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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第七章  決戦

 東野藩の首府広城の北、遮る物とてほとんど無い一面の田野。
 日吉野(ひよしの)と呼ばれるその地は、常であれば田に水が張られ、農民たちが田植えに勤しんでいる時期であるが、今は、両軍合わせて1万にもなろうかという兵が、南北に分かれて対峙していた。

 北は、水城 隆明(みずしろ・たかあき)を総大将とする、九能 茂実(くのう・しげざね)軍5千余り。
 対する南は、広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)を総大将とする、東野藩4千余り。

 九能軍の陣形は、中央本隊を下げ、左右の軍を前に押し出した、いわゆる鶴翼(かくよく)の陣。
『V』の字型のこの陣は、一般に防御に勝るとされる。
 この陣形を九能軍がとっているのは、少しでも戦いを長引かせ、西湘軍が到着するまでの時間を稼ぐためである。

 対する東野軍は、中央部が突出し、左右の軍が末広がりに広がっていく魚鱗(ぎょりん)の陣。
 『△』型のこの陣形を東野軍がとっているのは、敵中央を一気に突破する事により、西湘軍の到着前に戦いの決着をつけてしまおうという、強い意志の表れであった。

 決戦の日時とされた今日の正午まで、既に後1時間を切った。
 兵も将も皆早々と昼餉(ひるげ)を済ませ、それぞれに戦いまでの時を過ごしていた。


「いいか、みんな。戦において一番気をつけなければならないのは、敵と戦う事に必死になるあまり、周りへの注意を怠る事だ。」

 予備戦力の騎兵隊の隊長を任された源 鉄心(みなもと・てっしん)は、部下たちに向かって、出陣前の最後の訓示をしていた。

「折角目の前の敵を倒しても、横や後ろから敵に刺されては元も子もないし、一人で闇雲に突撃すれば、敵に囲まれる元となる。特に今回の戦では、全体の連携が大切だ。俺の指示をよく見て、行動して欲しい」

「「「「ハッ!」」」」

 鉄心の訓示に、気合に満ち満ちた声を返す将達。
 一人残らず今回が初陣という部下たちは、すっかり緊張しきっている。

「とまぁ、言ってはみたものの、初陣なら、仲間を撃たずに生きて帰って来れれば及第点だから、そんなに気負わないで。まずは、肩の力を抜くことかな」

 鉄心にそう言われて、部下たちも思う所があったのだろう。それぞれに深呼吸してみたり、槍を取って稽古を始めたりと、各々緊張をほぐす努力を始めた。

(さて、出来るコトはやった。後は、実戦で俺の指揮通りに動いてくれるかどうかだが……)

 自分が一から鍛え上げた部下たちだ。信頼していない訳ではない。
 しかし戦場という所では、思った通りにコトが運ばないくて当たり前なのだ。

(せめて一人でも、戦死者を少なく出来れば――) 

 鉄心は、心からそう願わずにはいられなかった。



「雄信様――?雄信様?」
「え?あ、ああ。隼人殿」

 目前に迫った戦の事で頭が一杯になっていた広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)は、隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)に声を掛けられて、ふと我に返った。
 ついこの間まで雄信の影武者を務めていた隼人は、今回特に頼まれて、雄信の警護役となっていた。
 いざという時には、雄信を逃がすため、影武者となるつもりである。

「だいぶ、緊張されているようですね」
「は、はい。その通りです。ホラ、先ほどから身体の震えが止まりません」
「武者震いですね」
「ハイ。私のような農民上がりがこうして総大将など引き受けて良い物だろうか、果たして、自分に人が人が殺せるのか――などと考え始めたら止まらなくなってしまって」
「大丈夫ですよ、雄信様。今こうして軍場(いくさば)に来ている者の中で、雄信様が総大将である事に異を挟む者は、一人もおりません。あなたを総大将と認めているからこそ、皆あなたについて来ているのです――もっと、自信を持ってください」
「は、ハイッ!」

 隼人に励ませられ、雄信は少し元気が出たようだ。

「ねぇ雄信様。実は俺、今度の四州でのゴタゴタが収まったら、彼女と結構するんです」

 少しでも雄信の緊張を紛らわそうと、隼人は雄信に話しかけた。

「結婚!?そ、それは、おめでとうございます!」
「だからね、一刻も早く、この戦いを終わらせたくて仕方ないんですよ!だから、今日は勝ちます、九能軍を一撃の元に撃破して、返す刀で西湘軍も追っ払って見せます!」
「な、なるほど!」
「それでですね、結婚したら、彼女の方の姓を名乗る事に決めてるんですよ。ですから自分のコトは、今日から『隼人・レバレッジ』と読んで下さい」
「れ、レバレッジ殿……ですね?」
「ハイ!」

