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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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第十章  「闇」の戦い

「それじゃ、広城の犯罪組織が次々と潰滅してるっていうの?」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、目の前の女を驚きの目で見つめた。
 女は、情報屋である。同じ女性の小鳥からみても美人だし、何より、匂い立つような色気のある女性である。
 東野藩の忍びから「凄腕」との触れ込みで紹介を受けたのだが、恐らくこの美貌と色気が、仕事に大いに役立っているのだろう。

「そうよ。元々この広城には、下町を拠点とする古くからのグループと、新市街を拠点とするグループがあって、さらにそれぞれのグループ内で主導権争いが絶えなかった……といっても、それはあくまで限定されたものだったけれど。それが少し前から、急に情勢が変わってきた」
「……というと?」
「最初は、新市街からだったわ。新市街の中でも、ナンバー3の規模を誇る組織が、潰されたの。リーダーを始め、メンバー大半が殺されてたわ。そして次の日、その次の日と、構成員が皆殺しになったり、まとめて姿を消すケースが倍々ゲームで増えていった。誰か余所者が新市街の組織を片端から潰し回ってるという噂が、急速に広まり始めた」
「その余所者が誰かは、わからないのか?」

 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の問いに、女は肩を竦めた。

「目撃者がいないのよ。とにかく襲われた組織の人間は、残らず死体になるか姿を消すかのどちらかなんだもの」
「そうか……」

「わからない」と聞いて、がっかりするコハク。

「がっかりするのはまだ早いわ。今では新市街に残った組織はたった一つ。それが新市街最大の勢力を誇る組織、興龍会(こうりゅうかい)よ。」
「――そうか!そこで張っていれば、奴等は必ず現れる!」
「それで、その場所は?」

 小鳥の質問に女は、無言で手を差し出す。

「これで足りる?」

 小鳥は女の手の平に、小判を一枚載せた。
 しかし、彼女の手は開かれたままだ。

「アンタ、まだボッタクろうって言うの!?」
「まぁまぁ小鳥」

 情報屋に食って掛かろうとする小鳥の肩を、コハクが掴んで止める。
 
「強欲なんだな、全く……。これでどうだ?」

 コハクは半ばやけくそ気味に、女の手に小判を追加で4枚乗せる。

「フフッ。さすがお兄さん、お金の使い所がよく分かってるわね。きっと出世するわよ、貴方」

 女は満面の笑みで手の平を閉じると、懐から一枚の紙を取り出した。
 小鳥は女を睨みつけながら、引ったくるように紙を受け取る。
 中にはいくつかの記号が書かれた地図が書いてあった。

「それが興龍会本部と、周辺の見取り図よ。黄色い印の付いてる船小屋を抑えてあるわ。そこなら、見張りに気付かれることはなく見張れるはずよ」
「えっ!見張り場まで用意してくれたのか!?」

 驚きの声を上げるコハク。
 小鳥も、びっくりして情報屋を見る。

(てっきり、業突く張りなだけだと思ってたのに――)

「常に客の期待の上を行く。これが、客を離さないための秘訣よ。タダの業突く張りじゃないんだから」
「なっ――!」
 
 心の内を見透かされ、鼻白む小鳥。

「それじゃ、またご贔屓に♪」

 情報屋は素早く身体を翻し、暗がりへと姿を消した。



 情報屋の女は、コハクから受け取った小判を大事そうに懐にしまうと、大通りへ向けて歩き始めようとする。
 だが2、3歩歩き始めた所で、女は突然急激な睡魔に襲われた。
 咄嗟に壁に手をついて上体を支えるが、頭がぼんやりして、身体も思うように力が入らない。

「確かにいい腕ですね。気に入りましたよ」

 背後からの声に、振り返る女。
 若い男が、口元に笑みを浮かべて立っている。どうやら、この声の主に何らかの術をかけられたようだ。

(こ、このままでは――!)

