葦原明倫館

リアクション

第十章　立て札と逃走者



「暇ですねー、いっそ恐竜騎士団の人が追ってきたらいいのに」
　指名手配されたガートルード・ハーレック（がーとるーど・はーれっく）だったが、それからドキドキワクワクの逃亡者生活が始まるかと思いきや、至って平々凡々なままだった。
　恐竜騎士団から逃げ回るような生活になることはなく、町で見かけても向こうはノーリアクション。もう少し前は、たまーに追ってくる奴も居たのだが、最近はめっきり無くなってしまった。
「だからといって、自分からちょっかいだすのは勘弁しておくれ」
　過去に、何度かあった出来事を思い返しながらシルヴェスター・ウィッカー（しるう゛ぇすたー・うぃっかー）が言う。どれもこれも、余計な事をしなければ何とも無かった話であるだけに、終わったあとは徒労感しか残らない。
「そうはいいますけど、刺激が無いと面白くないじゃないですか？」
「せめて実のある刺激にしてくれといっとるんじゃ」
　本人とっては、いたずら感覚なのだろう。それで護衛役を務めるシルヴェスターが何度冷や汗をかいたことか。
　気に入らない相手と喧嘩するというのなら、心情も理解はできる。しかし、ちょっとした刺激を求めて、それこそ知らない家にピンポンダッシュをする気軽さで恐竜騎士団にちょっかいを出すのだからたまらない。
　大人びた風貌のガートルードが、それも突然にそんな事をするのだからシルヴェスターは心休まる暇が無い。いつ突発的にいたずら心が芽生えるか、そんなの見ていてわかるわけがない。
「あら、ちょっと見ないうちに賑やかになってますね」
　立ち止まったガートルードが見上げたのは、今キマクで注目されている恐竜騎士団の新団長候補の顔写真が張られた立て札だ。最初見た時はもっと小さかったが、スペースが足りなくなったのか大きいものに交換されていた。
「見た事ある顔もあるのう」
　並ぶ顔写真は、全部で七つ。

　一番人気、ラミナ・クロス。
　二番人気、ソー・ルマーク。
　同じく二番人気、ジャジラッド・ボゴル。
　飛んで四番人気、紫月　唯斗。
　五番人気、志方　綾乃。
　六番人気、リカイン・フェルマータ。
　同じく六番人気、ゲドー・ジャドウ。

　以上、七名が名前を連ねていた。
「あと二つぐらい、写真を張るスペースがありますね」
「これだけ並ぶと、興行収入も相当なもんになりそうじゃのう」
　これだけ大々的に銘打って、しかも当日はウェブ生放送までする力のいれようだ。それだけ、多額の金も動いているのだろう。
「どこかに賭けるつもりですか？」
「追われる身のわしらが、どうやって配当金を受け取るつもりじゃ」
「それもそうですね」
　あっさりと興味を失って、ガートルードは歩き出した。
「このゴタゴタに紛れて、わしらの情報もどっかに紛れて消えればいいんじゃがのう」
「何しているんですか、行きますよ」
　ガートルードに呼ばれて、シルヴェスターは立て札から目を離した。
　恐竜騎士団にとっては大きな問題なのだろうが、キマクの人間とっては些事でしかない。誰が勝とうが負けようが、さして興味は無いのだ。せいぜい、張った相手が勝つか負けるか、そんなところだろう。
　それよりも、日々の営みの方が大事で重要で、そして何より大変だ。
　あと一週間と書かれた紙が、どこか現実味が無く見えたのは、きっとシルヴェスターだけではないだろう。

　恐竜騎士団の新しい団長が決まるまで、あと一週間―――