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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

リアクション


鏡の国の戦争 5


 ミサイルの迎撃地帯を突破すると、敵の軍勢の動きがやっと視界に入った。
 レッドラインが少数、ライオンヘッドが二機、あとは地上の対空設備がちらほら。雨と瓦礫で全ては見渡せないが、十分な歓迎の準備がなされていた。
「ライオンヘッドの周囲に、砲撃用の交換パーツがあります」
 ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がいち早くライオンヘッドの周囲に並んでいる、部品郡が交換用の砲塔だと見抜いた。
 並んでいるのはミサイルポッドや、ビーム砲など見た目でおおよそ用途がわかるものがほとんどだ。だが、一つ全く用途のわからない大砲がある。
「あれは、なんであろうな?」
 {ICN0004807#シャドウ・ウルフ・B}にブリジットと同乗する草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が疑問を零す。見た目は大砲のそれだが、やたら砲身が短いのに、口径は短い。何より奇妙なのは、弾丸を装填する装置か、ビームのエネルギーが充填された部品が見当たらない原始的なものである事だ。
「よくわかりませんが、長距離砲装備をミサイルランチャーに切り替えられるのは面倒ですね」
 ビームアサルトライフルの引き金を引く。ライオンヘッドは、機敏な動きで射撃を回避するが、周囲の交換用パーツはそのまま動かずに破壊された。
「この雨では、遮蔽装置は無駄ですね。解除、よろしいですか?」
「構わん、ここまで来たら、あとは暴れるだけだ! 戦力はこちらが上だぞ」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は答えながら、輸送用のヘリから飛び出した。魔装のホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)のタイムウォーカーによって、落下していく事はない。
 外に出た事で、死角がなくなり視界が一気に開ける。
「対空砲が、こことそことあそことここに!」
 ホリイが素早くヘリに狙いを向けている対空砲の位置を見つける。
 そのうちの一つに狙いを絞り、甚五郎は急降下した。
 地上では狙いを慌てて甚五郎に切り替え、撃墜しようと試みるが、「させませんよ!」ホリイの【常闇の帳】魔鎧用が対空砲をすっぽりと覆う。レーダーという目を失った対空砲は沈黙したまま、闇が晴れる時には既に甚五郎が地に足をつけていた。
「これより、地上敵勢力を排除し、着地点の安全を確保する」

 先行部隊の地上降下が始まる中、イコンの部隊も本格的に動き出す。
「目立って注意を引き付けるちゃうよ!」
 マイ・ディ・コスプレ(まい・でぃこすぷれ)は、ダスティシンデレラのレーザービットをまとめて展開すると、狙いもそこそこに地上の対空部隊に攻撃をしかけた。
「まだまだ、これだけじゃないわ」
 メイ・ディ・コスプレ(めい・でぃこすぷれ)がミラージュをかける。現れるのは幻影のダスティシンデレラだ。攻撃能力は無いが、敵方から見れば弾幕をばら撒く巨大兵器が二台に増えたのである。
 互いに弾丸をばら撒くような戦場では、誰が何をしているのかを正確に見極めるのは難しい。ダエーヴァは幻影にも本体と同等の火力を向けていた。
 だが、そんな中でも冷静に本体だけを狙い、駆けつけてくる怪物も居た。盾を掲げて弾幕の中を突っ込んでくるレッドラインだ。
「私達を見てるわ」
「よーし、かかってこーい!」
 サンダークラップで出迎える。直撃の手前で、レッドラインは盾で飛来する電撃を叩き落した。
 開いた射線から、レッドラインは槍のような武器を突き出す。
「しまっ」
 後ろに下がっても、武器の範囲からは完全には逃れられない。穂先が僅かに装甲を削ったところで、レッドラインは武器を唐突に横に降った。
 飛び散る火花、レッドラインの視線の先を追うと、ウィッチクラフトライフルを構えたグラディウスの姿があった。
「すっごい、今のに反応できるんだ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が感嘆の声を漏らす。馬のような頭は目が左右についており視野が広そうではあったが、攻撃中に側頭部を狙った一撃を見て切り払えるのは、ちょっと想定外だ。
「感心してる場合じゃありません」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に、わかってる、と答えて攻撃を再開する。ダスティシンデレラも呆然としたりせず、パイロキネシスを放つ。
 まず盾を掲げて、レッドラインは正面のパイロキネイスを受け止めた。炎を防ぐ壁ができたらすぐに手を離し、身体を捻り姿勢を下げ、両手を地面につけながら跳躍した。側転だ。
 このイコンではあるまじき動き、というかイコンであればこんな奇抜な動きを取る稼動部の余裕も、そして意味もないのだが、この時はグラディウスの予測射撃を回避しきるのに役立った。
「こっちこっち!」
 無差別攻撃をしていたビットを呼び戻し、残された盾を踏み台に飛翔したダスティシンデレラがレッドラインに呼びかける。レーザービットの全ての砲門を全てレッドラインに向け、一斉に発射される。
 逃げ場が無い中、レッドラインは獲物をダスティシンデレラに向かって投擲するが、途中で何かにぶつかりくるくる回転しながら弾かれていった。
「最初のお返しだよ」
 グラディウスの見守る中、レッドラインは多数のレーザービットに撃ちぬかれて崩れ落ちた。
 レッドラインが倒れてから、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はレーダーとメイン以外のカメラで周囲の状況の確認をした。他の敵大型は味方のイコンに足止めされ、地上の対空砲も今は自分の身を守るために必死のようだ。
「うん、今ならハッチ開けても大丈夫そうだね」
 コハクはハッチを開くと、身を乗り出し再度状況を確認する。
「着地地点に先回りしてくる」
 近くの半壊したビルにコハクは飛び移ると、一度振り返った。
「またね。勘だけど、たぶんこの作戦はうまくいくよ」
 それだけ言って、降りしきる雨の中コハクは駆け出していった。



