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【ろくりんピック】ムシバトル2020

リアクション公開中!

【ろくりんピック】ムシバトル2020

リアクション


開会式
 前日の夜から降り続いた雨は、人々の願いが天に通じたのか、夜明けと共にあがり、青空が見え始めていた。

 ぽん、ぽぽぽん。

 午前6時に鳴り響いた花火の音。この花火は、今日ムシバトルが開催される合図だ!
 この音を聞いた参加者、観客は歓喜し、会場には一気に人と虫が集まってきた。
 そして予定通り、開会式が始まった。

「今年も虫ちゃんバトルが開催できて嬉しいですわぁ」

 開会の挨拶をするのは、昨年からムシバトルを主催しているエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)
 体長20メートル級の虫が多数生息する、ここイルミンスールの森で、昨年から巨大虫を戦わせるムシバトルが流行し始めた。
 昨年開催された『第一回ムシバトル』は、大成功。
 その後、このムシバトルをモデルにした『ムシアドベンチャー』という、巨大虫ブリーダーを目指す少年のアニメが大ヒットし、ムシバトルの名は今やシャンバラ中、遠く日本にも広まっていた。
 エリザベートの内心は、イルミンスールの評判が広まることと、観光収入で二度オイシイ、といったところなのだが、そんなことは決して顔に出さない。

「今年は『ろくりんピック』の正式競技でもあるムシバトル。皆さんの健闘を期待していますわよ〜」

 事前に「挨拶は手短に、敵意を隠して」と、実行委員に釘を刺されていただけあって、一応当たり障り無くエリザベートの挨拶は終了した。
「続きまして、昨年のムシバトル王より、開会宣言をお願いします」
 呼ばれて登壇したのは、昨年の『第一回ムシバトル』で見事優勝し、初代ムシバトル王の称号を勝ち取った樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、そしてパラミタキイロミツバチの四郎さんだ。
 事前に、実行委員会に渡された台本通り、月夜が胸を張ってマイクの前で宣誓を行った。
「我々虫バトラー一同は、森の自然と虫の命を大事に、ルールを守って正々堂々と戦うことを誓います!」

 わあぁぁぁ!

 大きな歓声。それに混ざって、様々な虫の声と羽音。
 ろくりんピック公式競技、ムシバトル2020がここに開幕した!


予選Aブロック

○第一試合○

「ただ今より、第一試合を開始します!」
 ステージ中央に、レフェリーの織機 誠(おりはた・まこと)が立つ。
 格闘技のレフェリーというより、野球の審判のような服装にやや違和感を感じなくもないが、その表情は真剣。公平なジャッジを望めそうだ。
「それでは……選手の入場ですっ!」
 誠がバトルステージの中央で、高らかに宣言する。
 客席からは、割れんばかりの声援が飛んだ。

「第一試合。東シャンバラチームより……えーと……パラミタレッサーキングコックローチのチョコレートパフェちゃん、入場!」
 パラミタレッサーキングコックローチ。聞き慣れぬ長い名前に、あちこちがざわついている。
「解説は任せてもらいましょー!」
 解説席でマイクを握るのは、自称大会公式マスコットのキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)。若干(?)不仲である相方茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は会場に来ていないが、当然そのことは気にかけてはいない。
「さて。パラミタレッサーキングコックローチについて説明するよ。パラミタレッサーキングコックローチっていうのは、黒くテカテカしたボディに、素早い動きが特徴的な……」
 かさかさかさかさ。
「ゴ・キ・ブ・リ」
 阿鼻叫喚。
 客席の、主に女性から、耳をつんざく悲鳴が!
 かさかさかさかさ。
 ゴキブリ独特の足音が、観客をもれなく鳥肌にしていく。
 ちなみにこの足音はチョコレートパフェちゃんだけのものではなく、ミーツェ・ヴァイトリング(みーつぇ・う゛ぁいとりんぐ)が、拡声器で流しているものだ。
「チョコレートパフェちゃん、ファンのみんながこんなにも応援してくれていますー」
「わぁ。チョコレートパフェちゃんは大人気でありますね!」
 その悲鳴を完全に歓声と勘違いしている、ミーツェとルナール・フラーム(るなーる・ふらーむ)
「ちょ……マジ……なんで虫ばっかりのところに……来なきゃならないんだ……」
 もう一人、チョコレートパフェちゃんのセコンド登録されているウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、なんとも致命的なことに、虫が苦手だ。
「ほら、キビキビ入場してくださいよ」
 レフェリーの誠が、ウィルネストを促す。
「あー、織機誠! やっつけてやろうと思ってたのに、レフェリー参加とは卑怯っ!」
 敵意むき出しでシルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が、誠に食ってかかる。
「一応レフェリーなんだから、やりすぎると退場っぽいですー」
 ミーツェがシルヴィットを引き下がらせる。
「うう……誠ぉ……ああもう無理……」
 ばったり。ウィルネストは地面に倒れ込んでしまった。
「あれ……ウィルどのはお昼寝ですか? お腹が冷えちゃうでありますよ」
 ルナールが、ぴくりとも動かないウィルネストをささっと手早く片付けた。

