校長室
古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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「…………、この川は、向こうの方角に続いているな。だがこの川を利用している雰囲気は感じられない。川の側に集落はないと考えられるな」 調査の途中、グラキエスが見つけた川の流れや周囲の様子から、流れてきた川の周りの様子を想像する。川があればそこから水を引き、生活に利用する。川幅が狭いと少しの水量増加で氾濫するから、川を広げる治水工事も行われる。しかしどうも、目の前の川はそういった作業が近年行われた形跡がない。つまりこの川は、ふらっと何かの生物が喉を潤すために利用するくらいならともかく、普段から恒常的に利用はされていないことになる。 「……ふぅ」 疲労感からか、グラキエスが息をつく。エルデネストが歩み寄り、飲み物を差し出しつつ口を開く。 「グラキエス様、楽しいのは分かりますが、今からあれこれと気をやっていては調査の途中で疲れてしまいますよ。 折角パイモン閣下がいらっしゃるのです。側にいれば魔力の消費も抑えられますし、ゆっくり行きましょう」 「ありがとう。……そうだな、つい楽しくて張り切ってしまった。 ん? エルデネスト、その石は……」 「あぁ、これですか。いえ、面白いものが見れましたので」 エルデネストが石をグラキエスに渡す、石には何か粘着質のものがへばりついていた。 「その粘着質のものから、“最期の一瞬”を見ることが出来ました」 「……つまりこれは、生物の一部であったということか?」 グラキエスが指先で触れてみる、僅かに赤みを帯びたそれは粘着質の反応を返すだけで、それが生物であったとは想像しづらかった。 (数多の異なる世界を渡り、それぞれの世界の技術や道具を得た。……だが、エンドロアの体も狂った魔力も根本的に解決できない。この世界ならば、あるいは……) 二人が調査に出ている間、ウルディカはイコンをいつでも出せるように待機していた。彼を苦しみから解き放ち、健康な身体を取り戻させるにはどうしたらよいか……そんな事を考えていた矢先、恐怖を呼び起こす咆哮が聞こえてきた。 「!」 即座に『シュヴァルツ・zwei』を起動させ、二人の元へ滑り込ませる。 「ウルディカ、今の声はどこからか分かるか?」 「…………、3時の方向だ。……まずい、パイモン等の方へ向かっている」 レーダーにも反応が映し出され、複数の気配がパイモンや契約者の元へ向かっているのが確認できた。 「俺達も行こう!」 グラキエスの方針に従い、『シュヴァルツ・zwei』はブースターを展開、パイモンの元へ急行する。 『――――!!』 禍々しい獣声を張り上げ、巨大生物が顎を目一杯開き、一口に噛み切らんとする。その攻撃を軽やかに避け、唯斗はエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に目の前の巨大生物の照合を依頼する。 『……ふむ、元となっているのは『巨大クワガタ』だな。さる契約者の下で飼い慣らされていたものが、何らかの方法で力を得た上で暴走……というのが線か』 「パイモンの指摘した通り、契約者のものだったか……。無駄に敵を作るつもりはなかったが、これほどの相手が暴れ回っているのならばやむを得まい。 なるべくこちらの手は明かさずに、速やかに退ける!」 相手がデュプリケーターの特性を手に入れているなら、強力な武器や技を繰り出すほど相手に情報を与えてしまうことになる。それを危惧した唯斗は使用する武器を『対光式鬼刀・改』に留め、なるべく派手な特殊能力を使用しない戦法を選んだ。 『気をつけろ、相手は普通の巨大生物ではないぞ。動きも力も数倍に引き上げられている。こちらが想像もしない攻撃方法を取得しているやも知れん』 エクスが指摘した矢先、巨大クワガタが脚の一本を振り上げたかと思うと、振り下ろす瞬間に関節の部分で伸び、『魂剛』の首元を突かんと狙う。 「何っ!?」 かろうじて『対光式鬼刀・改』で防ぎ切るものの、衝撃は『魂剛』を十数メートル後方に吹き飛ばした。 「ちぃっ! これもデュプリケーターを束ねる少女が成し得たものなのか!?」 そうだとすれば厄介なことになる……唯斗はデュプリケーターの親玉とも言うべき少女がこの巨大クワガタを量産する可能性を見る。そうなる前に何とか接触を図り、手を打たねばならないと思いつつ、まずは目の前の相手をどうにかするべきと意識を切り替える。 『加勢するよ! 今の内に体勢を立て直して!』 