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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~

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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~
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第六章  暗躍する者たち

「いや、知らないねぇ――おい、お前。見たことあるかい?」
「いんやぁ。知らないよぉ。この辺りはただの長屋町だから、人の出入りは滅多に無いんだ。だから余所者がいたらすぐにわかるはずだけどね」
「――そうですか、有難うございました」
「すみません、お忙しいところ」

 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、旅籠の夫婦に頭を下げ、似顔絵をしまう。

 舞花は今、この広城で先日自分を襲った、ならず者たちについて調べていた。
 今日は朝から、【記憶術】で覚えていた人相を《名画家のパレット》で書いた似顔絵を手に、旧市街の宿を一件一件訪ねて回っていたのである。
 舞花の手にしている地図は、調査済みを示す赤いチェックで、既に真っ赤になっていた。

「今ので、この界隈の宿は全部聴き込みしたはずね……」

 不意に、舞花のケータイが鳴る。旧市街で聴き込みを行なっている、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)からだ。

「捜査状況はいかがですか?」
「今、長屋の最後の聴き込みが終わったところです。エリシア様は?」
「わたくしも、ちょうど一段落ついたところですの。一度、合流しませんこと?情報の整理もしたいですし」
「それなら、お団子の美味しいお茶屋さんがあるんです。そこに行きませんか?」

 舞花は、先日の調査の時にも立ち寄った茶屋に、エリシアを誘った。


「まぁ……!確かに美味しいですわ、このお団子」
「でしょう?あんこの甘みとお団子のモッチリ感が、絶妙なんです」

 などと口々に団子を褒めつつ、《籠手型HC弐式》に記録した情報を確認する二人。

「私を襲った人達の目撃情報ですけれど、新市街の旅籠では目撃情報はありませんでした。一人だけ、私の跡をつけている所を見た人がいましたけど……それだけです」
「わたしくの方は、成果がありましたわ――彼らの泊まっていた宿を見つけたんです」
「本当ですか!?そ、それで何かわかりましたか?」
「慌てないで下さい。順を追って説明しますわ」

 身を乗り出す舞花をやんわりと手で制しながら、HCを操作するエリシア。
 舞花のHCに、エリシアから送られてきた情報が映し出される。

「彼らがやって来たのは、調査団がやって来たのと全く同じ日。そして泊まっていたのは、お城へ続く通り沿いの宿の、二階の角部屋です。部屋からは、お城までの通りが一望出来ましたわ」
「つまりあの人たちは、調査団を見張っていた?」
「おそらくは。――彼らは、あなたがお城に出入りしているのを見て、調査団の一員だと気づいた。そして跡をつけた結果、今度はあなたが御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の縁者だと知った――そんなところではないかしら」
「じゃあ『お金目当てで襲った』っていうのは、ウソってことですか?」
「それはどうでしょうね……。初めは調査団を見張っていたけれど、あなたが金づるとだと気づいて、つい欲が出た――ということも考えられますし」
「そうか、そういう可能性もありますよね……」

「それと残念ですけれど、彼らの荷物はもう残っていませんでしたわ。あなたが襲われた日の夜、一人だけ宿に残っていた男が、仲間たちの荷物をまとめて出ていったそうです」
「じゃあ、これ以上の手がかりは無いんですか?」
「大丈夫ですわ。彼らが泊まっていた部屋を調べさせて頂いたのですけれど、煙草盆の中に、ホラ、こんなモノが――」

 差し出されたエリシアの手には、小さな燃えさしが握られていた。
 わずかに、文字の一部のようなモノが見える。

「……手紙?」
「ええ。慌てていて、最後まで燃やしたかどうか確認しなかったようですわね。それで、これを《サイコメトリ》してみたのですけれど――」
「何か見えましたか?」
「手紙の差出人と思しき男がわかりました。この男ですわ」

 その言葉と共にHCに現れたのは、舞花の見覚えのない、風采の上がらない小男の姿だった。

「……誰ですか、この人?」
「この男の名は、三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)御上先生たちから配られた『要注意人物リスト』に載っている、由比 景継(ゆい・かげつぐ)に仕えている男ですわ」
「景継って、それじゃあ――!」
「ええ。舞花を襲ったならず者たちが『契約者』となったのは、景継の手引きによる可能性が高いということですわ」

