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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●苦しみの無い深い夢へと

「なかなか楽しそうな相手が集っているそうだな……手を貸すというわけではないが、楽しませてもらいに来た」
 そう宣言してモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は参戦し、魔槍スカーレットディアブロ・ルーンを存分に振るっていた。
「存分に殺しあおうではないか」
 縦横無尽とはまさにこのこと。紅蓮の炎を曳く槍を回し、突き、払い、さらに叩く。
 そのたびに生き物のように槍はしなり、攻撃とともに激しい炎を『眷属』に与えるのだった。
「そこだったか」
 相当な運動量だろうに、汗ひとつかかぬままモードレットは告げた。
 久我内 椋(くがうち・りょう)坂東 久万羅(ばんどう・くまら)と共にあるのを見つけたのだ。二人はトレーラーを守るべく、龍の舞をなす仲間たちの前で戦っていた。
「異臭がするな」
「わかりますか」
 椋は自身の得物、追魂刀『藍理』の刀身を見せた。
「相手が大蛇の化身やその眷属ともなれば多少の効果が期待できるかもしれないので」
「刀の刃にあらかじめ煙草のヤニを塗っておいた……というわけか。迷信かもしれんし無駄かもしれんが、貴様のそういう周到なところは評価できんでもないな」
 どうも、と短く告げ椋は顔を上げて彼方を見やった。
「まだ大蛇の姿は確認できませんが、その力を感じることができます……あの『力』の中にはまた、黄泉耶殿の存在も感じる」
 椋は、闇のように黒い前髪をかきあげた。
「あっしにもわかりますぜ」
 金剛杵を両腕で担ぎ上げ、久万羅は言った。
「姫さんは石にされたけど無事だ。けど安心たあ言えねぇ。その魂はどす黒いものの中で足掻いている……巧く表現できねぇが、それがわかるんです」
 金鋸で鉄板を切るように不快な音が一同の耳に突き刺さり、久万羅の声をかき消した。
 眷属だ。蝉のような姿。口には長い針。されども両腕はトカゲのものに酷似している。不均衡な鉤爪を伸ばし眷属は飛来してきた。
 モードレットは生反射的にその顔面を槍で貫いたが、頭部がごろりと落ちると蝉の内側から、そっくり同じ姿だがずっと小型のものが、うわんと唸りをあげ大量に飛び出してきた。
「そういう方法で来ましたか」
 椋はしびれ粉を散布しモードレットはゴッドスピードを発動、瞬間的に久万羅も雷天轟杵ヴァジュラを振るったが、すべての眷属を落とすことはできなかった。
 小型になった蝉たちは、彼らの背後の存在を襲った。
 数秒遅れてモードレットが蝉を片付けたが、そのときにはもう、天 黒龍(てぃえん・へいろん)の舞は中断されていた。
「不覚……この程度で集中が破れるとはき」
 黒龍はそう言っているが、手傷は軽くない。
 赤いものが飛び散っている。肩を食い破られ脇腹を抉られ、たまらず彼は膝をついていたのである。
 しかし、伸ばされた椋の手を掴まず黒龍は自力で立ち上がった。
「……久我内、私のことは構うな。それより黄泉の手助けを頼む」
 かなりのダメージだったのだろう、その顔色は血の気が退いて白い。
 だがそれが逆に凄艶というのか、一種、この世のものではないような美しさを彼の身にもたらしていたことは否定できぬであろう。白いうなじにかかる後れ毛が、匂うような色香を漂わせている。
 この日、黒龍も舞手の一人として壇上にあった。
 装束は影蝋……この着物は、マホロバ遊郭での男娼の衣装だ。攻撃を受けて大きく開いた胸元を正す。
「あの強情な女に限って大蛇と同化するなどということはないだろうが、助けがあるならそれだけ大蛇を弱体化させられる」
 百鬼夜行はこちらに任せておけと黒龍は告げ、香扇子を拾って広げた。
「久我内、大蛇のもとへ行くといい……それに、そこの坂東もそれを望んでいるのではないか?」
「あっしが……ですか?」
 少し躊躇したようだが、坂東久万羅は意を決したか正面を向き答えた。
「左様で」
 久万羅の眼に嘘はなかった。
「それでいい。……行け。大蛇の近くであれば、黄泉の声を捕まえられるかもしれない」
「お願いします」
 椋は小さく頷き、
「雑魚よりは大物のほうが、殺し合うにもやり甲斐がある」
 モードレットは槍を一振りした。腹を上にして転がる蝉の死骸が、突風を受けたかのようにたちまち崩壊し黒い粉になった。、
「あっしは弱い。実力で姫さんを奪い返せないことくらいわかってやす。ですがせめて近くまでは行きたい。行って力になりたい」
 頼みやす、と頭を下げて久万羅も椋に続くのである。
「では始めるとしようか」
 三人が去るのを見送ると、黒龍は扇子を正面に伸ばした。
 拍子を取って、舞う。
「我が名は霞泉。霞の中に泉を湛える名。
 この世の全ては霞みがかった夢の中。
 荒み、狂い、求める事を急く異形達よ。
 朧な夢へその身を預けるといい。
 羽ばたく羽を休め、進む足を休め、立ち上がる腰を降ろし、這いずる腕を沈め、血走るその眼を閉じるといい。
 食いしばる口を閉じ、吊り上げる眉を下げ、握りしめた拳を解くといい」
 抑揚の効いた誦経のように、すらすらと言葉が流れ出した。
 目の前に大蛇が座っているかのように、問うようにあるいはその身を求めるように黒龍は言葉を紡ぐ。
「何を急く。何を怒る。何を力む。何を苦しむ。
 今の己が苦しいのは、そうして己自身が苦しめている為ではないか」
 その口調には厳しさと、同じくらいの優しさがあった。
 厳父のように。慈母のように。
「気を鎮め、目を閉じよ。
 苦しみの無い深い夢へと沈むといい……」