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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 8


 戦場が次第に縮小していっているのを、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は感じていた。
 いくつかに分かれた突入部隊が、敵を撃破し黒い大樹のより近くへと進んでいるのだ。一方の怪物達は、こちらの動きに押され後退し、戦場は狭く小さくなっていったのだ。
「このまま、押し切ってしまえそうですね」
 圧倒的な戦力差で、相手を踏み潰すのは戦争において基礎であり、最終目標でもある。どうやってこちらを多数にし、少数の相手を袋叩きにするかを戦術家は日夜悩んでいるのである。
「そろそろ、落ちろや!」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)イアラ・ファルズフ(いあら・ふぁるずふ)が操るラハティエルのデュランダルを、ライオンヘッドは両手の爪を交差させて防御する。
「反応がいいな、後方支援専用ってわけじゃないのか」
 エース達の眼前のライオンヘッドは、既に肩の砲台を外し、近接戦闘モードに切り替えている。武器は両手の甲に装着された鍵爪のような武器だけである。
 ラハティエルの巧みな攻撃に、ライオンヘッドは防御に徹しまともな反撃ができずにいた。
 ライオンヘッドの強みは、生体であるからこその反応速度と、間接のやわらかさだ。この性質はレッドラインと違わないが、それらと比べても反応がいい。単純に、性能が彼らの方が高いのだろう。
 ラハティエルの横への一閃を、ライオンヘッドは上体をそらして回避した。熟練のボクサーのような動きだ。ラハティエルからは、上半身が消えてしまったように見える。
 だが、別の地点から見れば、バランスの悪い格好で弱点を晒しているようなものだ。
「いつまでも、遊ばせてあげるわけにはいかないのですよ」
 ライオンヘッドと目が会ったメシエは、その顔に向かってホワイトアウトを仕掛けた。相手の巨大さを鑑みれば、魔法の吹雪の効果なんて知れたものだろう。だが、顔の前に冷気を叩きつけられ、かつそれで視界を塞がれるというのは一発のダメージの大きさなんて問題ではない効果だ。
 スウェーで極限まで身体を反らしていたライオンヘッドは、この一押しでそのまま倒れた。
「ち、余計な事しやがって」
 イアラは順手に持っていたラハティエルのデュランダルを、逆手に持ち替えると、それを心臓の辺り目掛けて突き出した。
 ライオンヘッドの肉体を貫通し、地面まで切っ先が届く程度まで突き立てると、手首を捻って、今の一撃を確実な致命傷にする。
「これでやっと、俺達の道も開いたな」
 ラハティエルからしばし後方、大型武装ヘリ【鶺鴒】の操縦席で、怪物が倒れるのを確認した柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は機体を前へ傾けた。
 救出部隊の中には、既に地上に降下したり、部隊を黒い大樹まで進めているところもあるが、彼らの進むルートは大型怪物が一番多く配置されており、その排除に随分と時間を取られたのである。
「地上の様子は?」
「静かですね。もう少し前に進めると思います」
 機外で飛装兵と共に警戒しているエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)達からは、地上がとても静かに見えた。
 戦車と違って、動き回るイコンの随伴歩兵に求められる機動力は高い。下手したら味方に蹴られたり踏まれてたりしてしまうからだ。
 周囲に歩兵の数が少ないのは、巻き込み事故を警戒していたのだろう。代わりに、巨大怪物の配備数が多かったのだ。
「……アナザー・コリマの方は大丈夫かね?」
「なんか言ったかい?」
 降下準備を終えた柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)が、耳ざとく恭也の呟きを拾っていた。
「いや、あっちのひよっこどもは大丈夫かなってな」
 契約者が乗ったイコンでも、レッドラインやライオンヘッドは面倒な相手だ。わざわざ敵の正面に向かっていった国連軍は、もっと大変な状態だと想像するのは難くない。
