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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●校長室の出来事(1)

 蒼空学園校長室。
 かつての主よりも、現校長のほうがこの部屋には似合うようになってきた――校長の椅子に背を沈める山葉 涼司(やまは・りょうじ)を見て、そんな印象を山葉 加夜(やまは・かや)は抱いた。ほんの少し前までは、まだどこか、借り物の席についているように見えたものだが。
「では、行ってきますね」
「ああ……だが無理はしないでくれ」
 加夜の淹れてくれたコーヒーカップをかたわらに置き、涼司はいくらか不安げな顔をしている。
「わかっています。何かあったらすぐ報告しますから」
 彼の胸を痛めるのは心苦しい。でも、心配してもらえるのは嬉しい。そんな複雑な心は秘め、加夜は背を向ける。
 彼女は懸案の辻斬り事件ではなく、女生徒の失踪事件を調査したいと夫に申し出ていた。失踪事件そのものはまだ公にされていないとはいえ、契約者ならば、ましてや蒼空学園に籍を置くものならば、自然その噂は耳に入っているだろう。そもそも両者は別件なのだろうか。失踪事件の影には、必ず辻斬りの出没があったことが判っている。連動している可能性とて捨てきれないのだ。
 私設秘書のローラ(クランジ ロー(くらんじ・ろー))は不在だった。加夜は涼司に顔を寄せ、別れ際のキスをせがもうかと逡巡したのだが、まるでそれを予期していたかのようにノックの音が響いた。
「あら」
「やあ」
 ドアを開けるとロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)、それに、彼のパートナーであるレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が立っていた。
「お邪魔だったりして?」
「そんなことは……」
 あるかもしれないし、ないかもしれない、という微妙な言い回しは止すことにして、
「いいえ、今出て行くところでしたから」
 微笑して加夜は部屋を出た。
「それではお先にどうぞ。山葉夫人」
 レヴィシュタールが紳士的に一礼して場所を空ける。
「山葉夫人……」
 その言葉になんだかくすぐったいものを感じ、加夜はほんのりと頬を染めるのだった。
 こうしてロアとレヴィシュタールは加夜と入れ替わる格好で部屋に入ったわけだ。
 入るなりロアは四方を見回してつまらなさそうな顔をした。
「あれ? ローラいないの?」
「……辻斬りの調査に協力したいと言うもんでな。生徒会副会長の小鳥遊たちと一緒に行った。副会長がついていればローラも大丈夫だろう」
「ああそう? 奥さんも行っちゃったし、女っ気なくてなんだか殺風景だなあ」
「校長室だから殺風景でいいんだよ」
 バサバサと書類の束を手にしながら、面倒臭そうに涼司は言う。
「単位のことならもうこれ以上ビタイチ譲らんからな。大人しく補習を受けるように」
「あ、今の言い方ヒドいなあ。俺がいつも補習軽減のことばかり言いに来てるみたいじゃないか」
「違うのか?」
 涼司は書類から顔も上げない。
「……まあ、そうなんだけど」
「見透かされているな」
 ふっ、とレヴィシュタールが冷笑するもそれは見えないことにして、ロアは執務机に両手をついて声を上げた。
「なあ校長先生さんよう、俺いつも補習あるのような気がするがどうしてよ!」
「大抵の講義をサボっているからだろう」
「やってられるかー! もう補習面倒くさい。秋だぞ秋! 俺 まだ獲物食ってない!」
「獲物?」
「……あ、いや、まあなんていうか、これ以上学校に時間取られてると飢えちまうって話なんだよ!」
「自業自得だろう」
 足下に否定する涼司に、すかさずレヴィシュタールが言い添えた。
「……まったく、ロアの不始末は私の監督不行届でもある。平に詫びよう」
 ちなみにレヴィシュタールのほうは立派な優等生である。
 校長、ものは相談だが……と彼は切り出した。
「恥を承知で提案したい。今回の辻斬り事件調査を、彼の長期的な補習の代わりにしてもらえまいか」
「そうそう! 何回も補習を受けないと終わらないやつあったろ? 解決に協力するからさ、補習、減らしてくれないか!? むしろ全部ざーっとなくしてくれると嬉しい!」
「同じ内容でもお前が言うと下世話に聞こえるな……少し黙っていろ」
「ちょ……おい、俺の単位の話だろー」
 唇を尖らせながらも、ロアは涼司に視線を戻した。
 彼は顔を上げていた。
「考えないでもない。だが、結果次第だぞ」
「さすが山葉! 話がわかるう!」
 こうして約束を取り付け、スキップするようにロアは部屋を後にする。
「よし! これで狩りができるぞ! 冬前に存分に狩らねえとな!」
「取らぬ狸の皮算用か馬鹿者。結果次第だと校長に言われたばかりだろう。いまは調査に集中しろ」
「情報収集はレヴィ任せた!」
「いきなり人頼みか……」
 などとさかんに言葉を交わす二人が消えてしまうと、急に校長室は静かになってしまった。
「……」
 涼司は思い出したかのように、机の上のコーヒーカップを手にした。
 一口含んで、ぶっ、と間欠泉よろしく盛大に噴く。
 いつの間にかコーヒーが、黒酢にすり替えられていたのである。
「あんのヤロウ……!」
 そう言えばロアは、まだ暑かろうにジャンパーを羽織っていた。大方あそこに仕込んでいたのだろう。