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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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 複数の、武器を手にした者たち――デュプリケーター――が迫り来るのを、剣を構えたルカルカが冷静に観察する。視認出来る範囲に、いつでも援護に回れるようにパイモンを捉えておくのも忘れない。
「まずはどの程度か、確認させてもらうわ」
 ほぼ半周から襲い掛かるデュプリケーターへ、ルカルカが衝撃波をぶつける。抵抗できた者は皆無で、皆一様に大きく吹き飛ばされ、地面を転がるか壁に叩きつけられるかしていた。
(……個体としては強くない、かな? とりあえず手近な一体を捕らえてダリルに調査をお願いしよう)
 視認した対象の傍へ、ルカルカが跳ぶ。そのままデュプリケーターが反撃する間もなく、手にした剣で活動を停止させる。残した一部分を回収しようと手を伸ばした矢先、デュプリケーターの身体だったものが溶けるように崩れ、地面に塊となって付着する。
(……うわ、何これ。これがデュプリケーター? なんか気持ち悪いなぁ)
 とりあえず一つを、地面の土ごと採取する。横ではカルキノスが、吹雪で身動きが取れなくなったデュプリケーターの頭部を杖で吹っ飛ばしていた。
「こいつら、大して強くねぇな。だってのに逃げたり怯えたりしねぇ。まるで誰かの操り人形みてぇだ」
 違和感を覚えつつ、一行はデュプリケーターを圧倒していく。


『(あー、刀真くん? ……うーん、大丈夫とは言い難いかな。なんかね、巨大クワガタがパワーアップして襲いかかってきてる。
 イコンが数機戦ってるけど、結構苦戦してる感じ。凄いよー脚がビュンビュンって伸びてる。よく絡まないね、あれ)』
『(……言葉だけだと想像しにくいが、元は契約者の乗り物だった巨大クワガタがデュプリケーターとして襲いかかってきたってことか?
 それだと、マズイんじゃないのか。既に契約者の方で犠牲が出てるってことになるぞ)』

 岩陰に隠れ、戦況を見守りながら桐生 円(きりゅう・まどか)は、今頃は南の方の中立区域を調査しているはずの樹月 刀真(きづき・とうま)とテレパシーで連絡を取り合う。
『(やっぱりその可能性あるよねー。あれかなー、デュプリケーターにバリバリって食べられちゃったのかな)』
『(滅多なことを口にするな。今はとにかく、デュプリケーターの襲撃をやり過ごして奴らがどこに帰るのかを調べるのが先決だな)』
『(そうだね。あんな大物繰り出してきたってことは、それなりの拠点があっていいはずだし。
 じゃ、そっちも頑張って。そろそろ切るねー)』
 通信を終え、円が周りの状況を確認する。巨大クワガタはイコン数機を相手に今だ奮闘しており、パイモンを始め契約者とデュプリケーターの戦いはほぼ一方的だった。
「そろそろ、デュプリケーターは撤退を始めてもおかしくない被害出してるよね。そのタイミングを狙って後から追いかけよっか。上手く行けば、彼らの拠点を発見できるかも」
 円の方針に従い、一行は岩陰伝いに移動し、デュプリケーターに見つからず後を追えそうな位置取りを行う。
「それにしても、不思議なことだらけよね〜。まず天秤世界からして謎だし。『富』とか『倒すべき敵』は曖昧、連れて来た種族同士を争わせて何が利益だというのかしら〜。
 鉄と龍双方が何故統一して“デュプリケーター”と呼ぶのかしらね、自己紹介でもしたのかしら?」
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の呟きに、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がうーん、と唸ってから答える。
「デュプリケーターさんの事を龍さんと鉄さんがしってるのは! 一度自己紹介してるからー!」
「まぁ無いでしょうけど」
「あっっさり否定されたー。でもでも、あいつら連携取れてるし、頭使ってるよー」
 ミネルバの指摘通り、デュプリケーターはただ闇雲に斬った撃ったを繰り返しているわけではなく、剣で斬りつけた前衛の後方から弓を射かけるなど、役割分担がきっちりしていた。
「何処かにホストがいるんじゃないかしら〜。ミーナとコロンさんの話は興味深いわね」
「今度は無視されたー。……あっ、ほら、デュプリケーターが撤退を始めるよ」
 ミネルバが感じ取った予兆は見事的中し、デュプリケーターは一見散り散りにこの場からの撤退を始めているようであった。
「巨大クワガタの方は……まだ頑張っちゃってるのか。パイモンくんが離れるわけにはいかないかな。
 んじゃ、ボクたちでこっそり後を追いかけよっか」
 円の方針に二人も頷き、それぞれ身を隠す技やアイテムを用い、退こうとするデュプリケーターの後を追う――。

