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リアクション
第5章 装甲列車はしる【7】
ぐるぐる世界が回る。
自分が列車の停止した反動で放り出されたことに気が付くのに、カーリーはしばし時間を要した。
歪んだ世界の輪郭が次第にはっきりしてくると、見たくないものがくっきりと目の前に浮き彫りになる。
所謂、現実という非情な存在が、だ。
「わ、わたくしの装甲列車が……! 絶対無敵の奈落の軍勢が……! なーんたる……、なーんたる……!」
べしべしと地面を殴って悔しさをぶつける。
駆けつけたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、すぐに状況を察しニヤリと笑った。
「ざまあねぇな、金髪縦ロール」
「むむ……、誰ですの!?」
「俺はトリニティの右腕(希望)、ナラカエクスプレス車掌兼ガイド兼車内販売(見習い)トライブだ!」
「トリニティですって……!」
それから、ビシィと指先を突きつける。
「聞けば、ボスの同僚だったって話じゃねぇか。なんだって物騒なモン持ち出してパルメーラに協力してやがる!」
「協力ですって?」
きょとんとすると、声をあげて笑いだした。
「何を勘違いしてらっしゃるのかしら?」
「?」
「わたくしがパルメーラに協力しているのではなく、パルメーラがわたくしに協力しているのですわ!」
「な、なにィ……?」
「破壊こそ美、征服こそ喜び、長年の悲願だった大遠征がとうとう始まるのですわ!」
「じゃ、じゃあ、てめぇが首謀者だってのか!?」
「ええ。まぁもっとも、いろいろ根回ししてくれたのはパルメーラですけど……」
トライブは拳を握りしめ、わなわなと震える。
「何でだ、縦ロール。トリニティの元同僚なんだろ、縦ロール。服の趣味が微妙に悪いぞ、縦ロール」
「……って、途中から関係ありませんわ!」
「何でヘンなボディスーツ着てんだ、縦ロール」
「お世話様ですっ! わたくしのスーツはナラカに落ちたおフランスのデザイナーに無理矢理作らせた特注品ですわ!」
「なるほど。無理矢理作らせたからそんなんなったんだな」
気がつけば、本来の目的を見失いつつあるトライブであるが、きっと気のせいではないだろう。
橘 恭司(たちばな・きょうじ)は列車に背中を預けてタバコに火をつける。
「……そのヘンなボディスーツの話はそのぐらいんでいいんじゃないか?」
「ヘンじゃありませんわ!」
「わかったわかった。ヘンじゃない、むしろ素敵だよ。ま……、それはさておき、俺の質問にも答えてくれ」
「全然、心のこもってない相づちですわね……」
「俺が知りたいのは、パルメーラはどこと誰と繋がってるか、なんだ。予想ではエリュシオンが有力だが……、アクリト以外にも繋がってる人間はいるのか? と言うか、アクリトも御神楽暗殺事件に関与しているのか?」
「知りませんわ」
きっぱりと言った。
「なんですの! パルメーラパルメーラって……! 他の女の話をするなんて、乙女心をまるでわかってませんわね!」
「え……?」
困惑する恭司。
「……だんだん疑問になってきたんだが、あんた、本当に奈落人なんだろうな?」
「は?」
「実は全然奈落人なんかに取り憑かれてなくて、例のナントカ院麗華本人じゃないのか……って気がしてきた。なんか御神楽に対抗意識燃やしてたみたいだし。もしや、ナラカで御神楽をぎゃふんと言わせるためにこんなことを……」
……途中で止めた。
「あ、どっちにしろ、地球人だろうが奈落人だろうが敵なのは変わりないのか……」
「……よくおわかりではありませんか」
カーリーはカッと目を見開く。
「そう、わたくしとあなたは敵。こんなとこでべらべらくっちゃべってる場合じゃなくってよ!」
苛立ちながら、三つ又の槍の柄で地面をたたくと地響きと一緒に亀裂が走った。
「装甲列車の恨みはらさでおくべきか!!」
