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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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第二章 流転する『心』

 雪之丞の提案は、あえて剣を校長室には持って行かず、このまま上演したらどうかというものだった。
「だって、ただ保護したんじゃ、犯人の仲間はわからないまんまよ。なら、こっちから罠にかけてやればいいのよ。ただし、警護は万全に。それと、秘密にね」
 そんなことを勝手にして、ジェイダスが怒りはしないかと陽は不安に思ったが、雪之丞はジェイダスを全く恐れていない人間だ。
「学園祭の真の成功は、犯人一味を捕まえた上で、来客にはそうと悟らせないフィナーレよ。そうじゃない?」
 そうして、校長には報せないまま、警備にあたれる生徒や、芝居の参加者に、彼らはそれぞれ作戦を伝えることにした。
「ただ、ここに見張りもいないとね」
「それならば俺様が!」
「ですにゃ!」
 颯爽と現れたのは、変熊 仮面(へんくま・かめん)にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)の二人組である。
 相変わらずの全裸に薔薇学マント、プラス赤マフラーという姿は、さぞかし他校生にとってセンセーショナルだったことだろう。つい先ほど、黎に「服を着ろ、変熊ぁ!」と怒鳴られたばかりでもある。
 横で同じく、にゃんくまも全裸マントなのだが、こちらは見た目は猫なので、そう問題でもない(むしろこちらの方の問題は、中身だ)。
「あんた達か……、まぁ、仕方がないわね……。けど! 小道具に変な細工はしないでよ!」
 雪之丞は若干不安を覚えつつも、了承し、その場は一旦解散となった。
「ふふ……」
 といったところで、変熊仮面とにゃんくま仮面が、ただ大人しく見張りなどをしているわけがない。
 変熊としては、本来ならば、この注目度ナンバー1の舞台にて、己の美しさを発揮することもやぶさかではなかったのだが、あいにくの事情があった。
 簡単にいえば、先日、にゃんくま仮面の乳首を数えるという耽美(?)かつ高尚(??)な遊戯に興じていたところ、にゃんくまの強烈な猫キックを食らい、自慢のボディにひっかき傷を作ってしまったのだ。
 このような身体では、舞台には出られない……という事情により、今回の舞台は裏方を手伝うことになっていた。
「けど、ひどいにゃ〜。ボクらがまるで悪戯するみたいな言い方、することないにゃ」
「全くだな。華麗な演出を加えてやろうというだけだ」
 ニヤリ、と一人と一匹は笑うと、さっそく隠していたあれこれを持ちだす。
 まずは変熊は、『シリウスの心』と、用意してきた偽物を交換する。イメージで用意したわりには、なかなかぱっと見は似ている。とりあえずこれで、本番まではこちらで保管するつもりだった。人目につかないよう、本物にはそこらの布をぐるぐるに巻き付ける。
 本番でこれを使用するという雪之丞の案は好みだが、賛同しない人間が先に持ち出す可能性もあるではないか。
「演出、大事だからな」
 そう、楽しげに変熊は呟いた。
 一方にゃんくまは、小道具の刃物の類をすべて干物に交換してしまう。こちらは一目瞭然で偽物とわかるが……。
「師匠、完了ですにゃ!」
「よし、完璧だ」
 と、そこへ。
「なにやってんだ? うわ、干物くさっ!」
 控え室へ顔をだした藤沢 アキラ(ふじさわ・あきら)が、驚きに声をあげる。
「いいところに。貴様、俺様と見張りを替われ」
「見張り? ……ってことは、やっぱりここにアレがあんの!?」
「ああ。それでは、頼んだぞ」
「頼んだですにゃ!」
 変熊とにゃんくまはそう言うなり、颯爽と出ていってしまう。残されたアキラは、興奮を隠しきれず、あたりを見回した。
