのだろうから、全部私のプランでやらせてもらうわ」 「和服を着る際に髪をまとめる為にも、これくらいの長さはあった方がいい」 「体面には王子様みたいなイメージもあるのよね」 「ま、まて亜璃珠。なんか話がかみ合ってない気がー」 などと多少抵抗しながらも、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に逆らうことは出来ずに、衣料品店と美容院へ引っ張られていった。 優子が亜璃珠に逆らえないのには訳がある。 彼女は今、小さな悩みを抱えている。 それは……。 「パラ実生へのスピーチ?」 「ああ、なんか若葉分校生だけじゃなく……その、四天王としてのスピーチを頼まれたんだ。断りたいところだけど、ほら、やっぱり……」 「パラ実生からの信頼も得ておきたいものね」 「まあ、そうなんだ」 美容室で、順番を待ちながら優子は亜璃珠に尋ねていく。 「で、どんなことを言ったらいいと思う?」 「そんなのいつも通りでいいじゃない」 亜璃珠は特に迷いもせずに、答える。 「飾り気のない言葉の方が、彼らには届きやすいと思うけど?」 自分が言うのならまた違う言葉を言うだろうけれど。 優子は、優子らしい言葉で、十分彼らに伝わるだろうと、亜璃珠は言う。 例えば、こんな風にね、と。 亜璃珠が言った言葉を優子は復唱していく。 「いかがでしょうか」 美容師が、鏡を優子に見せた。 優子は鏡の中の、自分の後ろに映る亜璃珠に目を向ける。 「……とっても素敵よ」 亜璃珠がそう言うと、優子は軽く首を縦に振って美容室に礼を言い、会計を済ませるとその美容院を後にした。 一旦、百合園の寮の、アレナの部屋に戻って亜璃珠が選んだ服に着替えて。 その上に春用のコートを纏うと、優子は亜璃珠、アレナと共に、飛空艇で大荒野の方へと向かって行った。 若葉分校に寄った後、空京の謝恩会に出席する予定だ。 ○ ○ ○ 「ヒャッハー! オレの女である優子がB級四天王になったぜ! 野郎ども、お祝いだ! 飲め! 騒げ!」 「ヒャッハー!」 「うおおおおーっ!」 若葉分校の番長の号令と共に、分校生達が雄叫びを上げて乾杯をしていく。 番長――吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)の企画で、ここ神楽崎分校のホールで、『祝賀会』が行われていた。 「今日は総長がいるんで、間違いがあったらマズイからな。酒類は全部ノンアルコールだ、安心して飲めよ!」 一応パラ実の講師であるゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)がそう言いながら、ビールやワインボトルをテーブルに置いていく。 「総長がいるからとはどういうことだ……」 「ま、深く考えるな深くは。アルコール入ってねぇけど、酔ったフリして甘えてもいいんだぜ〜」 言いながら、ゼスタは優子のグラスにビールを注ぐ。 「アレナも飲むか? 君にはビールより、果実酒の方が合ってるよな」 「間違えたふりして、アルコール入りを飲ませるつもりじゃないだろうな」 優子がゼスタに疑いの目を向ける。 「しねーよそんなこと。……神楽崎にはしてみたい気もするけどな」 くすりと笑みを浮かべて、ゼスタはアレナのグラスにノンアルコールワインを注いだ。 「ありがとうございます」 アレナが礼を言うと、ゼスタは軽い笑みを彼女に向ける。 優子がいるからだろうか……それ以上、他の女の子達に言うような、甘い言葉を彼女にささやくことはなかった。 「あ、アレナさん、生徒会庶務のブラヌっすけど、制服持ってきてくれた?」 ゼスタが離れた直後、ブラヌ・ラスダーがアレナに駆け寄ってきた。 「はい持ってきました。どの方でしょうか?」 「彼女体調崩しちまって、今日は来てないんだ。預かっておいてって言われたんだけど。……ん?」 アレナが持っている袋の中の制服は、しっかりクリーニングされていた。 「洗濯しなくていいと遠慮されていましたが、やっぱり綺麗な方がいいです、ので。お金あんまりかかってないですから、いいんですよ」 「そういう問題じゃなくて……いや、あのさ……そうだ、まだ今月はアレナさん百合園生だし、最後に俺達に制服姿見せてくれよ〜。