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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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「そうね。優子さんのお考えは?」
 亜璃珠の問いに、歩きながらゆっくりと優子は語り出す。
「現在の世界情勢的に、百合園が勝手に関与することが好ましくないことは事実だし、私も学院として積極的に支援したいと校長に言われたとしても拒否するつもりだ。この分校のあり方としては2通り考えられると思う。1つは、ヴァイシャリーの問題が解決するまでは、犯罪行為をしない者を集め、統率を心がけながら、パラ実生の興味を引くようなイベントや遊びを提供して、学生達の憩いの場とすること。その裏でパラ実生が分校を運営できるような基盤を作り上げて、親百合園の分校になるように仕向けた後、ヴァイシャリーの問題解決と共に、私は四天王の位を返上、分校長、それに類する役職の撤廃をし、生徒会に全ての権利を移行。その後は純粋に百合園とパラ実分校としての交流を続けていく。これがベストだ」
「王制から民主主義に移行するといったところね。……もう1つは?」
「もう一つは、分校の運営に他校生を沢山絡めて、色々な立場の者が気軽に立ち寄り学ぶことの出来る学び場にしていくことだな。百合園生の私が分校の指揮をとっているという事実だけが他校に流れたら、疑心を生んでしまう。現状校長達に他校との会議で議題に上げる機会も余裕もなく、説明に他校、首長家を回る余裕もないのだから、百合園生である私やキミに権力が集中した状態で分校が盛んになることは非常にまずい。この件について他校や首長家から説明を求められた際に、百合園が支配をしようとしているわけではなく、6校全ての学校の生徒と共に、パラミタの学校に通えない者達の為に運営しているんだということが証明できる状態であるなら、世界の為にこの分校は意味のある分校になり得ると私は思う。時が来るまでは、誰でも受け入れなければならないし、経営状態は常にオープンにしておかなければならない。他校の重役の使いが査察に来たとしてもクリアな学び場であると認めてもらえるように」
 説明を終えた後、優子は亜璃珠の目を真直ぐ見た。
「私自身では、どちらの方法も上手く行なえるとは思えないんだ。……だけど」
 迷いを見せる優子に、亜璃珠は微笑んでこう言う。
「ここは私たちに任せてくれても平気よ。……いっそC級四天王の称号ごと貰っちゃうのも手かしらね?」
「それをしてしまったら、キミは百合園生ではいられなくなる。あくまで私の指示の下動いているという姿勢でいてくれ。どちらにしろ、C級の称号は生徒会の任命なくして得られないから、一芝居打って、亜璃珠が私を倒したとしても亜璃珠に移ることはないのだけれど」
 喫茶店が見えてくる。
 2人だけで話し合う時間はもう終りのようだ。
「これから離宮攻略に向かうんでしょう? 今回は私みたいに隣に付く人がいるかも分からないし、自分を粗末にするような真似はしないこと。副団長としても神楽崎優子個人としても、まだあなたは必要とされてるんだもの」
「自分を粗末になんてしたことはない」
「もう、本気で言ってるの? ……帰りを待つ私の身にもなってくださるかしら?」
 あぜ道から道路に出て、肩を並べて歩きながら。
 優子は首を左右に振った。
「待つ立場なのは私の方だ。世界情勢がどう動くのかはわからない。一個人が動かせることでもない。情勢次第ではラズィーヤさんは分校を切り捨てるだろう。私は、私の変わりにキミが犠牲に……百合園を退学させられないかと……」
 優子の強い瞳が軽く揺らいだ。
「早く戻ってこい、亜璃珠」
 小さな、真剣な声に、今度は亜璃珠が首を左右に振る。
「大丈夫だって言ったでしょ。気をつけて」
 優子は軽く頷いただけで……結局、2人とも約束の言葉は口にしなかった。
「出来ればこのまま帰りたいんだが、分校に顔出さないわけにはいかないよな」
「皆待ってるわよ」
「今日は隣でフォローしてくれるんだよな?」
 優子が軽く笑みを浮かべて言う。
「仕方ないわね」
 軽く首を傾げて、亜璃珠も微笑んだ。
「おーい、皆待ちわびてるぜー!」
 手を振りながら、パラ実の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)が駆け寄ってくる。
 キャラ(伽羅)やロザリンドも一緒だ。
「しかし、賊を引き摺って来なかったのは残念だな、四天王の恐ろしさを見せ付けるチャンスだったのによ」
 魅世瑠は、生徒会の庶務をさせているブラヌ・ラヌダーに、様子を見に行かせて事情を知り駆けつけたのだが、すれ違ってしまった。
「問題が発生しそうだったんで、今回は見送らせてもらった。でもまあ、共に訪れた分校生達がきちんと語ってくれるさ」
 そう言って、優子が上着を脱ぐと、襟や胸の辺りに、盗賊の物と思われる返り血がこびりついていた。
「そうだな。じゃ、行くか」
 魅世瑠が先頭に立ち、喫茶店――分校へと歩き始める。

