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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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 イナテミスの中でも最も大きな建物は、街の住人の憩いの場となっている公会堂である。
 公会堂は本館である建物の周りに、細々とした施設と広々とした土地とで構成されている、イナテミス自慢の場所である。
 
 今やその周囲は、この異常気象を皆で乗り切ろうとする生徒と精霊たちの活動拠点となっていた。

「皆さん、豚汁が出来ました。これを食べればきっと暖まりますよ」
 公会堂の一角で、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が持ち込まれた物資を利用して作った焚き火及び即席のストーブを利用して、大きな鍋で豚汁を煮込んでいた。材料となる豚肉・ゴボウ・ジャガイモ・ニンジン・コンニャク、味付けの元となる醤油・みりん・酒・味噌、さらにはだしの素まで、運ばれてきた物資の中に提供されていたこともあり、孤独を恐れて――寒波という環境は、人々の交流の機会をも奪ってしまっていたのだ――ここに集まってきた住人に振る舞えるだけの分は確保出来そうであった。
「はい、どうぞ」
「わ〜い、ありがとう、おねーちゃんっ!」
 アンナから湯気の立ち上る豚汁を受け取り、子供が嬉しそうに口に頬張る。
「あふ、あふいっ」
「急がなくても、お代わりはありますよ。火傷しないで落ち着いて食べてくださいね」
「うん……うん、おいしい〜! ママの作るごはんと同じくらいおいしいよ〜!」
 満面の笑みを浮かべる子供たちに、アンナも嬉しくなる。量は用意されているとはいえ、質までは保証されていない中、これだけ満足してくれることは、申し訳ない気持ちを吹き飛ばしてくれるほどであった。
「せ〜の、じゃーんけーん、ぽんっ!」
「あ〜、ららちゃんが鬼だ〜!」
「よ〜し、10数えたらいっくよ〜! い〜ち、に〜い、さ〜ん……」
「今度は捕まらないぞ〜! にげろ〜!」
 その近くでは、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が子供たちと鬼ごっこをして遊んでいた。子供たちに名前を覚えられる辺り、既に輪の中に溶け込んでいるようである。
「きゅ〜う、じゅう! さあ、いっくよ〜!」
 振り返ったララが、たた、と駆け出す。あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ、そして木の陰を覗き込むと、そこには子供ではなく、セプティ・ヴォルテール(せぷてぃ・う゛ぉるてーる)の姿があった。
「あれ? セプティおねぇちゃん、どうしたのぉ? プレナおねぇちゃんは?」
「あ……えっと……プレちんは……はぐれちゃった。一人でどっか行っちゃったみたい」
 活発そうな外見とは裏腹に、気弱な性格のセプテムが、ララとも目を合わせられずにつっかえつっかえ話す。
「セプティおねぇちゃんも、ララとみんなと一緒に遊ぼうよ! みんなで一緒に遊べばきっと楽しいよぉ?」
 そう言ってセプティを引っ張り出そうとするが、セプティの足はそこから動こうとしない。
「ららちゃん、どうしたのぉ? ……あっ、せーれーさんだぁ!」
 ララの姿が見えないのを不思議に思った子供の一人が、草陰から顔を出す。セプティの姿をその大きな瞳で捉えて、とてとて、と近付いてくる。
「せーれーのおねーちゃん……うやあっ!?」
「あ、危ないっ」
 とてとて、と歩み寄ろうとした子供が、草木に足をひっかけて転びかけるのを、とっさにセプティが抱きとめる。
「……うわぁ……せーれーのおねーちゃん、あったかーい。ねぇ、ちょっとだけ、このままでいていい?」
「あ、えっと……」
 人付き合いに難があり、今でも逃げ出したくなるくらいに怯えているセプティも、子供の無邪気で安心しきった顔を見ていると、少しずつそんな気持ちは解けていくような気がしていた。
「あ〜、ずる〜い! なあなあ、俺もいいか?」
「わたしも!」
「僕も!」
 子供たちが続々と、セプティにくっつくように集まってくる。子供たちはみんな、セプティのことを気にしていたのだ。
「う、動けないよ〜……」
 文字通り身動きが取れず、困った表情を見せるセプティ。そこに、さっきまでの怯えた表情は……まだ少し残っていたものの、それでも、ララと顔を合わせた時よりはマシになっているようであった。
「んふふ〜、セプティおねぇちゃん、楽しそう〜」
「楽しくないよ〜。た、助けて〜」
 子供たちの無邪気な数の暴力に晒される結果となったセプティ、人付き合いの苦手を直す訓練? は、始まったばかりである。

