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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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リアクション


●刃の向かう先

 パティの疲労は頂点に達しようとしていた。
「こんな……はず」
 殺人兵器として生まれた自分のはずだ、これしきのこと――と気力ばかり高めるも、昨夜からの追跡とたてつづけの連戦、加えて魔剣を持つローラの異常なまでの強さ、そのすべてに対応するのは無理だったか。
 息が上がり、目が霞む。
 肺は真っ赤に熱いのに膝は震えていた。
 視界に霧がかかったようになる。パティは己を見失った。
 近くにいたはずの味方はどこへ行ったのか。
 骸骨兵はいつの間にこれほど増えたのか。
 ローラはどこか。
 どこなのか。
「……っ!」
 何かに押され、パティは尻餅をついていた。立ち上がろうとするが腕に力が入らない。
 見上げた太陽を隠すように、剣を鉞の如く振り上げる姿があった。
 蒼空学園の制服――。
「ロー……?」
 まさしくその彼女に、両断されようとしていることをパティは知った。
 だがそれは実現しなかった。
 紙一重で、パティは横抱きにされて危機を脱していたのだ。
「待たせたな!」
 その声がはっきりと聞こえた。
「ユーリ!」
 ユーリというのは彼の本名、一般的に彼は、七刀 切(しちとう・きり)と名乗っている。
「もっと頼ってほしいって思うのは贅沢かね」
 切は骸骨の頭部を踏みつけ跳躍し、さらに別の骸骨の頭上に着地した。
 膝のバネがしなるのがわかる。さらに彼は、飛んだ。
「……なんであんたなんかに頼らないといけないのよ」
 もう憎まれ口を叩くのがプログラムされているかのように、反射的にパティは答えたのだが、
「それは俺が、パティのことを好きだからだ」
 戸惑いも照れもなく切は平然と告げた。
「そうね……」
 それきり黙ってパティは両腕を、彼の首に巻き付けた。
 黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は切に併走しながら、ふぅむ、と片側の目をすがめた。
 ――切め、言うようになったではないか。
 ローラとパティのことを聞いて音穏は反射的に、切が取り乱すだろうと危惧した。血相を変えて後先考えず飛び出していくのではないかと。
 ところがそれは思い過ごしだった。最初に報が伝わったとき、
「落ち着け」
 と声をかけた音穏に対し、切は「そうだな」とすぐに平静を取り戻したのである。
 無策で飛び出してもどうにもならない、切はそう言ってイトリティ・オメガクロンズ(いとりてぃ・おめがくろんず)を呼んだ。バロウズのコピー体であるイトリティなら、ローやパティに共鳴することができる。イトリティを先頭に捜索することを彼は選んだ。
「グルル、グルゥア!」
 今、そのイトリティは、唸り声を上げ音穏と共に切とパティを守り疾駆している。あいかわらずの狼型、あいかわらず、会話は得意ではない。というかできない。
「グルル……(ったくよう)」
 言葉にならぬ声をイトリティは上げていた。以後、『()』内はその原語訳とする。
「グォアグルルア(まさかバロウズ・セインゲールマンのやつに助けられるとはなァ)」
 ちと悔しいが貸し一つだ、と狼型機晶姫は唸った。鋼鉄のその頭部が表情らしい表情を作ることはないのだが、光の加減か、どことなく笑っているように見えた。
 イトリティがバロウズと出会えたのは偶然ではなく必然だった。味方の不利をたちどころに見抜き、バロウズはイトリティを探したのである。バロウズとしても、イトリティを見るのは黒塗りの鏡を見ているようなもので落ち着かないのだが、それでもためらうことなく彼らを先導したのだった。
 かくして切は愛する人の危機に、こうして駆けつけることができたというわけだ。

 突然目の前に現れた姿に榊 朝斗(さかき・あさと)は始め警戒し、
「バロウズさん!」
 彼と認識して、表情を明るくした。
 華奢な体、女性と見紛うようなきめの細かい肌と長い睫毛、どこか陰のある顔つき……久しく姿を見なかったが、見間違うはずがない。
「……朝斗さん。僕は、もう見たくないのです。『姉妹(シスター)』が傷つくのを。ましてや喪うことなんて……」
 バロウズの口は重い。だがその言わんとしていることは朝斗にも伝わった。
