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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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第4章 思い描く道


「一緒に見物しませんか?」
 はばたき広場にて。
 白百合団の仕事──警備の合間の休憩時間に、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が誘ったのは、泉 美緒(いずみ・みお)だった。
 美緒は今日一日、パートナーのラナ・リゼット(らな・りぜっと)と共にお祭りをまわって暇をしており、彼女の誘いを喜んで受けた。
 三人は露店を回りながら、小物や装飾品をあれこれと眺めた。特別に目的があるわけではないけれど、あれが可愛い、これが面白い、なんて話をしながら歩くのはとても楽しかった。
 何時までもこんな時間が続けばいいのにと思いながら、ふと小夜子は気になっていたことを尋ねてみた。
「美緒さんは将来について考えていますか? ちなみに私は短大行こうかなぁと思っています」
「短大ですのね……その後はどうなさいますの?」
「その後は百合園女学院で職員をやるのもいいかもしれませんね」
 美緒は頷いた。
「わたくしは……短大に進学しながら、自分に合う進路を見定めたい、と考えています」
 ああでも、と小夜子はちょっとだけ声のトーンを落とした。
「私が考えてる道だと、父が怒るかなって考えないでもないんですけどね」
「……わたくしも、ですわ」
 美緒はくすりと笑った。
 彼女は旧華族出身の箱入り娘だ。きっと事情があるのだろうと、何となく小夜子は察した。
 これ以上尋ねるべきか小夜子が迷ったその時、大運河の方で水しぶきの音と、歓声が上がった。
「ショーが始まるみたいですね。海軍の方が機晶水上バイクで何かするそうですよ」
 ラナは運河の方を手で示す。見れば一台の水上バイクが丁度羽をはばたかせて、空中で回転するところだった。
 間髪入れず、今度は二台が列になって青い空に白い弧を描いた。
「まぁ、機械なのにまるで鳥のように飛びますのね」
 美緒の無邪気な声に──進路の話をしていたからだろうか。小夜子はふっと昔のことを思い出す。
「私も、昔は自由に飛びたいと思ったこともありますわ」
「小夜子様がですか?」
 驚いて、美緒が小夜子の顔を見れば、彼女は面白そうに笑って、
「……まっ、昔の私ならともかく、今の私では到底受け入れられませんわね。パラミタで骨を埋める覚悟ぐらいはしてますから」
「骨を埋める……それは大変ですわね。お気を付けてくださいませね」
「?」
 小夜子が疑問を顔に浮かべると、美緒は真顔で。
「冒険などをしていると、骨が残るとは限りませんわ。溶かされるスライムなどに襲われたらどうしましょう。それに、自分だと判って、骨を埋めてくれる人も必要ですもの」
「……そういう意味ではありませんわ」
 笑いながら、それでも小夜子は、どんな姿になっても自分の骨を探してくれる人がいたら、それはそれで素敵かもしれないと思う。
 そんな小夜子の気持ちを余所に、美緒は露店が珍しいのだろうか、低い台、布の上に広げられたそれに視線を注いでいた。
「小夜子様、ラナお姉様、こちらは如何でしょう?」
 お店を開いていた三つ編みおさげの小さな女の子が、そんな美緒を見て得意げな顔になった。
「スゴイでしょ。お父さんのお仕事見て真似したんだ! お父さんはすごーい職人さんなの。これね、ぜーんぶひとつ1チケットだよ」
 並べられているのは、おそらく裁縫仕事の余り物の端切れで作ったであろう、布の雑貨たちだった。
 ハンカチやピンクッションやポーチ、といったものの中から、美緒は白い花のコサージュを取り上げると、髪に当てた。
「似合いますかしら? ……ねぇ、宜しければ皆でお揃いにしません?」
「ええ、そうしましょう。そうですね、私は鞄に付けましょうか」
 ラナと小夜子は、幾つか並んだコサージュの中から自分の好きな色を選ぶと、女の子にチケットを渡す。
「ありがとう!」
 自分の手作りが売れて嬉しいのだろう、にこにこと笑う女の子に、こちらも嬉しくなる。
 三人は、櫛やオルゴールといった細工物、ヴァイシャリー・グラスの店などを次々と回り、楽しい休憩時間を過ごしたのだった。


