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リアクション
三章 残火有情
自由都市プレッシオのある孤島の縁。
心地よい太陽の光を浴びて、イグニートは大きく欠伸をした。
「イグニートさんは今日も動かない。何を考えてるのかなぁ?」
肥大化し過ぎたその巨大な竜の足元、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)はイグニートを見上げていた。
「日向ぼっこが気持ちいいとか、そう言う風に感じる事はあるのかな?」
東雲の独り言に、巨竜は反応しない。
それどころかこの竜は、昨日からずっと近くにいる彼と視線を合わせようともしなかった。
気づいていないのか、意に介していないだけなのか。攻撃の意思すら一つも見せず、されるがままの巨竜は三ヶ月の瞳を眠たそうに細める。
「……ねぇ、イグニートさん」
東雲は巨竜に近づき、語りかけた。
勿論、返事は返ってこない。そんなこと承知の上だ。
ただ、今は少しの間だけ、この竜に自分の話を聞いてほしい。何故そう思ったのかは分からないが、聞いて欲しかった。
「いま、プレッシオで大変な事が起きてるんだ。
なのに俺はプレッシオから離れて、こんな所に居る。本当はプレッシオで戦った方が良い筈なのに……」
東雲は、身を丸めるイグニートのでっぷりとしたお腹に抱きつく。
優しく包んでくれる極上のソファーのような感触は、思わず東雲を饒舌にさせる。
「皆はどう思うだろう。戦いから逃げた卑怯者って思うかな? ……いや、それは自意識過剰だね。
皆、自分にできる事を精いっぱいやろうとしていて、自分から蚊帳の外に出た人間の事まで考える暇は無い。今回は人質まで取られているし」
東雲はそこまで言うと、巨竜のお肉に顔をうずめた。
「あー……昔はこんな風に卑屈になったり、ぐちゃぐちゃ考えたりしなかったのになぁ」
悔恨。迷い。羨望。その小さな声には、一体どれほどの感情が交ざっているのか。
東雲は「あっ」と洩らし、何かに気づいたのか、顔をあげてイグニートを見上げた。
「……そうか。考えると疲れるから、考えないようにしてたんだ」
昔を思い出して、東雲は悲しげに目を伏せた。
「俺ね、昔から入退院繰り返していて、先生や両親や、みんなに良くしてもらってた。
だけど、そうしてもらう度、暗に、長くない、近くに死ぬって言われてるようで、ちょっとだけ辛かった。
でも、そう感じる自分も嫌で。ぐるぐる考えて体調が悪化して――って、悪循環。
もうすぐ死ぬのに、考えたり、疲れたりって、生きてる感じがするから違和感もあって――」
東雲はにこりと笑みを浮かべる。
その笑顔はどこか儚げで、触れれば壊れてしまいそうなほどか弱いものだった。
「だから全部やめちゃった。そうしたら、とても楽になった」
そこまで吐き出して、東雲は自分が何故そこまでこの竜に話しているのかに気づく。
僕はイグニートさんに自分のことを重ねているんだ、と。
(短命の僕と長命のイグニートさん。正反対の僕たちだから、感じるところがあったのかもしれない)
東雲はそう見当がつくと、くすりと微笑を浮かべた。
「……今は逆だね。自分から考えたり疲れるような事してる。
どうしてかなぁ。昔は嫌だったけど、今はちょっと違うんだ」
見たい方向を見ることが出来る。
周囲の世界を聞くことが出来る。
誰かにそれを語ることだって出来る。
望むものを掴むことだって。
でも、それよりも。多分、この変化のきっかけは――。
「色んな人に出会えたからかな?」
東雲は、イグニートが自分の問いに答えてくれないと分かっていた。
ただ、話しきったことで心が軽くなった気がする。今はそれだけで十分だ。
「……よし、イグニートさんにいっぱい懐けたし、そろそろ行かなくちゃ」
東雲はそう言うと、巨竜のお腹から身を離した。
「ちょっと背中を調べさせてね? 三郎さんが、気になる事があるみたいなんだ」
東雲は踵を返し、上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)のもとまで歩いていく。
その時、今までぴくりとも動かなかったイグニートが首をあげ、
「――――!!!!」
「うひゃぁ!?」
大地を揺るがすほどの巨竜の咆哮。それは、声や音という次元を遥かに超えていた。
巨大な竜が放った咆哮に、東雲は一瞬意識が飛びかけ、思わず尻餅をつく。
「び、びっくりしたなぁ……」
東雲は耳鳴りの残る鼓膜に手を当て、振り返る。
相変わらず、イグニートは彼と視線を合わそうとはしなかったが、その口元は微かにやわらいでいた。
「……もしかして、」
巨竜の咆哮は、考えていたことなんて、跡形も無く吹き飛ばしてくれた。
東雲は、自分がイグニートに慰められたことに気づき――嬉しくなった。
――――――――――
「念のため、ここで待っていろ」
《ジェットドラゴン》に乗り、イグニートの背中に近づいた三郎景虎は、東雲にそう言ってから集落に降り立った。
まず、充満する臭気が鼻についた。肉の腐臭に、血がブレンドされたもの。地獄は、こういう香りがするのかもしれない。
「……嫌な予想は当たってしまったか」
三郎景虎は独りごち、足早に集落の内部に入っていく。
太陽のお陰で中は明るかった。だから、よく見える。集落にある無数の死体がよく見える。
「っ……! これは、酷いな。よもや、げへなふれいむとやらの里がこのような惨状になっているとは」
三郎景虎はその惨状を調べるために、丁寧に見回す。
老若男女、無差別の殺人。生き残っている者は一人もおらず、死体は無作為に散らばっていた。
死体は比較的新しい。死んで間もないのだろう。だとすれば、犯人は一人。
「るくす、と言ったか……恐らく奴がやったのだろうな」
昨日、自分達をここまで案内してくれた少年――ルクス・ラルウァだ。
「何故気付けなかったのか。戦場から離れ、血の匂いや殺気にも気づけなくなったのか?」
三郎景虎は考える。最後に会話を交わしたあの時、ルクスからは何も感じられた。
喜怒哀楽のどれにも当てはまらず、口から出た言葉は案内してくれたときと同じ陽気さに満ちていた。
「それとも……それが殺人『狂』なのか」
殺人に感情を昂ぶらせる殺人鬼とは違う。
感慨も、理由も、なにもなくても人を殺せるその在り方は、確かに狂っている。
「……とにかく、今は調査を進めよう。何かが分かるかもしれない」
三郎景虎はそう口にすると、集落をくまなく調べていく。
が、数十分、調査を進めたが他に気づいたことは何もなかった。
「他の手がかりは何もなし。潮時、か……。そろそろ、知らせに向かわねばなるまい」
三郎景虎は踵を返し、この集落での出来事を特別警備部隊の者達に伝えるために去ろうとした。
その途中、僅かに足を止め、死体の溢れる集落を振り返り、申し訳なさそうに呟いた。
「今はなにも出来ないが……事が終われば埋葬ぐらいはしてやる。すまないが、もう少しだけ待っていてくれ」
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