唯斗の下に通信が入り、『魂剛』と巨大クワガタの間に小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の搭乗するグラディウスが飛び込み、両手に高出力のビームサーベルを展開する。 「使う武器はこれだけにするね。他の武器を使って真似されたら嫌だから!」 『分かりました、美羽。武器の出力調整はお任せください。敵は巨大クワガタとは全くの別物です、注意して!』 ベアトリーチェの忠告を刻み、美羽は巨大クワガタに接近を試みる。まるでワイヤーのように伸ばしてくる脚をビームサーベルを使って切り払うものの、装甲は固く斬り落とすに至らない。伸びてる部分をピンポイントで狙って斬りつければ落とせそうだが、二本、三本と飛んでくる脚の前にはどうしても切り払うのに手一杯になる。武器を持っている数より相手の攻撃の手の方が多いのだから仕方がない。 「今度は三刀流ってのも、アリかもしれないね!」 そんな事を口にしつつ、せめて切り払い損ねることが無いよう、美羽は立ち回りと防御の動作を徹底する。 「パイモンさん……率直に聞きます。パイモンさんはこの世界を、どう思っていますか?」 美羽とベアトリーチェが巨大クワガタと戦っている頃、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はパイモンの護衛に回っていた。美羽がベアトリーチェと共にイコンで出撃する前は彼女も一緒にパイモンに付き添い、その人となりを観察していた。彼が『最凶の魔神』、『SNL9998762#魔神 バルバトス}の“息子”であるという背景を踏まえた上で。 「…………、よく出来た、作り物の世界です。……ですが本当にこの世界に『富』というものがあるのだとしたら……我々があなた方と相見える前にこの世界に辿り着いていたとしたら……我々はここで戦った数多の種族と同じような振る舞いをしただろうと思います」 その、恐らくは嘘でないパイモンの言葉に、コハクは複雑な表情を浮かべる。自分も、そして美羽も、魔族をもっと理解したいと思っている。けれどその魔族が、かつてアガデで起こした大虐殺のような凄惨な戦いを『どうしようもない状態に追い込まれてやむなくやった』のではなく『幾つかの条件が揃えば、自発的に実行する』可能性を秘めていると知れば、美羽はどんな顔をするだろうか。 「ですが……既に我々は、あなた方と出会っています。その事が我々魔族の運命を大きく変えました。今我々はこの世界に“落とされた”のではなく、“向かっていった”。 ならば我々は、この世界の者たちと同じような振る舞いをしてはならない……たとえその行為に手を染める可能性があったとしても」 気付けばいつの間にか、二人は数名の『デュプリケーター』に狙われていた。剣や槍、杖、弓を構えた彼らは、襲い掛かる機会を伺っている。 「……僕は、こうして魔族と人間が共存できるようになったことは、喜ばしいと思っています。出来ればこれからもずっと、こうしてお互いの背中を守りあっていけたら、と思います」 「私も同様の思いです、コハクさん。美羽さんにも伝えておいてください、共に戦えて光栄だ、と」 言葉を交わし、二人が同時のタイミングで飛び出す。コハクが手近なデュプリケーターに接近、片一方の槍で持っていた武器を落とし、もう片方の槍で飛んで来た矢を弾く。 (……彼らがどこから来て、どこへ帰るのか。それを確かめられれば……!) 「ふーん……コレがデュプリケーター? 知性が全く感じられないね。まるで操り人形だ」 剣や槍、弓矢を手に、徐々に距離を詰めてくる人の姿をしたモノ、デュプリケーターを前に、魔王 ベリアル(まおう・べりある)が見下した顔を向ける。 「……尤も、陰で率いている誰かは注意深い所もあるみたいだね。僕達相手にあんなものまで持ち出してさ。 まぁいい、細かい事は綾瀬達が何か考えているみたいだから、僕はキミ達を倒していれば良いだけだ」 武器も持たずに佇むベリアルへ、デュプリケーターが声も上げず突っ込む。一瞬、ベリアルが不敵に微笑んだかと思うと彼らの前から姿を消し、次に現れた時には背後から蹴りを見舞っていた。 『――――!!』 背中から蹴られたデュプリケーターが、近くの岩山に激突し瓦礫に埋もれる。それは、子供かと見紛うほどの華奢な身体からは想像もしがたい破壊力の賜物であった。 「さぁ、僕と一緒に遊ぼうよっ!!」 四肢に龍の紋様を浮かばせたベリアルが、デュプリケーターを挑発する。 「……綾瀬さん、お聞きしますが、彼女は……」 パイモンの問いに、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)がくすり、と笑って答える。 「パイモン様のお察しの通りですわ。全く同じというわけではありませんけれども」 「そうでしたか。