「続きまして、西シャンバラチームより、パラミタサルヴィンダンゴムシのリンクフィルド、入場!」
 西サイドから入場してきたのは、鮮やかな黄色のダンゴムシ。黒のダンゴムシを想像していた客席から、驚きの声が聞こえてくる。
「行くぞ、リンクフィルド」
 誘導するのはセコンドのクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)
 リンクフィルドは、クレーメックの後ろをしっかりとついて歩いている。かなりなついている……というより、軍の行進のように見えなくもない。
 その後ろからは、マゼンタ・シアン・イエローの3色のダンゴムシ……の着ぐるみを着用した{SFL0010450#麻生 優子}、{SFL0010451#桐島 麗子}、{SFL0001893#クリストバル ヴァルナ}の三人。
「フレーフレー、リンクフィルド!」
 応援態勢も完璧のようだ。

「それでは第一試合……プレイボール!」
 少しだけ場違いな試合開始の合図とともに、チョコレートパフェちゃんちゃんとリンクフィルドが戦闘態勢に入った。
 かさかさかさ!
 先に動いたのは、素早いチョコレートパフェちゃんだ!
 かさかさかさかさかさかさかさ。
 素早くリンクフィルドの周囲を動きまわる。客席からは悲鳴!
「ぶっとばせー! チョコパちゃーん! です!」
 シルヴィットの指示にこたえて、素早い動きから体当たりを繰り出すチョコレートパフェちゃん!
 カンッ!
 車のボディに、跳ねた小石が当たったような音が響く。
「あ、あまり効いていないです?」
 リンクフィルドの自慢は、その堅いボディ。
 素早いものの力に自信のないチョコレートパフェちゃんの一撃は、リンクフィルドにダメージを与えるに至らなかった。
「だったら手数を出すでありますっ!」
 ルナールの叫びに、ひとつうなずいたように見えたチョコレートパフェちゃん。
 カンカンカンっ!
 素早く連続攻撃を繰り出した!
「さすがに……このまま削られ続けたら苦しいな。よし……行け、リンクフィルド!」
 クレーメックの指示で、今度はリンクフィルドが反撃に出る。
 素早さに関してはチョコレートパフェちゃんに遠く及ばないリンクフィルド。
 よく相手の動きを見て、一撃のタイミングを待つ。
 その間はリンクフィルドに体力を削られ続けるので、まさに根性比べだ!
 そして……長い連続攻撃に、一瞬チョコレートパフェちゃんが息をついた時!
「今だ!」
「パワーブレス!」
 クレーメックの指示で、素早くヴァルナがパワーブレスでリンクフィルドを支援。
 ガアンッ!
 鈍い、重い音がした。
「チョコレートパフェちゃんっ!」
 慌てて支援をしようとするチョコレートパフェちゃんサイドのセコンドだが間に合わず、飛ばされたチョコレートパフェちゃんは、ふらりと場外に落ちてしまった。

「場外! 勝者、リンクフィルド!」

 わぁぁぁぁ!
 見事な試合に、先ほどまでゴキブリに悲鳴をあげていた観客たちも大きな拍手を贈っていた。
「よくやってくれたよ」
「いい試合でしたね」
 ミーツェとシルヴィットが、チョコレートパフェちゃんをねぎらった。
 幸いにも怪我をしていないチョコレートパフェちゃんは、申し訳なさそうに起き上がった。
「いい夢を見たであります!」
 ルナールがタオルで体をふくと、チョコレートパフェちゃんは嬉しそうにかさかさと足を鳴らした。
 ゴキブリとして生まれ、人々に嫌われ、虐げられ続けてきたチョコレートパフェちゃんだが、大切にしてくれる人と出会えた幸せを強く感じているようだった。
「……ぅぅ……ムリ……」
 ウィルネストは、結局最後まで目覚めなかった……。