『この辺りは山が連なり、高低差が激しい。デュプリケーターが龍族の勢力範囲へ侵攻するとなれば……この辺りだろう』
 乗り込んだアンシャール内で、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が天秤世界のまだ大分荒削りな地図の一点を強調させる。契約者が拠点にしようとしている建物から北は、東西に山脈が連なっている。それが途切れる地点……勢力範囲的にも隣接している地点が、デュプリケーターの龍族への侵入地点であると予測出来た。
「うん、じゃあそこから、デュプリケーターの領域に入ろう。うまく接触が出来るといいな……」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が口にする、彼女の脳裏に、デュプリケーターの“親”であろう少女の想像する姿が浮かぶ。
(片方が片方を倒す……それでは、天秤世界での争いは止められない。争いの連鎖は、止まらない。
 私達は、龍族と鉄族が停戦するための架け橋になりたい。その為には、龍族と鉄族に敵対する勢力、デュプリケーターの謎を解くことが、道になるかもしれない)
 まずは話をすることが出来れば……その思いで歌菜は羽純と、デュプリケーターを探しに出かける。

 最初のポイントまで達した二人は、付近に龍族の観測所らしき建物を発見する。そこの所長から少し前に別の契約者が、仲間がデュプリケーターに襲われている所を助けて連れて来てくれた事を説明し、襲撃された場所を教えてくれた。
『その、龍族をデュプリケーターから助けた契約者に感謝しないとな。彼らの働きがあったからこそ、所長は俺達に情報を提供してくれたんだし』
「そうだね。鷹野さんとミンティさんだよね。会えたらありがとう、って言っておこう」
 歌菜は答え、『アンシャール』をその教えてもらった場所へ向ける。
 流石に事件のあった場所でデュプリケーターが見つかるとは思っていないが、足跡が残っていればそれを追うことも出来る、そう思いながら。

「……おかしいな。かなりの人数が居たはずなのに、足跡の一つも見つからない」
 襲撃があった場所へ到着した二人は、『アンシャール』を降り手がかりを探すも、見つけられずにいた。特に、足跡が見つからないのを羽純は気にしていた。
「忍者みたく、足跡を残さないで行動できるのかな」
「……デュプリケーターは様々な格好をした者の寄せ集めのようなものだと聞く。一人が出来たとしても全員が出来るとは考え難い。……もしかして、それがデュプリケーターの特徴なのか……?」
 腕を組んで思案する羽純、直後、歌菜の耳に複数の脚が動くザワザワとした音が聞こえてくる。
「何これ、嫌な感じ……。羽純くん、何かの足音が聞こえたよっ」
 頷いた羽純と、『アンシャール』へ戻り位置を照合する。
『……ここから西の方角だな。行ってみよう』

「……ちょっとー、どうしてこんな事になっちゃったのさー」
「多分、イコン部隊が巨大クワガタを取り逃がしちゃったのかしら〜。で、たまたま逃げた先に私達が居た、と」
 逃げる円とオリヴィアを、例の巨大クワガタが追いかける。
「隠れ身、ってわけにはいかないよね。ミネルバを囮にももう出来ないし」
「あははー、すっごくいたかったよー。死んだかと思った」
 ミネルバが言うほど痛くなかったように言う。一度巨大クワガタを食い止めるために立ち塞がったものの、それなりに奮闘した結果死亡状態(英霊の中には、死を超越した存在に達したものもおり、ミネルバもその一人)になってしまった。次また同じ状態になってしまえば、回復させるのにはかなりの手間を要する。
「どうしたものかなー。このままだとボクたち、あいつのエサになっちゃうよ」
 チラリと後ろを見る、複数の脚をバタバタさせながら、顎をカキンカキンと鳴らす様は恐怖そのものだった。

