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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第七章 追跡1

 遊女は決して客に本気になることはない。
 『遊女は恋をしてならない』
 それは恥ずべき禁忌(タブー)である。


 百合園学院からやってきた真口 悠希(まぐち・ゆき)は、どきどきしながら遊郭の街角に立っていた。
 遊女殺人事件の犯人を捕らえたい。
 その思いから、慣れない着物を着ての囮作戦である。
 カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)は、魔鎧形態(マント)で悠希の身体を守るように包みこんでいる。
「遊女の格好、似合ってるのに。捕まるフリだけなのかー。悠希は好きな人としかしたくないんだ。ふーん」
「そ、そんなの当たり前だよ……これは犯人を捕まえるためだけなんですからね!」
 先ほどか声をかけてくる男たちを、カレイジャスが脅かして追い払っていた。
「あまりびっくりさせちゃダメですよ。どこかで犯人が見てるかもしれないし……」
 さっきから悠希をじっと見つめる、一人の男の視線に気付いていた。
 男が頭からのかぶっている船底頭巾のせいで、はっきり顔は見えないが、肌はまるで死人のように白い。
 悠希は只ならぬものを感じ、思い切って声をかけた。
「……あの……見習い遊女の遊希(ゆき)です……」
「……」
「その今夜……えっと……痛ッ!」
 男は悠希の細い手首を掴むと、引きずりながら人気のない店裏へ連れ込んだ。
 体重の軽い悠希の足は半分、宙に浮いている。
 そして、悠希を垣根に押し付け、唇が触れ合う寸前に顔を近づける。
(え? え! キス〜!?)
「どうした、逃げないのか?」
 男が静かに聞いた。
 悠希は震えながら、勇気を振り絞って言う。
「逃げないですよ、だって……貴方が犯人です」

卍卍卍


 大奥の女官鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)竹中 姫華(たけなか・ひめか)は、暇の願いを出して東雲遊郭に来ていた。
 芸者としてお座敷の上ることを試みる。
「えー、姫ちゃんなんで目が見えない振りしてるのー?」
 氷雨は二階の御座敷でお呼びがあるのを待たされていた。
 姫華は盲目の芸者という設定らしく、両目を目隠しで覆っている。
 無理やり連れてこられた小早川 秋穂(こばやかわ・あきほ)はあきれ顔だ。
「ちょっと、竹中! なんで私まで!」
「仕方ないでしょ、遊郭で三人一緒に行動するならこれしかないもの」
 そういって、姫華は爪を噛んでいる。
 遊郭で起こっている遊女殺人について考えているのだ。
「遊女の殺害方法……なんかおかしい気がする」
 姫華は胸のあたりを押さえる。
「心臓の大部分は胸骨の影に隠れてるから、心臓を潰すには、肋骨の隙間から刺す方法しかなわ。よく狙いをつけて、相手が動かないように抑えながら刺さないと……神業でもなければ無理ね」
「わー、姫ちゃん物知りーぃ。じゃあさー『遊郭』ってなーに? 何するところ?」
「え……っとね、それは……」
 氷雨の純な質問を姫華は秋穂にふる。
「小早川のほうが詳しいから」
「ちょっ、竹中! 都合の悪いことを全部私に押し付けるな!」
 氷雨にどう理解させるか、竹中・小早川で軍議を開いてるよそで、氷雨は窓から乗り出し指さした。
「ねー、姫ちゃん。小さい遊女さんが裏庭のほうに連れて行かれちゃったよー」
「え?」
 半兵衛は目隠しを取る。
「ねえ、もしかして……ちょっとやばいんじゃない?」と、秋穂。
 三人は大急ぎで下に降り、裏庭へ向かった。

卍卍卍


「さあ……自分の罪をさらけ出すのだ。お前の心の中にある『影』を……」
 男は悠希に圧し掛かったまま、低く呟く。
「お前の心の奥に広がる『影』だ」
「そんなの……ないです!」
「そうか? 他人をうらやんだり、嫉妬する心はないのか?」
「ちがう……ちがいます……やだあ!」
 悠希は涙を浮かべながら必死にもがいているが、男の力は強く逃れられない。
 いつの間にか、悠希の目の前で金色に輝く天秤が揺れていた。
「見ろ……こんなに傾いている」
「悠希、見ちゃダメだ!」
 魔鎧カレイジャスが反撃しようとするのをみて、男は背に隠していた槍を取り出した。
 槍は瞬時に伸び、カレイジャスに突き刺さる。


「あれなに……?」
 氷雨たち三人が目撃したのは、槍をもった男が遊女を襲っている光景だった。
「十文字槍……? もしあれで……突くなんて信じられない。『神』業でもなければ……!」
 姫華が声を上げる。
 男は彼女たちに気付き、悠希は放すと三人の方へ突き飛ばした。
 遊郭の中を悠然と駆けていく。
 追い詰めた先は『竜胆屋』の見世裏だった。
 そこで男は姿を消していた。