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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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第八章 選定神バージェス



「頭いたー」
 ぐわんぐわんと頭の中で痛みが反響しているような、そんな二日酔いの頭痛を抱えた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、起きたはいいものの気力が続かない。なんとか水を持って、テーブルに戻ってくるのに結構な時間を必要とした。
 あまり質のいい酒ではなかったのか、今日の二日酔いは本当に酷い。頭が割れそうだ。
 この頭痛は、別に自己管理が甘かったせいでは決して無い。言うならば、必要経費だろうか。
 祥子が、この多大な経費を支払って手に入れようとしているのは、バージェスの行方だ。
 一つの組織のトップが、誰にも行き先を告げずにどこかへ消えうせるなんてありえない。下っ端の構成員ならともかく、幹部クラスの人間は何か知っているはずだ。
 その考えのもと、祥子は恐竜騎士団の人間に接触してきた。
「……大の男が泣くんじゃないわよ」
 もちろん、ただ聞いただけで教えてもらえるとは思っていない。
 頭の悪そうな奴を誘惑してみたり、その身を蝕む妄執で不安を煽ったりと揺さぶりをかけてなんとか情報を引き出そうとしてきた。
 それで判明した事は、本当にほとんどの団員はバージェスの行方を知らないという事だ。
 昨日など、バージェスの安否がわからないのが不安でたまらないのか、泣き出す始末である。そいつは適当なところで放りだしたが、厄介な事このうえなかった。
 恐竜騎士団の人間を捕まえるのなら、居酒屋がてっとりばやい。話しを聞きに行っている立場で、勧められたアルコールを拒否するわけにも行かない。おかげで、最近は頭痛がお友達になってきたように感じ始めてきた。
「あっちはうまくいってるかな」
 今まで接触した団員のうち、何人かは行方に心当たりがありそうな者もいた。ただ、そういう奴は総じて警戒心が強く、情報を引き出すまでは至らなかった。
 しつこく攻めるという手もあるのだが、ここは彼らの拠点だ。どこかでヘマしてしまえば、あっという間に逃げ場を失いかねない。そこで、あたりを付けた何人かについては、自分ではなく人に当たってもらう事にした。
「噂をすれば、ってやつかしら」
 着信音が鳴る携帯電話に表示されている名前に、祥子はため息をついた。いくらなんでも、タイミングが良すぎるというものだ。

「もしもし?」
「もしもーし」
「あれ、祥子おねーちゃんどうかしたの? 声がいつもと違うよ」
「ちょっと頭が痛いだけ、大丈夫よ」
 アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)は、念を押すように、本当に大丈夫と尋ねた。声にいつもの元気が無いと感じたからだ。だが、電話先の祥子は大丈夫ともう一度言うので、じゃあ大丈夫なんだ、ととりあえず納得する事にした。
「いつもの連絡時間じゃないけど、何かあったの?」
 アネイリンは祥子といくつか約束をしている。情報はシェアすること、そして何も進展が無くとも定時連絡を行う事だ。お互いの無事を確認するのは、とっても大事だからだ。
「うん、あのね、あのね、ちゅいに見つけたよ」
「ほんと! っ……」
「どうしたの? だいじょうぶ?」
「大丈夫、ちょっと大きな声だしたら響いただけ。それより、本当に見つけたの?」
「うん。祥子おねーちゃんが教えてくれた人がね、知ってたの! お髭の人!」
「あいつね。でも、随分と口が硬そうな奴だったけど、どうやって聞き出したの?」
「あのね、けっとーで勝ったら教えろってしょーぶしたの」
 その言葉を聞いて、祥子はため息をついた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
 策も何もあったものではない、直球ど真ん中の方法だ。そんな単純な方法でうまくいくなら、そうすればよかったなんて思ったわけではない。決して。
「ちょっといいか」
 電話をしているアネイリンに武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が声をかけた。
 髭の騎士団に決闘を申し込み、勝ったのはアネイリンではなく、牙竜である。牙竜が、電話を代わってくれと言うので、アネイリンは電話を渡した。
「よ、そっちはどうだ?」
「イマイチ。やったじゃない、お手柄よ?」
「ん、なんかいつもと声が違うな。何かあったのか?」
「大した事じゃないわよ。それより、ガセネタ掴まされたりしてないわよね」
「さぁな、とりあえずこれから向かってみるところだ。とりあえず、先に場所を教えとくぜ」
 牙竜が、決闘で得たバージェスの居場所を言う。
