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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

リアクション


鏡の国の戦争 6


 一般的なイコンのサイズは十メートル前後とされている。
 本来ならその高さは、東京の町並みに埋もれてしまうものだ。アナザーの東京は、より高い建物から瓦礫になっているため、メインモニターに表示される映像は、それこそ巨人が見ているかのような世界になっていた。
 周囲に遮るものが無いからこそ、ルドュテには、整列する敵大型怪物の軍勢がはっきりと映っていた。
「なんか、不思議な感じだねぇ」
 綺麗に一列に並んでいるのは、レッドラインだ。皆同じ格好、同じ構えで並んでいる。まだ戦闘が始まっていないのもあり、清泉 北都(いずみ・ほくと)はこれが何かの催し物の前の整列のように見えていた。
「奇妙な光景ではありますね」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)はレーダーを監視しつつ答える。イコンのサイズでは隠れるところはほとんど無い。これはお互い様であり、だからこそのこの状況だ。
「そろそろのようですよ」
 並ぶレッドラインが僅かに陣形を変える。そして、国連軍の陣地にまで響くラッパの音。
「どうやら、決断はあっちが先みたいだねぇ」
 密集した陣形のまま、レッドラインがこちらに真っ直ぐ走り出した。
 応じて、国連軍の攻撃が始まる。砲撃は、しかしレッドラインの持つ盾を破壊する事も、突撃を止める事にも役立っていなかった。
「まるで、騎兵隊ですね」
「密集して突撃するなんて戦術、まさかイコンでお目にかかるとはなぁ」
「あの盾が問題ですね。あの機動力を削がない軽さと強度、彼らのためにあるといっていいでしょう」
「クゥエイル隊には少し下がってもらおうか。あの陣形を崩さないと、まとめて潰される」
 こちらの攻撃を意に介さず、真っ直ぐ突き進んでくる様は、その攻撃範囲以上に、精神的圧迫感が大きい。
 北都はすぐさま、隊長の命令として随伴イコンを下がらせた。
「機動力ならこっちだってある。このサイズの戦いは向こうは初めてだろうけど、こっちは経験者。経験の差ってものを見せてあげようか」
 正面からナパームランチャー打ち込み、着弾前にルドュテは横へと回り込むように動いた。
 一塊になって動く敵の集団は、戦車のようなものだ。正面の装甲は厚いが、側面や背面はそれほどのものはない。それを補うための速度なのだろうが、それもそれ以上の速さで動くものには無意味だ。
「飛び込む、援護を」
 下がらせたクェイル隊が射撃を開始する。弾丸のほとんどは盾にぶつかってダメージにはならないが、要するに飛び込む為の間が稼げればいいのである。
 再度横からナパームランチャーを打ち込む。正面からのは意に介されもしなかったが、今度は違った。陣形が崩れる。
 そこへ、すかさずルドュテは飛び込んだ。

「うわ、派手にやるなぁ」
 斎賀 昌毅(さいが・まさき)は、敵の密集携帯に突っ込んでいった仲間の動きを見て、素直な感想を漏らした。
 よほどの自信と腕が無ければ、躊躇せずにあんな行動はできない。
「こちらも、来ます」
 マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)がモニターの一部を拡大する。こちらも、レッドラインの集団突撃が向かってきている。
「いくつあの集団があるんだか」
「十二個ですね」
「了解。とりあえず、正面の奴から潰すか」
 向けるのは艦載用大型荷電粒子砲だ。手動で標準を合わせる。
「向こうで勝手に集まってくれたんだ。盛大にもてなしてやるぜ」
 正面から突っ込んでくるレッドラインの密集陣形に、正面から荷電粒子砲が出迎える。
 レッドラインの盾を持ってしても、この攻撃を正面から防げはしない。回避するのが最善策だ。だが、そうである事に彼らが気付いたのは発射されてからである。
「とっさに陣形を崩したか、それでも三分の一はもってけたかな?」
 バラバラに陣形が崩れても、レッドラインは前に進む事まではやめようとしなかった。
「コームラント隊、砲撃を開始してください」
 僚機の二機のコームラントにマイアが指示を出す。
 これは敵を撃墜するためのものというより、乱れた足並みを更に乱すためのものだ。足並みを揃えず突っ込んでくるのなら、さらに乱して前衛同士がぶつかつ際に一時的な数的優位を確実なものにしておきたい。
「思ったより射撃の精度いいじゃねーか。あんまり熱くなりすぎんなよ、こっから先は教えた通り、味方のケツを狙うスケベ野郎どもに自慢のキャノン砲をぶち込んでやれ!」
 まずやるべき事は、敵の数を減らす事だ。
 それは、向こうだって変わらない。歩兵が展開し、互いに総力戦の形になっているが、この戦場の雌雄を決するのはイコンと大型怪物のどちらが優位を取るかにかかっているのだ。

