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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

リアクション

   

御前試合、当日〜昼〜


「……いいのでしょうか」
 二回戦が終わったところで、遅めの昼食時間となった。明倫館の裏庭でカタルはヤハルと合流した。
 カタルは、唇を噛んだ。二回も不戦勝で終わったことが、どうにも納得がいかない。ハイナの贔屓だ、と言われても仕方がない。
 実際、カタルを後の方の試合に回したのは、ハイナだった。カタルの具合が悪いと知っていたからだ。だが、
「まさか総奉行だって、二度も不戦勝になるとは考えていなかったろうし。そう、気に病むことはないよ。オウェンだって、時間稼ぎをしてくれればいいと言ってたろう?」
 そのオウェンは、どこで何をしているのか、姿を見せない。おそらくは、「風靡」を奪う機会を狙っているのだろうが、無論、今この時もあの剣には見張りがついている。
「気を落ち着かせて、次の試合に備えるんだ。いいね?」
 ヤハルは言葉を切った。そこに人の気配を感じた。
「ああ、ここにいたのか」
 やってきたのは、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の三人だ。
「カタルは狙われている。二人きりで出歩くのは、あまり感心しないな」
とブルーズ。樹月 刀真から宇都宮 祥子のことを聞き、三人はカタルを探していた。
「失敬。ちょっと話したいことがあったので」
「それは、ミシャグジのこと?」
 クリストファーの問いに、ヤハルはやや俯き、眼鏡をくいと持ち上げると答えた。
「――そう」
 どうやら違うな、とクリストファーと天音は目配せした。
「よかったら、どうだ? 出汁巻き卵だ」
 ブルーズが、風呂敷に包んだ重箱を差し出した。蓋を開けると、美しい、黄金色の出汁巻き卵が現れる。
 しかし、カタルはかぶりを振った。
「我の自信作だ。味は保証する」
「食欲はないかもしれないけど、食べた方がいいな。体力勝負なんだから」
 昨年、御前試合に参加した先輩として、クリストファーが忠告する。カタルは微笑を浮かべた。
「お腹が空かないんです。というより、私は普通の人より、食べる必要がないんです」
「――それは、『眼』のせいかい?」
 半ば勘に近かったが、天音は尋ねた。そうです、とカタルは肯定し、布の上から右目に触れた。
「この布で抑えていても、私の『眼』は周囲の生命エネルギーを取り込み続けるのです」
 分かっていても、動揺は隠しきれない。天音が僅かに目を瞠ったのに、カタルは微笑んで続けた。
「大丈夫です。ほんの少しですから。それに人だけでなく、植物や他の動物からも分けてもらっています。だから、あまりお腹が空かないんです」
 本当は、嫌なのだけど。
 きゅっと結んだ口元に、そう言いたげな表情を見て取って、ブルーズは重箱をカタルに押し付けた。
「ならば、やはり食え。食って、そんなエネルギーを取り込む必要など、なくしてしまえ」
「無茶を言うね、ブルーズ」
 天音が苦笑いするのに、ブルーズはむすっとして鼻を鳴らした。
「食べないなら、俺と軽く手合せしないか? これでも、練習相手ぐらいにはなる」
 クリストファーが、カタルを引っ張っていく。
「ところで、漁火の情報はあったかい?」
 茶屋での出来事は、最初から最後まで見ていた天音によって、全ての契約者へと知らされていた。天音は、漁火の仲間たちについても、その容姿を目撃していた。しかし、【サイコメトリ】で分かったことは少なかった。“玉”に関して言えば、それを最初に手にした男は死に、次の男に手渡されたということだけだ。
 茶屋に残された男は職人で、操られている間のことは何も覚えていなかった。彼の記憶は、丸一日飛んでいたという。
 それでも、茶屋での出来事は、敵の行動と目的を知るのに、貴重な情報だった。
「役に立ったなら、少し、そちらからも情報をくれないかな。そう、彼のあの『眼』だ。僕の【トレジャーセンス】に、引っ掛かるものがあるよ」
 ちらりとカタルに目をやり、それからヤハルに視線を戻した。じ、と見つめられ、ヤハルは苦笑する。
「契約者というのは、便利な能力を持っているものだ……」
 天音のセリフは嘘だ。『眼』は金銀財宝ではないから、何の反応もない。しかし、ヤハルはそこまでは知らない。
「確かにあの『眼』は貴重だろうね。必ず生まれるものではないから」
「どういうことだい?」
「五千年もあれば、『眼』の存在しない時代もあったということだよ。それで、もう必要ないだろうと判断して、一部の者が集落を出た。ところが、生まれた子に『眼』が宿り、慌てて戻ったわけだ」
「遺伝ではない?」
「遺伝は遺伝だろう。でも、生まれる条件が分からない。それが分かれば、楽なんだけどねえ」
 ヤハルは目を細めて、カタルを見つめている。何を想っているのだろうか。横顔からは、何も窺えない。
 そのカタルは、クリストファーと何度か軽い手合せをし、心地よい汗を掻くとごろりと芝生に横になった。
「風邪を引くよ」
「久しぶりなんです、こういうの。集落では、よく空を見ていました」
 目を閉じ、すうっと鼻から思い切り空気を吸い込む。カタルの表情が、格段に柔らかくなったのが分かった。
「集落は、どこにあるんだい?」
「ある、山の中」
 どこに漁火の仲間がいるか分からない以上、カタルも口が固かった。
「漁火という女について、何か知っている?」
 いいえ、とカタルは答えた。
「敵だというのは知っています。ミシャグジを蘇らせようとしていることも。でも、詳しいことは分かりません。――そういえば昔、集落がなくなりかけたとき、外から来た女が引っ掻き回したと聞きました。それで、集落も場所を移したんです」
 ふむ、とクリストファーは考え込んだ。その女が、漁火と同じ一味という可能性はある。
「集落がなくなりかけた、というのは?」
「随分、昔のことです。近親婚を繰り返していますから、どんどん人数が減って、いっそ外へ出ようとなったそうです。きっかけは、斥候がある女と知り合い、逃げ出したことでした」
「その男は?」
「死んだでしょう。集落を移す話が出て、それで三組の夫婦が『外』へ出たと聞きました。ところが、生まれた子供たち全員に『眼』があったそうです。私たちは、『外』に出られない、そういう宿命なんでしょう」
 カタルがあっさりとその単語を口にした。だが、彼の口調ほどに易くはない言葉だった。
 しかしその重さを、クリストファーはまだ知らないでいた。