 これからアネイリンと牙竜の二人は、その場所に向かうが罠という可能性はゼロではない。ひとまず自分達が先に行き、それから祥子がどうするか決めるように言っておく。
「先に礼を言っておくぜ、情報さんきゅーな。そっちから教えてもらえなかったら、俺達恐竜騎士団に通り魔認定されてただろうぜ」
「感謝するのは、バージェスの居場所が完全に特定されてからでいいわよ……どうかしたの?」
 電話で声しか交換していないはずだが、祥子は中々鋭い。
「ああ、いや、決闘で情報聞き出したって言ったろ。そいつが結構、つーかかなり強くてさ。あんな奴を強さで従えるリーダーって考えると、ちょっとな」
 組織の階級が、全て強さで決まるのが恐竜騎士団だと牙竜は聞いていた。昨夜勝負を挑んだ相手は、相当な実力者だった。今回は勝ったが、十回やったら勝率は七対三か、いや六対四ぐらいになるかもしれない。
 あれで、幹部としては中ぐらいだという。今回の団長候補になっている奴や、その親玉のバージェスの程度はその上を行くのは間違いない。今更ながら、厄介者と言われる恐竜騎士団が、切り捨てられない理由というのが身に染みたところだ。
「ふーん、でも別に殴りこみにいくつもりじゃないんでしょ?」
「まぁな。とりあえず会って話しをしてみたい。そっから先は、未定だな」
「なら、よほどのことが無い限り大丈夫よ、たぶんね。今はあっちはできるだけ問題を起こしたくないみたいだし」
「らしいな。色々話はきいてる。んじゃ、ちょっくら行ってくる」
「私も時間を置いてから行くわ」
「ああ、またな」
 電話を切って、携帯をアネイリンに返す。
「だいじょうぶでちゅよ、きっとお菓子をあげたら仲良くしてくれましゅ」
「だな。それじゃ、ちゃっちゃと行かないと、時間を置くとか言ってたが祥子の奴に先を越されるぞ」



 せっかく持ってきたお弁当は、結局葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)の二人で食べる事になってしまった。
「まさか、こんな事になってるなんてねぇ」
 アリスの言葉は、可憐の心情そのまんまだった。
 行方不明とされていたバージェスの失踪の理由が、まさか病に伏せているのを隠すためなどと荒野の誰もが信じないだろう。
 日に一度か二度、ほんの十数分しか、バージェスは目を覚まさない。
 そんな状態で食事なども取れるはずもなく、鍛え抜かれた肉体にも陰りのようなものがあるように感じた。
 さすがに放っておくわけにもいかず、ちょこちょこと身の回りの世話なんかを手伝っているが、食事も取らずに寝ているだけでは体の調子は悪くなる一方だ。
「せめて、どんな病気なのかわかればいいんですけど」
 頭が爬虫類なバージェスの病は、恐らく人間のかかるそれとは違うものだろう。
 一体どんな病気に侵され、苦しんでいるのか。せめて大きな病院とかで検査でもできればいいのだろうが、恐竜騎士団は彼をこの薄暗い場所から移すつもりはないらしい。
 発掘が終了し、誰も興味を示さなくなったこの遺跡は確かに格好の隠れ家だが、しかし病気を治療する場所にはなりえやしないのだ。
「悪い夢を見ているのでしょうか?」
「突然、どうしたのー?」
「先ほどから、寝言を繰り返しているんですが。殺せ、とそれを何度も、何度も」
「そんなに苦しいのかなぁ? 痛み止めみたいな薬探してみるよー」
「鎮痛剤で、少しでも楽になってくれればいいんですが……」

 茶番、お祭り、デキレース。
 新しい団長を決める決定戦は、大概こんな言葉を使って表される。
 それは仕方ない事だと、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は思っていた。実際、真実がわかるまで風紀委員でもある本人もそう思っていたのだ。
「様子はどうだ?」
 ここに出向く恐竜騎士団の人間はほんのわずかだ。そのうち、最も出入りが多いのがこのコランダムである。今回のお祭りの仕掛け人でもあり、何かと面倒ごとに顔を出すこの男がここまでこの暴力集団に力注ぐ理由が、今は風前の灯火のような状況にあった。
「相変わらずですわ」
 もう何度目になるかわからない、同じ台詞を綾瀬は口する。
「そうか。ま、ここまで来たら奇跡でも起らない限り無理かね」
 嘯くコランダムの表情はいつも通りだ。
「……未だに、信じられませんわ」
「俺もだ、けどまぁ、予兆はあった。それに、生き物はいずれ死ぬもんだろう?」
「神でも?」
「さてな。けどまぁ、仮に不死になれるとしても、あのおっさんはそんなのは望まないだろ」
「なぜですの?」
「そりゃ、単純さ。あのおっさんは、誰かに自分を殺してもらいたくて、たまらなかったんだからな」
 やれやれ、とぼやきながら、コランダムはその場に適当に腰を下ろした。
 ここまで来て、バージェスと面会するつもりは無いのだろうか。もっとも、一日を通して意識がはっきりしている時間はごく僅かしかない。眠っているトカゲの顔を見ても、この男には意味が無いのかもしれない。