「ここで僕が『わかります』とか『同感です』なんて簡単に言えるものではないと思います。けれど僕にとっても、ローラさん、パティさんは大切な友達です。この状況を見過ごすことはできません」
 朝斗も二人を追っているのだ。バロウズが、切たちの次に接触したのは彼だった。
 言葉を交わす時間すら惜しい、そういう状況であるのはわかっている。
 バロウズは駆けながら言う。
「……ローラさんと、皆さんが戦闘になっています」
 骨身を削られているかのような口調だった。
 それに並びながらルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が問うた。
「だったら七刀切さんも……!?」
「はい。先ほど加わりました」
 そのときバロウズは、目が醒めたような表情になった。
「ところであなたは……僕の知っている人ではないのですか……!?」
「それってやっぱり、私のこと……よね?」
 バロウズが問いを投げかけたのが、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)であるのは明白だ。
 アイビスはくすぐったいような表情になる。
 アイビスは最近、ある事件を経て性格が大きく転換した。口調、顔つきともに、蕾が花開いたように明るいもへと変容を遂げたのだ。しかしアイビスはこれを変化ではなく『回帰』であるとみなしている。かつてそうであった自分への回帰だ。
「バロウズさん、これっていいことだと思う……? どんどん元に戻っていくのって……」
 バロウズは少しだけ考えたが、すぐに、
「ええ、いいと思います」
 と頷いた。
 戦場に到達するや、
「僕は表に出ないでおきます。まさかの事態になったら……」
 と俯いたバロウズに、朝斗は頷いた。
「わかりました。『任せて下さい』とまでは言いませんが、バロウズさんの分まで背負っていきます」
 ――もう二度と……澪さんや美空さんの様な思いは繰り返したくない!
 バロウズが離脱すると同時に、朝斗を頂点に右にルシェン、左にアイビス、三人は三角形の編隊を組んで飛び込んだ。
「今度ばかりは私も黙ってられないの」
 ルシェンはその武器、退魔槍エクソシアを野球のバットのように構えた。バット同様、振り抜く。
 スクラップ工場が倒壊するような音。いや、それよりずっと煩いくらいの音。
 光る遺骨が次々砕けたのだ。ルシェンの槍に打たれて。骨の破片が硝子細工のように待った。
 アイビスの心に忍び寄るものがあった。
「魔剣に乗っ取られたローラさんを追いかける。まるであの時の私みたい……アノトキ……?」
 彼女の脳裏に、過去のフラッシュバックが訪れる。
 明滅するイメージ。かつては人間、今は機晶姫。メスが肌に食い込む瞬間。
 だがアイビスの心は迷走しない。もう捕らわれない。今は現実……ローラを救うことが最優先だから。
「切さん!」
 フラッシュバックを振り払うと七刀切とイトリティ、音穏の姿を認めてアイビスは、大声で呼ばわりながら銃の引き金を引いた。
 ルシェン、アイビスと呼吸をあわせ、『鋼の蛇』と名づけたワイヤークローを朝斗はしならせる。名は体を表す。サイコキネシスで誘導されたワイヤーは蛇同然に襲いかかり、邪魔する敵を薙ぎ払う。
 ルシェンが露払い。
 アイビスが援護。
 そして朝斗が一掃。
 三位一体の怒濤の勢いだ。彼らは一気に敵を退けることに成功していた。おそらく一時的なものに過ぎまいがこれでいい。
「切さん! こっちこっち!」
「おうっ! 今行くぜ!」
 切がパティと共に合流できたからだ。いわゆる『お姫様抱っこ』の状態で、彼はパティを抱えている。
 くすっと笑ったのはなんとあのアイビスだ。かつての無表情が嘘のようである。
「あらっ? カッコイイところ見せてるじゃない、ヒーローさん」
「そうだろー?」切は白い歯を見せた。
 ところがパティは、さすがにいい加減恥ずかしくなってきたものらしい。
「何言ってるのよバカっ!」
 どかっ、と切の胸を蹴ると彼女は下りて敵勢に向き直った。
「痛たた……肋骨折れた」
「嘘つきなさい。そんなタマじゃないでしょ」
「まあ、そうだけどさ」
 切は苦笑した。しおらしく首に抱きついていたパティと今のパティ、どっちが本当なのだろう。
「パティ、無事?」
 コハクに守られるようにして美羽も合流を果たした。ベアトリーチェも来ている。
 コハクは『地』を一旦遠ざけてきたのだが、脇腹に刀傷が残っていた。けれど彼はそのことを口にも出さない。
「もう大丈夫よ、美羽」
 と応じると、毅然とした口調でパティは言った。
「ここから正念場ね。みんな、ローを助けるから……力を貸して。お願い」
 ――おやまあ?