「仕方ないさ、こっちでイコンを使うには奇襲や陽動は無理だ。正面が変わるだけで意味がない。なら、城を背中に背負って戦う方がマシ、だろ?」
「それぐらいわかってるっての。んな事より、そろそろ降下地点だ。周りはエース達が」
「わかってる」
 ひらひらと手を振って、唯依は退室する。
 そのまま部下と合流し、内線を取ってハッチを開けるよう指示を出す。
 吹き荒れる風の音をマイクが拾う中、その風すらも従え兼ねない声で叫んだ。
「さぁ、行くぞ貴様等! 楽しい戦争の時間だ!」
 ここまで大事に運んできた部隊と兵器が空に解き放たれた。



 黒い大樹を中心に、地下にはいくつもの通路が枝を伸ばしている。
「迷路だな、全く」
 入り口は複数、通路も必要だから道が枝分かれしているのではなく、好き勝手に伸びて近くにあったら繋がっている。
「ここを設計したのは、とんでもないイカレ野郎か、もしくは相当な暇人だな」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は代わり映えのしない交差点を超えて、先へ進む。
「こっちで本当にいいのかしら?」
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は、来た道を振り返ってみる。戦闘の音は遠く、通路に気配もほとんど無い。
「方角さえ間違えなければ、問題ないだろう。幸い、磁石に影響は無いしな」
 この通路は外への出口を見つけるのは困難だが、進むのにはほとんど障害は無い。行き止まりはほとんどなく、使う通路には電球がぶら下げられているのだ。電球のある通路には、何者かが行動して痕跡も残っている。
 使うために穴を掘ったというより、なんか穴があるから使ってみよう、という短絡さを感じる。
 ある程度進んだところで、まずジェイコブが奥の気配に気付いた。何者かが争っている気配だ。
 確認すると、ゴブリン達はこちらに背を向けて、何者かと戦っているようだ。そちらの戦況が激しいのか、背後を気にしている様子はない。
 そこまで徹底して気配を消さなくても、容易く近づく事ができた。指示を出している様子のゴブリンの背後に近づき、銃床で殴り倒した。
 ダミダミの鳴き声で指示を出していた指揮官が突然沈黙したので、周囲の部下達は振り返る。
「ごきげんよう、さようなら〜」
 フェリシアの氷術が立ち止まったゴブリンを襲う。多少距離があっても逃げ場の無い一本道の通路だ。あっという間にゴブリン達は沈黙した。
 少し進んだ先で、ジェイコブ達は鳴神 裁達を発見した。
「もうここまで来たの?」
 ここで抵抗を続けていた二人、実際には合体してたり魔装をしていたのでもっといるのだが、からこの地点に捕虜の私物がある事を確認したジェイコブは、テレパシーで仲間と情報を共有した。
「随分と無茶してたのね」
「これは、この間の傷だよ。あと少しだったんだけどなー」
 ジェイコブがやりとりしている間に、フェリシアは裁に治療を施した。
「治療は済んだか?」
「ええ、応急手当だけど」
「いくつか確認が取れた。捕虜達も脱出のために行動を開始したらしい、互いの位置はわからないが、この荷物は俺達で先に回収しておいた方がよさそうだ」
「これ運び出すの?」
 二人増えても、荷物を運び出すには人手が足りない。
「問題ない。近くに居る連中を集めてくれるそうだ。俺は使わない通路にトラップを仕掛けておく、少し休んで体力を回復させておけ」

 黒い大樹から少し離れた、対空砲が揃っていた地点。
 既に各輸送機はここを突破し、対空砲は地上に先行して降りた部隊によってほぼ沈黙する中、敵は地上兵力をかき集めてなんとか抵抗を続けていた。
「一斉攻撃、開始してください」
 ヴァイス・フリューゲル(う゛ぁいす・ふりゅーげる)の宣言に応じて、三人の部下が一斉に攻撃を開始した。
 正面の敵に集中していたゴブリンの群れは、横からの突然の強襲に戦列の五分の一を一瞬にして失う。
「いいタイミングよ、このまま、崩す!」
 エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)は、ファランクスの体勢からランスバレストによる突撃を敢行。射撃武器で固めたゴブリンの群れとの距離を大きく詰め、かつ正面の三体をぶっ飛ばした。
「攻撃中断、移動します」