 短剣を違和感なく隠せる場所といったら、と、熱血行動派の彼にしては精一杯頭を絞って出した結論が、この舞台の小道具だった。
 今回の騒ぎは、薔薇の学舎に混沌と波乱をを巻き起こす為に今回の事件を引き起こしたのではないか。校長やルドルフなどの顔に泥を塗りたくて、だとしたら、生徒の前で派手に騒ぎを起こしたいはずだ。
 最も人が集まりそうな所と言ったら…今回の目玉の劇しかない。
 そしてそれは、どうやら見事に当たったらしい。
「やったぜ! で、どれが『シリウスの心』なんだ?」
 見た限り、一部の小道具が何故か干物になっているのはすぐにわかった。演出は雪之丞だと聞いているが、変わったことをするものだ。
 魚臭さに若干閉口しつつ、アキラは短剣を探す。
 ……実は、アキラもまた、短剣をすり替えておくつもりだったのだ。代用品は、こっそりと持ち込んでいる。
 しかし。
「これがそうなのか? でもなんか、ミョーに安っぽいなぁ……」
 ぱっと見は美しいものだったが、柄の金属も宝石も、いかにもイミテーションだ。持った感じも、妙に軽い。
 しかし、見かけに騙されてはいけない。もしかしたら、その真の姿はその奥に隠されて、巧妙に偽装工作をされているのかもしれないのだ。
「まぁ、いっか。これで……良し!」
 アキラは頷くと、決意を込めて、自分が持っていたイミテーションと、さらに変熊が用意したイミテーションを、そうとは知らずに取り替えた。


「さて。本番までは、これをどうするかな……」
「『シリウスの心』がまさかここにあるとは、みんな思わないだろうにゃ」
 本物を持ち出した変熊は、薔薇の温室の近くにいた。ここは、本日飾られている薔薇を育てていた施設であり、今日は一般非公開になっている。が、故に、人気もなく、学際の喧噪もここでは遠い。
 しかし。
「……それが、『シリウスの心』なんだね」
「!?」
 不意にみぞおちに拳をたたき込まれ、変態はよろめいた。誰もいないはずという、一瞬の油断だった。
「師匠!」
 にゃんくまが声をあげる。変熊の手から『シリウスの心』の包まれた布の固まりを奪ったルーク・クレイン(るーく・くれいん)は、静かに告げた。
「こんなことをしておいて説得力ありませんが、貴方がたを傷つけたくありません。退いてくれませんか?」
「にゃ……」
 にゃんくまが怯む。しかし、ルークの言葉とは裏腹に、にゃんくまに向かってシリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)の放った火が大気を切り裂き、にゃんくまの髭とマントを焦がした。その隙に、ルークはその場を風のように離れたが、一歩間違えばルークも巻き添えになるところだ。
 懐に抱えた布包み。その内側にある剣は、何故かほのかに熱いような気がした。
 他校生であるルークがこれを狙ったのには、理由がある。……契約者であるシリウスが、それを望んだからだ。
「ルーク……」
 包みを抱えたまま、ルークは離れた場所にいたシリウスの側に戻る。
「手に入れたみたいだね。さて、どう持ち帰ろうかな」
 シリウスは楽しげにそう言う。
 同じ名前のこの短剣のことを知ったのは、薔薇学のとある生徒から聞いた噂だった。しかし、どうやら生徒達は、本気で犯人と、その行方を気にかけているようだ。
 しかし、彼にとっては、あくまでこれは退屈しのぎにすぎない。今は結果的に手を貸すようなことはしたが、これを盗むことでルークが捕らわれようと、シリウスはかまわなかった。おそらくは重要だろうこの短剣をめぐって、生徒たちが右往左往する様が見られれば、それで満足なのだ。
 そして、ルークは、シリウスが望むのならばそうするだけのことだった。
 愚かな行為だとは、百も承知している。それでも。
(僕には、シリウスを失う事の方がずっと恐ろしいんだ…)
 手に入れた、『シリウスの心』を、ぎゅっとルークは抱きしめた。まるで、それが彼の心であれと、願うように。