「まー……それなりに売れているところを見ると……意外とあいつ先見の明でもあったのか?」
 そんなことを呟いて、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は手元の鉄の板を眺めた。
 くぼみに注がれていく黄色の生地。固まってきたところでゆでた小豆の餡子、クリーム、チョコレート、ハムチーズ、ポテマヨ、その他もろもろを乗せて、同じく具を乗せてない方の生地で挟めば出来上がり。
「えー、今川焼〜今川焼ですよ〜」
 あいつ。つまり空京大学時代の友人から今川焼の屋台を頼まれたのがつい二日前の事。
 最初は需要なんてあるのかと思ったが、珍しいのだろうか、結構売れている。
(しかし、こんな運河の都市で俺は何故今川焼を延々と焼いているんだろう。まぁ、でも。 唯一の救いは、バイトが俺だけじゃなくて他にもいる……というか百合学の生徒さんか?がいるのが救いか)
 それに向かいにはお好み焼き、元祖お好み焼き、本家お好み焼き、広島風お好み焼き、たこ焼き、明石焼き、といった屋台が立ち並び、この辺りだけ日本にいるような錯覚すら覚える。
(それはいいとして……あれは。あの組み合わせ、珍しいな)
「美緒、ラナさん!」
 正悟は、友人の顔を見つけて呼び止めた。
「あら……」
 小夜子と別れて見物していた二人が正悟に気付く。
 一瞬顔を見合わせた二人だが、今日の正悟の普通の友達として話をしたいという気持ちが声に現れていたからだろうか、近づいてきた。
「今日はアルバイトですの?」
「ああ。──すいません、ちょっと休憩貰ってもいいですかね?」
 他のバイトに了解の返事を貰うと、正悟はエプロンを脱ぎ、自分のお財布から今川焼分のチケットを手提げ金庫に入れて、出来立て熱々の今川焼を二つ、紙袋に放り込んだ。
「ちょっと話でもしないか? あ、これ差し入れ」
「……これが……今川焼、というのですか?」
 露店の上に出ている大きな日本語。それを見て、美緒が目をぱちくりさせる。
「話には聞いたことがありますけれど、食べるのは初めてですわ。いただきますわ」
「いただきます」
「中の餡が熱いから、火傷には気を付けて」
 ラナが中身を割って湯気に驚きながら、
「素朴で、熱々で美味しいですね」
「今川焼って、地域によって別の名前があるんだ。大判焼き、太鼓焼きとか……それから中身も色々あって……」
 美緒とラナは熱々の今川焼を頬張りながら、たわいもない話を聞きながら歩く。
「そういえば卒業進学シーズンだな。美緒は進路とか、将来の夢とかあるのか?」
「急に……どうしましたの?」
 今日は良く聞かれるな、というくらいの意味だったが、正悟は頭をかいた。
「今までそういう話はしたことがなかったような気がするからさ」
 美緒は、ちょっと考えてから、今は短大に進学するつもりだと答える。
「そして、自分に合う進路を見定めたい……ですわ。それから、夢というのかは分かりませんけれど……パラミタで出来る事があればいいと思ってますの」
「そうか」
 正悟は頷いた。卒業したらすぐに地球に帰るということはなさそうで、少し安心する。
「俺は暫く天学にいるつもりで──」
 正悟はそれから自分の近況を話して休憩時間を美緒たちと過ごした。


「……いい笑顔だ」
 赤い髪を風になびかせ、海を思わせる蒼い瞳を巡らせて、シャンバラ海軍ヴァイシャリー艦隊所属、海軍中将フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)はそう言った。
 傍らを歩くホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)もまた視線を追って、
 賑やかで平和な、笑顔にあふれる美しいヴァイシャリーの町並みは、もう戦の傷跡を残していることなど思わせない。
「この光景を、そして人々の営みを、ずっと続かせる事が出来るのなら――それを思えばこそ、我々も兵を養う事が出来るというものです。10年でも、100年でも、ただ平和を護らんが為に」
「我々が兵を養う?」
 ホレーショは頷き、紳士的でリベラルな海軍士官を育成する場や、その各学校が共同で運営するよう提案する。
 彼に続いてジョン・ポール・ジョーンズ(じょんぽーる・じょーんず)が、可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべ、緩やかな海軍の統一を考える時なのかもしれないと提案した。
「……それはまた壮大な計画だが、女王陛下や従妹殿や金団長の領分だな。私の役目は、内海交易の商船護衛と沿岸・外洋警護だ」
 話しながら行く街角で、子供たちがはしゃいでぶつかりそうになる。それをフランセットは手で受け止め、気を付けて、と言って再び歩き始める。
「気負う必要はない。今日も巡回に協力してくれるのは嬉しいが──」
 フランセットは苦笑して、彼らのパートナーローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)を見やった。
 彼女は、今日は軍服ではなく、金色の長い髪を青いリボンでポニーテールにして、身体にぴったりした白いTシャツの上からジャケットを羽織っている。
 けれど、ジョンは海軍の警備本部に顔を出すと侵入・工作されていないかから調べ始めたし、ローザマリアは副官として、海軍のイベントの調整や、警備の配置等も指示しようとしていた。
「──君は教導団の人間だ。船で学ぶことは許したが」
「陸軍に私の居場所はありません」
 ローザマリアの言葉はきっぱりとしていた。
「国軍の中で大きな立場と発言力を占める教導団は、その殆どはスタンス的に陸軍です。国軍とは言っても陸軍と海軍は様々な面に於いて全く別の組織です。指揮系統の明確な差別化は図られるべきであると考えます」
 それを示す為に、海軍の総指揮を執る作戦本部をこのヴァイシャリーに設ける事も選択肢の一つとして検討できること、教導団やヴァイシャリーの意で動く便利屋であってはならず、国軍最高指導者の省庁の意で動くべき、と考えを彼女は語る。
 そこには、海軍を陸軍に負けないだけの組織にしたいという強い意志が感じられた。
「ヴァイス・マム。どのようにお考えですか?」
「ローザマリア・クライツァール……中尉、だったな」
 応じたフランセットの声には厳しいものが混じっていた。
「君は居場所がないという。だが教導団は君を中尉に任命した。中尉という場所を与えたのだ。君は居場所がないと言うが、君の部下となる人間は戦場で、君を居場所だと思い、命を預けるだろう」
 もし君が海軍を大きくしたいなら、私ではないところに持って行くべきだ、と彼女は言って、そこで、少し笑った。
「もっとも、陸軍で息が詰まるというのは理解もできるがな。私も海での生活が長いために地上のやり方には疎い。これはリップ・サービスということにして、君の発言は私一人の心に閉まっておこう。
 そうだな──ヴァイシャリーのジェラートを食べながら、君のパートナーでも見に行くとしようか」
 フランセットはジェラートを購入するとローザマリアたちに渡すと、海軍のショーに混じって泳ぐ鯱の獣人シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)を眺めながら言った。
 水上バイクと鯱によって描かれる弧、上がる水しぶきが涼やかで目にも美しかったが、観客と、そして水上バイクを操る軍人たちのいつにない笑顔が眩しかった。