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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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●全ては、ここから始まった

 土の上に、未だかつての戦いの傷跡を残す研究所がそびえる。
 そして、それを取り囲むキメラの大群が、今にも襲いかからんばかりに雄叫びをあげていた。

「……今回のキメラに関する特徴については、以上です。……君たち頼りになってしまうのが心苦しいですが、力を貸してください。僕もできる限りの助力はします」
 研究所の中心部、一時的に設備を回復させたその場所で、ディル・ラートスンが集まった冒険者に情報を伝える。
「心得ました。ではオレ達は、みなさんが全力で戦えるようにここで支援に回りましょうか」
「皆、頑張ってくるのじゃぞ」
 ディルの言葉に羽瀬川 セト(はせがわ・せと)エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)が頷き、次いで準備を完了した冒険者が部屋を後にしていく。
「お久しぶりですね……と再会を祝したいところですが、事態はそうも言っていられないようですね」
「ええ、このような時でなければ祝杯の一つもあげたいところですが」
 ディルとセトが会話をしているところへ、エルミティが寄ってくる。
「『ファス』と『セド』の容態は安定しているわ。状況次第で援護させるか決めるわね」
「うん、ありがとう、エルミティ。……できれば、そんなことにならなければいいんだけどね」
「ファス、セド……? ディル、一体何のことじゃ?」
 エレミアの問いに、ディルが今いる場所を見渡して呟く。
「……ここが言わば、今回の事件の発端、ということになるんでしょうね。この研究所で人と生物の合成獣……キメラの研究がされていることを知ってから、僕の生活は様変わりしてしまいました。その生活の中で知りえた物には、今後一切人の目に触れず封じてしまうべきものもあるように思います。……でも、これまでを見てきた僕が、その見てきたものを封じてしまうことには、どうしても納得がいかなかったんです。……研究者の性、とでも言うのでしょうか。情けない話ですね」
 半ば自虐的に微笑むディルに、エルミティがそっと寄り添う。
「ディル、あなたに非はないわ。きっと既に、箱は開け放たれていたのよ。それならば、もう一度箱に蓋をするよりも、箱の中身を解明してより良い方法を生み出すことが、私たちの使命だと思うの。……大丈夫、あなたは私が護るわ」
 エルミティの言葉に、ディルが犯したモノの正体に気付きつつ、セトが口を開く。
「今は、この事態を好転させることだけを考えましょう。それからどうするかは、またその時に考えればいいと思います」
「ファスにセド、いい名ではないか。……セト、と似ておるのが気になるがな」
 セト、エレミアの言葉にディルとエルミティが頷いたその直後、キメラ襲撃を告げる警告音が室内に響き渡った。

 内側から補強された扉が、外からの圧力で軋みをあげる。その様子を、設置した防壁の内側に待ち伏せる冒険者と共に、峰谷 恵(みねたに・けい)エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が窺っていた。
(ここから逃亡した人のことも気になるけど……でも、今はキメラをなんとかしないと)
 恵が向けた視線に、応えるようにエーファが目を合わせ、頷く。
 ――瞬間、轟音が所内に響き渡り、焦げた臭いが立ちこめる中、破壊された扉から数匹のキメラが飛び込んできた。それらにとってはここが生まれの地とも言えるはずだが、ヴィオラの手により強化を施された影響か、そんなことを忘れてしまったかのように手当たり次第に組み付き、あるいは背中から火弾を発射していた。
「ここは、これ以上破壊させないよ!」
 恵が防壁から身を覗かせ、手にした光り輝く拳銃から弾丸を発射する。その数発かはキメラの背中、山羊の頭を貫き、火弾の発射を阻止する。彼女に続くように仲間たちも身を乗り出し、キメラへの攻撃を開始する。
「あのキメラ、ケイが見せてくれた地上の創作物に出る『キマイラ』そのままですね。……どうしてでしょう?」
 攻撃を避けながら応戦するキメラを見遣って、エーファが恵へ声をかける。
「それは、このキメラをこんな風にした本人に聞くのが一番だね! エーファ、他の様子はどうなってるか分かる?」
「ここと、別の場所からもキメラが侵入してきたとの報告がありました。現在応戦中だそうです」
 交信のあった冒険者からもたらされた情報をエーファが報告し、恵がそれに頷く。
「キメラが防壁に取り付いたら、アシッドミストを撒くよ! 巻き込まれないように気をつけて!」
 恵が冒険者へ呼びかけ、装填の完了した銃を構え、引き金を引いた。

