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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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「ネージュさん、子供たちのおやつをいただきますわね」
 丁寧に応対するネージュに、同じく飲食物の提供を担当しているイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が声をかける。
 ジャーから出したクッキーや冷蔵庫のケーキをお皿に盛り、そして紙コップに果物のジュースを注ぐ。どれもお菓子作りが好きなネージュの自作で、ジュースも、はちみつ等で加糖した果実酢などをブレンドしたこだわりのもの。
 ネージュが、
(それにしても減りが早いなぁ……)
 と思ってイングリットを見れば、彼女は流麗かつ完璧にタイミングを計ってお茶やお菓子、ジュースを子供たちにあげていた。
 さびしそうな子にクッキー、なくなりかけたお皿に追加の果物。咳き込んだら飲み物、食べ終わったお皿はすぐ下げて……。
 イングリットだけではない。マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)も同じく、てきぱきと働いていた。こちらは、まるで手を素早く振り腰を捻り、柔道のような動きだ。
 それもそのはず。マリカは柔道家で、これは特訓と出会いを求める仕事でもあったからだ。
 最初は迷子の子供と、飼い猫と一緒に遊ぶのはどうかなぁと思ったのだけれど、パートナーのテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)に「猫の爪でも小さい子には危険だし、猫にもストレスになるから駄目」というようなことを言われて、でも体動かして何かやる方がいのかなと、白百合団員だしと、配膳に志願した。
 そうしたら、噂の古武術バリツ使い・イングリットと同じ仕事だったのだ。
「お客様や迷子の子が希望する飲み物や食べ物を間髪入れずに出すというのは、戦いの場で臨機応変に動くことに通じると思うのよ。それに、素敵な出会いがあるかもしれないよね」
 イングリットへの挨拶にそんなことを言うと、彼女は同意してくれた。
「ええ、これも修行の機会と捉えて働きましょう。ところで素敵な出会いとは何ですの?」
「ここって広場に面してるから、沢山の人が通るよね。顔を出してくれる人もいるし。有名な武闘家や隠れた達人に会えるかもって。ね、イングリットさんはわくわくしない?」
「確かにそうですわ。素敵ですわね」
「マリカさん、イングリットさん、修行も結構ですけれど。それに他の皆さんも」
 テレサが、マリカの教育係らしく口を挟んだ。
「いいですわね、子供達に飲み物や食べ物を提供する場合には、注意が必要ですわよ。食べ残しや飲み残し、空になったコップや食べ物の容器に食器、それらを放置すると、怪我や事故の元になりかねないのですわ。
 コップを灰皿代わりに使う人はいないと思いたいですが、その手の飲食物以外が混ざった物を幼児が誤飲する事故も考えられます。念のため、お気を付け下さいませね。
 特にマリカさん、これはお遊びではありませんのよ? そんなスピードで子供にぶつかったら危ないですわ」
「わ、わかってるよ」
 釘を刺されたマリカは、スピードを緩める代わりに、動体視力を鍛えることにした。
 ──のだが、マリカの柔道的な動きに、再びテレサからの突込みが入る。
「宮殿に上がりたいのであれば礼儀作法や女性らしい立ち振る舞いに磨かなければなりませんわよ。その点はイングリットさんを見習わなければ」
 休憩をとりに休憩に一時奥に引っ込んだとき、マリカはイングリットの隣に座り、尋ねてみる。
「あたしは春から短大に進学だけど、専攻科の女官コースと言うのは気にならない?
 宮廷に上がれば、王宮警護の強い人を見られるチャンスが増えるのかなとか、不逞の輩を叩きのめす機会なんかもあるかもしれないよね」
 マリカは彼女ともっと長く一緒に百合園で過ごせたらいいな、なんて思っていた。
 彼女が愛する柔道と、イングリットが愛するバリツには奇妙な因縁がある。バリツは柔道(柔術)の流れを汲んだ古流武術と言われているのだ。同じ武道を愛する者通し、できれば「よきライバル」になれれば、と内心思っていた。
 マリカの夢を聞いて、イングリットはふふふ、と面白そうに笑う。
「確かに宮廷に上がれば警護の強い方を見られるかもしれませんね。女官が不逞の輩を叩きのめすか……は、分かりませんけれど」
 まだ16歳ですから先の話です、とイングリットは断ってから、
「わたくしはこのまま百合園女学院の短期大学に進学すると思いますわ。そして在学中にもっと強い方と手合せして、バリツを鍛えるつもりですわ」
 彼女は強い相手を求めて大荒野をさまよった時の話、今まで出会った強敵たち、印象に残る戦いをマリカにした。
(いつか手合せできたらいいなぁ……)
 マリカはイングリットの、遠い先を見る目線に、ふつふつと自分の中で湧き上がる何かを感じながら、立ち上がった。
「よし、休憩終了。戻ったらまた頑張ろう!」
 えいえいおー、と手を上げる。
 戻って仕事を頑張って──そして感謝祭が終わったら、きっと自分も会いに行くのだ。強いヤツに。


 次にひと時の休憩から戻ったイングリットを待ち受けていた存在は、彼女をライバル視?するもう一人白鳥 麗(しらとり・れい)だった。
 彼女は褐色の形のいい鼻をふふん、と鳴らし、
「待ってたわよイングリット」
 言えば、白鳥家の執事サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)が、背後からいらない口を出す。
「お嬢様、差し出がましいながら、素直にお友達になりたいと仰ったら──」
「な、何を言ってますの!? べ、別にイングリットを追いかけて来たのではございませんことよ! 百合園を訪れて下さった方が気持ちよく楽しめるようにお手伝いに来ただけですわ!」
 金色の髪をかきあげた腕を組み直す。照れ隠しだとバレバレだ。
「む、むしろイングリット! 今日こそ決着をつけますわよ! どちらがお客様をより満足させたかで勝負ですわ!!」
 びしいっ!
