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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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第2章 盗賊とパラ実生

 早朝。
 農家の親子を馬車に乗せて、2台の馬車で神楽崎優子達一行はルリマーレン家の別荘を出発した。
 優子が乗る馬車には、優子と親しくしている者、そして神楽崎分校長の顧問として優子の承認を受けたキャラ・宋(きゃら・すーん)が乗っていた。キャラの正体は教導団の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)だが、誰もその真実は知らない。いや、気づいている者もいるだろうが、突っ込んではいけない事実である。
 農家の親子は護衛つきで別の馬車に乗っている。
「報告は届いていると思いますが〜」
 キャラはプレゼンテーションの書面を優子に手渡して、分校の状況や問題点について説明をする。
「意外なのは、最初からそんなにパラ実生が顔を出しているということだな」
 書類に目を通し、キャラの説明を受けた優子はそう感想を漏らした。
「居心地もいいんだと思いますぅ〜。長居するにはつまらない場所ですけれどぉ」
 堅苦しい会議の場でもなく、パラ実生もいないためキャラは忌憚なく発言をしていく。
「キマクで暮らしているパラ実の学生には家業や下宿先で農業や牧畜を手伝っている人も多いですから〜。農家の手伝いは意外とすんなりと行なえそうですぅ〜。寧ろこちらの方が習うことが多いくらいですねぇ〜。ただ、農業がやりたいかといえば、農業は彼等の興味を惹く仕事とはならないと思いますぅ。喫茶店に関しては女性徒が多少興味を持っているようですねぇ〜」
「なるほどな……増築だが、私も学生の身分だからそう余裕があるわけじゃないんで、概ね自分達で建ててもらうことになる。とりあえず、雨風が防げるような建物を併設させてもらおうかと思うんだが……。その他の施設として、私の意見としてはまず道場を設けてはどうかと思う。健全な格闘技で欲求を満たしフラストレーションの発散に役立てて欲しい」
「健全になるかどうか……あいえ、ボクシングや剣道などが行なえたらいいですねぇ〜」
「農業も授業もだが、やりたくないことをやらせていては、分校に留めておきたい者達が次々に離れていくだろう。彼等の多くは生活費の為に悪事をしているのではなく、遊ぶ金ほしさ、楽して稼ぐために悪事をしている。また悪事そのものが遊びなんだからな」
「んー、極端なご意見ですねぇ。確かにそういう人も多いですが〜」
「だからまあ、分校長から案が出ていた百合園生の護衛もそうだが、彼等が興味を持つような活動メインで分校を運営していけたらいいんじゃないかと思う。社会科として遺跡探索や、理科として魔法実験とかだな。白百合団に入ってくる事件でも、まわせそうな仕事があったら、分校生に回していき、運営資金の一部としたいと思ってる」
「そうですねぇ……」
 キャラは優子の意見を分校役員に報告するため、メモにとっていく。
 神楽崎分校に集まっているメンバーは、分校が作りたくて集まったわけでも、勉強がしたくて集まったわけでもない。自立がしたいわけでもない。
 同じ意思を持つ者や1つのグループが集まってできた分校ではないため、結束力も今は全くない。
 そういった者達を分校に通わせるための工夫が必要なようだ。

