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リアクション
第8章 真実の断片
「本の中に試練があるらしいが、それ以外、何も分からないという状況だ。しかし、それこそが試練なのではないかと私は思うぞ」
イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)はパートナーであるトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)とエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)、フェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)を見つめ、告げた。
「キアの言葉を聞いて、それでも飛びこむ勇気があるか。それが第一の試練なんだろう」
チラと見ると、キアは素知らぬふりを決め込んでいたけれど。
「他の挑戦者にしてもそうだ。蹴散らす必要などない。最深部まで辿り着くかどうかは恨みっこなしにしても、結局こういう試練というのは自分との戦いではないのか」
「戦うのが必ずしも正解、ってわけじゃないでありますからね」
頷き合うイリーナとトゥルペに、「さんせ〜い」と声が上がった。
「ルカルカも、何があっても皆と一緒なら、平気よ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は大きく頷き、手を差し出した。
繋がれる手と手と手と。ルカルカとパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と夏侯 淵(かこう・えん)とイリーナとトゥルペとエレーナとフェリックスと、皆で手を繋いだ。
「それにしてもシャンバラの為に、かぁ。シャンバラって何のシャンバラなんだろうね。古王国のため? 今、シャンバラに住む人のため? それともパラミタに侵攻してきた地球人のため?」
その中でフェリックスは立ちつくすキアに聞こえるように、呟いた。
「僕は一応シャンバラの建国を目指しているからねえ」
ちなみに建国の暁には、地球の人たちには感謝しつつ、パラミタにあまり増えると困るから、定住せずに帰って欲しいなあ……なんて思っていたりするフェリックスなので、キアの真意は知りたい所だったが。
キアは口を噤んだまま。
「まぁ答えが返ってくるとは思ってないけどね。だけど、キアさんはどうして試練を課すんだい? 案外、試練を課す人ほど、本人が試練にぶつかっていたりしてね」
「……」
「判定者がどんなつもりかは分からない」
その背に向け、イリーナは静かに告げた。
「シャンバラの為にすべてを投げ打つ覚悟があるか、か。愚問だな」
そうして、躊躇う事無く本へと飛び込んだ……皆、一緒に。
「臆する事はない。封印とは、解く為に在るものであろう?」
淵の励ましの声を残し、その姿は本の中に消える。
「……まったく、誰も彼も痛い所をついてくるわね」
図書館で一人残されたキアはただ、苦い笑みを刻んだ。
「おいおい、マジかよ。飛べないぜ、ここ」
本の中。降り立ち直ぐに気付いたのはカルキノスだった。
使えぬ竜のパワーや魔法、それに空を飛び事さえも、出来ず。
「封印の空間は私達にも力を及ぼすようね……」
パラミタに来てから、常に身に満ちていた力が感じられなかった。
まるで地球にいた頃に戻されたかのよう。
「そのままの存在として、進めって事かもね」
先へ進むべく、皆を促すルカルカ。
「そのままの存在か……そうだな、例え何を失くしても本当に大事なモンは……竜の誇りはこの心に宿っている」
カルキノスは心臓に一度手を当て、その後を追い。
「自分さえ保っていれば、失う物はないのだ」
続こうとした淵はふと、立ち止ったままのダリルを振り返った。
「どうした?」
「いや、何でもない……」
答えつつ、ダリルは一人押しつぶされそうな不安に耐えていた。
(「封印の書、か……ここはどこか似ている」)
長き間封じられた場所……いや、この空気が。
無慈悲なまでの静謐と静寂に満ちた、あの。
「……」
淵は何も言わず、ただポンとダリルの背中を叩いた。
「あらあらあら、ルカルカさんは双子さんでしたか?」
「ん〜、だったら楽しいんだろうけどねぇ」
「二人とも、気をつけろ」
エレーナとフェリックスに警告し、イリーナは目の前に立ちふさがる『ルカルカ』を見た。
共に在るルカルカと顔も姿形もそっくりだ。
だが、放つ威圧感が違う。醸し出す雰囲気が違う。
「心の具現化かもしれぬな」
淵は言って、槍を構えた。
「向こうは、完全武装、スキルバリバリ、能力全開、教導団の軍人が容赦ない敵として立ちはだかってきた、ってかなりピンチよね。せめてもの救いは単独って事だけど……」
口調は軽いが、ルカルカの視線は油断なく相手……自分自身を見据え。
