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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)
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「マジで百合園生ばかりだな」
 綺麗な花々に澄んだ池、水着姿できゃあきゃあ戯れる少女達の園とくれば、普通の青少年には天国なのだろうけれど。
 篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、ふうと大きく息をついた。
 ずぼらでものぐさで面倒くさがりの悠が今回課外授業に同行したのは百合園生の身を案じたからでも、この夢のような空間に混ざりたかったからでもない。
「ほら、行けよ」
 悠はパートナーレイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)の身体をバンと叩く。
 レイオールは水晶漬けになっていた機晶姫だ。
 誰が何の目的で、そうしたのか一切分かってはいない。
 本人も過去のことは覚えていないとのことだ。
 今回の課外授業の話を耳にした悠は、この機会に彼の過去を探ってみようと思ったのだった。
「ただの水に効果があるとは思えんがな」
 呟きながら、レイオールは悠の指示に従って池に向ってみることにする。
 中に入って、水を身体にかけて。
 両手で掬った水を身体の中に流し込む。
 確かに、水が冷たいからだけではなく、身体がしょきっとする感覚を受ける。
 そしてそれから――。
「紋章……鏖殺寺院。離反……」
「ちゃんと説明しろ」
 レイオールの呟きに対し、悠が尋ねた。
「むぅ……ワタシは」
 レイオールが頭部に手を当てて、記憶を手繰り寄せながら話し出す。
「鏖殺寺院に作られた。その施設では、ワタシだけではなく様々な兵器に類する機晶姫、剣の花嫁、その他人造人間が作られていた。人と瓜二つの精巧な物。巨大で凶悪な力を有する兵器。それら全てが戦争に使われて、罪なき人々をも死に至らしめてきた。ワタシはワタシ達に下される命令に疑問を持ち離反の意を示した」
 軽く頷きながら、悠は黙って聞いていた。
「命令に従わない兵器は不要だ。それでも何かの際にワタシを利用しようと考えたのだろう。ワタシは解体はされず水晶に閉じ込められたのだ」
「……あんたの中に爆弾が埋め込まれてる可能性は?」
「そういった記憶はない」
「そうか」
 軽く微笑んで、また悠はパシンとレイオールを叩く。
「それじゃ、休憩所で茶でも戴くか。水浴びには早いが、昼寝にはちょうどいい気温だ」
「ここの水で淹れた茶を戴き、もう少し思い出したいものだ」
「鏖殺寺院、か……」
 怠け者であるはずの悠の目がキラリと光った。
 直ぐに目を伏せると、レイオールと共にテントの方へと歩き出す。

「お昼にしましょう!」
 ログハウスから大きな寿司桶を持って 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)が現れる。
「サンドイッチもあるよ!」
 続いて、大きな籠を抱えてミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も皆に大きな声で呼びかける。
「お嬢様こちらですわ〜!」
 テントの側、大きな木の下でミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)が手を振る。
 レジャーシートやアウトドア用のベンチなどが並べてあり、景色を楽しみながら食事のできるスペースが準備されていた。
「ありがとう、ミルフィ」
 ほっとしながら有栖はミルフィの方へと近づく。
 ミルフィが断固料理をすると言い出したらどうしようかと思った。神楽崎分校で起きた騒ぎどころではない大騒動、大惨事になりかねないから。
「だ、大丈夫ですよね。試食しかしてもらってないはずです」
 炊飯中もずっと見ていたので、大丈夫なはずだ。
「おっ、美味そうな散らし寿司に、サンドイッチだな」