「えっと、これは使えるよね? あとこれとこれと……うーん、これも持っていった方がいいかなぁ」
 イナテミスの門の前に積まれた物資から、必要なものを運び出す作業にプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が一人で従事していた。『セプちん』ことセプティとあったかなコートや上着を運んで子供たちやその両親に着せていた割には、プレナ自身の格好は決して寒さに十分とは言えない。
「……クシュン! うーん、プレナも着てくればよかったかな?」
 赤くなった鼻を、やっぱり赤くなった手で摩って、プレナが物資の運び出しを再開する。
 そこに、ふわっ、とマフラーが、プレナの背後から巻き付くようにかけられる。
「プレナお姉ちゃん、頑張るのはいいけど頑張りすぎはダメだよ〜。だから〜、はいっ! あたしとお揃いのマフラー、貸してあげるっ! さっき想ちゃんにもかけてきたんだよ! えへへ〜、これでお揃いだねっ!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)が、自分もしているマフラーをプレナにもかけてあげて、にっこりと微笑む。
「あったかい格好で、頑張ろっ! それにしても、なんだかいろいろあるね〜。……あっ、これ可愛い〜。あたし持って帰っちゃおっかな……って、ダメだよね、えへへっ」
 自分の頭をコツン、とやって波音が微笑む。その様子に、プレナの顔にも笑顔が浮かぶ。
「……そうだね。ちょっと一人で張り切り過ぎてたかも。それじゃ、はのんちゃんにも手伝ってもらおうかな。幻ちゃんもいるんだよね?」
「うん、じゃああたし、呼んでくるねっ!」
 波音が駆けていくその背中を見送って、マフラーを巻き直したプレナがうん、と頷き、作業を再開する。

 そして、日は沈み、夜がイナテミスに訪れる。
 弱いながらもぬくもりを与えてくれた太陽が沈み、街は吹き荒ぶ寒波に震える。

「……そうして、精霊の女の子と人間の男の子は、手を取り合ってどこまでも続く道を共に歩いていくのでした……」
 公会堂の中、さほど広くはない部屋の中には、プレナと波音、アンナ、ララ、それとたくさんの子供たちが身を寄せ合っていた。遊び疲れて眠ってしまった子供たちもいれば、寒さと慣れない環境、時折響く物音に怯えてなかなか眠れない子もいる。それでも、幻時 想(げんじ・そう)の絵本――精霊と人間とが困難を乗り越え、お互い結ばれるお話――を読み聞かせる優しげな声に、起きていた子供たちが一人、また一人と舟を漕ぎ出す。そうした子供たちを布団まで導き、寝冷えしないように暖かく布団でくるんでやる。
(ふふ……可愛らしい寝顔だ。この笑顔を脅かす事件が……今も続いているんだね)
 窓から外を見遣る想、その遙か先には騒動を引き起こした『ウィール遺跡』、そして『氷雪の洞穴』があるはずである。
「……ん……幻ちゃん……無理しないで……」
「想ちゃん、ダメだよ、一人でムチャだよ……むにゃ……」
 ふと、寄り添うように眠っていたプレナと波音の寝言が聞こえ、それまで険しい顔つきをしていた想の表情が緩む。
「……無理してたのは先輩方ですよ。こう見えても僕は男の子なんですから」
 プレナと波音がまだ知らないその事実をそっと口にして、想がずれかけていたプレナの布団をそっと直してやる。
 二人の寝顔は、周りで眠る子供たちのようにあどけなく、そして可愛らしい。
(……いけないいけない、見入ってしまうところでした)
 首を振って誘惑? から逃れた想が、でももう一度だけとばかりにプレナの寝顔を刻み込む。
(……たっぷりと報酬は頂きましたから、その分働かないといけませんね)
 頷いて、想が皆を起こさないように部屋を抜け出し、異変がないかを見張る。
 大変な事態になっている中、せめて今この時だけは、安心して眠っていられるようにと願いながら。

「……よし、これでいいだろう」
 門の前に焚かれた篝火が燃え盛るのを、サラが満足そうに見遣る。
「この火は飢えた獣に本能的に危険であることを告げてくれるはずだ。本当は餌でも与えてやりたいところだが、それでは別の問題が発生しかねないしな。彼らに出来る最善はこれだろう」
 確かに、餌を与えることで一時的な飢えは凌げる。だが、生徒たちの目的は、彼らを飢えさせている原因の究明と問題の解決である。環境が元に戻れば、彼らは再び自力で糧を得、生きていかねばならない。下手に甘やかすことは、結局彼らの生きる力を奪うことに他ならない。
「そうだな。俺たちの勝手で獣をどうこうするのはよくない。俺たちは侵略者じゃないんだ」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)の言葉は、このパラミタ大陸にやってきた生徒たちが、一部の先住民族から侵略者、略奪者と呼ばれていることを踏まえてのものだった。これ以上不信感を広めないためにも、イナテミスでの行動は慎重に、かつ効果的でなくてはならないだろう。
「……やはり、あなたは凄い。私にはまだ、炎を操ることすら叶わない」
 永久ノ キズナ(とわの・きずな)がおもむろに掌をかざす、しかしそこに炎熱の精霊の友であるはずの炎は具現化しない。
「サラ、キズナはどうなんだ?」
 こうして街の警備に携わる合間を縫って、サラがキズナに稽古をつけていることを知っている――というより、ケイがサラにそれを望んだ――ケイが、キズナに聞こえないように尋ねる。
「なに、筋はいい。彼女の炎の精霊としての力は、この寒さの中で眠る芽のように、今は眠りについているのだ」
 言って、霜の降りた地面をサラが見つめる。茶色ばかりの地面の下には、目覚めの時を待つ芽が眠っているはずである。
「芽は確かにここにある。それを忘れないでいれば、時が来たときに必ず目覚める。それまで辛抱強く見守ってやることだ」
 話を切り上げ、他の篝火の様子を見に行くためにサラがキズナを呼び寄せる。その後は、キズナの力のことや過去のことには触れず、極力明るい話を努めて交わす一行であった。