『封印の先の真実を知りたくば、我を倒してみよ』
『ルカルカ』は剣を抜き、床を蹴った。
「そういや、ルカと戦った事はなかったな」
そのスピード風の如く。一気に距離を詰めた『ルカルカ』に反応出来たのは、淵だった。
槍と剣が火花を散らす。
ぶつかり合い、押されながら、淵の口元には抑えきれない笑みが浮かんだ。
強い相手と戦うのは楽しかった。まして、それが自分を見出した者ならばより。
「おぬし、こんなに強かったのだな。流石は、俺が選んだ契約者だぞ」
同様にカルキノスがイリーナが、散開し攻撃のタイミングを図る。
その中。ダリルは一人動けないでいた。
強い引力に引き付けられるように、『ルカルカ』から目が離せなかった。
気付いたように、『ルカルカ』がダリルを見た。
『契約者ルカルカの名において命じます。我が剣ダリルよ、彼らを排除しなさい』
「……ッ!」
命じられ、ダリルの息は止まった。
真っすぐ貫く金の瞳。圧倒的な覇気。
無条件に膝を折り、従ってしまいたい。
それは剣の花嫁としての本能といってもいい。
使い手として相応しい相手に、己が身を委ねたいと。
「俺は……」
助けを求めるように探したルカルカはだけど、優しく笑った。
「いいよ、ダリルのしたいようにすれば。ルカルカは命令なんてしない」
眩しく輝く金色の光。
長い長い孤独から救ってくれた、再び世界に迎えてくれた、金色の光。
大切なそれは、たった一つ……ただ一人だった。
「俺はだから、あなたの剣にはなれない……俺はルカルカのパートナーだから!」
振り切るように断ち切るように、叫んだダリル。
『そう……ではここで果てなさい』
『ルカルカ』は無慈悲に言い放ち、動いた。
ヒュンっ、空気を切り裂くように移動したのは、ダリルの直ぐ背後。
「ッ!?」
「させねぇよ!」
ズン、受け止めたのはカルキノスの腕。巨体はしかし、『ルカルカ』の一撃を受け止めきれずに、床に亀裂を走らせる。
「カルキノス……?!」
「敵になると、恐ろしい存在だ」
いつになく真剣に呟くカルキノス。
「何なの、やるじゃない『ルカルカ』」
数度仕掛けた攻撃はどれも通じなかった。
ルカルカはヘタり込みながら、荒い息を必死で整えた。
(「本当に、倒せるの……?」)
よぎった疑問を慌てて振り払う……だが、一度覚えた不安はどんどん膨らんでいく。
「勝てない、かもしれない……」
「いや、みんなで戦えばどうにかなる。立って頑張るんだ、ルカルカ」
そこに差しのべられた手。
「ごめん、イリーナ。ルカルカこんな弱くて……嫌になったでしょ?」
「私は別にルカルカが強いから一緒にいるわけじゃないぞ。確かに強いルカルカはすごいと思う。でも、ルカルカといて楽しいから、一緒に戦いたいと思う人間だから一緒にいるんだ」
ふっと口元をほころばせたイリーナに、ルカルカは目を見張る。
笑顔と涙を見せない『氷の女』の、微かな微かな微笑。
「教導団に入った頃なんて私は銃の持ち方も分からなかったぞ。それでも戦ってくれた仲間がいるからここまで来れた。だから……一緒にがんばろう」
「……うん!」
差しのべられた手に自分の手を重ねる。
「うわっあたし単純かも」
「……ん?」
「さっきまで勝てる気がしなかったけど、今は勝てる気しかしないから」
あの『ルカルカ』は確かに強い、完璧なまでに圧倒的に強い。
だがしかし、あの『ルカルカ』は独り、だから。
「そっか! あれが私なら同じ弱点があるはず」
ルカルカは認識票ケースに入れている恋人の写真を取りだした。
「はいは〜い、注目♪」
『なッ……!!!』
「ルカルカさ〜ん、ワタシの事も見るであります」
更に畳み掛けるように、トゥルペが咲いた。
チューリップの形をしたゆる族、ただでさえ見る者を優しい気持ちにさせる、トゥルペ。ましてや、ルカルカが可愛いものに目がないのは承知している。
案の定、『ルカルカ』の注意がトゥルペに釘付けにされる。
「今ですわ! カルキくんも、淵ちゃんも行きますわよ!」
その隙を逃さず、エレーナの号令と共に一斉に飛びかかった。
そして。
「くすぐり攻撃ですわ♪」
『なっなななななっ、何を……力が、力が抜け……』
「エレーナ、これはいいのか?」
「剣をぶつけあうのだけが戦いじゃありませんわー。弱点を突くのも立派な戦い方ですわよ!」
何とはなしに複雑そうなダリルにエレーナはキッパリハッキリ言い切り。
「あ、貴女の弱点はここでしょう、こことか、ここも弱いよね……」
自分の弱点は自分が一番分かる、とばかりにルカルカが果敢に攻める。
『やめっ、やめやめ、あっ……そこだめ。いやぁ〜ん』
耳後ろから首筋のライン、胸のサイドや突起部分、内股……くすぐられ『ルカルカ』が半泣き状態で{bold}ポスン{/bold}、と消えた。
「変則的っつーか反則攻撃っつーか、いいのかよこれ」
「勿論、良いのですわ♪」
カルキノスの呆れた声に、エレーナが自信たっぷり言い放った。
試練の先、何を望むの?
