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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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4.タングート<2>

 彼らが立ち去った後。

 レモとは別に、タングートに興味を持ち、あのゲートをくぐって来た一団がいた。
「アラ! ラッキーネ! アレがたぶん、タングートの都ヨ!!」
 ぴょこん、と小さな人形……アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が弾んだ声をあげた。金色の長い髪が、ふわふわと揺れている。
「珍しく上手くいったものじゃのぉ。【バーバ・ヤーガの小屋】が持ち込めんかったときは、やや不安になったが……これならば、徒歩で十分、たどり着けそうじゃな」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、アリスを肩にのせて満足げに頷く。
 その、背後では。
「アキラさん! 大丈夫ですか!?」
 ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が、一生懸命砂地に突っ伏したままの青年に声をかけている。
「大丈夫……だぜ」
 一応はそう答えるアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だったが、まだ顔色は優れない。
「空中散歩は得意だってのに……なんでだ」
 アキラはそうぼやくが、この場合は厳密には【乗り物酔い】というより【転移酔い】に近いわけで、人によってその差が激しく出たのだろう。現に、アリスやルシェイメアはぴんぴんしている。
「もう少し、休んでいきましょうか?」
 なんとか立ち上がったアキラの服についた砂を払ってやりながら、ヨンが健気な眼差しを向ける。
「いや! 滅多にない機会だ。さっそく行ってみようぜ!」
 めげないたくましさはアキラの長所だろう。それに、なんたって。
「悪魔で女性だけの都、妖艶で色っぺーネーチャンばっかりに違いない!!(根拠はないけど!)」
 おーっ! とアキラは拳を振り上げる。
「ウフフ、どうなるかしらネ??」
 ぴょん、とアリスはアキラの頭に乗り、砂の向こうに見える都を見やった。
「しかし、アキラ。勢いは良いが、なんでも男はたいそう嫌われておるようじゃぞ? 用心しておくがよい」
「なーに、そんなん昔の話だべさ!(根拠はないけど!) 妖艶な山と谷が俺を待ってるぜ〜!」
 意気揚々と歩き出したアキラの背中をちょこちょことついていきながら、具合がよくなったことにホッとしつつも、ヨンは複雑な気持ちだ。
(よーえんな悪魔さん、ですか……)
 思わず胸のあたりにヨンは手をやった。そこはまったく、平和極まりない、開墾に適していそうなほどなだらかな平地だ。山も谷もありゃしない。
「…………」
「どうしたんじゃ? ヨン」
「い、いえ。なんでもありませんっ」
 訝るルシェイメアに慌ててそう答え、ヨンは顔をあげた。
「しかし、元はここは森林だったはずじゃが……やはり古い文献では、あてにならぬのぉ」
 アリスの【魔界コンパス】と、さっそくぼんやりと周辺の地図があらわれはじめた【ザナドゥ探索マップ】、そして事前に入手していた文献での地図は、かなりの食い違いがあった。つくづく、タングートの近くに出られたことは幸運だ。でなければ、この地をあてもなくさまよい歩くところだった。
「砂漠化しつつアル、ということカシラ?」
「その可能性もあるのぉ。いずれにせよ、興味深いことじゃ」
「ところで、アキラさん。あの、もしも門番の方とかがいたら、どうするんですか?」
「え? そ、そりゃあ……」
 ヨンの質問に、アキラは上の方を見上げて暫し考える。
「タングートの悪魔は好戦的ラシイヨ?」
「……そのときは、そのときだろ! 観光に来たって言う! それがダメなら、共工に呼ばれた子の付き添いとか護衛とか、その子を追ってきたとか言えばいいんじゃないか?」
「行き当たりバッタリ!」
 きゃきゃっとアリスが茶化して笑う。
「まぁ、現状はそれしかなさそうじゃな」
 ルシェイメアが、そうため息をついた。

 とはいえ、都にはそれほど労せずにたどり着くことができた。ぽつりぽつりと民家が増え、そうこうしているうちに、華やかで整然とした街にたどり着いたのだ。
 街を貫く大通りを中心に、通りはほぼ碁盤の目に整備されている。大通りに面した建物以外は、ほとんどが平屋で、朱色の柱に優美なカーブを描く屋根がかかった、木造らしい家々が立ち並んでいた。
 賑やかな声とともに、サイズや装いもまちまちな悪魔たちが街中を闊歩している。道をゆく簿手振りのカゴには妖しげなキノコや薬がつまっており、そこかしこの店の入り口からは景気の良い客引きの声が響いている。
 なかなかに、活気もある都だ。……ただ、そこにいるのが、全て女性型悪魔というだけで。
「葦原に少し似てますね」
「ああ。それよりもう少し、中華風って感じだ」
 アリスとアキラは、そう言い交わしつつ、都の風情を見物していた。どこを見ても珍しく、かつ想像よりもずっと美しい。
 が、しかし。
 ――それから、三十分もしないうちに、アキラはよろよろと道ばたに座り込んでいた。