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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第五章  二岡関の攻防

「かかれぃ!」

 西湘軍総大将が、軍配を振る。

「攻撃、開始!」
「攻撃開始ーー!!」

 法螺貝があちこちで吹き鳴らされ、総攻撃の指示が次々と全軍に伝達されていく。
 先鋒が、攻撃を開始した。

 関に籠もるのは、重綱と直率の兵100余り。
 その重綱軍目がけて、西湘軍の中央が銃撃の雨を降らす。
 一方、訓練役を買って出た酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)による、文字通り『地獄の特訓』を潜り抜けて来た重綱軍の兵達は、これが初陣とは思えぬ身のこなしで、巧みに遮蔽を利用して、敵軍に銃撃を加える。

 西湘軍からは、ライフル弾に混じって時折携行ロケットランチャーも打ち込まれるが、関を構成する特殊鋼板に凹みをつけるのが精一杯で、穴一つ空きはしない。
 両軍、激しい銃撃戦が続いた。

 
 一方、西湘軍の両翼は、左右の丘を登り始めていた。
 西湘軍は事前の諜報活動で得られた情報よりも、関が遙かに硬い事に気づき、丘を抜けて関の内側に回りこむ作戦に出たのである。

 そんな西湘軍を、左右の丘の上から見下ろす者達がいた。
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)である。

『ククッ……。自ら死地に飛び込んでくるとは……愚かな……』
『エクスさん、セリフが悪人みたいです』

 などとヘッドセット越しに悠長なやり取りを交わしながら、攻撃のタイミングを図るエクスと睡蓮。
 丘の上はちょっとした林になっており、下からの敵に見つかる心配はない。

 一兵足りとも逃さぬよう、ギリギリまで敵を引きつける。
 更に攻撃が奇襲となるよう、二人同時に攻撃しなければならない。
 二人は、その『時』が来るのを待った。

『そろそろ行くぞ、睡蓮。3……2……今だ!』
『ハイッ!』

 【天破の弓】につがえた矢を、天に向かって打ち上げるエクス。
 【祈りの弓】に怨敵撃滅の願いを込め、矢を放つ睡蓮。

 二人の弓から放たれた二本の矢が、数えきれない数の矢に分裂し、敵兵に文字通り雨のごとく降り注いだ。
 たちまち、何人もの兵が、丘を転げ落ちる。

 上方からの攻撃に、身を伏せるよう、ボディサインを送る小隊長。
 その頭蓋を、睡蓮の《神威の矢》が過たず射抜き、絶命させる。
 【ハイパーガントレット】を嵌めた睡蓮の手は、恐ろしい早さで矢を繰り出し、少しでも姿を見せた敵兵を確実に仕留めていった。
 

 一方、反対側の丘の上では、矢の雨の前に動くこともままならない敵兵たちを、巨大な黒い塊が襲っていた。
 なだらかな丘の上を、ゆっくりと、滑るように転がり落ちてくる《闇黒死球》。
 悲鳴を上げながら、一人、また一人と巨大な闇に飲み込まれていく敵兵。
 例え巨球の進路上にいなくても、珠の持つ力によって、ズリズリと、引きずられるように珠に吸い込まれてしまう。
 大地に突き立てた銃に、必死にしがみつく男。地面に指を食い込ませ、必死に歯を食いしばる若い兵士。
 そういった者たちを、巨球は無慈悲に吸い寄せ、その体内に取り込んでいく。
 恐慌をきたし、背を向けて丘を駆け下りる兵士は、余さずエクスの弓の餌食となる。 

 両翼からの攻撃は、わずか数分の間に頓挫した。
 


「申し上げますっ!」

 本陣の西湘軍総大将の本陣の元に、伝令が息せき切って駆け込んできた。
 既に味方の苦戦を伝えられている総大将の顔には、苛立ちの色がはっきりと浮かんでいる。

「何事か!」

 腹心が、素早く問いかける。

「はっ!関から、敵の武将がうって出ました!いずれも、異国風の出で立ちをしております!」
「異国風……?契約者か?」
「おそらくは――」
「して、数は?」
「3人にござります!」
「さ、3人じゃと?」
「ハイ」
「馬鹿者!たかが3人程度、わざわざ報告するまでもない!さっさと片付けい!」
「ハッ!」

 腹心に厳しく叱責された伝令は、転げるように馬にまたがると、元来た道を駆け戻っていく。

「全く幾ら契約者とは言え、たかだか3人の敵にわざわざ伝令をよこすなど――」

『兵たちの契約者恐怖症にも、困ったモノですな』と言葉を続けようとする腹心。

 だが、突然聞こえてきた兵たちの悲鳴に、その顔が凍りつく。

 彼方に、天高くそびえ立つ、一条の光の筋が見えていた。



「でいりゃぁーーーーー!!」

 気合の声と共に、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が巨大な光剣を横薙ぎに振るった。
 陽一の闘気を受け、天を衝くほどに長く伸びた光る刀身が、進路上にあるモノ全てを襲う。
 槍を構え、陽一目がけて丘を駆け上っていた騎馬武者。銃を構えていた兵士。何事かと、事の成り行きを見守っていた者。そういった者達全てが、一緒くたに薙ぎ払われ、吹き飛び、味方を巻き込ながら転げて落ち行く。