 悠が身体を投げるようにベンチに腰掛ける。
 体重630kgもあるレイオールは勿論、ベンチに座ったりはせず近くに起立している。
「存在しているだけで、警備になりますな。助かります」
 皆を見渡せる位置で、警備に当たっていた道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がティーポットを持って近づく。
「茶を淹れましょう」
 玲は周囲に警戒をしつつ、茶を紙コップに注いでいく。
「サンキュ」
 悠は一番に有栖から散らし寿司を、玲からは茶を受け取って食べ始める。
「池の水で入れた茶ですが、飲まれますかな?」
「戴こう」
 玲の問いにレイオールが答えて紙コップを受け取る。
「はあ〜つかれた……ミルミおねぇちゃん、どこいったのかな。くしゅんっ」
 パタパタとライナが飛んでくる。
 玲は腕に下げていたタオルを広げて、濡れている彼女を迎え入れ包み込んだ。
「少し火に当たった方が良さそうですな」
「うん」
「あたしも」
「あたしも〜」
 ライナの後から、サリスと眞綾も飛んできて、火の側にちょこんと腰掛けていく。
 直ぐに、イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)がテントに向かい、タオルや着替えを持ってくる。
「イングリッドも少し休憩しては」
 子供達、百合園生達にタオルや着替えを配るイングリッドにそう声をかけて、玲は紙コップに茶を淹れていく。
「子供が固まっているのは危険だが……守りやすくもある」
 玲から茶を受け取って、ゆるりと飲む姿勢をとりながらイングリッドは周囲への警戒心を緩めない。
 今のところ異質な気配もなく、警備を担当している者と飛んでいってしまったミルミ以外、皆の目の届く範囲から離れた者はいない。
 ミルミの時のように突発的な行動はどうにも出来ないが、はしゃぎすぎて皆と離れていく者や、森の中に興味を持って踏み入れようとする者の元には、駆けて行って注意を促している。
「どうぞ」
 有栖が紙皿に盛ったチラシ寿司をイングリッドに差し出す。
「戴きます」
 礼を言って受け取って、イングリッドも集まった百合園生達と一緒に、チラシ寿司を食べていく。
「うん、美味しいです」
「良かったです」
 イングリッドの言葉に、有栖が微笑みを浮かべる。
「こっちもどうぞ!」
 ミルディアも紙皿にサンドイッチを乗せて、皆に回していく。
「うわっ、美味しそう」
「私も戴いていい?」
 百合園生達が次々に集まっていき、イングリッドは端へと移動する。……皆が見渡せる位置に。
「私達も貰っていいですか?」
 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)が有栖とミルディアに声をかける。
「はい、ちょっと待って下さいね」
 有栖は、紙皿にエルシーと、パートナー達の分を盛って、トレーの上に並べた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。とても美味しそうです! こちら、食後に食べて下さい」
 エルシーはお菓子が入った袋を、有栖に渡した。
「ありがとうございます」
 有栖は礼を言って受け取り「後でいただきましょう」とハーフフェアリーの子供達に見せると、子供達が嬉しそうな笑顔を浮かべる。
 エルシーは子供達の様子に微笑みを浮かべながら、自分達用に敷いたシートへと戻る。
「散らし寿司貰ってきました。戴きましょー」
「お菓子と交換こしたんだね〜」
 花輪を首にかけながらラビ・ラビ(らび・らび)が近づき、トレーの中を覗き込む。
「お花みたいだねっ」
「ええ、お花みたいに綺麗な料理です。神楽坂有栖さんの手作りですよー」
「ラビの嫌いなもの入ってないよー」
 嬉しそうに、ラビは紙皿を受け取った。
 ラビもお弁当を持ってきているけれど、お菓子しか入っていない。
「甘い蜜のお花も沢山。いつもこういう授業だったらいいのに、ねっ」
 摘んだ花の側で、散らし寿司にお菓子を広げて、ラビはとっても嬉しそうだった。
「そうですね」
 微笑みながら、エルシーも腰掛けて、ふとログハウスの方に目を向ける。
