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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)
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第5章 闇に誘われ

「あの女……」
 分校所属者と連絡を取り合いながら、キマクを走り回っていた竜司は、とある少女に目を止めた。
 それは、バレンタインパーティ時に、車椅子の少女、早河綾に武器を振り下ろした少女――橘 柚子(たちばな・ゆず)だった。
 あの場の誰より、明らかに怪しかった女だ。
 竜司は一旦路地へと入り、マスクを脱ぎ捨ててブラックコート、サングラス、モヒカンを装着して通りに戻り、柚子の後を追うことにする。
 柚子は酒場風の建物の前で、パラ実生と思われる青年と話し込んでいる。
 あの酒場は現在、パラ実生の溜まり場となっているようだ。
 溜まり場の中でもたちが悪く、非合法な依頼が飛び交っていると噂が流れている。
 ――百合園と対立関係にある闇の組織の拠点だった場所なのだが、それについては竜司は知らなかった。

 一方、柚子はそこが組織の拠点であったことを知っている。
 2度訪れたことがある場所だが、現在は以前訪れた時と違い、単なる不良の溜まり場になっているように見えた。
 集まっている不良の中から、見覚えのある人物を見つけて、柚子は接触を果たしたのだった。
「早河綾を狙う理由について教えてくれまへんか?」
 自分が綾に武器を向けたことはこちらに報告が入っていると踏んでの問いだった。
「ああ、お前か。話は聞いてるぜ。転校もしたんだってな」
 声をかけた相手、パラ実生と思われる青年はにやりと笑みを浮かべた。
「組織を裏切ったからじゃなく、組織にとって邪魔だからだろ。賞金がかけられてる」
「些細なことでもパニックを起こす状態やし、わさわさ賞金をかける必要はあるんやろか?」
「一生その状態ならいいが、精神が安定しねぇとはいえねぇ。記憶を消すには息の根を止めるのが一番手っ取り早いってことさ」
 柚子が行ったことも原因の一つだが、早河綾の精神状態はあまり良くはない。
 組織として知られたくはないことを、綾は知っているようなのだがそれを聞きだすのにはまだ時間がかかりそうだ。
 逆に、綾がそういう状態であるから、組織側としてもプロの暗殺者を雇って彼女を狙撃するなどという手段にはまだ出ていない――のか、そこまでするほどの情報は綾は持っていないのかは不明だ。
 少なくても、綾には賞金がかけられているということ、そして組織にとって不利なことを綾は多少なりとも知っているということは間違いないようだ。
「他に賞金がかけられている人物と、その理由はわかるやろか?」
「ラズィーヤ・ヴァイシャリーとか、百合園の……なんつったっけ、暴れてる生徒会メンバー、その指揮をとってるヤツとか、組織の商売を邪魔するヤツとパートナーには賞金かけられてるぜ。理由は活動の邪魔だからだろ」
「そうどっか。おおきに」
 そう、柚子は軽く微笑みを見せる。
「ところで、ここも随分変わったようやけど、私も仕事を貰うこと出来ますやろか?」
「仕事を請けることくらいは出来るんじゃねぇの。組織の重役はもういねぇし」
 話を聞いた後、柚子はもう一度礼を言い、今日はその場を立ち去った。

「よォ! パラ実生に割りのいい仕事紹介してくれるって話聞いたんだがァ?」
 柚子が去った直後、竜司が入り口の前でたむろする男達に近づいた。
「ここは斡旋所じゃねぇよ。パシリからやんなら、仲間に入れてやってもいいぜ」
「逆に割りのいい仕事を持ち込んでくる依頼人の方が足りてないぜ」
「ここ、盗賊ギルドにしようって話も出てるぜ。マスターやるヤツがいねぇけどな。ぎゃははははっ」
 男達が笑い声を上げる。
「仕事なら色々あるぜ! 俺のコンサート会場の設営とかなァ! そのうち持ち込んでやるさ」
 中に入ることくらいは出来そうだが、様子見ということで竜司も一旦その場を離れることにした。

 後日、集まった情報が分校で取りまとめられた結果。
 この酒場のような場所――早河綾が百合園生達を引き渡そうとした組織のかつての拠点が、一連の事件の発端となっているということが推察できた。
 またこの場所は現在、パラ実生の溜まり場となっており、組織側からの接触も稀にあるようだが既に組織の施設ではないようだということも。
 神楽崎分校に通っている者の中でも、軽い気持ちでここを訪れている者もいるようだ。
 イリィの行方については、全くつかめずにいた。
 ポスターを持って情報提供に現れる者もいたが、信憑性のある情報は今のところなかった。

○    ○    ○    ○


 根城に戻ったサルヴァトーレは、携帯にメールが届いていることに気付いた。
 メル友になった、百合園のとある少女からだ。
 軽く口元に笑みを浮かべた後、そのメールの確認は後回しにし、組織へと電話をかける。
「……魔女の胸を撃ち抜きましたが、何者かに連れ去られました。組織側の人物と思われます」
 その報告に関し、組織側からは、魔女の死体があがった場合、サルヴァトーレと配下の元達の功績とし組織本部に迎え入れると約束をする。
 あがらなかった場合も、その実行力、統率力を認め以前の拠点のマスターに推薦するとのことだ。そのキマクの拠点では盗賊ギルドを兼ねた酒場をオープンする予定とのことだった。
 その酒場は組織の拠点ではなく、組織の取引先という扱いになるらしい。