「未来を。シャンバラの未来が希望に満ちたものであるように」
「私が知りたいのは、過去の真実よ。2人の少女を、あの呪われた状態から開放する手掛かりにしたいのよ」
白き闇を見据えたイリーナとルカルカの足元が不意に、消えた。
「白い空間……ブランクに私達という文字を埋めながら最深部へと辿り着けということなのでしょうね」
オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)は冷静に周囲を見まわした。
「成程、魔法的な空間ですね。自分自身の心を映す……試練とは良く言ったものです」
何事にも動じないよう、強い心で自我を保つこと。
それは冷静に状況を分析して、より正しい選択をしたいからだ。
「……」
何も起こらない。何も現れない。
それはおそらく、オレグの心が鏡のように澄んでいるから。
普通なら不安になりそうな静寂の中、オレグはただ心を静かに保ち続けた。
強いのね。
「そんな事はありませんよ。ただ、知っているのです……ほんの小さな出来事が、誰かを救い癒す為の道標となると」
強き心……先に進む事を望むの?
「はい」
誰かを傷つけ、何かを見捨てなければならないとしても?
「憎まれるのも、辛い思いをするのも、最終的に誰かを救うために自分が犠牲になるかも知れないとしても、私はそれを受け入れたいと思います」
出現した穴に、オレグは躊躇なく飛び込んだ。
「凡てを捨てて、凡てを受け入れて、その先にある凡てを救う方法へと辿り着いてみせます」
「もし一連の事件を終わらせる為に犠牲が必要だった場合、俺が引き受けようと思います」
「蒼人ならそう言うと思ったよ」
最深部を目指しながらの葛稲 蒼人(くずね・あおと)に、神楽 冬桜(かぐら・かずさ)は小さく笑った。
「勿論、その時はボクも一緒だからね?」
「……冬桜」
当たり前のように言う冬桜に、不覚にも胸が熱くなる。
出来るなら、誰も犠牲にする事なく。
それでも、もし選択が必要とされるのならば。
「進まなければ真実に辿りつけないのであれば……」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は一人進んでいた。
幸い、他の挑戦者からの妨害は今の所なかった。
ただ延々と白い空間が続く。
けれど北都は、焦らず騒がず、ただひたすらに下を目指した。
真実を知る事は怖くはないの?
「うん。真実を知ることでこの先の選択肢が増えるかもしれない。滅び以外の何かが」
もしそんな選択肢がなかったら?
「もし夜魅を殺す事でしか解決しないのなら……やるしかないよね」
北都は自分が正義の味方じゃない事を知っている。出来ない事も救えない事もある、それを知っている。
「何より僕は『自分が世界を救う』なんておこがましい事考えたりしない」
北都はただ、夜魅よりもパートナーが大事で、大事な人が死ぬかもしれないのを放っておけないだけだから。
成程、なら。
瞬間、足元がふっとかき消えた。
「俺は君の人を気遣って浮かべる微笑みしか思い出せません、だからただ自分が笑いたいから笑うそれが出来るようにしてみせます」
頬をビュンビュン通り過ぎていく風。
永遠とも僅かともつかぬ疾走感の中、刀真はひたすら下を目指していた。
下へ、下へ、更に奥へ。
脳裏に浮かぶのは、白花の笑顔。心からのでない、その痛々しい笑顔。
出会ってそう時は経っていないのに、命を賭けるの?
「関係ありません。護ると決めたものは必ず護る、そう決めているんです。この我は必ず通します」
もし白花と夜魅どちらかを選ばなければならないのなら「白花を護る」という誓いを元に刀真は白花を選ぶ。しかし、その白花の望みは「夜魅を助ける」なのだ。
だからこそ、刀真は「白花の心を護る」為に両方を取るのだ。
本当に護れるの?