 エリスが動き出した瞬間、結果を見ずにヴァイスは指示を出し、移動を開始する。少数の部隊なので、動きも早い。ここに敵が乗り込んできた時には、空薬莢以外の落し物は残っていなかった。
 エリスの突撃はゴブリン三つでは止まらず、そのまま奥の指揮官のワーウルフへと詰め寄った。正直な正面突撃を、ワーウルフは受けようとはせずに大きく回避、かつ素早い動きで右斜め背後に回りこみ、そこから今度はエリスの背を追って飛んだ。
「射線確保、援護します」
 そのワーウルフの背中を、ヴァイスはドラグーン・ライトニングで撃ち抜いた。まっすぐ進むエリスを追うには、同じように真っ直ぐ追うしかない。狙撃とも呼べない簡単な作業だった。
「指揮官撃破ね。さて、まだ続ける?」
 エリスはゴブリン達の背中に問いかける。最初に彼女が立っていた場所の少し奥には、部下が武器を構えている。数では圧倒的に劣っているが、それでも挟み撃ちの形だ。
 まだ息のあるワーウルフが、なんとかこの場から退避しようともがいている。その進路を薔薇の細剣で塞ぐ。
「武器を捨てて、投降するように指示して。そうすれば、あなたもあなたの部下も命までは取らないから」
 抵抗の意思はまだあったようだが、ワーウルフは一度部下のゴブリン達を見渡すと、彼らの士気の低下を察したようで、観念して従った。彼らは簡単に拘束してから、近くにあったスーパーの廃墟の稼動してない大型冷蔵庫に詰め込んでおいた。殺してまわるより手間はないし、凄腕のコックでもなければそこから抜け出して反撃なんかできないだろう。
「これで粗方片付いたわね」
「あと残すは、司令級が一人」

 ザリスは鎧の上から頬を掻いて、少し首を傾げた。
「うーん、どうしよっかなー」
 鞭を手にしたザリスを正面に立つのは、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)だ。部下達を引き連れてここまで来たが、行く手を阻むザリスによって進軍を止められていた。
 さすがにこのクラスの相手に、部下達をぶつけても危険が増すだけだ。ザリスの相手は契約者で引き受けて、部下達はエリスに預けてある。
 ザリスの周囲の地面にはあちこちに大きな刃物で切りつけたようなあとがある。これは全て、彼の得物の鞭が通ったあとだ。本気で振るわれた鞭は刃物のように、触れるものを切り裂いていく。
 安全に切り抜けられる相手ではない。エヴァはそう判断し、煉に合図を送った。
「わかった」
 二人は同時に左右に分かれて動きだす。エヴァは覚醒し、己の力の限界を引き出しつつ、ミラージュを展開した。
「へぇ、ふーん」
 ザリスの声は、それまでのやる気の無いものと変わらなかったが、煉は何かぞっとするようなものを感じ取った。だが、動きは止めない。
 鞭の範囲ぎりぎりのところまで進み、エヴァはさらにアクセルギアを起動した。時間が引き延ばされて、自分以外の全ての動きが鈍化する。
 ザリスがとった対抗策は単純だった。
 まず鞭を振って、ミラージュの幻影を次々とかき消していく。鞭はまるで獲物を狙う生き物のように、一振りの間に獲物を追っては切り、追っては切りと進み、幻影の半分以上をかき消した。それから、トントントンと三歩下がって、足元の細かな瓦礫のゴミを蹴り上げた。
 ゴミはぱらぱらと空中に散らばる。エヴァはこれを避けるしかない。止まっている銃弾に、銃弾の発射速度で体当たりすれば同等の被害を受けてしまうからだ。だが、幻影はそんなのお構いなしで突っ込む。
「よくわかんないけどさ、その身体でそんな動きするのは、ノーリスクってわけにはいかないよね?」
 とはいえザリスも、エヴァの動きを完璧に追えていたわけではない。幻影を削り、ゴミの礫で回り込む道を制限し、おおよそ攻撃のくる方向を絞った。そこが彼にできる限界であり、最善手だった。
 そこまでお膳立てして、ザリスが最後にとった行動は、鞭の持ち手の部分で、回りこんだ先から狙ってくるであろう急所を塞ぐ事だ。
 この一連の動きを煉は間合いを詰めながら全て見ていた。だが、いくら彼といえども、三十秒を五秒に短縮する動きを、全て見切れたりはしない。彼が確認できたのは、ザリスの奇妙な行動と、その直後ザリスが吹き飛び、離れた建物に叩きつけられた事、そしてザリスが立っていた辺りで、座り込んでいるエヴァだ。
 ザリスを追うには遠い、まずは覚醒とアクセルギアで動けなくなったエヴァへと向かった。