理不尽。その時の心境を表すならそんな言葉がよく合う。
とくになにもしてないのに、激しい怒りの矢面に立たされるのはとても理不尽なことである。
トライブと恭司は顔を見合わせ、あわてて首を振った。
「誤解のないように言っておく。俺は列車にはなにもしてねぇ。止めたのは俺じゃねぇ」
「俺にもアリバイはある。八つ当たりなんてろくなことじゃないぞ。うん」
「うるさいっ!!」
大気まで震えるほどの怒りと言うものをはじめて垣間見る。
それが何を意味するかと言えば、彼女が本当にとんでもない力を秘めているということの証左に他ならない。
だが、だが、ここで逃げたとしても、いずれは誰かが戦わねばならない相手なのだ。
「仕方がねぇ。戦うってんなら受けて立とうじゃねぇか」
「ほ、本気で?」
腹を括ったトライブに、尊敬と呆れが混じり合った視線を恭司は送った。
「男に二言はねぇ!」
魔銃カルネイジの銃口を光らせ、全弾撃ち尽くしの気合いで弾をぶっ放す。
相棒のジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)もハウンドドックを構え弾幕援護でフォローをする。
薬莢が湯水のごとく二人の足下にこぼれ落ちる。
鋼鉄の暴風は土煙を巻き上げて、カーリーのいるあたりはもはやどうなってるのか肉眼では確認不可能だ。
「カーリー・ユーガ、か……。結構美人なんだけどな」
「出たよ。敵でも味方でも、美人とみるとすぐこれなんだもん、全く」
「仕方ねぇだろ。正直、顔だけ見ると気の強そうな顔立ちは結構好みだし、金髪縦ロールもそんなに嫌いじゃない」
「むー、トリニティさんは分かるけど、あのカーリーって人はどうなの?」
「性格の悪いキャラがだんだんデレて素直になってくる展開なんて最高じゃん」
「えー! 縦ロールだし、性格悪そうだし、ボディスーツだし……趣味わるっ!」
ゲェと舌を出した。
「安心しろ。公私混同はしねぇ。ナラカでの俺のボスはトリニティだ」
「トライブ……」
「多少、胸が寂しいかもしれねぇが、それもトリニティの魅力!」
「…………」
呆れてものも言えない。
「金髪縦ロール! あんたもそこそこ美人だが、ナラカで一番の美少女はうちのボス……トリニティ・ディーバだぜ!」
「……良いこと言うじゃねぇか、兄弟」
唐突に言った。
波羅蜜多ツナギを風になびかせ、パンツ界のリーサルウェポンこと国頭 武尊(くにがみ・たける)が言った。
「い、いつの間にそこに……?」
「さっきからいたさ。一部始終見させてもらったぜ」
それより……と言って、
「まず、彼女に寄生する奈落人を取り除くのが先決だ。ショックを与え覚醒を促すのが一番だと思うのだが、どう思う」
「え……、ええと、それでいいんじゃないかな、うん」
まともなことを言う彼にトライブは少々面食らった。
「よし、プランAだ。パンツを奪うという最適な方法でショックを与えよう」
その2秒後、平常運転であることを知ってほっとした。
そして作戦開始、武尊はブルルルとラスター血煙爪を鳴らし、飛び交う銃弾の狭間を猛ダッシュで駆け抜ける。
とは言え、普通の思考をすればこの銃弾の中生きてると考えるのはありえないことだ。
「オレにはわかる。この程度ってくたばるタマじゃないってな!」
とその時、衝撃波が発生した。
「……ビンゴ!」
衝撃波が土煙を晴らしたあと、そこに見た。
あれほど弾丸を浴びせたにも関わらず傷ひとつ付いていないカーリーの姿を。
カーリーがほこりを払うようにとんとんと槍で地面を叩くと、ぱらぱらと潰れた弾丸は散らばった。
信じがたいことだが、あの攻撃を全て防御したと言うことなのだろう。
「次はあなたがわたくしのお相手かしら?」
くるくると槍を回してから突きを放つ。
幾多の修羅場(ちょっと意味合いが違うけど)をくぐり抜けてきた彼は、直感的にその攻撃のヤバさを悟った。