『――――!!』

 その時、天空から一本の槍が降って来て、巨大クワガタと円たちの間を割くように地面に突き刺さる。一旦脚を止めた巨大クワガタが再び動き出そうとすると、もう一本槍が降って来て地面に刺さり、巨大クワガタは脚を止める。

『照合が完了した、あれは……巨大クワガタだ』
「えっ、それって、パラミタのだよね……? それが契約者を襲ってるって、どういう事?」
『分からない……あまり考えたくないことだが、契約者が乗っていたものが何らかの手段で奪われ、利用されているのかもしれない』
 二本の槍を回収し、『アンシャール』が巨大クワガタと対峙する。せめて後方の契約者が安全な位置まで避難するまで時間を稼げれば、そう考えていた歌菜は頭部の女性を模した像のようなものがぐにゃり、と姿を変え、金の髪と三対の羽が特徴的な少女に変わるのを目撃する。
『フフフ……契約者と呼ばれる者たち、そしてイコンという存在。魅力的ね……』
 不敵な笑みを浮かべながら話す少女を見、歌菜は直感する。彼女こそ、デュプリケーターの“親”であると。
「貴方達は、どうして龍族と鉄族を襲うのですか? 目的は何です?」
 歌菜の言葉に、少女は笑みを崩さないまま口を開く。
『説得を試みようとする辺りまで、話してくれたことと一致するわね。少なくとも嘘は言ってなかったということかしら。だったら殺さなくても良かったかもしれなかったわね』
「? まさかお前、契約者を――」
 羽純が言うのを無視するように、少女が手をある一点へ向ける。
『来て早々殺してしまったけれど、契約者って死んでも生き返るんでしょ? 要らないから持って帰って。この巨大生物はもらっておくわ』
 フフフフフ、と微笑み、少女は巨大クワガタの中に溶け込むように消え、そして巨大クワガタは『アンシャール』の前から逃げ去った。
「……歌菜、気をつけた方がいい。あれは……話が出来るとか出来ないとかそういうレベルじゃない」
「…………」
 去っていった後を見つめながら、歌菜はそうかもしれない、という思いを必死に打ち消そうとする――。

 その後、少女の示した場所で、おそらく巨大クワガタに殴られたと思しき契約者が、もう少し遅ければ死んでいたかもしれない状態で発見される。
 パイモンを始め調査に当たっていた一行は、改めて、この世界の恐ろしさというものを垣間見たのであった。


「先程、デュプリケーターの組織を調べてみた。……明らかに我々とは異なる造りをしていた。最も異なっているのは、体内に臓器の大半を持っていない点だった。生物は外からエネルギーとなる食物を摂取、内臓器によって変換するが、彼らにはその仕組みがない。元々持っているエネルギーを使い果たしたら終わりの、使い捨てだ」
 帰り際、パイモンに対しダリルが、自身の調査した結果を報告し、この世界についての推測を口にする。
「この世界、天秤世界についても謎が多い。世界樹が異世界との接点だった、つまり、世界を多層構造だと考えた場合、世界樹の根はソレを貫いている、と考える事も出来る。ならば世界樹がこの世界にあってもいいはずなのだが、今の段階では存在を確認できない。在り様によっては、ここは“俺達の世界と同じ意味での世界”なのかという疑問すら発生する訳だが……パイモン、君の意見を聞かせてもらいたい」
 ダリルの言葉に、パイモンは視線を泳がせ、遠くを見るような目つきで口を開く。
「私にはこの世界が墓場であり……そして、最後の希望の地であるように思えるのですよ。もし私達魔族が何かの縁でこの世界にやって来ていたとしたら……私達は彼らのように、戦いの日々に身を落としたかもしれませんね。……きっと、そういう者たちが集まる世界なのでしょう、ここは。……私の推測ですが、ね」
 パイモンの答えを聞き、ダリルは一つだけ、確認したいことがあって口にする。
「パイモン……それは今でもそう考えている、ということか?」
 ダリルの問いに、パイモンは今度はハッキリとダリルへ視線を向け、首を振って答える。
「今は、そのような思いはありません。私達は素晴らしい相手に恵まれた、その事を改めて思っています」
「……そうか」
 満足したようにダリルが微笑み、飛空艇を拠点の方角へ向ける。