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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

リアクション

   

御前試合、終了


 旭野 清香はぱたんと手帳を閉じた。
 途中、危うく外に放り出されそうになったが、何とか誤魔化した。しかし、その後は要注意人物として注目を浴びてしまい、各選手の特徴を記すのに苦労をした。
 これを手土産に、漁火と合流しようと立ち上がった清香だったが、膝に力が入らず危うく転びそうになった。
「危ない危ない……」
 カモフラージュのために飲んだ――それどころか注目を浴びてしまったわけだが――酒が、本当に回ったらしい。
「高級酒でしたからね……」
 没収されたのは惜しかったかなと思いつつ、清香は会場を立ち去った。


 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、漁火を探して会場中を歩き回っていた。
 漁火の最終的な目的は分からないが、そこに「梟の一族」が絡んでいることは予測できる。オウェンが「風靡」に興味を示したのは、ミシャグジを滅ぼすために必要だからかもしれない。
 となれば、漁火も「風靡」に並々ならぬ関心を抱いているはず。それを確かめるためにもまた賭けを持ちかけてみようと考えていた。
 が、御前試合が終わって尚、見つからない。
 諦めて帰ることにした小次郎は、明倫館の中庭を突っ切ることにした。ミシャグジに町が襲われた直後は避難場所として開放されていたが、少し前から人の姿はない。もうすぐ桜の季節が巡ってくる。そうしたら、この学校は辺り一面がピンクに染まることだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、一ヶ所、土を掘り返した跡を見つけた。色が違うので分かった。まだ、新しい。
 小次郎はそこを掘り返した。素手なので時間がかかったが、やがてそれが出てきた。
 町で見かけたことがあるから、顔は知っていた。
 ヤハルだった。


「まさか優勝するとは……」
 久我内 椋はパートナーの快挙に苦笑した。本人は遊びだと言っていたが、意地になったか、それとも運命の女神が気まぐれを起こしたか。
 椋は、モードレットが負けたら開けるつもりだった「不可思議な籠」を取り出した。負けなかったのだから、これはルール違反だろうかと思いつつ、中のメモを開く。
「漁火の心」はどこにあるのだろう?
 ――だが、白紙だった。椋は眉を寄せた。入れてから、結構時間が経っている。探すのが余程難しいのか、それとも――存在しないということなのだろうか?