 その、余りに非現実的な光景に呆然としている敵を、再び陽一の《アナイアレーション》が襲う。
 人馬が、宙を舞った。

「もう少し手加減したらどうだ、陽一。いくら刀の平で打った所で、斬殺が撲殺になる程度の違いしかないのでは意味が無い」

 その惨状を目の当たりにして、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が、ため息混じりに言った。
 彼女は陽一の斜め後ろ、彼の剣の死角をカバー出来る位置に立っている。

「そ、そうだな。もう少し、手加減するか」

 出来る限り死者を少なくしようとして、わざわざ剣の平で攻撃したのだが、まだ出力過剰なようだ。
 陽一は、【ナノ攻撃強化装置】のスイッチを切った。

「よし……と。それじゃ、いくぜ」
「背後は任せろ。好きなだけ、暴れてこい」

 フリーレの声を背に、陽一は、一歩、また一歩と前に踏み出す。
 その手には、光り輝く巨剣が握られたままだ。

 ザリッ。ザリッ。

 もだえ苦しむ人馬の呻きといななきとで満ちた空間の中で、その音だけが、指揮官の耳に妙にはっきりと聞こえた。
  

「な、何をしている!撃て!撃てぇ!」

 半ば悲鳴のような指揮官の声に、我に返った敵兵たちが、必死の形相で射撃を始める。
 まるでそうすることで、身に染み付いた恐怖が拭いされるかのように。

 ライフルの弾丸が、陽一へと殺到する。
 だがその全てが、陽一の構えた大剣と、【ナノ強化装置】とに阻まれる。

「どうしたどうしたぁ!そんなんじゃ、俺には傷一つ付けられないぜぇ!」

 敵軍に突撃し、巨剣を振るう陽一。
 敵の攻撃など、お構いなしだ。
 
 陽一は、まるで巨大な暴風のように暴れまわった。



「おーおー、派手にやってやがる」
 
 陽一の戦いに目をやりながら、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は敵軍に向かってのんびりと歩を進めていた。

 先ほどからレンには、弾丸が文字通り雨あられと浴びせられているが、皆【ディストーティッドフィールド】と【鉄のフラワシ】に阻まれて、彼の身体には傷一つつける事は出来ない。

 陽一のように一気に突っ込んでもいいのだが、レンには考えがあった。
 こうして少しでも敵の的になる事により、関に籠もる兵たちの負担を減らそうと言うのだ。
 同時に、圧倒的な防御力を見せつける事により敵の無力感を煽り、士気を低下させるコトをも狙っている。

(そろそろだな……)

 前線の兵士に動揺が出てきたのを見て取ったレンは、駆けた。
 【魔銃ケルベロス】を乱射しながら、走る。
 レンが引き金を引くたび、きっちり3人の兵が倒れ、崩れ落ちた。
 そうして出来た戦列の「穴」目がけて、《ポイントシフト》。

 いきなり目の前に現れたレンに、目を丸くしている敵兵の急所を、次々と【魔導刃ナイト・ブリンガー】で切り裂いていく。
 見る間に、レンの周囲は死体で埋め尽くされた。

「くっ!何をしている、敵はたった一人ぞ!皆で一斉にかかれ!」

 指揮官の声に我に返った兵たちは、手に持ったライフルを刀や槍に持ち替えて、レンを取り囲んだ。
 予想通りの展開に、ほくそ笑むレン。

「それじゃ、後よろしく♪」
「了解です!」

 レンは、ヘッドセットに向かってそう言うと、再び《ポイントシフト》で移動。
 更に一段奥の敵戦列へと移動した。


「総員、射撃用意――撃て!」

 レンからの連絡を受けた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が、配下の【親衛隊員】や【特殊作戦部隊員】に射撃命令を出す。
 包囲していたハズのレンがいなくなり、呆然としている敵兵が、バタバタと倒れていく。
 応戦しようにも、銃を刀に持ち替えてしまった彼等に、その術はない。
 後退しようにも、すぐ後ろではレンが仲間を次々と死体に変えている。
 結局彼等に出来る事といえば、地面にへばりつくか、戦友の死体を盾にするかして、弾丸を避ける事だけだ。
 もっともそんな努力も、関からの間断ない銃撃の前には、死をほんの少し遅らせる程度の役にしか立たないのだが。

 レンの神出鬼没の攻撃と、《優れた指揮官》であり《覚醒コマンダー》でもある舞花の的確な指揮の前に、早くも敵軍は、屍の山を築き始めていた。



 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が敵軍に突撃してから、どれほどたっただろうか。
 敵に死と破壊をまき散らし続けていた陽一の《超感覚》が、『何か』を捉えた。
 その直後、巨剣を振るう陽一の手が、まるで鉛の様に重くなる。

(な、なんだ……?)