○第二試合○

「それでは次の試合。東シャンバラチームより、パラミタオオカブトムシのシズカ!」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)に伴われて、立派なボディのカブトムシが入場してきた。
「わあ! カブトムシー!」
 多数の巨大虫が登場するムシバトルでも、子供たちのカブトムシ人気は永遠不変のもののようだ。
「シズカ……がんばろうね……」
 悠希が声をかけると、やさしく寄り添うシズカ。強い信頼関係で結ばれているようだ。

「西シャンバラチームより、ドストワーフクメンハサミムシのテクニカさん!」
 じゃきんっ!
 大きなハサミをひとつ鳴らして、テクニカさんが威風堂々と歩いてくる!
「いやぁ立派なハサミ。大きくて湾曲したハサミだから、きっとオスだね」
 キャンディスが、あらかじめ前勉強しておいた成果を、解説として披露する。
 その解説の通り、ドストワーフクメンハサミムシは、メスよりもオスのほうが大きく丸いハサミがついている。
「テクニカさんはチャンピオンになれる器です〜!」
 様々なトレーニングを一緒に乗り越えてきたテクニカさんの晴れ舞台を、セコンド席からパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が誇らしげに見つめている。
「ほらほら、クレアさんももっとテクニカさんに声をかけてあげてくださいよぉ〜」
 その隣にいるクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、静かにテクニカさんを見つめている。コンディションを見極め、戦術を考えているようだ。

「それではぁ……プレイボール!」
 セコンドの誠が試合開始を宣言し、すぐにバトルステージから降りた。格闘技ではセコンドがステージに居続けるのは当然だが、このムシバトルの場合、ステージに居続けたら巨大虫に踏みつぶされてしまう。判定用の特別席で、肉眼と専用ビデオモニターでジャッジするのだ。
 ひゅんっ!
「え?」
 素早く飛び上がったのは……シズカだ!
「早い!」
 クレアが思わず身を乗り出す。
「おお。シズカは、カブトムシにしては珍しい、超スピードタイプだね!」
 キャンディスも解説席で興奮気味に叫ぶ。
「セコンドの真口悠希さんは試合前、相方シズカについてやさしい子だと話していたよ。そのやさしいシズカがどう攻めるか、ここは注目!」
 ぶぅんという羽音が聞こえる。
 シズカはまるで茶色の風のように、バトルステージを吹き抜けている。
「……払え!」
 じっと様子を見ていたクレアが、テクニカさんに指示を飛ばす。
 するとそれを受けたテクニカさんは、大きなハサミで空中をひゅんと払った!
 ちょうど低空飛行をしていたシズカは、脚払いを喰らったような格好になり、コケッとステージに転がった。
「相手の動きが止まりました! テクニカさん、がんばれ〜!」
 パティの声援に勇気づけられたテクニカさんは、息つく間もなく攻撃に転じる。
「また飛ばれたら厄介だ。組んでしまうのがいい!」
 クレアの作戦通り、今度はハサミを使ってシズカの角をぐっと掴んだ。
「ああ……シズカ!」
 悠希はその様子を、涙目で見つめている。
「投げ!」
 クレアの声と同時に、テクニカさんは全身の力を込めてシズカを放り投げた!
 ずぅぅん……。
 場外手前で止まったものの、シズカは大きなダメージをうけた。
「ああシズカ……シズカーーーーーーっ!」
「よ、呼んだ?」
 シズカーーーの叫びに応えてやって来たのは、なんと桜井 静香(さくらい・しずか)だ!
「し、シズカ……じゃなくて静香さまっ! うわわわわわわ」
 いきなりのご本人(?)登場に慌てふためく悠希。
「あの子がシズカ? えーっと……おんなじ名前なんだね」
 よろよろと立ち上がるシズカ。
 そして同じ名前を持つ静香も、よろよろとしている。虫が苦手だというのに、ろくりんピックの運営上、会場に来なければならなかったため、ここにいるだけで体力を消耗しているようだ。ちなみに衣装はチアガール。静香もいろいろと大変だ。
 そんな状況ではあるのだが、シズカという名前を聞いて、放ってはおけなくなったのだ。
「……お、同じ名前のよしみからね。……応援してるから、が、頑張って!」
 体はがくがくと震えているが、それが静香にとって精一杯の応援だった。
 そしてその気持ちが、シズカと悠希にとんでもない勇気と力を与えた!
「シズカ! 静香さまが見ているよ。……行こう!」
 正々堂々とした戦いをするため、ここまで攻撃を控えて待っていたテクニカさんサイドも、シズカが再び動き出したのを見て、指示を飛ばした。
「ここで、目くらましです〜!」
 向かってくるシズカに、パティが光術で強い光を放つ。
「まぶしい!」
 客席までもが一瞬視力を失う中、シズカは空中に飛び上がり、光から目線をそらしていた。
「なにっ?」
 目くらましの成功を確信していたクレアは、敵の意外な動きに驚きを隠せなかった。
 実はシズカサイドは、あらかじめ「一番キケンなのは目つぶし系」として、常に目元に注意する作戦を実行していたのだ。
 ぶぅん。
 素早い動きで、一瞬見えなくなるシズカ。
 そして……。
 どんっ!
 いつの間にかテクニカさんのサイドに現れたシズカは、その立派な角でテクニカさんのボディをすくい、場外に投げた!
 どさっ。
 テクニカさんは、柔らかい草を敷き詰めた場外に、落ちた。
「勝者、シズカ!」

