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リアクション
「ヒャッハァー♪」
決して大きくはない控え目な声に、ソファーに座る者達が目を向ける。
声を上げたのは、目を閉じた少女だった。
百合園生に分校への所属を勧められたパラ実のフィリア・グレモリー(ふぃりあ・ぐれもりー)だ。
「どうした?」
彼女の目が見えないことを優子は聞いていたため、立ち上がって腕を取ってソファーに座らせる。
「あたし達は生徒手帳なんて持ってきていないパラ実生だけど、立候補してもいいかしら?」
パラ実のヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)も、共に近付いてくる。
「こう見えても、荒野の孤児院の副管理人やっているのよ」
ヴェルチェはそう言った。
「見ての通り、あたしには地位もないしお金もないけど、あのコ達の為ならなんだってやるつもりよ?」
強い意志が籠められた言葉を発した後、ヴェルチェは子供達の方に目を向ける。
子供達は分校所属希望者達と、石遊びを楽しんでいる。
人形も、ぬいぐるみもないけれど、とても楽しそうだった。生き生きとしている。
「もちろん、あたしが里親になったら出来るだけの事はするわ。その代わり……というのもおかしな話かもしれないけど、出来れば今後お互いに交流を深めていけたらと思うの」
「私は、保護者というより保護される立場になってしまいそうですけれど……。出来る限りのことをします。望んでくれるのなら、一緒に暮らしていけたらと思います」
フィリアの方は自己アピールしようにも、子供にしてあげられることがすぐには思いつかなかった。
「私は目が見えません。そして、過去の記憶を失っています。身の証を立てることも出来ません……ですが、これから神楽崎分校でお世話になりますし、姿をくらますこともありません。一緒にいてくれる子を大切にします。里親ではなく、里姉として、もしどなたかが望んでくれるのなら、一緒に分校に行きたいと思っています」
目の見えないフィリアの言葉には、マリルとマリザも困惑した表情で即答は出来なかった。
「里親の話を聞く前に、神楽崎分校所属を希望してくれた者達です。ヴェルチェの方は、子供の世話の仕方を心得ていると思われます」
優子がそう言葉を添える。
「そうね、ヴェルチェさんには、望む子供がいるのならお任せしたいわ。たまには皆さんを連れて、ここにも遊びに来てもらえたらと思う。フィリアさんは……」
「百合園に友人もいるようですから、援助はしていただけると思います。あくまで子供の方が望むのなら、そして一緒に暮らしていけそうであるなら、というこでどうでしょう?」
迷うマリザに、優子がそう口添えすると、マリザはマリルを見て、一緒に頷いた。
「少し不安でもあるけれど、子供達が望むのならお任せするわ」
「貴女自身も、無理はしないようにしてくださいね」
マリルは優しい言葉をフィリアにかける。
「はい」
フィリアは微笑みを浮かべながら頷いた。
「ヴェルチェが面倒を見ている孤児も、分校が安定したら皆で顔を出してくれると互いの励みになるかもな」
「そうね。何れ通わせていただくことができれば、彼等の自立を助けることになるでしょう」
ヴェルチェは優子にそう答えた。子供達が通うことができる環境の分校であって欲しいと思いながら。
「そろそろ夕食にされて下さい。幼い子の就寝時間も近付いていますし」
ナナが部屋に顔を出す。
彼女はマリル、マリザに子供達の1日のスケジュールを提案してあった。
今日は来客があった都合上、随分と遅れてしまっており、幼い子供はもう眠る時間だ。
「そうね、行きましょう」
まずマリルが、それから皆もソファーから腰を上げる。
「うん、なんか凄い、お嬢さん方だ……」
最後に腰を上げたのは、手伝いに訪れていた農家の主人だ。圧倒されて最初の挨拶以外、何も発言できずにいた。
「里親の話ですが……よろしければ私も、お1人お預かりいたします。慕って下さる子がいますので。他にも子供のようなパートナー達がいますが、一緒に立派に育ててみせます」
歩きながらナナがマリル、マリザにそう言うと「是非お願いしたい」という言葉が返ってきたのだった。
「それじゃ食事にしましょう」
「はーい」
「やったあ」
「おなかすきすぎだよぉ」
ナナの言葉に部屋の隅にいた子供達も嬉しそうに立ち上がり、わーっと食堂の方へ駆けていく。
「学院でお預かりできないにしても、一度妖精達を百合園にお招きしたいですね」
駆けて行く妖精達を見ながら、百合園の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が優子に近付いてそう言った。
