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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 天候はまるで回復の兆しを見せず、気温はどんどん下がっていく。
 強くなっていく雨を浴びながら、ヴィータ達一行は廃墟を目指していた。

「ねぇねぇ、シオンちゃん」
「んー。どうしたの、ヴィータ?」

 ヴィータは隣を歩くシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に声をかけた。

「さっきさぁ、あなた達がわたしに協力してくれるって言ったじゃない?」
「うん? そうだけど……それがどうしたの?」
「いやね……」

 ヴィータは振り返り、背後の月詠 司(つくよみ・つかさ)に目をやった。

「一緒に協力してくれるあの魔法少女……ちゃん、さっきから一言も喋らないけど大丈夫なのかなぁって思ってね」

 ヴィータが司のことを魔法少女、と言ったのには理由がある。
 第一の理由は、名前を明かしていないこと。
 第二の理由は、司が《アンノウンスカルフェイス》を被った十三歳の魔法少女に変装していたから。
 いや、正確に言えば『変装』ではない。
 《シュナイダージム》と、今はコサージュみたいになっているミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)の<ちぎのたくらみ>によって、十三歳の魔法少女に『変身』していたのだ。
 なぜ、そんな変身をしているのかというと、司の「ブラックリストには載りたくありません!」という希望から。だから、顔がばれないよう喋ることも自粛しているのだった。

「ふふふ、大丈夫。そういう子だから、心配しないで♪」
「ふーん。なら、いいんだけどね」

 今度は、シオンがヴィータにたずねた。

「ねぇねぇ、今度はワタシが質問してもいいかな?」
「んっ、なんでも聞いていいわよー」
「じゃあさ、人喰いハイ・シェンの伝承について聞きたいんだけどね」
「別にいいけど……どうしてわたしに?」
「だってさぁ」

 シオンはにんまりと笑みを浮かべて、口にする。

「ヴィータってハイ・シェンと同じ格好してるじゃない? 伝承に詳しいのかなぁーって思って」

 その言葉を聞いたヴィータは少しも動揺を見せず、「きゃは♪」と笑った。

「まぁ、そこら辺の人よりは詳しい自信はあるわよ」
「ビンゴ♪ 聞きたいのはね、ローブを纏う人間とハイ・シェンの会話の部分のことなんだけど――」

 シオンの言う会話の部分とは、
 『どうして泣き続けている?』人間は少女に問いかけた。
 少女は答える。『わたしの夫が殺されてしまったからです。わたしたちは悪王に虐げられ死を待つのみだからです』と。
 人間は言った。『ならばあなたが悪王を殺せばいい。その復讐心を、その憎悪を。私は使う術を知っている』そして人間は少女に知識を与えた。

 の、ことだ。

「あれってさぁ、変じゃない? 『人間』なんてまるでハイ・シェンが最初から人間じゃないみたい」
「……ああ、そういうことね」

 ヴィータは答える。

「それはただの比喩だと思うわよ。だって、ハイ・シェンはれっきとしたシャンバラ人だったから」
「比喩?」
「ええ。人間ってのは、種族は分からないけど人間の形をしていた、っていうことでしょ」
「ふーん、そうなんだ。でも、こんなグロイ話、普通は子供には教えないわよねー?」
「それは、この街の教育委員会にでも問い合わせなさいな」

 ヴィータはそう言うと、足を止めた。
 それは、礼拝堂のような廃墟がうっすらと確認できたからだ。

「さて、無駄話はこれでお終いにしましょうか」

 ヴィータはそう言って、速度を早めて歩いていく。
 彼女と離れたシオンに、魔法少女である司が近づき、<テレパシー>で声をかけた。

(「やっぱり、シオンくんの予想は外れていたんじゃないですか?」)
(「んー、なんでよ?」)
(「だって……」)

 司はそう言うと、ヴィータと出会い協力を取り次ぐまでの出来事を思い出す。
 彼らは生前、ハイ・シェンが世話をしていた花壇に行き、<人の心、草の心>で話しを聞いていた。
 その内容は、シオンの<ソートグラフィー>で撮ったヴィータの写真を見せ、見覚えと銅像と伝承の内容の違いについての聞き込みをしていたのだ。
 勿論、花壇の花は三百年も生きていない。なので、分かったことは少なく、一つだけだった。
 それは服装のこと。ヴィータが着ているのは、ハイ・シェンのものと同一だということだ。

(「ハイ・シェンと同じ格好だからとか、解釈が意味不明すぎますよ」)