 キメラの背中から生える山羊の頭から、火弾が放たれ防壁を揺らす。一発二発で壊れるようにはできていないようだが、それでも何発も受ければいずれ壊れてしまうだろう。
「ヤギの頭を潰せれば、火弾を防げますね。沙耶、魔法でキメラの注意を惹いてください。その間に僕が狙撃で狙います」
「分かりましたわ。……兄様の期待、応えてみせます!」
 銃を構えたアンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)の言葉を受けて、葛城 沙耶(かつらぎ・さや)が防壁の隙間から火弾を見舞う。着弾した火弾から敵の居場所を推測したと思しきキメラの一体が、そこに向けて応射の構えを取る。
(……今だ!)
 山羊の口が開き、紅く燃え盛る炎が放たれようとした瞬間、引き金を引いたアンドリューの放った弾丸が、その頭を横から撃ち抜く。
「命中です、アンドリューさん! これでもう、キメラは火を吐けませんわ!」
 フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)の報告通り、欠片が飛び散った頭からもう火弾が放たれることはないように見えた。……しかし、それでも諦めることなく、キメラが防壁目掛けて駆け出す。
「こ、こっちに向かってきますわ!」
「抜かせはしません!」
 なおも一発、二発とアンドリューの放った弾丸が、今度はライオンの頭を撃ち、欠片を飛び散らせたキメラがのけぞり、防壁にぶつかるようにして地面に倒れ伏す。
「どうやら倒せたようですね――きゃあっ!?」
 隙間から覗き込んだフィオナの顔を掠めるように、未だ活動していた蛇の頭が鋭い牙をちらつかせる。
「フィオ! 大丈夫か!?」
 アンドリューの問いに、危うくもぎ取られそうになった鼻をさすりながら、フィオナが頷く。
「しつこいわね! 燃え尽きなさい!」
 防壁を突き破らんとする蛇の頭へ、沙耶が火弾をぶつける。防壁の向こうで、炎に焼かれてのたうち回る蛇の頭が、せめて一矢報いんとその大きな口を開く。
「私だって、お役に立てるんですから!」
 フィオナの振り抜いたメイスが蛇の頭を捉え、全ての頭を潰されたキメラは今度こそ動かなくなった。