(校長先生のお話、感激しました。やっぱりお友達とは仲良くするのが一番ですよね♪ 折角の課外授業なのに悩んで終わってしまったらもったいないですし)
 本当は少し森の中を探検したい気持ちもあったけれど、もう1人のパートナールミ・クッカ(るみ・くっか)が警戒していることはよく分かっていたので、皆が集まっているところでエルシーはラビを連れて遊んでいた。
「ご飯食べたら、花冠教えてね? 悪いヒトが来てもだいじょうぶだよー。ラビがおねーちゃん達のこと守ってあげるから、ねっ」
 ラビがエルシーとルミに目を輝かせながら言う。
「はい。可愛いお花で作りましょうね」
 エルシーが散らし寿司を食べながら笑顔で答える。
「近くで見ておりますから、素敵な花冠を作ってくださいませね」
 ルミはそう答えて微笑んだ後、すっと周囲に目を向ける。
 食事を食べる百合園生達の姿や、まだ池で遊んでいる者達が目に映っていく。
(校長先生はああ仰っておいででしたけれど、悪戯では済まされない事もございますし、わたくしは心配でございます……。いざという時はわたくしがエルシー様達をお守りしなくては)
 花畑の中にいる者もいて――。一見平和で美しい場所だけれど。
(囮捜査である以上覚悟はしておりますけれど、何事も無く終えられるのが一番でございます)
 そう思いながら、ルミはいつでも立てる姿勢で食事を摂っていくのだった。

 百合園生達の明るい声が響いている中、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)はお弁当は食べずに、皆から少し離れた場所にいた。
 本当は1人になりたい気持ちだったけれど、校長が言うように、皆からあまり離れない方がいいだろうから。
 ディテクトエビルは常に使っておくようにして、森側の花畑の中にいた。
 小柄な身体を伸ばして、仰向けで大の字になって、色とりどりの花に埋もれながら、思いをめぐらせていく。
『その人にとってはどうしようもない理由があるんだって信じよう』
 静香の言葉が、頭の中に響いた。
 多分――その人とは、早河綾のことを指しているんだろうと、プレナは思う。
 事情をよく知らなかったプレナは、バレンタインパーティ後、百合園に戻ってから一連の事件の資料を見、生徒会役員達から説明も受けた。
 内容は、辛くて、哀しくて、重い現実だった。
 パーティで起きた事件も、悪戯程度だったから被害は少なかったものの……もっと強力な毒物が混入していたら、友達を失っていたかもしれない。
(もしプレナの周りに綾さんのような事情を抱えたお友達がいたらどうしよう……道を誤ろうとするなら、相手の気持ちを理解しようと努力して、時にはぶん殴ってでも道に戻してあげるのがお友達だと思ってるけれど、暗い気持ちでぐるぐるしてる今のプレナに出来るのかな)
 そっと目を閉じて、顔を覆う。
(ぼんやりしている場合じゃないって解っているのに……)
「大丈夫?」
 心配気な声に、プレナは目を開けた。
「マキちゃん……」
 互いに相棒と思っている遠鳴 真希(とおなり・まき)が、プレナを心配そうに覗き込んでいた。
「一緒にご飯食べに行こう?」
 真希が小さく微笑んで、プレナに手を伸ばす。
 真希は自主的にパートナーのユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)と一緒に、周辺の警戒を務めていた。
 被害に遭った後なのに、怯えて学院に篭ったりせずに、こうして課外授業に加わって……。
(マキちゃんは、負けずに出来ることを探して明るく頑張ってる子。とっても偉い)
 だけど、プレナにはやるべき事が見つけられない。
「行こ?」
 真希の誘いに、プレナは首を横に振って、皆と一緒に食事を食べる気分じゃないからと断ろうとしたけれど。
 あの時。
 バレンタインパーティで薬が混入されていた時に、側にいたのなら。
 毒に気付いたり、真希を介抱することだって出来たかもしれないから。
 悩みが晴れなくたって、側にいるべきときにはいなきゃ、と。
 思い直して、相棒の小さな手を細い手で掴み、お腹に力を入れて起き上がった。