 由比景継の名は、舞花も御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から聞かされて知っていた。
 かつて金鷲党(きんじゅとう)を率いて二度の二子島(ふたごじま)紛争を引き起こした、円華たちの宿敵である。
 第二次二子島紛争では、金鷲党側に複数の契約者がいた事が確認されている。

 まるで、死刑を宣告する裁判官のように重々しいエリシアの口調に、改めてHCを見つめる舞花。
 それまではただの小男にしか見えなかったその写真が、途端に酷く禍々しいものに見える。  
 背筋に走る怖気(おぞけ)に、舞花は身を震わせた。



「お初にお目にかかります。わたくし、久我内屋と申します。これまで主にマホロバにて商いをして参ったのですが、此度新たにこの東野でも商いをさせて頂く事になりまして。
それでまずはご挨拶をと、まかり越しました次第にございます」
「私が駅渡屋でございます。わざわざのご挨拶、痛み入ります」

 【貴賓への対応】を心得た久我内 椋(くがうち・りょう)の慇懃な挨拶を、これまた慇懃に受ける駅渡屋。
 椋は、朗らかな笑みを浮かべながら、その駅渡屋の様子を観察していた。
 突然の椋の来訪にも、嫌な顔ひとつせずに応対する当たり、流石に如才ない。

「いやいや。あなたのようなしっかりした方も、外国にはちゃんといらっしゃるのですな。先日、オリュンポスとかいう大層変わった方が参りまして。『外国の商人(あきんど)は皆あのような方ばかりか』と、内心不安に思っていたのですよ」
「オリュンポス……。あぁ、あの方たちは『特別』ですので、どうかお気になさらず」
「そうですか。これは、とんだ勘違いを」

 ハッハッハ、と乾いた笑い声を上げる二人。


「へくしっ!」
「どうしました、ハデス様?」
「いや、何でもない。風邪かな……?」


「僭越ながら駅渡屋さんとは、是非ご昵懇にさせて頂きたいと、思っておりまして……。まずはご挨拶代わりに――」

 椋は、傍らに控えている夜・来香(いえ・らいしゃん)の方をチラリと見る。
 来香は大きな箱を抱えた《丁稚》と共に前に進み出ると、箱の蓋を開けた。

「ほう、これは――」

 中に居並ぶ《黄金色の菓子》ならぬ「琥珀色の瓶」に、駅渡屋の眼の色が変わる。

「駅渡屋さんは舶来物の酒がお好きと聞きまして、特に揃えさせたモノにございます」
「いずれ劣らぬ銘酒揃い。是非、ご賞味下さい」
 
 艶やかな声で、来香が勧める。
 駅渡屋が無類の酒好きで、しかも最近は地球産のウィスキーやブランデーに凝っているという情報を仕入れたのは、他ならぬ来香である。

「これはまた結構なモノを――おい、番頭さん、番頭さん!」
「はい、お呼びでございますか、旦那様」
「『お呼びでございますか』じゃないだろう。お客様がいらっしゃっているのに、何もお出ししないで――」
「も、申し訳ございません」
「あ、駅渡屋さん、どうぞお構いなく。今日はご挨拶に伺っただけですから」
「いえいえ。折角こうして御縁を得たんですから。少し、外の商いの様子でもお聞かせ下さい――何をしてるんだい、ホラ!早く酒と肴の用意をなさい」
「はい、只今すぐに――」
「すみません、私もちょっと失礼致します。酒肴の準備が出来ましたらお声掛け致しますので、このままお待ち下さい」
 
 番頭に続き、大事そうに箱を抱えた駅渡屋も席を立つ。
 部屋には、椋たちだけが残された。

『……上手くいったわね、ダーリン♪』

 外に聞こえぬよう囁くように話す来香。

『ええ。しかし、これ程の効果があるとはね――よくやりました、来香』
『やった!褒めてくれる?ご褒美にチューしてくれる?』
『褒めてはあげます。チューはダメです』
『えーー、いけずーー!』
『まだ第一段階が成功したと言うだけですからね。駅渡屋の商売を完全に乗っ取るという目的を達するまでは、お預けです』
『お預け!?じゃ、乗っ取ったらチューしてくれるのね?あたし、頑張っちゃう!』
(あー……まー……考えておきます)