 勝敗は決した。
 すまなそうに戻ってきたテクニカさんを、パティは涙を流しながらやさしくなでた。
「恥じることはない。立派だ」
 クレアの言葉に、テクニカさんは胸を張って花道を戻っていった。
 その姿に、客席からは大きな拍手が贈られた。

○第三試合○
「さあ……次の試合は特に注目! 東西ともに、昨年大活躍したあの虫さんだよ!」
 キャンディスがマイクに向かって叫ぶと、それに呼応して客席からも大きな拍手が起こった。

「では、まずは東シャンバラチームより、パラミタコーカサスの剛力丸!」
 剛力丸を先頭に、後ろからセコンドの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と、少し顔色がよくない緋桜 ケイ(ひおう・けい)がついてくる。
「はぁ……。またこんな虫だらけのところに……」
 ケイが大きなため息をついている。どうも今大会は、虫が苦手だがパートナーに押し切られるかたちで参加している人もちらほらと見受けられる。
「うむ、いい仕上がりじゃ。鍛えに鍛え抜いた、この剛力丸の鋼の肉体を見るがよい!」
 ケイとは対照的に、カナタは満面の笑顔で、剛力丸をなでてあげている。

「お待たせしました。西シャンバラチームからは……先ほど素晴らしい選手宣誓をしてくれた、昨年の覇者! パラミタキイロミツバチの四郎さん!」
 客席、そして控えの参加選手たちからも大きな拍手!
 温厚な性格のパラミタキイロミツバチでありながら、昨年見事に優勝。全ての虫と、虫ブリーダーの憧れの的となった四郎さんの登場に、客席のボルテージは最高潮だ!
「四郎さん……落ち着いて」
 刀真がやさしく四郎さんをなでる。
 昨年は誰も気がついていなかったのだが、四郎さん実は女の子(女王蜂)。
 時々、不安そうにもじもじするのも、女の子ならではの行動だったというのだ。
「ケガしないように、いってらっしゃい」
 月夜もやさしく四郎さんに声をかけた。
 二人の愛情に包まれて、今年も四郎さんのコンディションは万全だ!

