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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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第六章 動きだす風紀委員2



「でっけーな」
 大型の恐竜は人間なんかと比べものにならないほど大きいが、駿河 北斗がそう声を漏らした恐竜は普通のティラノサウルスよりも二倍ぐらい大きかった。
 恐竜騎士団は戦力増強のために、恐竜の改良も行っている。海竜のくせに空を飛ぶプレデターXも、改良の結果誕生した一頭だ。しかし、成功例よりも失敗例の方が圧倒的に多い現実がある。
 このティラノサウルスは、その失敗作だ。体は大きく、性格も凶暴になった結果、人の言うことを聞かなくなってしまったのである。従順である必要はないが、主を決めずに暴走する恐竜はさうがに放置しておけない。
「あれを倒せばいいんだな?」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がソーに尋ねる。
 ソーは押し黙ったままで、
「あいつ結構な人数食べて人間の味を覚えちゃったから、処分しなきゃいけないんだってさ。恐竜騎士団の奴も食われてるから、あいつを倒せばとりあえず合格だってさ」
 代わりに、北斗が答えた。通訳みたいだ。
「面倒ごとを押し付けられてるだけみたいだな」
「実際その通りでしょうね」
 魔装のプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)もめんどうそうに言う。
 しかし、断る理由のないテストであって良かったとも思う。さすがに、悪事に加担するような真似だったら、あとあと面倒だ。これはこいつらの不始末の処理だが、一応は人助けで善行でもある。
「あとから、仕事を増やすのは無しですよ」
「大丈夫だって。そんな事するくらいなら、昼寝してた方がマシだからな」
 喋るのは北斗ばかりで、いまいちソーの考えはよくわからない。
 ラミナみたいにわかりやすい方向性を出してないぶん、値踏みも兼ねて近づいてみたが結局わからないままだ。諦めて、第一目標お新団長候補に名を連ねることを優先することにした。
「さっさと倒さないと、どっか行っちゃうかもよ?」
「行きましょう、マスター」
「はいはいっと」
 走っていくには距離がちょっとあるので、強化光翼で飛んで唯斗は巨大ティラノサウルスへと向かっていった。
「頑張ってください、兄さん」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がその背中に向かって手をふる。
「あれ? あんたは行かないの?」

 上空から巨大なティラノサウルスを改めて観察する。
 大きくなっただけ、皮も脂肪も分厚くなっているようだ。血を流させるのも難しいぐらいの天然の鎧を纏っている。
「これは厄介ですね」
「持久戦でもなんとかなりそうですが、オススメはしません」
「強さをアピールしておかないとですもんね」
 凶暴な恐竜を倒したでは、看板にするにはちょっと弱い。ここで採用された風紀委員は、誰しも最低一頭は恐竜を倒しているのだ。今後のことを考えれば、噂になるぐらい派手にアピールしておいて損は無い。
「一撃で終わらせましょう」
「了解です、マスター」
 ティラノサウルスを捕捉したまま、高度を大きく取った。
 そこからの出来事は、瞬きをする間に終わってしまった。

「ひゃー、やるねぇ」
 北斗はつかの間の出来事の全てが見えたわけではなかった。何より、距離がありすぎて人の一挙一動が全て見えない。
 たぶんに想像も混じっているが、唯斗は高い位置から加速しながら恐竜に向かっていき、凄い威力の武器で脳天を殴りつけたのだ。恐らく、その威力を高めるために、いくつかスキルを併用しているのは間違いない。
 何が凄いって、その一撃を受けたティラノサウルスが跡形もなく吹っ飛んだ上に、地面が抉れてしまったことだ。単純な威力は、相当なものだろう。
 ただ相手が巨大かつ、最後まで唯斗の存在に気付いていなかったら直撃したのだ。人間相手で、あんな溜めが必要で直線的な攻撃は使い勝手が悪いだろう。まぁ、今は派手であればあるだけおいしいのだから、ああやって正解だ。
 少し待つと、唯斗が戻ってきた。攻撃の余波でところどころ服が破れているが、魔装のエクス無傷だ。
「どうでした?」
「……合格だってさ。細かいことは、コランダムの方でやってくれってさ」
「わかりました。おっと、もうこんな時間ですか、どうです一緒に食事でも? 風紀委員で使ってる食堂って、この近くですよね」
「……あそこには二度といかぬ」
 今までずっと黙っていたソーが、たった一言だけ口にした。
 この近くの食堂は、風紀委員として接収したもので、そこではエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がちょくちょく手伝いをしている。それによって、味がよくなって団員には好評だと唯斗は耳にしていた。
 てっきり、彼らも利用しているものだと思ったが、まさかあんな強く嫌がるとは思わなかった。
 結局彼らはそのまま去っていってしまって、プラチナムと睡蓮と三人で向かう事にした。
 確か、今日もエクスは手伝いをしているはずだ。どうしてあんなに嫌がっているのか、聞いてみると面白いかもしれない。