○    ○    ○    ○


「やっぱりこの方が可愛いよぉ〜? ぜったいこの方がいいよぉ〜?」
 馬車の荷台で、イリィ・パディストン(いりぃ・ぱでぃすとん)は世話をしてくれているイル・ブランフォード(いる・ぶらんふぉーど)の頭にリボンを結んでいた。
 イルは獣人の男だ。リボンは似合うはずもないが、イリィは可愛い可愛いと絶賛する。
「……そうか……ありがとな」
 飴をあげれば、包み紙をリボンにして、チョコレートを上げれば、包み紙をくしゃくしゃにして花だといい、イリィはイルを飾っていた。
 無邪気で全く怯えのないその様子に、イルは少し困りながらもずっと優しく接していた。
 荷台には2人の他に、悠司と同じ立場にある組織の下っ端が2人護衛についている。
「そーいや、あのガキを研究するとか言ってたっすけど、どんなことするんすかね?」
 御者台には高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)と悠司の兄貴分に当たる男がいる。
「なんだ情でも移ったか?」
「……あー、いや、情が移ったとかじゃなくて、何年かすりゃ売り物になったのに殺すのは勿体ないなーなんて」
「すぐに殺しゃしないだろ、貴重なサンプルだ。とはいえ、もう何体か手に入ったら解剖とかしちまうかもな」
「そうっすか……っと、あれが研究所っすかね」
 悠司が示す先に、キマクにしては立派な建物がある。高い鉄柵に囲まれたコンクリート製の建物だ。
 上空からの侵入を防ぐためか、上部も鉄線で覆われている。
「ああそうだ。報酬が楽しみだな! てめぇの手柄は俺の手柄でもあるからな、悠司」
 兄貴分の男が笑みを浮かべたその時だった。
「ヒャッハー!」
「積荷置いていけや!」
 突如現れた蛮族風の男達が馬に銃弾を浴びせる。
 馬の足が撃たれ、横転して馬車は止まった。
「金目のモンはねぇ! 見てわかんだろ!!」
「ヒャッハー!!」
 叫ぶ男を突き落とし、男達が縄で縛り上げていく。
「マジで金目のモンねぇぜ〜!」
 荷台の中をさらりとみた男がそう言う。
「そんじゃ、一番偉そうなコイツ連れてって、身代金もらうぜ!」
「ヒャッハー!!」
 男達は歓声を上げると、兄貴分の男を引きずって去っていった。
「兄貴ぃぃぃぃぃぃ!!」
 悠司は、地面に膝をつきながら、叫び声を上げる。
 ……あっと言う間の出来事だった。
 きちんと説明は受けていなかったが、誰の仕業かは解っている。
 悠司は擦りむいた足を、大して痛くもないのに大げさに引きずって、荷台の方に向う。
「無事か……」
「……大丈夫、だ……」
「あにきぃぃぃぃ? かわいい?」
 イルの腕の中で、イリィはきょとんと大きな飴を舐めている。
「とりあえず、届けようぜ」
 護衛についていた少年2人がそう言う。
「そうっすね。急ぐっすよ」
 悠司がそう答え、イルがイリィを抱き上げ、一行は研究所に向かって走る。

○    ○    ○    ○


「兄貴、連れてきやしたぜ!」
「物取りのフリしてな!」
「てめ、大げさすぎんだよ」
 舎弟の男達が、ハーフフェアリーを護送していた男を朱 黎明(しゅ・れいめい)の前に投げ捨てる。
「ご苦労様です。後は任せて下さい。今晩の宴会は私の奢りです」
 黎明がそう言うと「ヒャッハー」と歓声を上げて、舎弟達はバイクに乗り込み酒場へと向っていった。
 縄で縛られ、倒れている男を黎明は引っ張り起こす。黎明の実年齢と同じ年くらいのシャンバラ人の男だ。
「く……っ。何が目的だ」
 擦りむき、血を流しながら男が問う。
「貴方の所属する組織について、教えてもらいましょうか」
「組織ぃ? 行き着けの店のことか。ツァンダにあるぜ、いい女が沢山いる」
 冷ややかな目で黎明は何も言わず、男を見続ける。
「……なんのことかわからねぇが、わかったとしても、ヤバイ組織なら言った時点で暗殺対象になるから言えねぇだろうが」
 そう、小さな声で男は呟く。
 黎明は拳銃型光条兵器を取り出して、男の頭に銃口を突き付ける。
 男が、息を呑む。
「無理、だ」
 男が体をひねって手を見せる。その手に鏖殺寺院の紋章が浮かび上がっていた。
「名前は?」
 黎明の問いに、男は「シッター」と答えた。
「では、シッター。貴方を愛している人間はいますか?」
「妻と子がいる。帰って餌をやらねぇと……」
「……」
 覚悟を胸に、黎明は引鉄を引いた。

 銃声が1つ、響き渡った。
 ……パラミタでは珍しくない、音だ。