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リアクション
■第 3 章
「あれは」
とフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が、まず前を行く2人に気付いた。
「マスター、あらちをご覧ください。セルマさんなのです」
「ん? ああ、みたいだな」
レシェフは小さく何の特徴らしい特徴もない港町だが、今日は浮遊島行きの船が出ることもあってかなり通りは混雑している。人をはさんで大分距離があったものの、しかし別人と見誤るほどの遠距離でもない。ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がうなずいて同意したことに、フレンディスはセルマに向かって声をかける。
名前を呼ばれ、セルマ・アリス(せるま・ありす)はパートナーのシャオ(中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう))としていた会話を止めて、そちらを振り返った。
「フレンディスさん、それにベルクさんも」
立ち止まり、彼らがやって来るのを待つ。徐々に間に挟む人がなくなり、彼らの姿が見えてくるにつれて、セルマの目が少し驚きに見開かれた。
「どうかしたの?」
「あ、うん……」
意識の大部分がそちらへいった状態で、生返事を返す。そうなっても無理はなかった。ベルクの後ろにはフレンディスと並んで、JJの姿があったからだ。そして足元には狼型ギフトのパルジファルが忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)と並んで歩いている。
「JJさんもご一緒だったんですか」
セルマの質問に答えたのはポチの助だった。
「ふふん。僕の情報収集能力をなめていただいては困ります! この超優秀ハイテク忍犬の僕ほどになれば、探したい相手が今どこにいるかなど、瞬時に把握できるのです!」
「ポチは本当に優秀なのです。ありがとうございます、ポチ」
フレンディスが身をかがめて頭をなでる。声から誇らしげな響きを受け取って、ポチはうれしそうにきゃんきゃん鳴いた。
「というわけで、狼……いいえバルジさん! 今日こそ決着を、と言いたいところですが、今日はご主人様のために我慢するのです! 決してあきらめたわけではないですから、そこのところ誤解なきように!」
ポチの助は一生懸命にらみ上げるが、元がかわいいコロコロ豆柴犬のため、せっかくの威嚇も8割減である。パルジファルは無言・無表情で見返すだけだ。
「あ、えーと……。
ここにいるってことは、JJさんも浮遊島に?」
「……そうなるかしら。まだ分からないけれど、たぶん」
「そうですか。
今、シャオとも話していたんですけど、列がすごくて乗船まで時間がかかりそうなんです。時間つぶしにどこかでお昼でもと思ったんですが、よかったら皆さんもどうですか?」
「おっ、そりゃいいな」
「マスター、こちらは港町で漁業が盛んと伺っておりますし、私、お昼ご飯にはお魚料理を食したいです」
ベルクが乗り気になったのを見て、フレンディスが提案をする。
「じゃあ、みんなでお昼にしましょうか」
シャオがまとめて、5人と2頭はそこそこにぎわっている料亭へと入って行った。
どんな素材がどのように調理されているか、細かく書かれたメニューからそれぞれ好みの料理を選び、さらには応対してくれた店員に店のおすすめ料理を聞いてそれも頼む。
席につき、注文もすんで人心地ついたところで、フレンディスが興味津々顔でJJに向き直った。
「JJさんは、浮遊島へ何をされに行くのですか? 観光なのですか?」
観光なら一緒に回りたい、という考えでいるのはあきらかだった。
「……仕事のようなものかしら」
「姐さん」
パルジファルが驚いたように頭を上げる。
「あ。お仕事なのでしたら、詳しくは教えていただかなくてかまわないのです。任務には守秘義務もあります故……」
「……いいの。仕事といっても、まだ正式に受けたわけじゃないから。
……クインがたまたま浮遊島からの電波を拾ったの。脱走した罪人がいて、生死を問わず連れ戻った者には50万出すという内容だったそうよ」
