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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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第六章  知泉書院

「うわ……、すげぇなコレ。こんなにあるのかよ!」
「消失点がある図書館って、初めて見ました……」

 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 大助(さなだ・たいすけ)は、どこまでも続く書架を見て、驚きの声を上げた。

「流石は、東野藩が誇る知の殿堂『智泉書院(ちせんしょいん』ですね」

 レイカ・スオウ(れいか・すおう)は手近な書物を手に取り、奥付を見た。
 そこに書かれている数字に、思わず息を飲む。

「こんなに状態がいいのに、500年前――?」
「ホゥ、そりゃ大したもんだ。これだけあれば期待していいんじゃん、カガミ?」
「……いや。まずは、探してみてからだ」

 クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)の言葉にも、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)はあくまで慎重な姿勢を崩さない。

 彼等が今いる智泉書院は、東野藩が代々伝え蓄えてきた貴重な書物を収蔵し、保管しておくための書庫である。
 備蓄米の保存に使っているのと同じ、古王国時代の遺跡を利用して作られたもので、収蔵物の保存状態はすこぶる良い。
 代々この書院の司書を務めているという一族ですら、既に収蔵物の把握が出来なくなって久しく、書名すら知られていない稀書が突然見つかることもあるという。

 彼等が門外不出のこの書院に、クリス《根回し》を使ってまでこの書院に来た理由は、ある訳があった。
 カガミの身体を蝕む病魔と、大助の身体に現れる『目』の変異について、調べるためである。

 カガミの病は「激しい咳と喀血」という結核に似た症状を示すが、これまで知られていない、全く未知のウィルスが原因であり、未だ治療法が見つかっていない。
 一方大助の変異は最近現れたものだが、これについてはそもそも体質なのか病気なのか、はたまた魔術や呪いの類なのかすらわかっていなかった。

「とにかく、みんなで手分けして探しましょう」

 レイカの言葉に、皆は一斉に書庫に散った。


 イルミンスールの図書館で鍛えた《資料検索》の腕をフルに発揮して、手際よく書物を調べていくレイカ。
 【博識】と《医学》の知識に基づき、的確に本を選び抜くクリス。

「うーん……ム!コレだぁ!」

 そして、《野生の勘》で直感的に本を抜き取っていく氷藍。
 知識も技術もない大助とカガミは、一つ一つの本に地道に目を通していく。

「あの、カガミさん?」
「ん?どうした?」
「この間はありがとうございました――。カガミさんの言葉のおかげで、僕、ちゃんと前を向いて生きられるようになりそうです」
「なんだ、そのことか。そんな、礼を言われるようなことじゃない」
「いえ!カガミさんにとっては何気ない一言かもしれませんが、僕、あの言葉にすごく助けられたんです。だから……今度は僕が、カガミさんを助ける番です、ね?」
「助けるって、それはお互い様だろう?」
「いいえ、違います。僕、決めたんです。『絶対に、レイカさんとカガミさんを幸せにするんだ』って」
「な――?」

 大助の予想外の言葉に、思わず顔を紅くするカガミ。
 そのカガミの前に、大助の指がスッ――と差し出される。

「父上が、教えて下さいました。指きりげんまんです」
「大助――」

 カガミは、大助の目を真っ直ぐに見る。
 その瞳に宿る強い意志の光を見て、カガミは指を差し出した。

「わかった。頼むぞ、大助。俺と――そしてレイカと。絶対に、幸せにしてくれ」
「ハイ!」

(これは、いよいよ持って死ぬ訳にはいかないな――)

 大助と指切りをしながら、カガミは決意を新たにするのだった。   


「よし。これだけあれば、取り敢えずいいだろ。あたしは本を精査するから、みんなはそのまま本を集めてくれ」

 閲覧用の机の上にうず高く積まれた本を見て、クリスが言った。


「なぁ、レイカ?」
「え?なぁに、氷藍ちゃん?」
「最近、アイツらやたら仲が良いと思わないか?」
「あいつらって――カガミと大助くん?」
「ああ。大助のやつ、すっかりカガミに懐いちまって」
「そうですね」

 クリスの読み終えた本を一緒に片付けながら、楽しげに談笑しているカガミと大助を見て、レイカは微笑ましげに笑う。

「……やっぱ同じような境遇の者同士、どこか親しみ易いのかもしれんな」
「……そうかもしれませんね」
「なあ、レイカ?」
「ハイ?」

 一瞬沈みかけた空気を吹き飛ばすように、明るい声を出す氷藍。

「手掛かりは、俺が絶対に見つけてやる。だから、約束してくれ。お前たちの子供を、必ず大助の友達にするって。あいつさ、あんなんだから友達が少なくって……。だから、アイツに友達が出来ると俺、すっごく嬉しいんだ」
「え……?まぁ、いいですけど――」
「ホントか、有難う!」

 レイカの手を取り、嬉しそうに礼を言う氷藍。
 しかし、そんな氷藍とは裏腹に、レイカは今一つ話が飲み込めていない。

「えと……。あの子供ですよね、子供……。私とカガミさんの……って、え!?」
「あはは、未来の話だ、幸せな未来のな♪」

 顔を真っ赤にしているレイカに、氷藍は茶目っ気たっぷりにウィンクをした。


「あった!」

 書庫中響き渡りそうなクリスの大声に、みなが彼女の周りに殺到する。

「みんな、コレ見てくれ、これ!」

 クリスは、タイトルがかすれて読めなくなっている書物を、皆の前に広げた。

「この本は、この国が鎖国した直後に書かれたものだ。マホロバ人に特有の病気や症状について、およそ200年に渡る症例に基づき、研究してある」
「マホロバ人!それじゃ、カガミと大助の病気についても書いてあるのか!」