「それではこれより、授与式を執り行います」
 プラチナム・アイゼンシルトの進行で、三位と準優勝者に賞状が渡された。最後に「風靡」がガラスケースから取り出された。
 木賊 練がハイナにそれを渡そうとしたその瞬間、観客席で大きな音がして土煙が上がった。続いて、乱気流に観客が巻き込まれる。
「そいつらだ!」
 逃げ出そうとするローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる)ジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)に急接近し、エヴァ・ヴォルテールが【サイコキネシス】で転ばせた。
 沢渡 真言が「憂うフィルフィオーナ」で二人を縛り上げると、エヴァはスクイズマフラーでローゼの首を締め上げた。
「あははー苦しいなー」
「ローゼさんが死んじゃいますよ?」
「死にたくなかったら言え!!」
「言いますー言いますよー。えーと、そうそう、オウェンさんに頼まれたんですー」
「……え?」
 誰もが硬直したその時、隠れていたオウェンが練の手から「風靡」を奪い取った。
「あ!」
「させないわ!」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、ハイナの影から飛び出した。「狂血の黒影爪」でずっと潜んでいたのだ。闘争心の強まった彼女は、問答無用でオウェンを殴りつけた。
 オウェンはよろめいたが倒れない。ローザマリアは更に【七曜拳】を叩き込んだ。オウェンの顔が歪み、体を折り、膝を突いたが「風靡」だけは離そうとしない。だが遂に地面に倒れたとき、姿を消して選手に紛れ込んでいた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)がその腕に斬りつけた。
 レーザーマインゴーシュが眩いばかりの光を放ち、「風靡」を握ったままの腕が空中に放り出された。
「――!!」
 観客席からは叫び声が上がった。
 誰もが地面に落ちると思ったその間際、「行け!」と命じた者があった。【光学迷彩】で姿を消し「ブラックコート」で気配を殺していた宇都宮 祥子だ。狼型機晶生命体であるウルフアヴァターラ・ソードが腕を咥え、出口へ向かって走り出した。
 捕まえようとする選手の足元を縫うように、ウルフアヴァターラ・ソードは駆け抜ける。更にハツネが、
「そーれっ、爆弾だよぉ♪」
と機晶爆弾をばら撒いたことでパニックになった。
 観客たちが、出口へと殺到し、子供の泣き声や怒声が鳴り響く。
「落ち着きなさい!!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が【咆哮】を使った。人々は硬直し、足が止まる。リカインは【震える魂】、続けて【激励】で人々の恐怖を中和させる。
「……ふう」
 リカインは腰を下ろし、周囲を眺めた。「何て酷い……」
 機晶爆弾は選手たちが回収し、氷漬けにした。オウェンは高峰 結和が手当てをしているが、血が止まらない。彼女は医務室に連絡を入れた。
 祥子はローザマリアが捕えた。ローゼとジェンドは確保したままだが、ハツネは逃げ、「風靡」も奪われてしまった。何人かが後を追うために駆け出して行ったが、入れ違いに小次郎が会場へと飛び込んできた。
「ヤハルが殺された!」
 立て続けに起きた末の報告に、誰もがぽかんとする。
 小次郎の目の前に、当のヤハルがいたからだ。
「そんな……確かにあれは……」
 別の人間に頼んで回収してもらった遺体は、後ろから心臓を一突きにされていた。
「僕が?」
 ヤハルが微笑む。その首筋に、「陰陽六合刀」が突きつけられても、その笑みは崩れなかった。
「動かないでください。……何者ですか」
 九十九 昴が抑揚のない声で尋ねた。
「潮時、かな」
 ヤハルが片手で己の顔をつるりと撫でた。その下から、全く別人の顔が現れる。
「漁火……」
 呆然と小次郎はその名を告げた。
 赤い唇に、ヤハルとは全く異なる笑みを浮かべ、その女は立っていた。
「ヤ、ヤハル……な、なぜ、いつから……?」
 オウェンが、腕を押さえながら膝だけで漁火に近づこうとするのを、結和が止める。
「さあな。俺が、てめえと会ったときにはもう入れ替わってたぜ」
「貴様は!?」
 大石 鍬次郎が、観客席でベルフラマントを外した。オウェンは愕然とした。ヤハルが協力者だと言ってこの男を連れてきたのは、五日前のことだ。
 契約者たちもわけが分からない。一体、いつから入れ替わっていたのだろう?
「私は医者じゃありませんが、腐敗の進行具合で少しは分かります。多分、十日は経っていました」
 小次郎は、ヤハルの遺体を思い出しながら言った。
 ということは、ミシャグジを封じた直後か、その後間もなくということになる。
 それでは――ヤハルが、いやヤハルに化けた漁火の話したことは、全て出鱈目だったのだろうか?
 くすり、と漁火は嗤った。
「ご安心なさいな、契約者の旦那方。あたしはね、ずっと、ずうっと『梟の一族』を見てきたんです。あの一族についちゃあ、こちらの旦那より詳しいぐらいですよ。ま、今いるところまでは知らないんですがね」
 しかし、そもそも漁火の言葉を信じていいか――。
 漁火はゆらりと足を進め、オウェンの顔を覗き込んだ。
「あたしはあんたにも一度、会ったことがあるんですよ。覚えちゃいませんか?」
 オウェンが町にやってきたのは、一度、十年前のことだ。その間にあの事件が起きたせいか、よく覚えていなかったが、この女に会ったことがあったろうか?
 いや、それよりも――、
「貴様が! ヤハルを殺したのか!!」
 飛び掛かろうとするオウェンの膝を、遥か遠くの木からシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)が撃ち抜いた。オウェンはそのまま、前のめりに倒れ、顔から地面に突っ込む。
 昴の【疾風突き】が漁火の足を貫く。漁火は顔をしかめるが、その時ダークヴァルキリーの羽を装備した東 朱鷺(あずま・とき)が舞い降り、彼女の手を掴むと空へ飛びあがった。
「便利ですねえ」
 漁火が楽しげに言うと、こくり、と朱鷺は頷いた。彼女は情報を得るため、わざわざ漁火の術中にはまったのだ。
 鍬次郎は己を捕えようとする者に対し、容赦なく剣を振るった。試合に参加した者は武器を帯びておらず、その上シメオンが正確な狙撃で手助けしたため、近づくことは出来なかった。
 鍬次郎は清香と合流し、姿を消した。
 シメオンもそれを確認し、
「やれやれ、退散ですか」
と呟くと、強化光翼でいずれともなく飛び去った。