 必死に睡魔に耐え、身体を動かそうとするが、最早限界だ。
 女は、まるで玄秀の胸に飛び込むように、崩れ落ちた。

「その腕、その美貌。これからは、僕のために役立ててもらいます」

 玄秀は、女の身体の柔らかな感触に満足しながら、女を横たえる。
 四州開発調査団に参加して入るが、玄秀の目的は、四州の安定と発展に寄与することなどでは決して無い。
 彼の目的は、東野の有力者に取り入り、力を得ることにある。
 玄秀はそのための手駒として、情報屋である女を利用しようというのだ。

 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は手早く女を縛り上げると、用意しておいた菰(こも)にくるんだ。
 表通りに用意してある馬車まで、運び込まなければならない。
 女の身体に手をかけ、担ぎ上げようとしたその時――。

「その女性を、どうなさるのですか?」

 玄秀の行く手に、影が差した。
 顔を上げると、侍姿の男が3人、立っている。
 声をかけたのは、中央の男のようだ。
 年の頃は三十から四十歳といったところだろう。
 人を喰ったような顔で、玄秀を見つめている。
 一言で言って、気に入らないタイプだ。

「……何者だ、貴様等」

 女の身体から手を離し、身構える玄秀。
 目の前の男たちは、明らかにカタギではない。

「私は、松村 傾月(まつむら・けいげつ)。貴方に、お頼みしたいことがあります」
「頼み?」
「ハイ。貴方には、我々の手先となって、調査団の内情を逐一報告して頂きたいのです。貴方が、その女性に望んだように」
「貴様……!何故それを」
「何、簡単な推理です。貴方が正規の目的でその女性を働かせるつもりなら、何もかどわかす必要などないはず。であれば、貴方個人の目的に利用しようとしていることになります。そして、その女性は情報屋です」
「成程――。それで、もし僕がお願いを断ったら?」

 そう訊ねながら、玄秀は【狩衣】の袂に【稲妻の札】を忍ばせる。

「貴方が使用としたことを、調査団の責任者にご注進に上がります」
「証拠も無しに、信用するとは思えませんが?」
「その女性は、貴方の顔を見ています。それに、我々も」
「目撃証言だけでは不十分では?」
「そうかもしれませんが、貴方には疑いの目が向けられることになります。以後の仕事はやりにくくなるでしょう。それよりは、私のお願いを聞いた方が、貴方のためにもなります」
「どういうことだ?」
「見返りを与える用意がある、という事ですよ。――貴方の事は、少々調べさせてもらいました。中々に野心家なようですね。どうです、我々と手を組みませんか?」
「……いいでしょう。ただし、条件次第ですが」
「そう言って頂けると、思っていました」

 「我が意を得たり」とばかりにニヤリと笑う右月。
 玄秀も同じように笑みを返しながら、今後の展開について、物凄い早さで考えを巡らせていた。



「ば、バカな……。一瞬で……、一瞬で十人の侍を切り捨てるだと――。き、貴様、一体何者だ」

 驚愕に目を見開きながら後退りする興龍会首領。
 その首領に向かって、三道 六黒(みどう・むくろ)は脅すように一歩踏み出した。

「これが、契約者の力です。お分かりになりましたか?」

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が、口元を扇で隠しながら、楽しそうに言う。

「これから来る奴等の力は、こんなモノではない。それは、奴等と戦ってきたわしが一番良く知っておる」
「シャンバラの契約者たちは、危険です。悠久の歴史の間に積み重ねられてきたモノ全てを、一瞬で吹き飛ばす力がある。それは、この興龍会も例外ではありません」

 頭の中が真っ白になっている首領は、二人の言葉を、ただ呆然と聞くことしか出来ない。

「やがてこの四州全土を巻き込む騒乱が起きる。その騒乱に備え鶏口となるか、それとも牛後となってナラカの底に沈むか。どちらが良い」
「わ、わかった!従う!我が興龍会はたった今からお前の傘下となる!」
「物分りが良くて、助かります。では、この書状に血判を」
  
 用意しておいた誓約書に、血判を押させる悪路。
 興龍会が六黒の支配下に入ったこと証だてる、物証だ。

「さて。それではこれから貴方たちには、地下に潜ってもらうことになります」
「ち、地下――?」

 悪路の言葉の意味を判りかね、異口同音に繰り返す首領。

「このままこの広城にいても、契約者たちに狩り尽くされるだけです。今すぐ、ここを引き払わねば。連中は、すぐそこまで来ています」

「――ここにいるぜ」

 背後からの声に、六黒が振り返る。
 そこに見慣れた顔を見つけ、六黒は口元をニヤリと歪めた。

「貴様か、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)
「お前ら全員、逃げられると思うなよ」
「元より、逃げようなどとは思ってはおらぬよ」

 六黒は、唯斗の行く手を阻むように一歩前に出ると、【梟雄剣ヴァルザドーン】を抜き放つ。

「さぁ、貴方はこちらへ。退路は、確保してあります」
「わ、わかった」
 
 悪路に促され、一足先に逃げ出そうとする首領。

「逃がすかっ!」

 【偽典銃神槍壱式】【弐式】を抜き放ち、一気に六黒を抜き去ろうとする唯斗。
 六黒が間に割って入ろうとするが、間に合わない。

(もらった!)