間合いをとって避ける。すると、黒い風のような衝撃波が巻き起こり、地面をえぐるように削りとった。
「う、ウソだろ……?」
「これがわたくしのあらゆるものを破壊せしめるナラカの闘技『大帰滅(マハープララヤ)』ですわ」
「むむむ……!」
グッと気合いを入れ直し、一瞬ビビってしまった己を奮い立たせる。
「この程度でビビッてパンツ番長が務まるかってんだー!!」
実践的錯覚で微妙に間合いを外しチェインスマイトの五月雨攻撃。
非常に厭らしい攻撃なのだが、カーリーは指揮を執るように槍を繰り、全ての攻撃を叩き伏せる。
「つ、つええ……」
「伊達にあの世は見てませんわ。さあ、お死になさいっ!」
絶体絶命。けれどそんな時にこそ勝利の女神は微笑む。一筋の光がしゅるりとカーリーの周りで輝きを放った。
「!?」
気配を察知した彼女は光の見えた一点に大帰滅を叩き込む。
放たれた衝撃が大地を打ち砕き、半径10数メートルに渡って巨大なクレーターが形成された。
「うわあああ!!」
雨のように降り注ぐ土砂に混じり、落っこちてきたのは武尊の右腕猫井 又吉(ねこい・またきち)。
おそらく光学迷彩で隠れて何かしていたのだろう。
「て、てめー! なんちゅう技使いやがる! 危ないだろうが!」
「ごめん遊ばせ。でもこれでわかったでしょう、わたくしにそんな小細工は通用しないということが」
「あぁん?」
又吉は怪訝な顔を浮かべる。
「んなこたぁねぇだろ、なんせ俺の任務は達成されてんだからよ」
「……?」
又吉がサイコキネシスで念じると、きらきらと輝くもの……ゆる族の魔糸がしゅるりとたぐり寄せられた。
カーリーの服に噛んでいた糸はしゅぴんと引っ張られ、ピピッとボディスーツを引き裂く。
「よくやった、又吉ィ!!」
キラッキラと子どものように目を輝かせ、武尊もサイコキネシスを放つ。
「ダブルパンツ力(ちから)全開!! 破れろ!! 裂けろ!! そして 脱げろ!!」
「きゃああああっ!」
バリバリバリと悲鳴を上げて、ボディスーツは花びらのように散った。
「さて……、てめぇのパンツは何色だぁー……って、はうわ!!」
そこに彼の望むものはなかった。又吉の糸は思いのほか深く食い込みすぎていたのだ……。
つまりパンツごとビリビリしてしまったのである。
だから眼前に広がるのは生まれたままの姿……、ノーパンティー、ノーパンティーでのフィニッシュです。
「くそ……、又吉め。しくじりやがったな、オレのパンツがおじゃんじゃねぇか……」
ため息を吐き、ポケットから何枚ものパンツを取り出す。
「今日はたまたま女子のパンツを持ってたんだ。代わりにこれでもはいとけ、風邪引くぞ」
よくわからない優しさを見せる変態紳士だが、そんな優しさが通じる世の中なんてポイズン。
「ひどマックス! 慰み者にされましたわ!」
顔を真っ赤にしたカーリーのコークスクリューブローが紳士のあばらをへし折るほどの速度でもって突き刺さる。
「ぶほっ!!」
「こ、こんなことをされたら……、もう責任をとって頂くしか……!」
「え……?」
血反吐を吐く彼の目に、もじもじするほろびの森の女王の姿が映った。
そこに飛空艇に乗った緋山政敏がやってきた。
「騎兵隊は撤退を始めております。我々も一旦下がりま……って、カーリー様! なんというお姿に!」
「毛布をくださらない?」
「ど、どうぞ」
ふわふわの毛足の長い高そうな毛布に包まる。
「撤退でしたわね。そうね。わたくしもちょっと気持ちの整理をしないと……、あんな積極的なアプローチ初めて……」
「え……!?」
去っていく飛空艇を見送り呆然とする武尊。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、トライブや恭司は同じことを思うのだった。
なんだかオカシなことになってしまった……と。
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