「そうだな。イベントがある時にも、ルリマーレン家を通じてこの子達にも招待状がいくようにしたいものだ」
頷き合って、一緒に食堂へと歩き出す。
前を歩く分校所属希望者を目に、エレンは優子に語り始める。
「優子さんは信念による活動。その結果、貴方の周りに人が集まり、そして貴方はC級四天王を倒した。その力を示したことで物事はさらに進んで分校を作るという話になった……わかりますわよね。力には責任が伴う。貴方個人の戦闘力の話ではなく、惹きつけられて貴方の周りに集った人々も含めた総合的な貴方の力に対する責任が貴方にはありますの」
軽く眉を揺らすも、優子は何も答えず前を見ていた。
「貴方の責任はまだ方向を見いだせない彼らにその判断の指標となるもの、そうね、貴方の目指す理想を示すことですわ。貴方の理想に引っ張るということではありませんわよ。彼らが賛同するにせよ、反発するにせよ、そのためのモノを示すこと。そこから先は彼らが自主的自発的に行動していくでしょう。ただし、彼らから貴方を見限ることはあっても貴方から彼らを見限ることは許されませんわよ」
「はは……責任、理想、か」
歩きながら、優子はしばらく考えた後、はっきりとした口調でこう言うのだった。
「私は自分の理想はあろうが、彼等が望む理想は示せない。そして、私は彼等の母親でも保護者でもない。神楽崎分校は理想を示して、付いてきたものを保護してやる場でもないぞ? 力という傘の下で快楽を追求する者達、努力もせず人の痛みを知ろうともせず勝手気ままに自由だけを求める者達を私は認めはしないし、受け入れることもできない。見限るもなにも、ハロウィンに百合園に集まった大多数のパラ実生を私は最初から受け入れてなんていないんだよ。しかし、百合園の為には、自分が認めていない者も、むしろそういう人物を自分の名の下に集めておかねばならない。私がやらねばならないことは分かっているが、自分にその力はないこともよく理解している。長時間付き合えば、必ずボロが出るだろうからな」
エレンにとって、その優子の答えは少し意外だった。
パラ実生の捉え方も、分校に対する捉え方も違うのだろう。
「で、神倶鎚エレン。キミがここにいる理由はなんだ? ラズィーヤさんから分校を視察して来いと命じられたのか? それとも私の監視か?」
駆引きもなにもない、あまりにも直接的な言葉にエレンは思わず笑ってしまう。
「裏はありませんわ。個人的に興味を持っての参加です。私は百合園側から分校をサポートしたいと思ってますわ。分校には亜璃珠さんたちがいますけど、百合園で活動する貴方はうまく立ち回ったり調整をしたり交渉したりとかそういうの不器用そうですものね〜」
「それは、うん。まあその通りだが」
「もっと未来を見据えることですわ。きっと将来に分校との繋がりは役立ちます」
優子は軽く苦笑した後、その凛とした眼差しでエレンを真直ぐ見据え、しばらくしてこう発言した。
「今回の分校は現時点では勝手に私が行なっていることとしなければ、百合園の立場が危うい。パラ実生の教育や更生を望み、広い視野でパラ実に干渉することを望むのなら、先に各学園との話し合いの場で議題に出して、筋を通して行なわねば他の学園の理解が得られることはなく、誤解が誤解を生み争いの火種になる一方だ。百合園を失墜させるために、悪意による見解で周囲を陽動、扇動する過激派はどこにでもいるだろう。……キミは現時点では表向きには分校をサポートせず、1人で戦っているラズィーヤさんの支えになるべき人物じゃないかと、私は思うんだが」
「……各方面の方々とお話しをする必要があると思っていますわ。百合園の力は人と人との繋がりですもの」
エレンのその言葉に、優子は目を大きく開いた後、微笑みを浮かべた。
「そうだな。私はそれらの力を行使できる者の下で、同じ意志を持つ者達と主君を守り剣を振るっていたい。百合園が好きだから」
「ごはんこっちですー」
「さめちゃうよ〜」
いつのまにか、エレンと優子は立ち止まって会話をしていた。
子供達の呼ぶ声に気づいて、顔をあわせて軽く息を付き食堂へと歩き始めた。
「賑やかな食事になりそうだな」
食卓にはおせち料理に、明日香達が作った煮物にお吸い物。
葵達が用意した、お汁粉に甘酒。
八ッ橋優子(やつはし・ゆうこ)が子供達と本を皆が作ったクッキーなどが並んでいる。
「皆様の心温まる持て成しに感謝いたします」
優子は分校所属希望者と共に感謝をして戴いた。
その後宴会を始めようとしたパラ実生達には自粛してもらい、荒事が起こらないよう警戒しつつ、一行は1晩泊まっていくことになった。
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