……魂の色は非常に近しいですが、仰る通り性格などに相違点が見られるようですね」 デュプリケーター相手に、まるで子供がじゃれ合うように戦うベリアル。その姿はかつて自分を殺そうとした魔神とは異なって映る。 (……どうかしら? あなたの目から、デュプリケーターはどのように見えるかしら?) (そうね……正確ではないけれど、まず、彼らが最優先にしている攻撃対象に、特定の人物は当てはまっていないわね。強いて言えば、デュプリケーターは“私達”を狙っているし、あの巨大クワガタは“イコン”を狙っている) (あら。フフフ……ということは、私はパイモン様と同等に強い、ということかしら?) 機嫌よく微笑む綾瀬、彼女はよく傍観者の立場を取ることがあるが、全く戦わないわけではない。それどころか戦う際は紅蓮の炎を纏う投擲槍でもって敵を燃やし尽くす、実力者であった。 (ここに居る皆が相応に強いから、というところかしら。それに彼らは、個としてというよりは種族として行動しているように見える) (それは例えば蟻のように、女王となる人物が居て、彼らは兵隊であるということ?) (もしかしたら、ここで得た情報を持ち帰る役割の者も居るかもしれないわね) ドレスの推測に、綾瀬は辺りを見回しそれらしき存在を探す。その者に『貴方を統べる者と話がしたい』と告げれば、それは“女王”へ届けられることになるだろう。 「……ちょっと、分かりませんわね。まぁいいでしょう。 ここで彼らと戦い続けることも、結果として“女王蟻”の注目を引くことに繋がるはず。こちらが強者であればあるほど、彼らは私達を見逃せなくなる。……その時が対面の時ですわね」 微笑んだ綾瀬の手に、紅く燃える投擲槍が出現する。 「さあ、受け取りなさい」 手近な目標へ、綾瀬が槍を投擲する。まるで魔物の悲鳴のような音を立て槍が飛び、デュプリケーターの頭部を貫いて全身を炎に包み込んでいった。 「パイモン、君が戦うのは一向に構わないが、あまり派手に戦うのは控えた方がいいぞ? 話を聞いた時から嫌な予感がしていたが、こうして目にして分かった。『デュプリケーター』、そのままの意味じゃないか」 向かってきたデュプリケーターの一体を、手にした二刀の内の一刀で斬り伏せた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、パイモンや他の戦闘に加わった契約者に、「あまり本気で戦うな」と忠告して回る。 「んー、つまりどういう事かな、大ちゃん?」 「よく見ろ、相手の姿を。どこか見たことがないか?」 首を傾げるプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が、大佐の発言を受けてデュプリケーターをまじまじと見つめる。 「……あぁ! どっかで見たことがあると思ったら、パラミタだ! えっ、じゃあデュプリケーターって、パラミタにいたの?」 「その辺りどういう経緯があったかは知らないが、ともかく、デュプリケーターはパラミタの種族の特性を模倣している可能性がある、ってのは分かった。そして今も、こうして対峙する契約者の特性を模倣するとしたら……後は分かるな?」 「なるほど、やっと分かったよ! 私や大ちゃんの技をマネされたら厄介だね! ……でも、一回戦ったらどれだけマネされるのかとか、どれだけ強くなるのかとか、試してみたい気はするなー」 言って、プリムローズがデュプリケーターを見る。ただ斬られたり貫かれたりしただけでは、その内再生こそすれど特に腕が急に太くなったり刃が出てきたりだという形跡はなかった。 「私はオススメしないぞ。無尽蔵に強くなられてもこっちが面倒だ。もう既に厄介なことになってるしな」 ちら、と大佐が、複数のイコンを相手に暴れ回る巨大クワガタを見る。あれもおそらくはデュプリケーター……“複製”されてしまうのかと思うと、面倒で仕方がない。 「巨大クワガタの行進……見る分には愉快かもしれないが、な」 「さてさて、二人が頑張ってる間に、私は情報収集でもしておきましょうか。 ……いっそ、ロノウェ様にも手伝わせようかしら。……でも考えたら、今ロノウェ様はパイモン様の代わりにザナドゥを指揮ってるのよね。ということはその下で働いてる私は、言ってしまえば一国の直属よね。地方公務員から国家公務員にランクアップ、って感じ? 給料上がんないかな、そしたら今より酒が買えるわー」 大佐とプリムローズが前線で戦うのを、後方でフォローしつつアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)がそんな事を想像する。まあ一時的なものかもしれないが、今のロノウェの立場を考えれば、それもあながち間違いではなかったりする。