 ヘリが黒い大樹に向かって飛び立つ数時間前、まだ日が昇るには少し早い時間に、大樹近くでは事件が起きていた。
「ひとーつ、君達の疑問に答えてみよっかな」
 煙をあげる機晶複合艇【Sailfish】の上で、ザリスは人差し指を立てて示した。
 船には誰も乗っていない。全員が降り、部隊を進攻させようとしたところで、無人の船にザリスが襲撃してきたのだ。
 上杉 菊(うえすぎ・きく)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は、それぞれ対イコン用爆弾弓とホエールアヴァターラ・バズーカをザリスに向けている。それを意に返した様子はなく、ザリスは屈んで船に拳を打ち込むと、何かを引きずり出した。
「こーれ、何か説明する必要もないと思うけどさ。これ、こっちじゃ手に入らないんだよ。まあ、基本的に、僕達は、これがなくてもちゃんとやってけるように設計してあるし、設計したんだけど、無いよりは、あった方がいいよね?」
 船の動力源の機晶石を見せびらかすザリスに、菊は対イコン用爆弾弓を放つ。
「でなんだけどさ」
 別の船からザリスの声がする。放った矢は、対岸に突き刺さり、爆発した。暗闇に溶け込む黒いザリスの姿が、一瞬だけはっきり映る。
「僕達がわざわざオリジンに遊びに行ったのは、これを回収するのが本当の目的だったんだ」
 二台目からも、機晶石を回収する。
「あ」
 三台目に移る前に、エシクのバズーカが船を撃沈させた。
「もったいない」
「それを手に入れて、どうするつもりですか?」
 菊が次の矢を引きつつ、尋ねる。だが、恐らく当たらないだろう。目の前のザリスからは、こちらと戦う気配というものが一切感じられない。
「教えるのはひとつだけだよ。と言いたいところだけど、せっかく僕のために運んでくれたんだし、教えてあげてもいっかな」
 ザリスは川の対岸に飛んでさらに距離を取った。
「僕達兄弟は、自分達を改良し続けてきたんだ。地球の環境や生物を参考にしてね。僕が目を付けたのは繁殖だ。他のどの兄弟よりも、安価で大量に下級兵を揃える事ができる。けどそれは副産物、僕は僕自身を量産する事ができる、それに上限や限界なんてものはない」
 ゆっくりと日が登り、黒かった川の水が、川本来の色を見せ始めた。
 対岸に立つザリスも、その輪郭をよりはっきりとさせる。並ぶのは、六人のザリスだ。だが、どれも武器は携帯していなかった。
「ただ、いくつか問題があってね。僕達は僕達が嫌いなんだ、どうしようもなくね。だから、こんな使い方はできるとわかっていても、するつもりは無かったんだ。自分以外の自分を全部殺したくてたまらないのに、それを増やそうとする馬鹿はいないだろう」
 並ぶ六人のザリスのうち、一人だけが背を向けて歩き出す。他の五人は、微動だにせず固まったままだ。
「これはもう、僕達じゃない。運が良くてね、僕は死にかけた時に、いくつかの根幹命令がエラーを起こしたんだ。修復ついでに、色々書き換える事ができたから、僕じゃない僕をこうして作る事ができる。頭は空っぽの、戦闘用の僕だ。うん、やっぱりこれなら、気持ち悪くないね」
 パンとザリスが手を叩くと、五人のザリスは一斉に跳躍し、川を飛び越えた。
「うーん、そうだね、僕達と同じ名前じゃ不便だし、アルダとでも名づけよっか。うん、アルダ・ザリス、悪くないね」