今日は、その制服で楽しんでいってくれ! もし汚しちまったとしても、責任を持って、俺が洗濯しておくからさ」 「そうですか……。それじゃ、汚さないように気を付けますね」 そう言って、アレナは一旦席を外して着替えてきた。 「オウ、優子。早速すまないが」 竜司がジョッキを手に近づいてくる。 「簡単でいいんだが、総長としての『お言葉』、『今後の抱負』、『A級への意気込み』なんかを聞かせてもらいたいんだが」 後ろから、舎弟の分校生がマイクを向けてくる。 更にそのマイクはwebカメラ付きのノートパソコンに接続されていた。 「げふっ、ごほっ」 「優子さん、大丈夫ですか」 むせる優子に百合園の制服姿のアレナがハンカチを差し出す。 「しゅ、祝賀会をやるって聞いてたから、まさか……とは思ったけれど、やっぱりそうなの、か」 優子はアレナのハンカチで口元を拭いた後、遠い目をした。 この祝いはロイヤルガード隊長就任のお祝いじゃなくて、四天王としての昇格祝いらしい。 「ネットが使えるようになったからな、大々的にアピールさせてもらったぜェ! 飲食物は持ち寄りだってのに、3部にしなきゃなんねぇほど参加希望があってなァ」 優子は1部にしか参加できないため、ネット配信や録音が必要なのだと、竜司が言う。 「B級四天王としてやることが沢山あるだろうからな、引き止めはしねェ」 「うん、えっと……」 四天王としては何もやっていないし、何も出来てはいない、とは思いながら優子は目を泳がせ、助けを求めるように、共に訪れた亜璃珠を見た。 「いつも通りでいいって、言ったでしょ?」 亜璃珠はそうとだけ答える。 優子の事も気になるが、心配はしていなかった。それより、テーブルの上のお菓子の誘惑との戦いの方が大変なのだ。 頼りない。 弱そう。 自信がない。 そんな風に見えてしまうことは、マイナスだと優子は理解していた。 だから、拳に力を籠めて意を決して。 強い目でパソコンを見詰めながら言う。 「若葉分校――総長の神楽崎優子だ。知ってのとおり、若葉分校にネット環境が整った。若葉分校は、小さな分校ながら、生徒会もあり、C級四天王と呼ばれる番長も存在している。また、本校の生徒会役員や、S級四天王も、ありがたいことに顔を出してくれることがあるという。 今日、こんなに多くの者達が集まってくれたことを、とても嬉しく思う。 集めたのは私の力ではないが、私がその象徴となれるのなら、総長として誇れる“強さ”を持ち続けると誓おう」 一呼吸置いて、集った者達を見回して。 最後に、亜璃珠と練習をした言葉を口に出す。 「気質は違うし器用でもない、キミ達の期待に答えられないこともあろうだろうが、それでも慕ってくれるなら――ついて来い」 不敵な目で、強く言いきられた最後の言葉の後。 一瞬、場は静まりかえった。 その直後に、歓声と雄叫びが湧きあがった。 空京で開かれる謝恩会に出席するために、優子達は2時間程度の宴会の後、若葉分校を発つことになった。 「そっちの会に乗り込むことも考えたんだがなァ。オレがそういう会に参加したら、女たちに惚れられまくって、主役の卒業生より目立っちまうからな、今回は遠慮しておくぜェ」 「……そ、そうか」 竜司の言葉に疑問を感じながらも、優子は否定はしないでおいた。 「行きたがってるヤツもいるが……ゾロゾロ連れて行ったら、百合園の女子達を驚かせるだろうし、そっちじゃ四天王の祝いも出来ないだろうからな」 「そうだな。ありがとう、吉永」 続けられたその言葉には、優子は感謝をして礼を言う。 「ところで、優子。その呼び方は他人行儀だぜェ? オレとお前の中なんだから、遠慮するなよ」 自分は優子が治める若葉分校の番長で、C級四天王。優子はここの総長で、B級四天王。 下っ端なのだから、名前の呼び捨てで構わない、そんな意味で言った言葉だった。 「うん……ありがとう、竜司。任せっきりで済まない。頼りにしている」 そう優子は微笑んで、亜璃珠、アレナと一緒に、分校を後にした。 「よし……よぉぉぉし!」 ブラヌは祝賀会の様子を、分校の携帯電話のカメラで沢山撮影していた。 制服姿のアレナも勿論沢山撮った。 そして、彼女の脱ぎたての制服も預かったのだった。 |
||