 カーーーン!
 高らかなゴングで、試合が始まった。
「剛力丸のステータスは、去年とずいぶん違うみたいだよ」
 解説資料を見て、キャンディスが去年の登録データとの違いに気がついた。
「力こそパワーよ! トレーニングにより剛力丸は、完全なるパワータイプへと進化を遂げたのだよ」
 ぐっと拳を突き上げるカナタ。
 確かに剛力丸がぶんっと腕を振るだけで、びりびりとした振動が周囲に伝わる。
 そのかわり……鍛え抜いた体が重たいのだろう、動きは遅い。
「それなら……四郎さん、速さで勝負!」
 セコンドの指示を聞き、四郎さんはぶんっと飛び上がった!
 目にもとまらぬ速さで飛び回り、剛力丸との距離を縮めていく。
「剛力丸! ここは我慢! 攻撃のチャンスは必ず来るから」
 剛力丸サイドも指示を飛ばす。指示通り、剛力丸は、四郎さんの動きを見極めるため、じっと集中している。
 素早さで敵を翻弄し、セコンドとの息が合ったコンビネーションで敵を倒す。昨年見せた四郎さんの戦い方は今年も健在のよう。
 ぶんっ!
 ひときわ大きな羽音が聞こえたかと思うと、四郎さんは剛力丸の真上にいた!
 その時を待ちかまえていた剛力丸。
「カウンター!」
 迫ってくる四郎さんに向かってカウンター攻撃を繰り出す!
 四郎さんは一度距離を置いて出直す……と思いきや、そのまま迷わず、まっすぐに剛力丸へと向かっていく。
「パワーブレス!」
 そのタイミングで四郎さんにパワーブレスをかけるセコンド。四郎さんは完全にセコンドを信じているのだ!
 ガアンッ!
 力と力の激突!
 お互いに吹き飛ばされた剛力丸と四郎さんは、バトルステージの両端に倒れ込んだ。
 ほぼ同時に起き上がる。まだどちらも動けそうだ。
「剛力丸! 威嚇するんだ!」
 ケイの指示を聞き、剛力丸は自慢の角を持ち上げ、ぶんっと振り下ろした。
 びゅうん!
 ただそれだけで、強い衝撃波が発生し、森がふるえた。
(!)
 その時!
 なんと四郎さんが、剛力丸とは真逆の、バトルステージの外に向かって飛んでいく。
「し、四郎さん? そこは場外……」
 どうしたことか、四郎さんは自ら場外に進み出てしまったのだ。
 意味がわからず、その動きをじっと見つめる観客たち。
(……!)
 四郎さんは、一本の木に寄り添い、剛力丸が作り出した衝撃波がおさまるのを待っているようだった。
 そして森のふるえが止まり、四郎さんが離れたところには、ミツバチの巣があった。
「あ……」
 そのミツバチは、巨大虫ではなく、地球でよく見かける普通サイズのもの。
 そのサイズでは、とても巨大虫の衝撃波に耐えられない。
 四郎さんは場外になることをいとわず、身を挺してそのミツバチの巣を守ったのだ。

 レフェリー誠は、四郎さんの脚が場外についていることを、側に行って確認した。
 そして……しばらくじっと考えたあと、意を決して叫んだ。

「場外! 勝者、剛力丸!」

 勝敗は決した。
 だが、ケイは納得できない様子で頭をかいて、四郎さんのセコンドのところにやってきた。
「なんか……俺たちが勝ったとはいえないよな。小さな虫たちだって頑張って生きてるのに、それに気がつかないで……」
 刀真と月夜は、静かに首を横に振った。
「勝敗は勝敗。剛力丸の勝ちだ」
「それに……このまま続けていても、きっと私たちはタオルを投げ入れていたはず。四郎さんがケガをするまえに、止めてしまうだろうから」
 そう言って笑う月夜。
 少し申し訳なさそうに戻ってきた四郎さんを、やさしく迎えた。
「やさしい四郎さん。とってもステキよ」
 強さと優しさ。両方を兼ね備える真の王者・四郎さんに、会場から大きな拍手が贈られた。

○第四試合○
「お客様の中に、大工さんはいらっしゃいませんかー?」
 普通サイズのミツバチの巣は、会場に来ていた大工経験者が、巣箱のようなものを急遽作って、安全を確保した。
 ムシバトルはまだまだ続く!