 思わず身を乗り出す氷藍。

「大助のケースは、多分コイツだ」

 クリスが、とあるページを開く。

「『純血のマホロバ人ではなく、混血のマホロバ人、あるいはマホロバ人の血を引く一部の種族に稀に見られる症例で、成長につれて少しずつ変異の形容は変化する』とある。取り敢えず、体質なのは間違いないようだ」
「それで、治るのか!」
「それは、わからん」
「わからんって、オイ!」
「まぁ聞け。この症状は、人によってその発現の仕方も進行の様態もまるで異なるんだ。人によってはある日突然治ってしまうこともあるし、一生このままということもある。つまり治るとも、治らないとも言えないんだ。だから、わからん」
「そんな……」

 落胆のあまり、がっくりと膝を突く氷藍。

「だが安心しろ。少なくとも、命に関わるというようなことはないらしい」
「本当か!」
「あぁ。それは確かだ。安心しろ」
「良かった……!」

 心底安心したという様子の氷藍に、大助が寄り添う。

「母様、僕は大丈夫です。母様も、皆さんもいますから。こんな病気になんて、負けやしません」
「大助……!」

 2人は、互いの絆を確かめ合うように、ひしと抱き合った。


「さて、こっちはコレでよし、と」

 クリスは改めて、カガミとレイカに向き直る。

「カガミの症例なんだが、それも、この本に載ってる」

 パラパラと本をめくり、新たなページを示すクリス。

「マホロバ人にのみ感染する特殊な細菌、あるいはウィルスが引き起こすもので、いわゆるワクチンのような特効薬は存在しない。ただ、四州に産する生薬を配合した漢方『神気霊応散(じんきれいおうさん)』で免疫力を強化することにより、完治した症例がある」
「それで、その薬の処方は?」
「残念ながら、この本には載っていない。だが『本草秘経(ほんぞうひきょう)』という書物に載っていると、この本には書いてある」
「それじゃ、その本を見つければいいのか?」
「そうなるな」
「カガミ……!」

 ついに現れた光明に、レイカの顔がパアッと明るくなる。

「喜ぶのはまだ早い!とにかく探すぜ、『本草秘経』だな!」
「絶対に見つけますよ!任せて下さい、カガミさん、レイカさん!」

 話を聞いていた氷藍と大助が、脱兎のごとく駆け出していく。

「あたしは他の本に載ってないか探してみるから、2人も探してみてよ」
「わかった」
「ハイ!」

 クリスの言葉に、力強く頷くカガミとレイカ。
 だが――。


 彼等の頑張りも虚しく、何時まで経っても本草秘経は見つからなかった。
 クリスも、相変わらず書物の山と格闘したまま、顔を上げる様子すら無い。

「クソッ!一体どこにあんだよ!」
「折角、ここまで辿り着いたのに……」
「やっぱり、ダメなのか……」
「諦めちゃダメです!母様!レイカさん!カガミさん!」

 大助が、皆に必死に訴えかける。

「でも、もう探すところなんてないわ……」
「もう一度、もう一度探してみましょう!」

 だが、大助の訴えにも、皆の反応は鈍い。

「みんな、まだ退室時間までは余裕がある。少し、休んだらどうだ」

 書物の山から顔を上げて、クリスが言う。

「僕一人でも、探してきます!」
「おい、大助!」

 大助は、氷藍が止めるのも効かず、書架へと向かう。

(この書庫の何処かに、必ずあの本はある。きっと、何処かに見落としがあるはずなんだ。でも、ドコに――?)

 もう一度最初から、一つ一つの書架を見て回る大助。
 その内に、ある事に気がついた。

(あれ……?この書架だけ他と厚さが違う――?)

 医療関係の書物が収められている書架の中に一つだけ、他より厚い書架がある。
 不審に思い、書架に近づく大助。
 試しに、書架を手の甲でコンコンと叩いてみる。
 すると、ちょうど書架と書架の真ん中位の位置に、音が違う場所がある。

(もしかして――)

 《壁抜けの術》を使いながら、右手を突き出す。
 すると、彼の上体はするりと通り抜けてしまった。
 書架の中に、ちょうど人一人が入れるくらいの細い隙間があったのだ。

「ここ――隠し部屋だ!」

 期待に胸を膨らませながら、懐から懐中電灯を取り出す大助。
 すると、行く手に小さな机があり、その上に一冊の本が置かれているのが見えた。
 小走りに駆け寄り、本を手に取る。その表紙には――。

 「本草秘経」とあった。


「フゥ〜、なんとか間に合ったな!」

 大助が本草秘経を見つけた後は、嵐のような忙しさだった。
 クリスが急いで本草秘経をカメラに収め、更に神気霊応散の処方に必要な生薬をみんなで手分けして調べ上げ、仕上げに本草秘経を元の場所に戻し――。
 大助たちは何とか、退室時間までに全ての調査を終えることが出来た。
 カガミの治療に必要な情報は、全て、クリスの【TC/カスタムN】に入っている。

「やったな、大助!それでこそ、俺の息子だ!!」
「有難う、大助くん!」
「ホント、よくやったよ。大助!」
「ちょ……!みんな、あ、危ないよ!」

 広城から出た途端、三人に揉みくちゃにされる大助。 

「……よく約束を守ってくれた。本当に有難う、大助」
「カガミさん……」

 どちらからともなく、がっちりと抱きあうニ人。

「でも、まだお礼を言うのは早いですよ。これから、薬の材料を探さないといけないんですから」
「あぁ、そうだったな。……なら、これからもよろしく頼むよ、大助」
「ハイ!」

 大助は、滅多に見せないような満面の笑みで、笑った。