 今のバージェスは、半分死んでいるような状態だ。原因はわからないが、見ただけで先が長く無いというのがわかってしまう。纏っている漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)と、憑依させ意識を共有している中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)のどちらも、綾瀬と同じように見えていた。
 茶番だと思っていた次期団長決定は、今の恐竜騎士団にとって早急に決めなければならない最大かつ重大な事項だったのだ。もっとも、団員ですらバージェスが倒れている事実を知る人間はほとんど居ない。
 コランダムは、このままバージェスを行方不明のまま葬るつもりだという。
「誰かに、殺して欲しいと? それは事実ですの?」
「事実も事実、大真面目な話しだ。組織のトップにある奴が、自分を引きずり降ろす方法を用意なんかするか?」
 バージェスの強さを知る身からすれば、絶対強者の法則は彼らしい取り決めだと思う以上の感想は出ない。しかし、大きな権力を握ったらそれを手放したくないと思うのが、普通の人の考えのはずだ。それをわざわざ、誰でもわかる形で用意するのは、不自然と言われれば不自然だ。
「武人の死地は戦場にある、みたいな思想ですの?」
「違うとも言い切れないが、どちらかというと自分を殺す奴がいる、ってところが重要だ」
「よく意味がわかりませんわ?」
「弱肉強食って言うだろ。弱い奴が強い奴の肉になるってやつだ。あんなおっさん誰も食ったりしねーだろうが、戦って負ければ、その戦いで勝った奴に経験なり技術なり、そういうもんが反映される。言わば血肉になるってわけだ。そうする事で、自分の存在に価値が産まれると、あのおっさんは信じて疑ってねーんだわ、これが」
 バージェスは、戦いを神聖化していた。戦いこそが、バージェスを語る全てだった。
 それは、戦神と呼んでもいいほどに、ただひたすらに戦うことに全てを注ぎ込んだ、純粋な存在だ。
 今ある命は戦いのために、そして最後の一滴まで戦いのために使いたいと、そんな願いを持つ男が、今は病に伏せている。それはきっと、誰よりも本人が悔しいのかもしれない。トップを失って右往左往する恐竜騎士団の、誰よりも。
「そこまでわかっているのでしたら、貴方が最後の戦いをしてあげればよろしいのでは?」
「はっは、まさか、できねーよ。少なくとも、俺達の誰も本気であのおっさんに剣なんか向けられねぇ。それができんなら、あんな茶番の用意なんかしねーさ」
「どうして?」
「理由を言わせるとはあんたも鬼だねぇ。まぁ、なんつーかな、あのおっさんは馬鹿でどうしようもない戦闘狂ではあるが、俺達にとっちゃ親父みてぇなもんなのさ。なんだかんだ言いつつ、あのでっけぇ背中に守られてきたんだよ。あの途方もなくでかくて、遠い背中にな」
 恐竜騎士団に捨てられた人間は、腕はあれど人間性に問題がある者ばかり。そういう問題児を束ねて、力があればそれでいいと、実例を見せて引っ張り続けてきたのがバージェスだ。
 実力さえあれば認めてもらえる。多かれ少なかれ、それはここに居る誰もが望んで、しかし叶わなかったものだ。実力以外の理由で居場所を追われて来た奴らに、それを居場所にさせてくれたのは、誰でもないバージェスなのだ。
 だから、今日まで従ってこれたのだ。信じてこれたのだ。
 でも、届かない。いくら技を磨いて、力を蓄えても、戦いの為に文字通り全てを提供するバージェスの境地になど達せはしない。全幅の信頼を寄せる相手を、弱くなったから切り殺すことを良しとするほど、戦いに全てを捧げることなんてできないのだ。
 そうして殺されることが願いであるとわかっていても、多少老いぼれて役立たずであったとしても生きて欲しいなんて考えてしまう。そんな考えを少しでも持ってしまうような奴に、バージェスを切る資格なんて無い。
「なるほど、合点がいきましたわ。本来余所者であるはずの、風紀委員にも決定戦に参加させてる理由が」
 既に何人もの風紀委員、恐竜騎士団の正式な団員ではない人間が決定戦に名を連ねている。本来なら、あってはならない事のはずなのに、それを容認している。
 それは、希望だ。自分達にはついぞ一人もいなかったが、バージェスの願いを叶えられるような誰かが、もしかしたら居るかもしれない。そんな希望を、余所者に託している。
「さすが、問題のある集団ですわね」
 エリュシオンの利益なんて度外視で、ただバージェスの為に行動しているのだ。それは一度、裏切られた経験があるからこそ、なのかもしれない。
「決定戦に参加しなくて、正解でしたわ。ここで、貴方たちの行く末を見ている方が、ずっと価値がありますもの」
 今ここで、一つの時代が終わろうとしている。それは大きく世界を揺るがすようなものではないが、一人の神とそれについてきた信者にとっては、世界の行く末よりもずっと大きな問題だ。
 それを、一番の特等席で見ることができる。
 果たして頭を失った竜は、地に落ちるのか、それとも新たな頭を持って再び飛翔するのか。
 それはきっと、全てが終わってみなければわからない。