クインの名前を聞いて、ベルクがあきらかに顔をしかめた。口元へ運んでいた水のグラスで隠れていたが、JJは目ざとくそれを見つける。
「……心配無用よ。クインは来てないわ」
「そりゃよかった」
前回フレンディスに言い寄ったことから、ベルクはクインに少し警戒心を抱いていた。あれだけあからさまに言い寄られていたのにフレンディスは天然っぷりを全開にして全く意識している様子はなく、クインも受けた感じではまだかまかけ程度で本気になっている感じではなかったが、いつ本気になるともしれない。口に劣らず手も早そうな男だ。用心するにこしたことはない。
「どうかされたのですか?」
「……単に、高所恐怖症なのよ、彼。昔、とんでもない高所から落ちて死にかけたことがあるらしいわ。詳しくは知らないけれど」
「高い所が苦手か。こりゃいーこと聞いたな」
俄然、今度会うのが楽しみになってきた、とベルクが笑ったところで、料理が運ばれてきた。
ここは人間の料亭だ。犬用の料理はない。
「……あなたたちはこれね」
と、取り皿を下に置いて、JJはパルジファルのサイドバッグから取り出した『ほねっぽん−魚介MIX−』の袋を破いて広げた。ポチの助は大好物の『ほねっぽん』に、さっそくかぶりつかんばかりに顔を埋める。そこでふと、あることを思い出して食べるのをやめて、ポチの助が食べるのを見守っていたパルジファルを見上げた。
「ところでこの超優秀な情報犬の僕でさえ入手できなかった正月限定『ほねっぽん』、あれはどうやって入手したのですか?」
「ありゃあクインの野郎が仕入れたモンだ。備蓄物は全部あの野郎が仕切っている。あれがどんくらい入手困難な品かは知らねぇが、ITの扱いに長けた野郎のことだ、流通のどこかで横流しでもしていておかしくねぇだろうな」
「なるほど」
もぐもぐしつつうなずくポチの助の頭を、でかい前足で下に押す。
「いいから食事中は黙って食え」
その横柄な態度にむう、ときたものの、ポチの助はそう言いながらパルジファルが全く口にしてないことに気がついた。
(そういえばあのときも、パルジさんは口にしなかったのです)
「パルジさんは食べないのですか?」
「おまえが食い終わってからだ。食事ってなぁまずガキが腹いっぱい食うモンだ。ガキはでかくなんねぇといけねぇからな」
「失礼な! 僕はこれでも成犬――」
「黙って食え」
またも頭を押されて『ほねっぽん』に押しつけられ、ポチの助はそれ以上何も言うことができなかった。
食事を囲んでの話題はだんだんと新しい冒険の地、浮遊島への期待に満ちた話へ移っていく。どんな場所なのか、7000年も鎖国していたという国が、どうして今になって国交を回復しようとしたのか――。
おいしい料理に箸も進み、おなかも満ちて、ふうと背もたれに背中をついたシャオは、店内に流した視線で、ふと、あるカウンター席についた、見た感じ二十代後半という青年に目を止めた。
マントをまとった、あきらかに旅装束なそのカナン人はどこか思いに沈んだ様子で、盛況な周囲から少し浮いて見える。
それだけならシャオも「辛気くさそうな人」で流していただろう。しかしマントから出た剣の鞘にほどこされた象嵌(ぞうがん)が、シャオの目を引いた。
「セルマ、あれ」
「ん?」
シャオに促されてそちらを見たセルマも、すぐに彼女が気づいたものに気づく。
オズトゥルクの持ち物全てに入れられているもので、イスキア家の紋章だ。つまりは、彼はイスキア家の者ということだ。
「どうして南カナンに?」
「この町にいるってことは、やっぱり浮遊島へ行くってことかしら? 調査とか?」
「……行こう。直接訊いた方が早い」
セルマは断りを入れて席を立つと、カウンター席の青年の元へ向かった。
青年は近づくセルマに気づき、口つけていたグラスを置く。
「すみません。少々お尋ねしたいことがあります。俺はセルマ・アリスと申します。シャンバラの学生です。
ひょっとしてあなたは、オズトゥルク・イスキアさんに縁ある方ではありませんか?」
オズトゥルクの名前が出たことに、青年は少しわずらわしそうに目を眇めたが、セルマたちがあきらかにカナン人でないことに気付くと表情を変えた。
「きみ、今セルマと?」
「はい。こっちはシャオといいます」
その返答に、一瞬で青年のはしばみ色の目がなごんだ。2人の名前をあきらかに知っている様子だ。