 防壁を盾にした、遠距離からの攻撃をメインにした迎撃は、最初こそ成果を挙げていたが、一つ、また一つと防壁が破壊されるにつれ、キメラの突撃を受けることが多くなっていった。
「さあ、一緒にスマイル、スマイル! ん〜、いまいちですね〜、もっとスマイルですよ!」
 立派な身体つきのルイ・フリード(るい・ふりーど)が、とても暑苦しい笑顔を浮かべながら、殺気立つキメラの頭を一つ、また一つとメイスで叩き潰していく。
(……頼りにはなるが、常に笑顔なのがいっそホラーだな)
 隣で剣を振るうリア・リム(りあ・りむ)が、ルイのそんな様子をため息混じりに見遣る。蛇の頭がもげ、山羊の頭が砕け散り、ライオンの頭が得体の知れないモノに成り果てても、それでもルイの表情は笑顔を崩さない。
「スマイルが足りませんね、それではいけませんよ! さあさあ、ワタシに合わせてスマイル、スマイル!」
 一体を撲殺したルイが、やはり暑苦しい笑顔のままメイスを振りかぶり、そのまま動きが止まる。
(? どうしたというのだ、ルイ――)
 ルイの視線の先を追ったリアは、その原因に行き当たる。一体のキメラが、全ての顔に穏やかな――そう、まさに『スマイル』のような――表情を浮かべていたのだ。
(まさか、キメラにそんな知恵があったというのか!?)
 驚愕するリアをよそに、キメラと向かい合う形のルイが嬉々として、スマイルの応酬を見舞っている。
「ルイ、スマイル!」『ピタッ! タタタ……』
「ルイ、スマイル!」『ピタッ! タタタ……』
 まるで『だるまさんがころんだ』の如く、スマイルが向けられた瞬間表情を穏やかにし、視線が外れた瞬間表情を元に戻して動き出す。
(バカ、何をしている、ルイ! このままでは――)
 援護に向かおうとするリアだが、そこに別のキメラが立ち塞がる。剣と爪が交錯するその向こうで、眼前まで近付いたキメラが殺気を露にして前足を振り上げる――。
「スマイルが足りませんね!」
 こちらは笑顔のまま、ルイがメイスを振るい、キメラの首を横合いから殴りつける。最後に油断したキメラはそのまま、二度と動くことはなかった。
(……また、ルイのスマイルが進化を遂げたというのか?)
 キメラを退けたリアの、ルイに対する謎は深まるばかりであった。

 防壁が全て破壊される直前、冒険者の放ったアシッドミストが周囲に立ち込める。その隙に後方へ下がる冒険者たちを追って、ミストの晴れた空間を、キメラが駆けていく。
(ちっ……これ以上先に行かせちまったら、また研究所が破壊されちまうかもしれねぇ……今度は俺が、この研究所を守ってやるんだ!)
 鈴木 周(すずき・しゅう)が踵を返し、下がる冒険者を背後に、駆けてくるキメラへ勇敢に立ち向かう。
「傷つけることになって、悪いな……だけど、ここは守り抜かなきゃいけねぇんだよ! レミ、剣を!」
「うん! 周くん、今日はあたしが許すよ。思いっきりやっちゃって!」
 レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)から愛用の剣を受け取り、周がキメラの群れへ飛び込んでいく。反応したキメラの振り下ろされた爪を剣で受け流し、体勢の崩れたキメラを背中から斬りつける。
「これだけ同士がいりゃ、そうそう炎は撃てねえだろ!」
 周が、必ず近くにキメラがいる位置をあえて選んで、キメラと交戦する。同士討ちの影響か、はたまた炎による延焼を恐れてか、確かに炎による攻撃は繰り出してこなかった。……しかし、常に複数からの攻撃を受ける状況下では、どうしても隙を生むことになる。
「ぐっ!? 痛えな、ちくしょう!」
 噛まれた感覚に周が振り返り、剣を振るう。手応えがして、蛇の頭が胴体を真っ二つにされ、地面を跳ねた後動かなくなる。
(……うお、ヤベぇ……身体が、痺れてきやがった……)
 噛み付かれた影響か、周の動きが格段に鈍くなる。そこにキメラの体当たりを受けて、周が地面を転がる。
「周くん、大丈夫!? 今治してあげるからね!」
 レミのかざした掌から出る癒しの力が、周の傷口から全身に行き渡り、徐々に毒を排除していく。
「助かったぜ、レミ。……今度は油断しねえからな!」
 レミに頷いて、再びキメラの群れへ周が飛び込んでいく。その様子を見守りながら、今日は珍しくナンパに走らないことを嬉しく思うレミであった。