 イコンと巨大怪物が暴れまわる轟音を耳にしながら、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は瓦礫の山を背に立っていた。
 間もなく、怪物の足音とは違う雑多な足音が近づいてくる。進攻してきたゴブリン中心の歩兵部隊が、エリシアの姿を認めると一度足を止めた。
 なんだあいつは、たった一人か。何を考えているのだ。
 と、そんな事を考えているのだろう。何か罠があるかもしれない。とまで考えたかもしれない。だが、どちらにせよたった一人が道を塞いでいるので進軍をとめました、なんて報告はできない。疑問を持とうが、彼らがやるべき事は突っ込む事なのである。
 武器を掲げ、駆け出す。
「今ですわ」
 ワルプルギスの夜を、正面ではなくゴブリンの後方に放つ。黒い炎は、後方のゴブリンと彼らの退路を塞いだ。
 そして、背にした瓦礫から国連軍兵士が姿を現し、一斉に射撃を開始する。銃声銃声さらに銃声。
 引き付けられたゴブリン達に射撃を防ぐ障害物は無い。振り返ると仲間が燃えている。
「喋れるのは、いないみたいですわね」
 見渡す中に、ワーウルフやミノタウロスのような指揮官タイプは見えない。数ではエリシアの倍以上いるが、隊としては小規模なものなのだろう。
 混乱し統率を失ったゴブリンは、個々に反撃を行う。そのうち、何体かはエリシアに向かってきたが、兵士の銃撃に倒れ、それを潜り抜けてもエリシアに切り伏せられた。
「快勝、と喜んではいられませんわね」
 ワルプルギスの夜で隔てた向こう側には、既に次のゴブリン隊の影が見えた。戦車だろうか、近くに履帯がコンクリートを這う音が聞こえる。
 次は、攻守逆転になりそうだ。元より、数ではあちらの方が多いのだ。ワルプルギスの夜がまだ壁になっている間に、待ち伏せ地点を変えるべきだろう。
 部下と一緒に移動しながら、エリシアは携帯を開いた。先日オリジンに戻った際に、溜まったメールがまとめて送られてきたのだ。一番上の、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から来たメールを開く。
 画像付きのメールだ。画像には、高級そうなお店の高級そうな料理の写真が写っている。画面をさらにスクロールすると、陽太とその奥さんが、二人で少し恥ずかしそうに写ってる写真が映し出される。
 瓦礫と埃にまみれ、わけのわからない怪物に溢れたこっちとは大違いだ。
「ふ、ふふふ、今日はなんだか負ける気がしませんわ」

 戦車とは陸戦の華である。その装甲と火力は絶大だが、単独で扱われる事はまずなく、一両ではなく複数両が、戦車だけではなく歩兵が随伴する。
 互いに互いの死角、弱点を補う事によって戦車は地上最強となるのだ。だが、そんな戦車にも弱点は存在する。
「今日は見たいドラマの再放送だったのに!」
 上空から、戦車に垂直に降り立つ契約者が一人。ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)だ。頭を下に、足を空にし垂直に降下するヨルディアは、そのまま雷霆ケラウノスをかざす。強烈な電撃が、真下の戦車だけでなく、前後の戦車三台をまとめて貫いた。煙を吐き、戦車は動かなくなる。
 空は、戦車の死角であり弱点なのだ。
 足ではなく、戦車の天辺に手をついた彼女は、究極互換翼エンディングロールの推力と手の力で身体を起こしつつ、上空へと身を翻す。
 随伴歩兵はヨルディアが飛翔しはじめた頃に、やっとライフルを彼女に向けようとした。
「遅いわよ」
 ライフルの弾は、ヨルディアが通り過ぎた場所をなぞるばかりで、かすりもしない。このまま高度を取り、再度攻撃をしようとする彼女のさらに上から、人影。
 味方ではない、敵だ。
 白い鎧に、でかい盾、そして奇妙な槍のような武器。レッドラインに酷似しているが、顔は馬ではなく人の形をしている。兜の上にある飾りは、レッドラインと全く同じだ。
 ミニレッドラインは、まず槍を突き出した。身を捻ってヨルディアは回避、だが回避をしきったところにレッドラインの体重の乗ったとび蹴りが重なる。
 弾かれ、吹っ飛ぶ。崩れかけたビルとビルの隙間に吸い込まれる。地面に叩きつけられる前に、究極互換翼エンディングロールのウイングを羽ばたかせ、ホバリングして難を逃れる。
「このっ」
 まだ対空しているミニレッドラインに、女神の左手をかざす。ビルの横から生えた巨大な手が、横合いからミニレッドラインを掴み取った。
「やった」
「気を抜くな」
 声は、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)のものだ。ゴッドスピードで怪物達を踏み台に敵中に乗り込んできた宵一は、ミニレッドラインを掴んでいる巨大な手に飛び掛った。
 宵一の間合いに入る前に、巨大な手の平に異変が起こる。中指が持ち上がり、それを押し上げるミニレッドラインの手が見えた。手はそのまま中指を押し上げ、ありえない方向まで押し曲げる。痛々しい形になった手は掻き消えていく、最後まで消える前に、それを足場にして怪物が飛び、宵一に槍を振るう。
 互いの得物と得物がぶつかり、弾かれるようにして一人と一頭は大きく間合いをとって地面に降りた。
「空港に出たって奴に姿が似てるな、それに、あのでっかい奴らにも」
 ゴブリンや、指揮官であるワーウルフやミノタウロスよりも格上なのは間違いないだろう。
 動かない戦車を挟んでにらみ合う形になった怪物との間に、梟雄剣ヴァルザドーンのレーザーキャノンが飛来して、周囲のゴブリンを吹き飛ばした。
 敵を蹴散らしてから、スレイプニルにまたがるリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が、怪物の動きに注意しながら宵一のところに降り立った。
「リーダー、大変でふ!」
「どうした?」
「クェイル隊が……」
 最後まで説明されなくても、宵一は大方状況がつかめた。
 捕虜になった仲間からの情報によれば、あのレッドラインは、ダルウィの部下をベースにしたものだったはずだ。そして、そのベースの実力は今確かめた。
 思い通りに身体を動かすのにさえ、苦慮するアナザーのイコンパイロットでは役者不足だ。
「場所はわかるか」
「は、はいでふ!」
「よし、パイロットと通信がまだ生きてるなら、機体は破棄するように伝えろ。あるだけ無駄だ、救助に向かうぞ」
「了解でふ!」
「ねぇ、あいつはどうするの?」
「放っておけ、追いかけてくるなら俺が相手をするが、たぶん追ってこない」
 宵一の言う通り、撤退する彼らを怪物は追ってこなかった。十分距離が取れたところで、
「リーダー、なんで追ってこないとわかったでふか?」
「オレはお前達の相手をしてる暇はない、ってのがびんびん伝わってきたからな。少し癪だが、今はパイロットの救助を急ぐぞ」