 司の言葉に、シオンはくくくと忍び笑いをした。

(「ねぇ、ツカサ。もしかしたら、それ、本気で言っちゃってる?」)
(「? ええ、まぁ、そうですけど」)
(「あらら、びっくりするほど鈍感ね♪ 使えないなぁ」)
(「うっ」)
(「ワタシはね、確信を持てたわよ? あの子は間違いないって」)
(「……どうして、そう断言できるんですか?」)

 司の問いに、シオンは顎に指を添えて「うーん」と呟いた。

(「まぁ、あれね。言うなら、ホンモノの匂いかしら?」)
(「……ホンモノ?」)
(「ええ。とってもとっても愉しませてくれそうな匂いよ♪
 そこら辺に溢れてる普通の人とは違う……なんていうのかな、魂から香り立つ特別性っての?」)
(「知りませんよ、こちらが聞いているんですから……でも、まぁ」)

 司は前を行くヴィータの後ろ姿を見て、思う。

(「これは、シオンくん妄想乙の一言では済みそうにありませんね。
 ヴィータくん本人を前にすると、確かにただの偶然、と一概に否定はできなくなります」)

 司はそう思うと、焦ったような表情を浮かべた。
 その肩をポンと叩かれる。振り返れば、シオンがビキィとこめかみに青筋を走らせていた。

(「あらあら、ツカサ? 全部、<テレパシー>で洩れちゃってるわよ?」)
(「ひっ、ちが、ちがうんです。妄想乙っていうのは言葉の……」)
(「言い訳はいいわ。まぁ、許してあげるから。その代わり――」)

 シオンがにこりと笑みを浮かべる。

(「廃墟の大広間で死ぬ気で戦ってきてよね?」)
(「そ、そんなぁぁ……」)

 司は肩をがっくりと落とし、シオンは加虐をたっぷりと込めた笑みを浮かべた。

 ――――――――――

 廃墟が確認できたヴィータ達は体制を整えるために、一旦集合をした。

「さぁーってと、徹雄の提案してきた作戦を話すぜ?」
「ええ、お願い」

 今は別行動中の松岡 徹雄(まつおか・てつお)に代わり、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が面倒くさそうに作戦の説明を始めた。

「まず陽動と奪還の役割分担。今回は鍵の奪還が目的であって戦闘が目的じゃない、らしい」
「んー、まぁそうね」
「で、だ。ヴィータは武器の性質上陽動。ルクスは奪還。
 こっちからは徹雄が奪還に参加して、他は陽動、という事だ。以上」

 その作戦の説明を聞いたヴィータは嬉しそうに笑った。

「あら、わたしの武器のことを考慮してくれてるんだ。優しいのね、竜造」
「この作戦の立案者は俺じゃねぇ。礼なら徹雄に言え」

 無愛想にそう返す竜造に、ヴィータは「つれないなぁ」と頬を膨らませた。
 ルクスは嬉しそうな声で大いに賛成する。

「やったぁっ、お姫様を迎えに行く騎士様って役割だね!」
「……迎えに行くのはお姫様じゃなくて、ペンダントだ。てめぇは話を聞いてたか?」
「ああ、ああ、ああああ―――っ! 嬉しい、嬉しいよ! 竜造くん!!」
「うわっ、抱きついてくんじゃねぇよ気持ち悪ぃ! ぶっ殺すぞ!!」

「……馬鹿らしい」

 コルニクスは竜造達を一瞥し、冷たい声で言い放つ。

「俺は勝手にさせてもらう。貴様ら傭兵の指図など受けん」
「そうかよ。じゃあ勝手にやれや」
「ああ、そうさせてもらう」

 コルニクスはそう言うと、その場から離れていく。
 ヴィータはその背中を見ながら、明らかな嫌悪を隠す様子もなく言った。

「協調性のない男って嫌よねー。しかも、プライドの塊、みたいな?」
「……てめぇはどうなんだよ?」
「わたし? わたしは協調性の塊よ? だから、あなたの策にものらせてもらうわ」

 ヴィータはにんまりと笑い、竜造に問いかけた。

「でさぁ。徹雄ってあの武器を取りに行ってくれてるんでしょ?」
「ああ。あいつの《影武者》がそれを回収できたらしくて、今受け取りにいってる。もうすぐここに戻ってくるんじゃねぇか?」
「……そっか。また、あの武器を使えるんだ。嬉しいなぁ」

 ヴィータは感慨深くそう言うと、竜造に笑いかけた。

「ありがとね、竜造」
「だから、礼は俺じゃなくて徹雄に言いやがれ」
「あら。こんなに可愛い女の子がお礼を言ってるんだから、素直に受け取りなさいよ」
「きめぇ、死ね」