 盗賊が頻繁に現れる地点に近付いた頃、優子の肩がちょんちょんと叩かれる。
「押忍! 神楽崎の姐御、新年明けましておめでとうございます!」
 百合園の、白百合団の班長でもあるロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の言葉に、一同怪訝そうに目を瞬かせる。
「分校所属者として少しでも馴染めるよう勉強しているのですが、どうでしょうか?」
 ロザリンドは厳しい表情をいつもの柔らかな表情に戻した。彼女の手の中には「波羅蜜多実業高等学校生の心得!」なる本が収まっている。
「なるほど、パラ実生はそんな挨拶をするのか。しかしロザリンドには合わないな」
「そうでしょうか」
「いや、優子さん信じないで下さい。ロザリンドさんも本の情報を鵜呑みにしないで下さい」
 譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が苦笑し、馬車内にも笑みが溢れる。
「さて、そろそろ盗賊が出る地点ですが。どうします?」
「勿論、捕まえて盗品は押収する」
 大和の問いに、優子が当たり前というように答えた。
「お付き合いしますよ」
 大和はくすりと笑い、御者に馬車を止めるように言い、準備を始める。
 優子とロザリンド、百合園から訪れた百合園生達の多くは和服で出発したのだが、ロザリンドの提案により今日は全員軽装で別荘を出発していた。
「おーい!」
 馬車から降りる一行の下へ、スパイクバイクを走らせて駆けつけた少年――いや少女が駆け寄る。
「パラ実イリヤ分校生徒会長姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。神楽崎分校で話は聞いた。助太刀するぜ!」
「イリヤ分校の生徒会長か。噂には聞いていたが、本当に可愛らしい女の子だったとは……」
「か、可愛いとか女とか言うな!」
 優子の言葉に、和希は途端不機嫌になる。
「すまない。助太刀感謝する。だが、あまり無茶はしないでくれ。キミにもしものことがあったら、イリヤ分校の方々に顔向けできないからな」
「それはそのまま、キミにも言わせてもらうよ」
 優子にそう言ったのは百合園の桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
「勇んで飛び出して行きそうだからね」
「ん? 白百合団員ではないキミにまで、変な噂が届いているようだな。私は1人で飛び出していくほど命知らずじゃない」
「説得力ありませんよ、優子さん。というわけで、修学旅行の時に締結した神楽崎譲葉友好条約に基づき、貴方を護衛します。あぁ、俺が勝手にする事なので俺が倒れたところで、貴方に非はありませんよ?」
 大和が笑みを浮かべながら優子の隣に立つ。
「私も優子さんと一緒に戦います」
 百合園のフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が反対側の隣に立つ。
「ありがとう、2人とも。……大和やフィルに倒れられたら困るから、自重するよ色々と」
 優子も2人に微笑みを見せた。
「野盗風情に優子さんの御手を煩わせる事など無いですわ。わたくしがこの竹箒で一閃してみせます」
 百合園の城ヶ崎 瑠璃音(じょうがさき・るりね)は仕込み竹箒をぶんぶん振り回す。
 『お嬢様らしくない面でハクを付けたい、名を成したい』そんな考えを持つ瑠璃音にとって、この分校の話はとても興味深かった。
 神楽崎優子本人にも、普通の良家のお嬢様とは一味違う『らしくないお嬢様の1パターン』として、尊敬の念を抱いている。
「勇みすぎるなよ。単独行動は危険だ」
「わかっていますわ。どこからでも来て下さいませ!」
 瑠璃音は竹箒を握り締めて構え、周囲に目を光らせる。
「私もお手伝いさせていただきますね」
 分校所属希望者のイルミンスールの関谷 未憂(せきや・みゆう)が、フェザースピアを地にトンとついた。
「オレが先陣を切る。森ン中には罠が仕掛けてあるかもしれないからな」
 パラ実の国頭 武尊(くにがみ・たける)が木刀を手に前に出る。
「あたしは別の方向から向かいます」
 百合園の篠北 礼香(しのきた・れいか)は、スナイパーライフルを構えて優子にそう申し出た。
「この辺りは危険はないと思いますけれど、農家の方の護衛が必要なようでしたら、わたくしがここに残りましょうか?」
 百合園のヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)は農家の親子の安全を最優先に考え、馬車の中でも護衛に専念していた。
「そうだな。ヴェロニカは引き続き、農家の方々の護衛をしていてくれ。分校所属希望者も他に5名ほどここに残そう。怪我は勿論、恐怖を感じることもないよう、精神的なケアも頼む」
「優子さんと、肩を並べて戦えないのは残念ですけれど……。わかりました、任せて下さい」
「一番大切なことを申し出てくれて、ありがとう」
「はい」
 続いて、優子は周囲と、自分の回りに集う者達を見回す。
「盗賊のアジトの正確な場所は不明だ。森に続いているこの細い道。それから獣道のようなあの辺りからの森へ侵入を頼みたい。篠北礼香と城ヶ崎瑠璃音、宇都宮は、細道を進んでくれ。国頭、関谷、イリヤ分校の生徒会長姫宮は、分校所属希望者と共に獣道の方へ。私と、共に来る者は道のない場所から慎重に森の中心を目指す」
「わかりました」
 礼香、瑠璃音、そして教導団の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が頷き合う。
「こっちも了解だ」
 武尊は獣道の方を見据える。
 優子、ロザリンド、フィル、大和も頷き合い。4人の前のポジションにつきながら、円はやれやれといった風の笑みを浮かべる。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と教導団の青 野武(せい・やぶ)ら、残りの分校所属希望者達は馬車の中で待機、馬車と御者の護衛を命じられた。
「では、作戦開始!」
 優子の声が飛び、皆一斉に森へと向かう。

 礼香は女王の加護を使用し、罠に注意しながら道沿いに森の中を探索していく。
 瑠璃音は周囲に注意を払い、自分達以外の存在がいないか探ってみるも、姿を表す者はいない。
 祥子は2人の後からついていく。
「見張りくらいはいるでしょうし、あたし達のことはもう知られてしまっていると思った方がいいです。……っと、そのあたり、獣用タイプの罠が仕掛けてありそうです」
 礼香は皆に注意を促す。
 土が軽く盛り上がっている。踏むと仕掛けが発動するタイプに見えた。
 その場所を避けて、一行は森の奥へと進んでいく。
「ここに、人の足音がありますね」
 礼香が足跡を発見した。罠ではないようだ。
「あ、見張りがいましたわ。追います!」
 瑠璃音は揺れる木の向こうに走り去る男の姿を見た。
「突出は危険です」
 礼香は男の足めがけて銃を撃つ。
 一旦男は倒れるも、足を引き摺りながら森の奥へと駆けて行く。
「連絡を取ろうとはしませんね。この辺りでは携帯も通じないですしね……」
 敵は通信機器は使っていないようであり、捕らえたとしても情報撹乱での情報操作は無理そうだ。
 礼香はもう1発撃つかどうか迷う。
「大丈夫ですわ、行きます。急がないと見失います」
 瑠璃音が光学迷彩を発動して森の中へ駆け込んだ。