「ごめ……しとめ、らんなかった」
 掠れたエヴァの声が、耳に届いた瞬間、煉は手を引っ張られるような違和感を感じ取った。次の瞬間、身体が浮き上がる。その腕には、ザリスの鞭が巻きついていた。
 そのまま、近くにとめられていた車にたたきつけられる。車はその衝撃で横転した。
「危ない危ない、あと一歩で首を持ってかれるとこだったよ」
 ザリスの首は、見れば親指一本分ほど抉れている。人間であれば致命傷だろうが、ザリスにとっては大ダメージであるものの、動けなくなるほどではないようだった。
「……んー、やっぱりわからないな。僕には何が見えたんだろう? ま、いっか。ともかく、こっちの処理を終わらせようか。大丈夫、痛みなんて感じないよう一撃で終わらせてあげるよ」
 ザリスはエヴァに歩いて近づくと、鞭を真っ直ぐ振り上げた。
 そのまま腕をあげた状態で、ザリスが固まる。
 振り上げられた黒い鞭は、その途中から白い鞭、リボンソードに巻き付かれて真っ直ぐに伸びたままになっていた。
「やーっと見つけた。あなたの鞭とあたしのリボン、どっちが強いかしら?」
 リボンソードを辿った先には、桜月 舞香(さくらづき・まいか)の姿があった。
「きみは、こないだの」
「うおおおおおおっ!」
 見上げたザリスの視線を、煉の雄たけびが地上へ引き戻す。
 ザリスの唯一の獲物は、空中に縫い付けられたように動かない。
「お互い様ってやつかな、きみも僕も、相手が倒れたかちゃんと確かめなかったもんね」
 片腕をあげたまま、大した抵抗もせずザリスは煉の剣を受けた。

「なんで、手を放さなかったのかしら?」
 舞香は倒れたザリスを見つつ、首を傾げた。
 ザリスの鎧の腰の辺りには、何本かダガーがぶら下がっていた。一式の鎧の標準装備なのだろう。
 封じられた武器を捨て、このダガーを抜けば、その後の勝利できたかはともかく、もう少し粘れたはずだ。
 ザリスの単純な身体能力はかなり優秀だ。戦うにしろ逃げるにしろ、あそこで諦める理由は無いはずだ。
「まいちゃん、どうしたの?」
 ザリスの亡骸の近くで、悩んでいる様子の舞香に桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が声をかけた。ちなみに、覚醒光条兵器は返してもらっているので、行動に支障は無い。
「あ、みんなの治療終わった?」
「はい」
 先行降下した部隊は、ザリスを倒したことで一旦集まり、簡単な治療と部隊の再編が行われている。既に前に進んだ味方は黒い大樹に取り付いており、緊急の救援要請も無い。一息ぐらいならつけるというわけだ。
「それで、何かあったんですか?」
「何かあったんじゃなくて、何でかなって」
 舞香は自分が感じた疑問をそのまま綾乃に伝えた。
 綾乃は地面に落ちたザリスの鞭に視線を向け、きっと、と前置きをつけてから、
「大事だったんじゃ、ないかな?」
 と、言った。
「この鞭が?」
 持ち手の部分が砕けた鞭を舞香も見つめる。大した装飾もない地味なものだ。リボンソードに絡みつかれても切れなかったところを見ると、相当いいものであったようには思う。
 武器を己の身体の一部といったり、相棒と呼んだりする人がいるが、そういう事なのだろうか。そんな疑問を、見透かしたように綾乃が続ける。
「何ていうかな。自分自身そのものみたいな、アイデンティティーだったと思うの」
「そういえば、最強の武器を決めるとかで、自分達で殺し合いしてたとか言ってたんだっけ」
 ザリスの語った事が真実であるのなら、ダガーを持ったザリスもまた存在していたはずだ。武器を持たないザリスが居るのだから、鞭を捨てるという事もまた、被ってしまう。
「そういえば、こいつらの違いって武器だけだもんね」
 何を持つかで差異を、個としての自分を確立しているのならば、他人の武器を使うという事は自分を捨てる事に等しい。鞭を持ったザリスが鞭を手放せば、それは有象無象いるザリスの一つであり、鞭を持ったザリスは死ぬのと同じだ。
 同じ死であれば、鞭を持ったザリスの死として、最後まで唯一でありたいと、そう願っての事だろうか。全ては推測だ、真実は誰に尋ねる事もできないだろう。
 戦闘メイドさんの一人が駆け寄ってきて、移動開始の知らせを伝える。
 舞香は落ちていた鞭を丸めてザリスの上に置くと、綾乃と共に駆け足で移動する部隊に合流した。