 竜造はそう吐き捨てると、踵を返しその場から離れようとする。

「ん、どこに行くの?」
「あ゛? ああ、俺はこんな策は正直つまらねえってのが本音なんでな。
 前回は様子見で不完全燃焼だったからなぁ。今回こそ暴れさせてもらうために俺なりの『策』を使わせてもらう」
「えー? やれやれねぇ。これだから竜造は」
「うぜぇ、死ね」
「うわっ、死ねって二回も言った。サ・イ・ア・ク」

 いつも通りの悪態をつき合い、二人は分かれようとした。
 が、竜造はなにかを思いだしたのか、顔だけで振り返り、彼女に問いかける。

「そういやよ。一応あっちにも腕の立つお人好し共がいるだろうが、ヴィータは誰がオススメだ?
 なんだったら、明らかに人外とか化物みてぇな奴でもいいぞ。そんな奴いないだろうけどな」
「オススメねぇ……まぁ、オススメかどうかは分からないけど、あなたに因縁深い相手ならいるって聞いたわよ」
「因縁深い相手……誰だそりゃ?」
「ま、蓋を開けてからのお楽しみってことで」

 ヴィータはふふん、と鼻で笑う。
 竜造は舌打ちして、自分の策を実行するために離れていった。
 そんな二人を見ていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は小さく一人ごちた。

「さて、仕事しないとね……」

 吹雪はヴィータに近づき、声をかける。

「では、自分も狙撃するために配置につくであります」
「あら、そうなんだ。でも、これだけ雨が降っているけど大丈夫なの?」

 ヴィータの問いかけに、吹雪は迷いなく答えた。

「これしきの雨は自分の狙撃にはなにの影響もありません」
「ふぅん、頼りになるわねぇ。なら、しっかりと頑張ってね」

 吹雪はピシッと敬礼をして、<カモフラージュ>で姿を隠し、足早にその場から離れていった。
 彼女のパートナーのコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も同じように<カモフラージュ>で姿を隠し、追随する形で後を追っていく。
 ヴィータは二人の背中を見送りつつ、「さあて」と呟いた。

「そろそろ、わたしも準備をしなくちゃ」

 そう言って大きく伸びをしたヴィータに、戻ってきた徹雄が駆け寄った。
 彼の片手に握られているのは、歴史を感じられる古びた鞘に収まった狩猟刀だ。

「ヴィータ。遅くなってすまない」
「あら、徹雄。別に遅くはないわよ。むしろベストタイミング」

 ヴィータは徹雄の持つ狩猟刀を見て、はち切れんばかりの満面の笑みを浮かべた。

「やったぁ。本当に取り戻してきてくれたんだ」
「ああ、これで合ってるかい?」
「うん。それよ、それ。それが『人喰い勇者ハイ・シェンが生前使っていた武器』よ」

 ヴィータは「ちょうだい♪」と両手を伸ばす。
 徹雄は手に持つ狩猟刀を彼女に渡すために伸ばして、

「……ヴィータ」

 途中で止めた。
 ヴィータは不思議そうに首を傾げる。

「ん、どうしたの?」
「この武器、君が使ってた武器によく似ているけど、もしかして君は……」

 ヴィータはただ笑うだけで、徹雄のその言葉に答えない。
 彼は小さく首を横に振る。

「やっぱり無粋な詮索はなしだ」
「きゃは♪ あなたってやっぱり粋な人ね。惚れちゃいそうになるわ」
「仕事人の鉄則で、美人への礼儀だからね」

 徹雄の手から、その狩猟刀がヴィータに手渡された。

「きゃは、きゃはははははははは……♪」

 彼女は、手に持った狩猟刀をゆっくりと鞘から引き抜いた。三十センチほどの精錬された刃が姿を現す。
 そこまではそこらで売っている普通の物と変わり映えはしないが、ただ一つ明らかに違うものがあった。
 それは、刃の表面から柄の先までびっしりと覆うように彫り込まれた細かな文様。
 全体として巨大な構造を為すように刻まれたその文様は、飾りと呼ぶには大げさで、芸術と呼ぶにはあまりにも無機的。
 その刃を見た徹雄は、ある物を連想した。

「やっぱり、これじゃなきゃダメよねぇ」

 すなわち、精巧な魔術式を。
 ヴィータはその狩猟刀――《暴食之剣》を振りかざし、高らかに言い放つ。

「さあて、こちらも交戦開始といきましょうか」