 来香に聞こえないよう、そっと呟く椋。 

(まず、駅渡屋に取り入るのには成功しました。後はどうやって密輸相手に渡りをつけさせるかですが……)

「お客様。お席のお支度が整いました。どうぞ、こちらへ――」

 女中の声が、椋の思索を打ち破る。
 椋は、尚もあれこれと考えを巡らせながら、女中の後を追った。
 


「随分遅かったですね。何か、不都合でも?」
「万が一にも跡をつけられては困りますからね。少々、細工に時間がかかりました。遅参の儀は、平にご容赦を」
「どうぞお気になさらず。面倒が起こっていなければ、それで良いのです」

 遅刻を詫びる高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)に、松村 傾月(まつむら・けいげつ)はにこやかに笑みを返す。
 玄秀がこの傾月という得体の知れない男と会うのは、これが二回目だ。
 初めて会った時に内通の誘いを受け、今日が初仕事と言う訳だ。

「その点は、ご安心を。今頃、囮が上手くやっているはずです」


「私、何をやっているんだろう。あんな人のために、こんなコトまでするなんて……」

 ティアン・メイ(てぃあん・めい)は、自分に寄り添って歩く《リモコン付きスペアボディ》を見て、ため息を吐いた。
 ボディは、玄秀そっくりに出来ている。

 ティアの仕事は、陽動である。
 玄秀が尾行を受けた時のための囮という訳だ。
 現に今、誰かの《下忍》がティアを見張っている。
 
「シュウなんか、何よ!悪魔ばかり側に置いて!私はいつも蚊帳の外じゃない……」

 そうは思っていても、玄秀に頼まれると、どうしても断ることが出来ない。
 それが、ティアという女性だった。


「囮ですか、それは安心ですね……では早速、取引と参りましょう」

 得心した、というように頷く傾月。

「貴方の目的は、調査団の内情でしたね。少々お待ちを――」

 玄秀の左手の甲に刻まれた、契約の印が眩い光を放つ。
 彼の《召喚》に応え、式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が姿を現した。
 その姿に、傾月の目が怪しく細められる。

「お呼びでございますか、玄秀様」
「調査団の内情調査を、お前に命じてあったな」
「はい。既に成し終えてございます」
「ではお前の知っていることを、こちらの方にお話してせよ」
「――御意。では人間よ。知りたいことを申せ」
「ではまず、東野公の容態を――」
「東野公は、既に死んでいる」
「死んでいる?意識不明の重体ではないのですね?」
「それは、表向きの話だ。東野公は、『初春宴』の夜に突然倒れ、死んだ」
「そうですか、死んでいたとはね……。では次に――」

 様々な事を広目天に訊ねる傾月。
 その内容は主に、東野公の死に係ることに集中していた。


「――わかりました。取り敢えず、聞きたいことは以上です。色々と、参考になりました。今後も新しい情報が手に入りましたら、お願いします」
「――と言う訳だ、広目天。引き続き、調査を頼む」
「御意」
「玄秀殿。貴方へに差し上げる報酬ですが――貴方の望みは『我が主への謁見の許可と、貴方の四州での行動に対する援助』そうでしたね」
「そうです」
「まずは我々からの援助ですが、これについては出来る限り便宜を図ります。ただし、具体的な内容は個々の事案に基づいて判断します。我々にも、出来る事と出来ないことがありますので」
「ケース・バイ・ケースという事ですね」
「あなた方の言葉で言うなら、そうなりますか」
「謁見の方は?」
「その前に、もう一つ貴方にやって頂きたいことがあります」
「勿体振りますね」
「それだけの方なのですよ、あの方は――お嫌ですか?」
「内容によります」
「その点ならご安心を。陰陽師である貴方には、造作も無い事です――ある人物の【呪詛】をお頼みしたい」
「呪詛……。確かに、僕の得意分野です。それで誰を?」
「調査団の裏の目的を取り仕切る者――御上 真之介(みかみ・しんのすけ)です」

 傾月は、あたかも死刑を宣告する裁判官のように厳かに、御上の名を告げた。