「あの立て札も随分と狭くなったじゃん」
 野暮用ついでに、次期団長候補の顔写真が貼り付けられた立て札の様子を見に行ったゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、以前よりも随分と顔写真が増えている事に感心した。
 恐竜騎士団に認められたら、この立て札に顔写真と名前を乗せて、立候補することができるというのは、いつの間にか流れた噂だ。その噂が先かどうかは知らないが、実際こうして顔写真が増えている。
 その写真一つ一つには、恐らく賭ける人の為だろう、あおり文句が一言ついている。
 例えば、紫月 唯斗は『暴走ティラノサウルスを一撃で撃破した男』とある。ソーは今では随分広まった『首切り』だ。中には、『清楚』とよくよく考えても意味のわからない志方 綾乃もいる。
 そんな中に、ゲドー・ジャドウの写真もあった。
 煽り文句は『ダークホース』これまた投げやりで、ちなみに言えば一番レートが高い。つまり、期待されていないという事だ。
 だが、それは別に構わない。どうせ、この祭りは団長を決めるためのものとか言いつつ、バージェスが帰ってきたらあっさりその地位は終わるのだ。
 こんな茶番に本気で付き合う理由は無い。決定戦に参加した、という実績さえあれば、今後の地位向上に役立つだろう。それが、ゲドーの考えだ。
「しっかし、頑張る奴は頑張ってんな」
 新しく立て札に名前が載った連中は、それぞれ何かしらやってみせたのだろう。
 暴走ティラノサウルス撃破、なんて面倒かつ危険な事をわざわざやりなんかせずとも、コランダムに一声かければ簡単に立候補できるというのに。
 おかげで、レート最低の投げやり煽り文句だが、まぁそれはどうでもいい。
「あのトカゲのおっさんが帰ってくるまでの茶番だし、せいぜい盛り上がれば十分じぇね」
 盛り上がるだけ盛り上がり、ついでに風紀委員に賭けでお金が集まれば、今よりもっと全体の立場がよくなるだろう。あとは、中途半端なことにならない事を祈るだけだ。
 しかし、そろそろ決戦の日程が近づいている。
 さすがに名前が載った以上、逃亡すると大変そうだ。
 何かしら、作戦の一つでも考えておくべきかもしれない。
 決戦場は、周囲に何も無いただっぴろい荒野だ。そこで、自分以外の大将が全滅するまで立っているのが勝利条件。派閥を背負っていない身としては、手が無いとただのカモにされてしまう。
 しかも、いつの間にかカメラで撮影されてウェブで生放送ときたもんだ。
「情け無い姿を見せるわけにもいかないし、困ったなこれは」



 今回の恐竜騎士団新団長を予想する賭博は、競馬とほぼ同じくパリミュチュエル方式で運営されている。そのため、締め切りが過ぎるまで掲示されているレートは暫定のもので、人気の上下によって変動する。
 大掛かりなシステムでもあれば、チケットの販売と同時にレートが動くようなこともできるが、キマクでしかも恐竜騎士団がそんなものを用意できるわけがない。幸い、ノートパソコン程度は用意できたので、売り上げを集計したのち、決まった時間にレートを更新するというのが、賭博元締めの団長のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)の仕事だ。
 自称で名乗ってみた団長ではあるが、会計かつ賭けの中枢を握るナガンの現在の立場はかなり強い。風紀委員が馬鹿ばかりで、レートが算出できない事もあって少なくともこの決定戦が終わるまでは、偉そうに振舞っても文句は言われないだろう。
「レートの張替えと、新しい人の写真貼ってきました」
 コランダムが借りた事務所の二階が、ナガンの作業場だ。そこに、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が、剥がしてきた以前のレートを持って戻ってきた。
「ご苦労様」
 教導団からやってきたトマスは、今は何故かナガンの部下扱いになっていた。
「そういえば、またこんなの貼ってありましたよ」
 机の上に乱雑に置かれたのは、最近あちこちで張り出されている怪文書だ。
「誰よこんな意味のわからないの貼ってまわってるのは、もー」
「恐竜騎士団への反発も少なくはないみたいですね」
 今回の文章は、
『恐竜騎士団は八百長を仕組んで、賭けに負けた者を恐竜に食わせている
食糧不足の中、このままでは大荒野の民全てが恐竜の餌になるぞ』
 となっていた。
 最近、こんな感じの文章があちこちに張り出されている。もともと、恐竜騎士団への反発は存在しているが、今回のお祭りに乗じて活発に動く輩が現れたらしい。
「犯人を捜してみますか?」
「いいわよ、こういう事するってことは、これ以上の事はできないって事なんだから。ちょっと頭にくるけど、放っておくのが一番よ」
「そんなものですか」
「そんなもんよ。それより、午前の集計が終わったら、今度は午後の集計があるんだからのんびりなんかしてちゃだめよ」
 こんな怪しい文書、誰が信じるのだろうか。そう思わないでもないが、しかし案外ころっとこんなものに振り回されてしまうものだったりもする。
 だが、こんなものにやっきになっているのを見られたら、それはそれでこちらの信用が無くなる。元から無いといえばその通りなのだが、しかしだからこそ堂々としてれば十分だ。
 トマスはいつも通り、紙をゴミ箱に捨てると自分の席についた。
 今のところ、順調に立候補者も増えて、掛け金も集まっている。大変順調だ、これといって大きな問題は、会計を預かっているこの場には特に無い。ナガンは大変有能で、トマスが手伝っているのはほとんどが雑用だ。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「こんな事になって、バージェスさんはどう思っているのかなって」
 トマスがバージェスに様をつけないのは、外の人間だからだ。あくまで、この賭けの運営を手伝っているだけで、恐竜騎士団の人間になってはいない表れである。
「そんなのわかるわけないわよ」
「ですよねー」
「でも、気に食わなかったら拳振り回しながら出てくるような人だし、音沙汰無いって事は黙認なりなんなりしてるんじゃないかしら」
 バージェスの行方を捜している人は多い。こうして運営の内側に入り込んでも、影すら見えない状況では、そのうちの誰かに見つけてもらうしかない。それまでの間、とりあえず大きな問題が起きないよう、監視しつつ手伝っていくのがトマスの方針だった。