 ザリスが言ったように、アルダは会話をする事はなく、淡々と攻撃を仕掛けてくる戦闘機械のようであった。しかし、機械のようなのは行動原理であり、その動きそのものは、巧みな間合いの取り合いと、フェイントを織り交ぜる柔軟な戦闘スタイルは、ベースとなっている素手ザリスのものと比べてそこまで差は無いものだった。
「二ッ!」
 地面に引きずり倒したアルダの首に、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は※B.P.A.F.Sを突き立てる。
「はぁ、っ、はぁ」
 見渡す限り、アルダを除く敵影はまだ無い。だいぶ黒い大樹の近くに船を寄せたが、他の怪物がやってこないのは、あのザリスが独断で勝手に動いていたからだろうか。
「残り、三つね」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は目の前の敵よりも、作戦全体の動向が気にかかっていた。
 先に行われた偵察では、対空砲を揃えた陣地がある事は判明していた。そこを叩いて潰す予定だった。だが、少し前に大量のミサイルが飛翔していく様子を確認した。
 あれほどの数のミサイルを制御し、発射する装置が黒い大樹の周りにあっただろうか。少なくとも確認はされていない。だが、発射されたと思われる周囲は、偵察された地点ではなかったか。
 まさか、怪物化したミサイルが自力で飛んでいった、なんて発想が易々と出てくるわけもない。まして、危険な司令級に囲まれた状況である。
 数は減らしているが、それは共に作戦に従事している特殊舟艇作戦群【Seal’s】の援護の効果も少なくない。それも現状ではほぼ壊滅状態だ。
「……あれ? 雨が」
 彼女達の体温を少しずつ奪っていた雨が、ふっと止む。雨音はまだ絶えておらず、空もまだ暗い。見上げると、ローザ達を被う大きな影があった。
 それは、EC666 シュペルパンテルだ。
 その横に随伴するEsprit M(戦闘形態)の姿も確認できる。
「ひゃっほう」
 シュペルパンテルから垂らされたロープを伝い、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)がいの一番に滑り降りてくる。途中でロープから手を離し、真下ではなくローザマリア達の程近くに着地した。
「じぃ……形よし、大きさよし、触りごッ……よ、無事だったか、心配してたんだぜローザ」
 光一郎は決して視線をあげる事なく、そこまで言い切った。頭頂部には、険しい作戦に挑み失敗した証である大きなタンコブが作られていた。
「無事だったのね、他の隊は」
「問題ねーって、ひやっとする場面はあったけどな。あっちも、なんか敵を壊滅してやるーって空気になってるし」
「空気って、もうちょっと真面目に報告しなさいよ」
「ローザマリア殿、詳しい報告はこちらから」
 順次降下した尾張 なごにゃん(おわりの・なごにゃん)が、救出部隊の報告を行った。
 怪物側にイコンに有効な兵器が不足しており、今はまだ残っている敵大型怪物を排除できれば、救出作戦の成功のみならず、黒い大樹の排除も目標に据えられるのではないか。といった状況らしい。
「それで、こいつらは? 確認されている司令級によく似ているようだが」
「そんな感じね、詳しい話はあとよ。少し手ごわいから、気をつけてね」
「手ごわいってもなぁ、ほれ」
 空気を焼く、風を巻き起こす音が聞こえる。
 光一郎が指差した先で、アウクトール・ブラキウムがこちらに向かって銃剣付きビームアサルトライフルを向けていた。
「私の取り分はどれかな?」
 無線機ではなく、機体からキャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)の声が直接聞こえた。
 地上に向かって銃を突きつける姿は、味方であるとはいえ威圧的だ。
「彼女の目標は大型生物ったはずじゃ」
 作戦概要は全てに頭に入っているローザマリアが呟く。その呟きをどうやら拾ったようで、彼女の無線にトーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)の声で説明が入った。
「あのハロウィンの下手っぴな仮装を思わせる獅子頭も、鶏冠馬も、数が足りていなかったのよ」
「獲物を取り損ねたってわけだ」
 と、光一郎が補足する。
「そんなわけで、今のシャロンはちょっと欲求不満だから、気をつけてね」
 気をつけてね、と言われても。ローザマリアの不安はその場で現実になり、ビームライフルが地上をなぎ払った。
「あたしの撃墜スコアになりたい奴は、並んで順番に吹き飛ばれちゃえ!」
 頼もしいを通り越して恐ろしい援軍に、苦笑が漏れる。
 ビームライフルになぎ払われた方を見る。一体が先ほどの攻撃に巻き込まれたのか、体半分で横たわっていた。
「ま、もう不安はないわね」
 いくつか計算は狂ったが、この戦場の行く末を示す天秤がどちらに傾いているかは、既に明白となっていた。