「お嬢様、僭越ながら迷子センターでの仕事の中には、イングリット様との競争になるような出来事は無いかと存じます」
 もう一度。後ろからつつかれ、麗は振り返り、
「……何? アグラヴェイン? 本日は勝負とかでは無い? ……わ、わかっておりますわ! ちょっと言ってみただけですの」
 こほんと咳払い。改めて、配膳を手伝おうと言い出そうとした時。
「──その勝負、受けて立ちますわ!」
 イングリットが勝負と決着の二文字を聞き逃すはずがない。
「ほ……本当ですの?」
「武道家に二言はありませんわ。勝利条件はいかにお客様を満足させられるか、宜しいですわね?」
 ──こうして配膳勝負が始まった。
 最初に動いたのはイングリット。麗は遅れないように、とバックヤードのお菓子や軽食が並んだ棚に行く。
 けれどそこで最初の関門が。というのも、こういうことに彼女自身が不慣れであって。
(ええと……これをお出しすればよいのですかしら?)
 麗が戸惑いながらサンドイッチやクラッカー、クッキーなどの瓶をあれこれ開けて、大皿に盛って戻ると、既にイングリットは提供を終えているところだった。
 めげずにテーブルに行って、中央にお皿を置く。
「はい、どうぞ。本日は感謝祭にようこそおいで下さいました。軽食をお食べになって、楽しんでいって下さいましね」
 にっこり微笑みかける。
(……う〜ん、上手く出来ているのかしら……?)
 第二の関門。お嬢様育ちのためか、接客の経験が乏しい。
 イングリットはその間にも次々とカップを渡していった。呑み終わると、すぐさま次のカップを手渡す勢いだ。彼女にとっての勝負は全て真剣勝負なのだろう。どんなものであっても手は抜かないその姿勢。
(わたくしも負けていられませんわ!)
 逆境にぐぐっと拳を握りしめる麗を、アグラヴェインは目を細めて見守る。
(お嬢様が燃えておられる……私もお嬢様方のサポートに徹すると致しましょう)
 彼は“ティータイム”でお茶とお菓子を次々と呼び出し、スタッフの配膳用テーブルへと並べていった。
 麗はイングリットに対抗すべく、銀のトレイにずらっとお皿を並べ、テーブルの間を回って歩くと、使用済みの食器を高く積み上げた。
 何故かいつの間にかマリカも混じって、白熱する戦いが繰り広げられた。三者、一歩も引かない。勝利の女神は誰に微笑むのか──。
 ──と。熱気渦巻くセンターに、冷静なパートナー達の制止が入る。
「お嬢様、それくらいにしてください」
「マリカさん、やりすぎですわよ」
 諌められしゅんとなる麗とマリカの二人に、イングリットは汗の玉を散らしながら、すっきりとした笑顔で、「いい勝負でしたわ」と笑った。
 その後それぞれ仕事に戻ると、
「……イングリット様。お嬢様はあのような性格ゆえ、挑戦的な言動も多い方ですが、イングリット様の事をご友人として信頼されております。どうかこれからも仲良くして頂けるよう宜しくお願い申し上げます」
 こっそりイングリットに近づいて言うアグラヴェインに、イングリットは勿論ですわ、と微笑んだ。
 そこに一時飲み物を冷蔵庫からポットに補給していた、何も知らない麗が訪れる。
「手伝いますわ。何をすればいいんですの?」
「そうですわね。氷を作ってきてくださらない?」
「じゃあそれはわたくしに任せて、あなたはそちらの方のお相手を。それはそうと、先程のは、わんこそば戦法ですわね」
「わんこそばですの?」
「ええ、日本で高名な、フードファイターの聖なる祭典ですわ」
「それはぜひ挑戦してみたいですわね」
 二人は顔を見合わせて握手を交わすと、再び仕事へと戻っていった。