「出来る出来ないは関係ありません、やるんです。俺はやると決めた『己の我』を通す為に力を得てきました、そしてこれからも力を求めます。たとえそれが己の魂を削る物でも、人から災厄と呼ばれる物でも」
刀真は知っている。力に善悪があるのではなく、その力を使った結果から善悪が生まれるのだ、と。
「夜魅は力を持っています、しかしそれだけで彼女が災厄な訳ではありません。その力を災厄と周りが決めたから彼女はそうなってしまった。彼女に善悪を教える者がいなかったから彼女はその結果が生み出す物に気付かずに思いのままに力を使い続け災厄のままでいる」
だが、今。
「彼女の周りには諭し見守ってくれる人達がいます、その人達と共に日々を過ごしていけば彼女が災厄と呼ばれる事も無くなるでしょう」
だからこそ、刀真は白花を望む。
「俺は白花を開放します。そして彼女の願い通り夜魅も助けて見せます、だから教えて下さい真実を! 皆が笑顔でいられる日々を得る為に!」
その耳に。
……ありがとう。
ひどく優しい声が、届いた。
「落ちて行くのか昇っているのか?」
真っ白な空間の広さは、にゃん丸にはまるで判らなかった。
ただ、ざわざわと胸の中を触られているような感じがして。
過去の記憶か幻覚か……。やがて眼下に祭壇が現れた。
「白花……?」
「いえ、違います……だけど、よく似ています」
気付くと隣に刀真がいた。
いつしか落下は止まり、二人は空間に浮いて、眼下の光景を見つめていた。
確かに、白花を思わせる女性のお腹は大きい……身ごもっているようだった。
もうすぐあなたの妹が生まれますよ。
……妹、ですか?
あなたは守護天使長になる身、親子とは名乗れません。それでも、私がお腹を痛めて産んだ子なのは、確かですもの。
……はい。
おそらく、私はもう長くないでしょう。そうしたらこの子を、あなたの妹の事、頼みますね。
はい、この子はきっと守ります。おか……いえ、何でもありません。
「妹?……まさか」
『あの子の魂を……』
頑なに夜魅を守ろうとしていた白花の言葉がにゃん丸の頭をよぎる中、場面が変わる。
どうしてこんな事を! 影を浄化するのは、私がアムリアナ様より賜った使命です、なのに何故です?
御柱様には我らを、ツァンダをお守りいただかねばなりません。
さよう。この状況下、御柱様の元我ら守護天使族一つになれば、シャンバラの実権を握る事さえ、出来るやもしれませぬ。
シャンバラ自体が滅びようとしているこの時に……!
しかし流石は御柱様の血筋、影を封じる事が出来ました。
されど、浄化はならず……なればこそ、御柱様のお力が必要なのです。
何故あなた方は……こんな年端もいかぬ子に。
これは最初からいなかった者、この者ごと浄化をなさいませ。
にゃん丸と刀真の見つめる中、白花は赤子の浄化に失敗した。
妹への愛情と使命との葛藤、そして同族への絶望とによって。
困った事になった。
女王陛下には影の浄化は成された、と報告しよう。仕方ないが、御柱様はその際に亡くなられた、と。
で、どうする?
影は赤子に封じられた。休養と御柱様がお力を蓄えた後、今度こそ浄化を。
「うわっ!?」
けれど、夜魅は暴走した。
隠れ住み浄化出来ぬまま数年を無為に過ごした白花と。
災いと呼ばれ幽閉された夜魅と。
このままではあなたの魂が……ならばもう、方法は一つしかありません。
あなたごと、影を封印します。
ガーデン……聖なる庭でなら、私の力と相まっていつか浄化が叶うはず。
例え時の果てまでかかっても、あなたをきっと助けますから。
白花の決意と夜魅の悲鳴と。それを民の怨嗟と怒声とが覆い尽くす。
それは封印を不完全にし、白花の願いを踏みにじる。
御柱様、何故お救い下さらないのか!?
災いを滅ぼしてくれないのだ!
渦巻く瘴気となったそれらがにゃん丸に襲いかかる。
だが、薄れ行く意識の中、リリィのシュシュが見えた。
無意識に唸る光条兵器!
(「光条兵器……リリィが俺を待っているんだっ!」)
それが瘴気を切り裂き道を開く。
あの子の心を光で満たして……そうして、影と切り離す事が出来たなら。
あの子達の事、どうかお願いします。
光に包まれながら聞こえた声は、どこか悲しく慈愛に満ちて。
「約束します。だからどうか、安らかに……」
刀真はそう、目を閉じた。
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