 両手の神槍を首領と六黒の背中目がけ、投げつけようとしたその時――。
 突如として《実体化》した【ワイヤークロー】が、唯斗の身体を絡め取った。

「な、ナニっ!」

 九段 沙酉(くだん・さとり)が【行動予測】で事前に張り巡らせて置いた罠に、引っかかってしまったのだ。
 完全に不意を突かれた形の唯斗は、武器を振り上げた姿勢のままワイヤーに身体の自由を奪われ、動くことが出来ない。

「かれらは、とうしゅうこうのけんには、むかんけい。あなたたちのは、えっけんこうい」

 抑揚のない声で、沙酉が言う。

「すぐに敵の後詰が来る。急ぐぞ、沙酉」
「わかった」

 半ば死を覚悟しつつも、反撃の機会を伺っていた唯斗の意図を見透かしたかのように、唯斗をそのままに部屋を出ていく六黒たち。

「……この借りは、必ず返させてもらう」
「楽しみにしている」

 六黒は、最後に唯斗を一瞥すると、その場を後にした。



「ちょっと、クロ!もっとスビード出ないの!」
「ムチャ言うな八重!これが限界だ!」

 永倉 八重(ながくら・やえ)ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)に駆り、興龍会のアジトへと急いでいた。
 下町で情報収集を行なっていた八重は、完全に出遅れてしまったのである。

 新市街のスラムの、曲がりくねった路地を巧みにすり抜けるクロ。
 何度目かの角を曲がり、比較的開けた運河沿いの道に出たところで――。

「いた!三道 六黒!」

 一艘の小舟に乗り込もうとしている、三道 六黒を見つけた。
 八重は六黒目掛けてクロを走らせ一気に距離を詰めると、いきなりクロの上から跳び上がった。

「ブレイズアップ!メタモルフォーゼ!」
 
 落下の勢いを乗せた、渾身の一撃を見舞う。

「炎をまとえ【紅桜】!今、真紅の翼で悪を断つ!!」

 八重の呼びかけに応え炎に包まれた紅桜が、六黒の眉間に迫る。

「ガキィン!」

 甲高い金属音と共に、紅桜から飛び散った火花が炎となり、舞い散る。
 寸での所で、紅桜はヴァルザドーンに受け止められていた。

「中々出来るようになったな、小娘。今のは、力の乗ったいい一撃だった」
「なっ……!」

 賛辞ともとれる六黒の言葉に、一瞬呆気に取られる八重。
 その一瞬の隙をついて、八重の腹めがけて蹴りを繰り出す六黒。

「キャッ!」
「八重!」

 その攻撃をよけきれず、八重の小柄な身体が吹き飛ばされる。

「だが戦の手管(てくだ)は、まだまだだ」

 六黒はそう言い捨てると、ひとっ飛びに小舟に飛び乗った。

「ま、待て!」

 腹を押さえながら立ち上がり、桟橋に駆け寄ろうとする八重。

「よせ、それは敵の罠だ!」

 聞き覚えのある声に、八重の足が止まる。
 何とかワイヤーを脱した紫月唯斗が、後を追ってきたのだ。

「《非物質化》した罠が仕掛けられてる可能性があります。下手に近づくと、ひっかかりますよ」

 唯斗が神槍を一閃すると、果たして虚空から、切断されたワイヤーがバラバラと落ちてきた。

 ドドドドッ……というエンジン音に、運河に目を向ける八重。
 一体どんな改造が施してあったのか、小舟がモーターボートのような早さで走り去っていく。

「ま、また……逃げられた……!」

 腹立ちまぎれに、大地を両手で叩く八重。

「なあに、大丈夫です。彼らとは、またすぐに逢えます。この四州にいる限りは」

 唯斗の言葉に、顔を上げる八重。
 その穏やかな口調とは裏腹に、運河の向こうに注がれる唯斗の目は、烈火の如く燃えていた。