「麻痺にはキュアポイゾンが有効みたい。あなたや他の仲間が麻痺にかかった時は、任せてね」
「ああ、俺もできる限り受けないようにするが、万が一の時には頼む。……行くぞ!」
 後方で援護する構えのフェリシア・レイフェリネ(ふぇりしあ・れいふぇりね)に頷いて、ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)が武器を構え駆け出す。それに気付いて飛び込んできたキメラを、繰り出した刃が貫き、前足の自由を奪う。動きの鈍った本体を護ろうとしてか、山羊の頭と蛇の頭が威嚇するように、ウェイルへ大きく口を開く。
「麻痺させられては危険だからな、そこは潰させてもらう!」
 ウェイルの振り下ろした武器から、衝撃が放たれそれは蛇の頭を寸断する。
「麻痺さえ受けなければ、随分と戦いやすくなるはずだ。……後は、このままおまえを倒すのみだ!」
 二つの頭に見つめられても、ウェイルは恐れることなく武器を構え、そして飛び込んでいく。
「うぁ……身体が、動かないわ……」
「大丈夫、今治すから、少しだけ我慢して!」
 後方では、麻痺を受けてうずくまる冒険者へ、フェリシアが癒しの力を施す。傷口から全身へと駆け巡る力が毒を排除すると、冒険者の苦渋に満ちた表情が楽になっていく。
「ありがとう、これでまた戦えるわ!」
 感謝の言葉を述べて戦いに戻っていく冒険者を見送って、フェリシアが次の行動に取り掛かる。
「これで、とどめだ!」
 蛇、そして山羊の頭を潰されたキメラが、最後にウェイルの振るった武器にライオンの頭を貫かれ、衝撃で吹き飛ばされながら地面に落ち、幾度痙攣した後に動かなくなる。
(フェリシアもやるべきことをやっている……俺も、俺のやるべきことをやるだけだ!)
 冒険者の援護に勤しむフェリシアを見遣って、ウェイルが再び武器を構え、キメラを見据える。

 キメラの襲撃を受け流すように、少しずつ後方へ下がりながら反撃、を繰り返してきた冒険者たち。
 だがそれも、かつて大規模な実験が行われていたと思しき場所へ入ったことで、終わりを迎える。それまではほぼ一本道だったのが、この場所は複数の出入り口があるため、もしここでキメラを拡散させるようなことになれば、それだけ迎撃も難しくなるし、ディルのところへ向かわせてしまう可能性も高くなる。
「ここらで止めにゃあ、せんないことになるのぉ。わしもここらで本気出すかのぉ」
「へっ、逃げてばっかりじゃ勝負はつかないぜ! 思う存分暴れてやる!」
 シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が、自らが先程駆けてきた通路を見遣って声をあげる。
「ウィッカー、ブレイロック、二人は前に出て戦ってください。私は後方から魔法で支援します」
 シルヴェスターとネヴィルに護られてここまできたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が、冷静に指示を出す。それが終わった直後、通路からキメラの大群が場所を埋める流水のように雪崩れ込んでくる。
「へっへっへ、来やがったな! これで一匹残らずひねり潰してやるぜ!」
 ネヴィルが、地面に転がっていた自らと同程度の長さの鉄柱を軽々と持ち上げ、力任せに振り下ろす。轟音と衝撃が走る中、巻き上げられた瓦礫や塵に混じって、何かの頭部や肉片が舞い散る。
「あんなん巻き込まれたらふうないのぉ、きぃつけよ」
 シルヴェスターが、ネヴィルから距離を取りつつ、いつでもガートルードを援護できる位置に移り、キメラと相対する。自らを標的にするキメラの攻撃は受け流し、背後に向かおうとするキメラに対しては全力で阻止する。
(ブレイロックのため、私は魔法にしておきましょう。……火には火を、火弾には火弾で!)
 廃材の影に身を潜めたガートルードが、その位置からキメラへ向けて火弾を見舞う。着弾し、無数の子弾を撒き散らす火弾が二発、三発と投下され、複数のキメラが抵抗力を奪われていく。

 これ以上退くことのできないという現実が覚悟となって、冒険者を限界以上に奮い立たせる。
 キメラとの最終決戦は、これからが本番であった。