「そうか、きみたちがセルマとシャオか。親父からよく話を聞いている」と、どこか笑いを含んだ目が、シャオを見た。「きみが親父の女神だね」
とたん、カッとシャオのほおが赤くなった。あわてて周囲を見回し、だれにも聞かれてないことを確認する。幸い、店の客たちは自分たちのことに集中していて、だれも彼らに気を向けてはいなかいようだった。
「それはやめてください。私はシャオリウです」
青年ははははと笑い、2人に座るように手を振った。
「おれはカディル・ジェハド・イスキア。よろしく。
きみたち、ここにいるってことは浮遊島へ?」
「はい。そうです」
「ああ、敬語はいらないよ。おれは親父の息子と言っても養子で、血のつながりはほとんどない。イスキアの家を継ぐわけでもない、ただのカディル・ジェハドだ。――ああ、その顔は知ってるようだね。なら話は早いか。
そういうわけだから、おれに敬語を使う必要はないよ」
血のつながりはないとはいえ、あのオズトゥルクの近くで育ってきた青年だ。人好きのする笑顔や豊かな表情は彼譲りなのだろう。
その人当たりの良さに、シャオは思い切って訊いてみることにした。
「私たちがここにいるのは、お察しのとおり浮遊島へ行くことなんだけど、もしかしてあんたもそうなわけ? 調査とか?」
とたんカディルは何とも言えない、少し困ったような複雑な表情をする。
「あ、仕事だったら仕事で、詳しく言わなくていいのよ。こっちも聞き出したいわけじゃないから」
「――いや。仕事じゃない。ただ、迷っているんだ。行くべきなのか、やめるべきなのか……。
弟たちは行くべきだと言ったが……」
最後、独り言のように口にして、カディルは視線をグラスに落とした。また、さっきまでの暗い、思いつめたような表情が浮かんでいる。
カディルは昨夜のことを思い出していた。結婚の日付が決まったことを告げに、正月以来久方ぶりにイスキア家を訪ねた彼に、弟たちが言ったのだ。「本当にそれでいいのか?」と。
『このまま結婚して、本当に後悔しない?』
10年前、南カナンでの夜祭の日、知り合ったある女性と将来を誓ったことを弟たちに話したのは間違いだったと、カディルは思った。それ以来会っていないということで、弟たちはずい分ロマンチックな想像を働かしているようだが、現実はそういうものとはほど遠い。
彼はだまされたのだ。まだ十代だった彼は、彼女の美しさにのぼせ上って、優しく、清廉な少女だと思い込んだ。――とんだアバズレだった! もてあそばれ、だまされたあげく、大切な物を奪われてしまった。
「カディルさん?」
「行く、べきなんだろうな。指輪を返してもらわなくては」
「指輪?」
つぶやきを拾って、シャオが問う。
「ああ。10年前、あの島の女性に母の形見の指輪を盗られたんだ」
あの夜のことを思い出すのは今も胸が痛い。その後、ずっと彼女を信じて待ち続けた自分のばかさかげんも。
彼女がまだ自分をこんなにも傷つけることができるのが、腹立たしい。
胸の痛みを軽減するように、大きくと息を吸い込んで吐き出す。その姿をじっと見て、シャオは切り出した。
「ここで会ったのも何かの縁。よかったら、私たちと一緒に行かない? 旅行は1人で行くより大勢の方が、きっと楽しいわよ」
何か事情があるのは察したが、深く探ろうとはしない彼女に感謝する思いでカディルは微笑し、その申し出を受けた。
「ありがとう」
料亭を出るとき、彼らは分かれることになった。
セルマたちがカディルの方へ席をはずしている際に、フレンディスがJJに捜索の協力を申し出ていたのだ。
「搭乗締切までまだ時間がありますし、私でご協力できる内容ならば、先のお詫びとポチへのお礼を兼ね、お手伝い致したく」
「そう。頑張ってね」
手を振りあって、セルマたちは乗船場へ、フレンディスたちは再び町の通りへ戻って行く。
「それで、捜してるのはどういったやつなんだ?」
犯罪人というのなら、相応の強敵かもしれない。腕が鳴ると言いたげなベルクに少し苦笑して、JJは写真を見せた。
「……ノイズがかなり入っているから見づらいけれど……。十代の少女で、名前はツク・ヨ・ミ。額に重犯罪者の証である、4枚花弁の形の刺青(いれずみ)が入っているそうよ」
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