 大型怪物とイコンの戦いは、レッドラインが突っ込んできた事によっていきなり乱戦の状態になった。
 レッドラインの密集突撃は、歴戦の契約者はともかく、まだイコンというものに慣れ切っていないアナザーのパイロットに大きな衝撃を与えた。
「だいぶ削ったはずなのに、厄介ね」
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)シルフィードのウィッチクラフトライフルで、味方に切りかかるレッドラインを牽制する。
 盾さえ掻い潜れれば、レッドラインそのものはそこまで硬くない。数で優位を活用できればいいのだが、パイロットの技量不足と、彼らを率いる事のできる指揮官の不足はいかんともし難いものがあった。
「味方さんがどんどん……」
 水色わたげモードでイコンの機内オペレーター席にちょこんと乗っているユーフェミア・クリスタリア(ゆーふぇみあ・くりすたりあ)には、味方の反応が次々と消えていくのが確認できた。
 国連軍のイコン部隊の陣形は、既にガタガタだ。最初の突撃を、止める事ができたか否かの差が、はっきりと出ていた。
 シルフィードは突撃してくるレッドラインを艦載用大型荷電粒子砲でなぎ払った。これで、素人ばかりの戦線を維持するのに大きく貢献した。
 それでも、相手の機動力によって、あまり得意でない中距離での戦いを強いられているのが現状だ。
「あらぁ〜?」
 スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、及川 翠(おいかわ・みどり)がモニターの一点をじっと見て静かになっている事に気が付いた。好奇心であるものを触ってしまうため、モニター以外設置されていない専用の機内オペレーター席では、先ほどまで応援だったり敵を倒した時の歓声だったりと、こんな静かになっている事は無かったはずだ。
 スノゥがこちらを見ている事に気付いた翠は、見ていたモニターの一点を指差しながら、
「ねぇねぇ、ここ、ちっちゃいの何か動いてるの」
 と、スノゥは手馴れた操作で、その一部分を拡大してみる。距離があるので、近づいてきた歩兵ではないはずだ。拡大された映像には、立派なたてがみのライオンと、こちらに向けられている砲塔が映し出された。
「レーダーに……映ってないよ」
 視線を向けられたユーフェミアがそう報告する。レーダーの範囲内だが、何らかの偽装をしているのだろう。ただ、目視からは隠れるつもりはないようだ。
「くるわよ、掴まって」
 ミリアは全速で回避を行った。ライオンヘッドから打ち出されたのは、榴弾だったようで、着弾と同時に炸裂した。
「くっ」
「被害は……大丈夫ねぇ、軽微よぅ〜」
 重装・パワータイプのイコンであるシルフィードは、この一発で倒れるほど柔ではない。
「お返しするわよ。荷電粒子砲のチャージは?」
「準備できてるわぁ〜」
「照準は私が、余計なのにひっぱられないよう、自動ロックオンは切って」
「はい……できました」
「いっけぇぇぇぇ!」
 号令をかける翠。
「ちょ、ああもうっ、発射!」
 ライオンヘッドの回避が遅い。自分は隠れられていると思っていたのだろう。その慢心が命取りとなり、こちらを砲撃してきたライオンヘッドは荷電粒子砲に飲み込まれた。