 違和感を無理やり振り払うように、剣を振るう。
 だがその剣は、敵一人を打ち倒した所で止まった。

(アナイアレーションが使えない……?)

 それだけではない。一撃のダメージも、明らかに減少している。

(《覚醒ラヴェイジャー》の力もか!?)

「敵は明らかに弱っておる!討ち取るは今ぞ!」

 陽一の異変に気づいた指揮官が、総攻撃を命ずる。
 息を吹き返した敵兵が、次々と陽一に襲い掛かってきた。

「どうしたのだ、陽一!?」

 殺到する敵を【凍魔の氷装】で打ち倒しながら、フリーレが陽一に近づく。

「わかんねぇ。急に、身体から力が抜けたみたいになって……。まるで、能力が封じられたみたいに……」
「『封じられた?』……!陽一、すぐにこの場から離脱するぞ!」

 陽一の手を掴んだまま【嵐の衣】を翻し、宙に舞い上がるフリーレ。
 周囲の兵士が、突然の突風に吹き飛ばされる。

「一体どういう――……!そうか、スキル封じか!!」

 誰だかはわからないが、敵軍の契約者が、陽一の能力を封じたのだ。

「逃すな!撃て、撃てぃ!」

 自身も【漆黒の翼】を拡げた陽一は、ともかく戦場から離脱すべく、一気に高度を上げる。
 何発かの銃弾が陽一とフリーレを捉えるが、いずれも二人の厚い守りを阻まれる。
 彼等は、あっという間に戦場を離脱した。


「ルカ達の報告に『スキル封じを使う敵がいる』ってのがあったが……。まさかそいつに出くわすとはな」
「敵にも、思いの他契約者が多くいると言う事だ。これまでの夜襲の失敗といい、そう考えれば合点が行く」
「でも、西湘軍は攘夷派なんだろう?どっからそんなに契約者を連れてきたんだ?夷狄なんだろ、連中からみたら?」
「それはわからぬ――。とにかく、これからは契約者の力を過信するのは禁物と言うことだ」

 淡々と、そう言うフリーレ。
 それっきり、二人一言も口を利くことなく、関へと急いだ。



「大丈夫、お兄ちゃん!?怪我とかしてない?」

 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、砦へと戻ってきた酒杜 陽一(さかもり・よういち)フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に駆け寄って来た。その顔には、心配げな表情がありありと浮かんでいる。

「怪我はない。あったとしても、かすり傷程度だ」
「いきなり『力』が使えなくなったから、念のため戻ってきただけだって。心配するなよ、美由子」
「そう……。良かった……」

 陽一とフリーレの言葉に、心底ホッとする美由子。

「心配かけて、悪かったな」

 ポン、美由子と頭に手を置く陽一。
 その手の温かさと陽一の表情に、固さの残っていた美由子の顔に、笑みが戻った。



「そうだ!お兄ちゃんとフリーレ、お腹空いてない?それとも飲み物がいい?」
「水をくれ、水!思いっ切り良く冷えたヤツ!」
「私はお茶をもらおうか」
「冷たい水と、お茶ね。すぐ用意するわ!」

 あっと言う間に《ティータイム》の用意をする美由子。
 お茶うけに出されたお茶菓子の甘さが、疲れた身体に心地よい。

「もうなくなっちゃったのね。おかわり、持ってくるわね」

 パタパタと駆け出していく美由子。それと入れ替わりに、レンとエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が入ってきた。
 空を飛ぶ手段を持たなかったレンは、敵陣の奥深くまで《ポイントシフト》した所でスキル封じに遭い、脱出に苦労していた。
 上空から戦場を偵察していたエリシアがそれに気付き、彼を救出したのだが、レンの全身は返り血で、朱に染まっていた。

「クソッ!こんなコトになるんなら、【可変型機晶バイク】置いてくんじゃなかった……」

 レンが『精魂尽き果てた』といった様子で、どっかと床に腰に下ろした。
 一応、関の風呂で身体を洗っては来たのだが、やはり血の匂いは完全には取れないらしい。
 陽一が、レンの匂いをクンクンと嗅いで、顔をしかめている。

「アイツら、殺しても殺しても向かって来やがって……!」

 悪態を吐きながら、美由子のお茶菓子をつまむレン。
 
「セレンと唯斗たちはどうだ?」

「セレンさんたちは現在、敵本陣の守備隊と交戦中です。唯斗さんからは先ほど『これから大将首を取ってくる』と連絡が」

 お茶のおかわりを持ってきた、美由子が答えた。

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)、それに紫月 唯斗(しづき・ゆいと)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)の4人は、予め関を抜けだして敵の背後に回り、奇襲を掛ける事になっていた。

「そうか。上手く行くといいけどな」
「事前偵察じゃ、本陣の守りは相当固いらしいからな。オレ達の陽動が上手く行ったとして、どれだけ手薄になるか……」
「だな」

 美由子の淹れたお茶で一服しながら、レンは、今まさに戦っているであろう仲間たちに、思いを馳せた。