「救助部隊は着陸態勢に入ったようであります。こちらも、着陸できる場所を探しましょう」
「了解しました」
 シュペルパンテルの操縦桿を握るピエール・アンドレ・ド・シュフラン(ぴえーるあんどれ・どしゅふらん)は、ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)の指示に従い着陸が可能な場所を探す。
 すぐに、瓦礫のほとんどない広場を見つけた。周囲の様子から、最近掃除されたことがわかる。
「あの場所なら降下した空挺部隊からさほど離れていないですね」
「着陸姿勢に」
「敵機確認、レッドラインよ」
 会津 つるがにゃん(あいづ・つるがにゃん)がこちらに向かってくるレッドラインを補足する。
「でかぶつはこっちに任せて!」
 レッドラインの進路に割り込んだEsprit Mが、パイルバンカー・シールドを掲げられている盾に正面からぶつけて、押し返す。
 黒乃 音子(くろの・ねこ)はたたらを踏んで下がるレッドラインを逃がさぬよう追従し、
「反撃、姿勢を下げるでござる」
 フランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)の声を聞き、払うような相手の攻撃を掻い潜る。
「今!」
 開いた胸に、パイルバンカー・シールドを突き出す。
「これでも、喰らえぇぇぇ!」
 打ち出される鉄杭が、レッドラインの右胸から肩にかけてを吹き飛ばす。衝撃はそれで収まらず、レッドラインの身体は浮き上がり、空中で半回転してうつ伏せに倒れた。
「目標沈黙。周囲に大型敵影無し」
「了解、こちらは着陸姿勢に入りました。継続して周囲の警戒をお願いします」
 着陸までの間、他に妨害もなくまるで訓練のように順調に着陸ができた。
「静かなものでありますな」
「分散した陽動部隊がうまく機能しているのでしょう」
 着陸地点の周囲に敵影はなく、出迎えもないようだ。寂しいものである。
 今回の救出作戦には、光一郎の発案で、本命の救助部隊と同等の機能性を持った陽動部隊が配置されている。シュペルパンテルもそのうちの一つだ。
「だといいが……つるがにゃん」
「にゃ!」
「ローザマリアの部隊を援護を。しっかりと確認できなかったが、司令級が複数いるように見えた。ここで潰しておくに越した事はない」
「了解、実は狙撃によさそうなポイントに目をつけておいたんだよね」
「ボク達はこのままシュペルパンテルの護衛を続けるよ」
 音子のEsprit Mは予定通り、付かず離れずの距離を確保し、周囲の警戒をする。つるがにゃんは、雨の中を颯爽と駆けていった。
 順調に部隊が配置され、組織が機能し歯車がかみ合っていく。
 敵の妨害も少なく、また他の救助部隊からの救援要請も今のところはない。
「うまく行ってる。問題は無い。だが、順調過ぎやしないだろうか」
 物事がうまくまわれば不安に、うまくわまらなければ不満に思うのが人というものだ。この不安はそういったものか、それとも自覚はしていないが何かしらの違和感を感じたからこそのものか。
 判断はつかない。
 漠然とした不安に答えるものはなく、ただひたすらに雨音だけが耳に張り付いていた。