○    ○    ○    ○


 パラ実生達が集う分校を、優子は真直ぐ見据える。
 戸惑いも、勿論恐れも見せない。
 魅世瑠は凱旋行進の露払いとばかりに、先頭を歩き、分校の入り口まで歩く。
 ……なんだか、喫茶店の入り口前に左右縦ニ列に並んでいる様子に、優子が軽く眉を顰めた。
「整列ぅ!」
 魅世瑠はパラ実生の列に並ぶ。
 途端、パラ実生達が背筋を伸ばす。
「優子様、遠路はるばるお疲れ様でごぜえやす」
「お疲れ様でごぜえやす!」
 パラ実生達が魅世瑠に続き、深く頭を下げる。
 優子は思わず絶句。
 キャラは頭を抱える。
「ろ、ロザリンド。こういう場合の反応は?」
 優子が尋ねるも、ロザリンドはふるふると首を振る。
「すみません。本馬車の中においてきてしまいました」
「そ、そうか……」
「さ、さ、どうぞ中にお入りくだせぇ。野郎共が待ってますんで」
 魅世瑠に躾けられているブラヌが、手の平を喫茶店の方に向けて、優子一行を誘う。
「……ご苦労」
 一言だけ言うと、わき目も振らず優子は真直ぐパラ実生が作った道を歩き、店内へと入るのだった。

「おーほっほっほ! 優子様、こちらにいらして下さいませ♪」
 ブラヌの案内で、一旦磨きぬかれた特等席に腰掛けた優子だが、百合園のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)に腕を引かれ、キッチンへと引っ張られる。
「七草粥をお作りしようと思っていますの。野草を切るの手伝って下さいませ! そちらのあなたもお願いしますわ!」
 ロザリィヌが見定めるような目で優子を見ているパラ実女性徒を引っ張り込んで、並ばせて包丁を渡していく。
「四天王が包丁なんて、何を下ろすつもりですかぃ」
 若干声を震わせて、女性徒は僅かに優子から離れロザリィヌに渡された野草をザクザク切る。
「ふふ……刃物の扱いなら任せてくれ」
 飾り物のように座っているよりは、キッチンに立って仕事を与えられていたほうが落ち着くらしく、優子は軽快な音を立てて野草を手際よく切っていく。
「……しかしこれ食べられるのか? 見たこともない野菜だが」
「大丈夫ですわ! この草は茹でると苦味がなくなりますわ! おーっほっほっほ!」
 公園でのダンボール城生活で鍛えた、ロザリィヌのサバイバル料理だ。
 ファーストフードなどにも行かない優子としては、本当に大丈夫なんだろうかと不安に思いながらも、切った野草をざるに乗せて水洗いをする。
 四天王に負けていられないと、パラ実の女子達も包丁を野草に叩きつけていく。
「まな板が傷つくぞ。野菜を左手でこう押さえて、包丁はこう押すようにして切るんだ」
 切り方を押していく優子の姿は、四天王ではなく面倒見の良いお姐さんであった。
「し、四天王? こ、この部分は食えんのか?」
 おどおどとだが、優子に質問をしてくる者も出始め、ロザリィヌは高笑い連発で微笑ましげに見つめる。
 恐れられるだけではなく、好かれ、溶け込めるようにと思い誘ってみたのだが、なかなか良いカンジである。

「優子四天王、簡単でいいので挨拶お願いしますぅ〜」
 キャラがキッチンに顔を出し、困惑気味の優子をカウンターに連れ出した。
 農家の方々の許可を得て、喫茶店は分校生の貸切となっていた。
 カウンターの前、奥の席、それから窓の外にも多くのパラ実生が集まりカウンターに目を向けている。
 や、料理担当の者達がお節や飲み物の配布を終えて、カウンターに戻ってくる。
 最後に、優子にジュースを注いだグラスを渡した。
「あの方が番長ですぅ〜」
 キャラが目を向けた先には、パラ実の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)の姿がある。
 腕を組み、仁王立ちしながら竜司は優子を見定めていく。
 口には出さないが、竜司は優子の存在がずっと気になっていた。
 竜司は女で、しかもお嬢様学校である百合園生なのに、優子が何故C級四天王になれたのか非常に気掛かりだった。
 厳つい、ガタイの良い、ゴリラのような女を想像していたが……。
 目の前の女性は華奢ではないが、細い。
 女にしては長身で、引き締まった体をしているとは思う、が。
 パラ実の女と比べて、まるで派手さがない。肌も白い。
 そうか……。
 この女。強くてカッコいいイケメンと噂のオレに会うために、毛剃りして、化粧してきたんだな! と竜司は思った。
 その優子が竜司の方へ目を向ける。
「番を張ってる吉永だ」
 そう、竜司が名乗ると、優子はふっと笑みを浮かべた。
「神楽崎優子だ。宜しく頼む」
 端正な顔の微笑み、軽く自分に頭を下げたその様に竜司は思った。
(マズイ、この女オレにホレてやがる!
 そして深く考え込む。
(C級四天王に告られたらどうすンだ? 無論オレの方が数倍強くてイカスが、ここはコウサイは自分もC級になってからが無難かァ? それまではオレの女、愛人ってところだなァ!)
 ……などと脳内で結論を出す。
「明けましておめでとう。こんなに沢山の……仲間が集うとは思ってもみなかった」
 厳しくも優しさを含ませた目で、優子は皆を見回した。
「自分の根城で事件があってな。部隊を率いて乗り込まければならない関係で、しばらく顔を出せそうもない」
 言って、優子は隣に立つ亜璃珠の肩に手を乗せた。
「彼女は私の相棒にしてブレーンだ。皆、彼女の命に従い、学生生活を謳歌するように!」
 生徒会長の魅世瑠が近付いてグラスを持ち上げる。
「んじゃ、カンパーイ!」
「乾杯!」
 次々に乾杯の声が響き、拍手、笑い声、口笛が飛んだ。