「東シャンバラからは、パラミタオオカブトムシのライデンJr!」
 昨年も出場して大会を盛り上げたナナ・ノルデン(なな・のるでん)ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)に伴われて、少し小振りな(とはいえ全長10メートルほど)カブトムシが入場してきた。
「昨年活躍したライデンとは別の子なんだって。あのライデンが連れてきて鍛えた、優秀な新人の登場だよ!」
 パラミタオオカブトムシは群れで動くことがあるのだが、ライデンJrはその中でも体が小さいためにいじめられていた。それを見かねたライデンが連れてきて、ナナたちに託した……と、キャンディスが事前情報をもとに、見事な解説を披露した。
「やれるだけのことはやってきました!」
「あとは気持ちだけ! ファイトですー!」
 セコンドの二人は、ライデンJrの実力を信じ、応援に徹するつもりなのだろう。チアガールのような格好をして、ぼんぼんを振っている。

「続いて西シャンバラから、パラミタノコギリクワガタのダージュ!」
 おおおおっと、客席から声が上がった。
 やはり、カブトムシVSクワガタというカードは、いつの時代もどこへ行っても、心を熱くさせるものである。
「よかったねダージュ! 晴れ舞台だよ!」
 ぽんぽんっとダージュを叩いて小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が声をかけた。
「試合前にエネルギーとっておかないと!」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、大きなエサ袋をずるずると引きずってきている。中身はクワガタ専用の栄養ゼリーだ。
 コハクがエサを大量に持ってきたのは、これから戦う愛虫ダージュを気遣ってのことだが、その重たそうな様子に、逆にダージュのほうがコハクを気遣っている様子だ。
 やさしい美羽とコハクに、愛情を注がれて育ったダージュは、体は大きくて立派だが、心はとてもやさしいクワガタなのだ。

「プレイボール!」
 誠の、野球風ジャッジにようやく客席も選手も慣れてきたようだ。
 ライデンJrとダージュはそれぞれ臨戦態勢に入った。
 じっ……。ダージュはとりあえず様子を見るようだ。動かない。
 それに対してライデンJrは、素早く動いて先制攻撃を仕掛けた。
「動き回って! ライデンJr!」
 ライデンJrの作戦としては、素早い動きを利用して相手を翻弄し、位置を入れ替えて場外にそっと落とす……というもの。
 だがそれも、相手が動いてくれなければ意味がない。
 じーーーっ。
 まだダージュは動かない。
「少しでも……ほんの少しでも動いてくれれば……」
 ズィーベンは、何かを狙っているようだ。
 さすがに動きっぱなしでは、ライデンJrもきつそうだ。少し呼吸を整えるため、いったん動きを止めた。
「ダージュ! チャンス!」
 美羽の指示で、ダージュが攻撃に転じた。
 速さ自慢のライデンJrに対して、ダージュは力と堅さのバランスがいい。
 その攻撃は強力だ!
 どんっ!
 ライデンJrは回避を試みたものの避けきれず、攻撃の一部がヒットした!
 だが……このときを、ダージュが動くときを待っていたのだ! ズィーベンが立ち上がった!
「狙いは外さない。大気の蒼よ集いて蒼く煌めく氷雪となれ!」
 大げさな詠唱をしたように聞こえるが、つまりは氷術を放ったのだ。
 ぴかーーーん☆
 バトルステージは、アイススケートリンクのようにつるつるだ。
 そして、動き始めていたダージュは、氷の床に一歩を踏み出してしまっていた!
「ダージュっ! とまれ、とまってーーー!」
 クワガタは急に止まれない。ずん、と一歩。だが、その一歩で充分だった。
 つるりんっ。
 ダージュはアニメのように、見事に滑った!
 そしてライデンJrは、この作戦をあらかじめ伝えてあったため、上空に飛び上がっていたのだ。
 ダージュの後ろにまわりこんだライデンJrは、ケガをさせないような強さで、とんっとダージュの背中を押した。
 つーーーーーーーーーーーー。
 とん。
 ダージュは静かに滑り、静かに落ちた。

「場外! 勝者、ライデンJr!」
 いじめられっこからのし上がったライデンJrに、大きな拍手が贈られた。
「この戦いは、知能戦だったね。お互い、相手の作戦の先を読み合った、おもしろい試合だったねー!」
 キャンディスの解説通り、この戦いは体力の削りあいではなく、知能戦だった。これもまたムシバトルなのだ。
「ダージュ、おつかれさま」
 ろくりんピック公式タオルで体をふいてあげるコハクと美羽。
「僕たち、まだコンビを組んだばかりじゃないか。……また来年、一緒にここに戻ってこようぜ!」
 コハクが笑顔で言うと、ダージュはこくりとうなずいたように見えた。