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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第4回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

リアクション

 黒崎 天音(くろさき・あまね)の一喝で、酒場の中は一瞬静寂に包まれた。
 「俺の許しもなく謙信に話しかけてるんだよ」
 すかさず巨漢の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が割り込んでくる。
 しかし天音のパートナーであるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が無言で竜司を制した。
 ドラゴニュートのブルーズは、竜司よりも頭一つ分ほど背が低かったが、彼の黒い鱗はそれだけで無言の威圧感がある。
 ここで武器を振りかざしたり、口論を吹きかけても同じ事のくり返しだ。ここは竜司が何を言ってきても無言で受け流すことが肝心だとブルーズも分かっていた。
 竜司は直情的な男ではあったが馬鹿ではない。相手が挑発に乗らないことに気が付くと、派手に舌を鳴らし不機嫌な顔で顎をしゃくった。
 とりあえずこれ以上の横槍が入ることはないだろう。
 そう感じた天音は謙信に向き合う。
「折角の機会だし、先ほどの話の続きをさせてもらおうか」
 天音が言っているのは領主邸の門前でブルーズが謙信に持ちかけた「提案」の件だ。領主邸を後にした後、天音は同行していたイエニチェリディヤーブ・マフムード(でぃやーぶ・まふむーど)に各校の欠席者及び行方不明者の確認を依頼していた。
 大臣専用艇墜落の際、個人的に救援に向かった人物がいるだろうこと。それらの人物が二次遭難にあっている可能性も考えられる。それ故、非出席者のリストアップをした方が良いというのが表向きの理由だが、本来の目的は別にある。
 ディヤーブは薔薇の学舎に帰還後、すぐに調べてくれたのだろう。
 依頼したリストはすでに天音の携帯に転送されていた。
 天音は制服の内ポケットから携帯電話を取り出すや否や、震源にモニターに映し出されたリストを突きつけた。
 怪訝そうに顔をしかめる謙信に向かって天音は「まずはこれを見てもらえるかな」と促した。
「各校の出席者リスト。今回の警備要請に応えた生徒と照らし合わせれば、自ずと功を焦った者の存在が浮かび上がる…という寸法なのだけど」
 そう言うと天音は、謙信の後ろに控える波羅実生吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)と、そのパートナーであるゆる族アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)に視線を向けた。
 今回の会談に横槍を入れようとしている人物を事前に調査。
 それが黒崎が各校の出席者リストを希望した真の狙いだった。
「このリストにいる人で、君に接触してきた者はいるかな?」
 粗暴な竜司にすれば、淡々とした天音の口調はインテリ臭く鼻持ちならない。
 不快感も露わに毒づく。
「つくづく薔薇学の坊ちゃんは回りくどいことが好きだな。ハッキリ言えよ、俺達を疑ってんだろ、お前らは?」
「もちろん」
 黒崎もまた悪びれない。
 あっさりと肯定された竜司は一瞬毒気を抜かれた形になる。
「僕達は事を構えたいわけではないよ。互いに歩み寄るためにも会談を成功させたいだけだ」
 天音の言葉に、その場にいたサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)鬼院 尋人(きいん・ひろと)
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)といった薔薇学生たちも頷く。
「…完璧悪者扱いだぜ、俺達」
 実際には薔薇学生が嫌いだというだけの理由で会談を壊そうとしている竜司も、金儲けのために領主との接触機会を求めているアインも、悪役の素質十分だったが。
 そんな自分たちの都合や思惑はこの際、棚上げである。  このままでは謙信を天音たちに連れ去れる…その可能性を感じた竜司は、どうやって謙信の歓心を引こうか思案する。
 すると、その場にいた薔薇学生後ろから一人の吸血鬼が口を挟んできた。
 鬼院のパートナーである西条 霧神(さいじょう・きりがみ)である。
「見ようによって、ですけど。彼の行動は謙信さんを守っているようにも思えましたよ」
 吸血鬼である霧神は、地元民ばかりの酒場にいても違和感がない。
 それを利用して謙信たちの同行を探っていたのだろうか。
 コソコソとかぎまわりやがって…そう思いつつも、竜司にとっては渡りに船だ。
 ここは霧神の話に乗ってしまうのが吉だと、竜司はすぐさま決断した。
「領主邸のやりとりは俺も遠くから見ていたが、事情がどうあれ、男が女一人に詰め寄るってのもどうかと思うぜ? 一人で頑張っている女を助けてやるのが、真の漢ってもんだろが」
 口から出任せだが、とりあえずこの場はそう言い張ってみる。
 竜司に向けられる天音の視線は相変わらず冷たいままだが、この際それは気にしない。
「お前ら、面倒臭えことをゴチャゴチャ言ってるが、要は会談が成功すればいいんだろ? だったらお前ら薔薇学と、俺達と半々で警備をすればいいじゃねぇか?」
「それは、明らかな不審人物を領主に近づける…ということになるね」
 あくまでも警戒を解かない天音に、内心竜司は舌打ちしつつ、表面上は友好的な態度を守った。
「俺は謙信の力になりたい、それだけだぜ」
「粗暴」や「悪党」といった言葉を体現したかのような竜司が友好的な態度をとればとるほど、胡散臭いことこの上なかったが。
 竜司の言葉に頷いたのは、それまでずっと押し黙っていた謙信だった。
「…彼の行動については、私が責任を持とう」



「良かったじゃねぇか! アイツらもやっとお前のことを認めたんだぜ!」
 あれから一時間ほどかけて領主邸の警備について相談を終えた天音たちは、酒場を後にした。
 これで会談当日に領主に近づく機会を持てそうな状態ができた。竜司は満足そうな表情を浮かべながら並々とつがれた麦酒のジョッキを一気に飲み干した。
 対して謙信は、領主邸を後にしてからずっと表情が浮かないままだ。
「どうした、何か気になることがあるのか?」
 竜司が話を促しても、謙信は俯いたままだ。天音がいる頃からずっと火が付くほど度数が強い蒸留酒を煽り続けている。
「お前は領主の家臣なんだろ。もっと自信を持てよ」
「…家臣、か」
 謙信の口調に違和感を覚えた竜司は、頭に過ぎった疑問を素直にぶつけてみることにした。
「もしかしてお前、本当は家臣じゃないのか?」
 瞬間、竜司に向けられた視線は、鋭く光る日本刀のような殺気をはらんでいた。
「あっ、いや、お前のことを疑っているわけじゃねぇぞ! ただ何か浮かねぇ顔してっからよ!」
 慌てて言いつくろう竜司に、謙信は何大きく息を吐く。
 それから徐に口を開いた。
「私が領主の家臣なのは事実だよ。…表向きには認められていないけどね」
 謙信の口ぶりを不審に思った竜司がさらに話を聞き出そうとしたそのとき、二人の会話に割って入ってきた人物がいた。
 薔薇学のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)と彼のパートナーである吸血鬼メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。