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【裂空の弾丸】Recollection of past

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【裂空の弾丸】Recollection of past
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第3章 機晶石の魂 3

「ベルっ! 止めてっ! 私たちは味方だよ!」
 フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)がいくらそう呼びかけても、ベルネッサが止まるような気配はなかった。
 むしろその呼びかけによって相手の位置を正確に把握しているよう、すかさず攻撃を仕掛けてくる。

 ズガアアアァァンッ!

「きゃあああぁぁっ!」
 そのライフルから放たれた破壊力抜群の銃砲を受けて、フェイはふき飛んだ。
「フェイ! 大丈夫か!」
 駆けつけて、彼女の身体を引き上げたのは匿名 某(とくな・なにがし)である。
 彼がフェイを介抱している間、
「うおおおおぉぉぉ!」

 ガイィンッ! ジャキイィンッ!

 ゴッドスピードを乗せて加速した大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、ベルネッサを牽制していた。
 マキシマムアームを巨大化させて放った一撃がベルネッサをふき飛ばす。
 その間に接近した康之は、聖騎士槍グランツを振るった。
 複数の剣線が一気にベルネッサを襲うが、それも手加減したものである。
 ベルネッサはそれらの全てを受け止め、後退の一手を取らざる得なくなった。
「ベル……どうして……」
「フェイ、いまはそのことを哀しんでる場合じゃない。神官も言ってただろ。ベルの……あいつの心を呼び戻さなくちゃ……」
 某にしては珍しく殊勝な声で言う。さすがに今の彼もコメディに走る気はないようだ。
 某の恋人である結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も、フェイをなぐさめた。
「そうですよ、フェイさん。ベルさんを元に戻すには、フェイさんの声が大事なんですから。ここで諦めたらダメです」
 その声は穏やかなものに見えたが、奥底に怒りが込められていた。
 綾那も、ベルネッサをこんな目に合わせたクドゥル。
 そしてアダムに怒りを感じているのだろう。
 だが、彼女はこの状況においてはその怒りを自らに律していた。
 何が大事であるのか。彼女にはわかっているのだ。フェイは、自分よりも幼いながら、綾那に教えられた気持ちだった。
「…………そうね。いまは、とにかくベルに呼びかけなくちゃ。それが、私に出来ることなんだから」
 フェイは立ち上がり、まっすぐにベルネッサを見つめた。

 他の仲間たちも、次々にベルネッサに呼びかける。
 必死の声が、ベルネッサへと覆い被さっていく。
「ベルっ! みんなの声が聞こえないのかよ!」
 飛びかかってくるベルに対して、怒声のような声を放つのは緋王 輝夜(ひおう・かぐや)だった。
 ツェアライセンと呼ばれる複数のフラワシを操り、不可視の攻撃を輝夜は放つ。
 が、もちろん――

 ズバアアァァァッ!

「くっ……!?」
 ベルネッサに致命傷を与えるような真似は出来ない。
 フラワシの攻撃はあくまで牽制に過ぎず、こちらを殺す気でかかってきているベルネッサには分が悪かった。
「しまっ……」
 ベルネッサの振るったライフルの銃身に、直撃を受けるか!?

 ガシイイィッ!

 しかし、それを寸前で受け止める少女の姿があった。
「ネームレス!」
「姉君……傷つける……ダメ……」
 飛空艇で輝夜と合流していたネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)だ。
 彼女は、輝夜やベルネッサたちの関係を詳しくは知らない。
 だが、輝夜を守るというその意思だけは絶対だ。そして彼女が望むなら、ベルネッサを傷つけようともしない。
 輝夜の望みを叶えるために、ネームレスはサポートとして動いていた。
「ネームレス……ごめんっ……」
「気に……しないで……」
 輝夜が悲しみを顔に浮かべて謝ると、ネームレスはにこっと笑った。
「姉君の幸せ……我の幸せ……だから……だいじょぶ……」
 そのとき、輝夜の脳裏にネームレスの顔と、機能を停止した機晶姫との顔が重なった。
 不意のやってきた過去の残照であった。
(…………ああ……そうだよ……)
 輝夜はそのとき、改めて自分の気持ちを理解した気がした。
(家族なんだ。あたしたちは……! だから、ベルネッサ……あんたも……あたしは絶対に取りもどす!)
 ベルネッサと家族だから、ということではない。
 それは輝夜にすら、いや、他の誰にもわからない。
 だが少なくとも、これまで一緒に戦い、歩んできたのは確かだ。
 その仲間を、失いたくはなかった。
「うおおおおぉぉぉっ!」
 輝夜は立ち向かった。
 ベルネッサの心に、咆吼するかのように。

 そして――
「ベルさんっ! お願いだよ! 僕たちを思いだしてくれ!」
 榊 朝斗(さかき・あさと)が叫び、呼びかける。
 しかしベルネッサの意識は遙か遠く――

 ズガアアアアァァァァァ!

「うあああああぁぁっ!」
 エネルギー弾のようなものを放ったライフルによって、朝斗たちはふき飛んだ。
「くそっ! どうして、戻ってきてくれないんだ!」
「諦めないで、朝斗!」
 悲痛な叫びをあげた朝斗に、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が叱咤の声を飛ばした。
「ベルさんの心はただ、閉じ込められているだけなのよ! ここで私たちが諦めたら、どうにもならないじゃない!」
「でも……!」
 いくら呼びかけても、ベルネッサからの返答はない。
 心を呼び戻すと言っても、いったい他にどんな方法があるというのか。
 そもそも、言葉はベルネッサの心に届いているのか。
 朝斗たちがくじけそうになるのも、仕方のないことだった。
 が――
「そうよ、朝斗。絶対に、諦めちゃだめ」
「……アイビス……」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の目からはベルネッサを呼び戻すという意思が消え去ったりしない。
 彼女は知っているのだ。心を塗り潰されるというのがどういうものか。
 自分ではない別の魂が、自分を食いつぶしていくのが、どんなものか。
 それは朝斗やルシェンとて同じである。かつて彼女たちは経験した。同じように、自分を失いかけた人たちに手を伸ばしたのだ。
「だけど、どうしたら……!」
「方法は、ないことはない」
「!?」
 口を開いたのは、真司だった。
 彼はその手に黄色い融合機晶石を握っていた。誰のものかは知らないが、拝借したものなのだろう。
 真司はそれをぎゅっと握りしめた。
「こいつをベルネッサの中に沈める。確証はないが、複数の機晶石が体内に入ったら、許容量をオーバーするだろう。そのとき、ベルネッサの心に隙間が出来て、声が届くかもしれない」
 それは決して勝算のある作戦とは言いがたかった。
 しかし、なにもしないよりは遙かにマシであることを彼らは知っていた。
「……やってみよう」
 朝斗が決断を下し、彼らはうなずいた。
「リーラ! ベルの動きを止めるのは任せた! あとは俺がなんとかする!」
「ふふん、了解よぉん。任せといて〜」
 どこか真剣みに欠ける間延びした声でリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が答える。
 もっとも、それが決して彼女が手を抜いているわけでないことは、すでに真司たちは承知済みだった。
「行くぞ!」
 真司の合図を待って、リーラは飛びだした。