 ルシェンは微笑した。あのパティが、わだかまりなく『力を貸して』なんて言って頭を下げたのだ。
 最初からそう言えばよかったのに、と思わないでもないが、この言葉が素直に出てくるようになったあたり、パティも成長したといえるだろうか。これが切たちと暮らしている成果なのか。
「もしかして、音穏さんの教育のおかげだったりして?」
 ルシェンに小声で言われて、
「……な、なんの話だ!」
 思わず音穏はそう返さざるを得なかった。
 小休止が許されるのはここまでだろう。改めて三人の剣士が、地下より骨の戦士を大量に償還したのだ。

 一時的に契約者側が盛り返しているが、それでも戦場は拡大し昏迷を続けている。
「やれやれ……」
 その合間を縫い、誠一は着実にローラに近づいていった。
 まだ間に合う。敵が優勢と思っている、そのタイミングこそを狙う。
 言い換えれば、そのタイミングを狙う他はない。……暗殺を果たすには。
 ――他の奴が斬れないなら、俺が斬るしかない。
 誠一には覚悟がある。洗脳されているだけの味方を迷いなく斬る覚悟が。
 義理や人情で手が出せない契約者が多いことは理解している。それが彼らの魅力であることとも。
 だが綺麗事ですまない状況があるのは事実だ。いつも手を汚さずにことが収束するとは限らない。
 脳されているとはいえ相手は、噂に名高いクランジシリーズ、怪力と大太刀の組み合わせとなると、ある意味においては、最悪の組み合わせだ。綺麗事を重んじて彼女への手出しを控えれば、いつか死者が出るだろう。
 ならば被害を、最小限で食い止めるべきだ。
 ――クランジ・ロー、いや、ローラ・ブラウヒメル、悪いが腕の一本二本は、覚悟してもらう。
 誠一は身を躍らせた。
 音もなく標的の背後を取った。
 手には長刀『散華』。
 横殴りにしたその切っ先が、冴えた音を立てた。金属と金属の衝突する音だ。
「ずっと観察していました。あなたのような人がいないかどうか」
 バロウズ・セインゲールマンが決死の覚悟で繰り出したバスタードソードが、刀身で『散華』を止めていた。しかし散華の切れ味には及ばないらしい。刀身は半ば砕けてしまっている。
「くっ!」
 これを見てローラが手近な影に飛び込んだことにより、不意打ちは失敗に終わった。
「……とんだ邪魔が入ったもんだねぇ」
 誠一は身を引いて、バロウズと距離を取った。
「もう見たくないんです。『家族』が死ぬのは」
「そうすると君も、クランジってことになるのかねぇ。噂のΩ(オメガ)かい?」
 バロウズは何も言わなかったが、それが肯定であることを誠一は理解している。
「理解してほしいんだけど彼女は危険なんだよねぇ。今の失敗で、味方に死傷者が出るなど取り返しのつかないことになったらどうする気だったんだい?」
「それでも僕は……」
 バロウズがさらに言葉を重ねようとしたので、誠一は溜息をついた。
「いや、もう終わったことはいいよ」
 誠一は刃をしまわなかった。
「とりあえず言っておくと、彼女の命まで取る気はなかったよ」
 と告げて、彼は新たな標的を求め敵の只中に向かったのである。