「いいのか、隼人。そんな死亡フラグ立てて〜」

 二人のやり取りを傍で聞いていた、三船 敬一(みふね・けいいち)が、ニヤニヤしながらツッコむ。
 雄信の母春日(かすが)から雄信の事を頼まれた敬一も、彼の警護に付いていた。

「し、『しぼうふらぐ』……?何なのですか、それは」

 聞き慣れない言葉に、神妙な顔になる雄信。

「一種の迷信ですよ。戦いの前に、今回の隼人みたいに『どうしても帰らないといけない理由がある』とか、『帰ったら幸せになる』みたいなコトを言うと、生きて帰れないという」
「ええっ!そ、それじゃ!だ、大丈夫なのですか、隼人殿!?」
「大丈夫ですよ雄信様。俺の中じゃ、俺はもう名前を変えて『レバレッジ』になっている。つまり、もう俺の中では既に結婚式は終わってるんです」
「は、はぁ……」
「もう結婚して、幸せになってる訳ですから、死亡フラグには引っかからないという訳です」
「そ、そういうモノなのですか……?」
「あー、雄信様。そいつの言う事は気にしないで下さい。うっかり立ててしまったフラグを外そうと躍起になってるだけですから」
「な、何を言う!こ、コレはそんな苦し紛れで言ってる訳じゃないぞ!」
「おー、どもってるどもってる。怪しい怪しい♪」
「だから、違うとゆーのに!いいですか雄信様!フラグなんて立ってませんからね、俺は絶っ対に、死にませんからね!」
「わ、わかりました……」

 二人のやり取りに、呆気にとられる雄信。
 そんな雄信を横目で見ながら、隼人は、

(よし。取り敢えず、緊張は取れたみたいだな)

 と、狙い通りの結果に満足していた。

(それに、もし俺に死亡フラグが立ってるんなら、雄信様は死なないだろ――)

 どこまでも、初陣の雄信を気遣う隼人だった。  

☆★☆

「隣は、何を騒いでいるんだ?」
「隼人と敬一で、雄信様の緊張をほぐそうとバカやってるんでしょ?」

 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の問いに、肩を竦めるルカルカ・ルー(るかるか・るー)

「皆様のお気遣い、誠に痛み入ります。恥ずかしながらそれがしなど、自分の気を落ち着かせるので精一杯で……」
「お気になさらないで下さい、定綱様」

 申し訳なさそうに小さくなっている大倉 定綱(おおくら・さだつな)を、慰めるルカ。
 初陣なのは定綱とて変わりないのだ。見に見えて緊張していないだけでも立派なモノだと思う。

「上様の気を紛らわすのも、小姓の役目の内ですから」
「なるほど小姓か……。確かに、そう言われてみればそうだな」

 ルカの表現が余程しっくり来たのだろう。
 ダリルはしきりに納得している。
 
 今回の戦において、ルカは北部方面軍の総参謀長に任じられた。
 西部方面軍のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と違い、ルカにはダリルという部下がいる。
 もちろん、あくまで制度上の事であり、二人にそんな認識は全く無いのだが。

「済まぬが、ダリル殿。もう一度、作戦全体の流れを確認しておきたいのだが――」
「ええ、構いませんよ。ではまず……」

 地図を指さしながら、作戦の概要を説くダリルに、その話にウンウンと頷く定綱。
 そんな二人を見ている内に、ルカは、出陣前に御上 真之介(みかみ・しんのすけ)から言われた言葉を思い出していた。


「今回の戦い、我々外国の契約者は、極力サポートに回って下さい。敵に契約者がいるとか、敗戦が濃厚な場合はともかく、基本的には、あくまで東野の人々が前面に立って戦うよう、作戦を立案して下さい。――何故だか、わかりますか?」
「一つには、東野の兵士に実戦経験を積ませる事。次に、彼等が主体となって勝利を得る事により、自信を持たせる事。三つ目に、雄信様が東野の君主たる器である事を皆にアピールする事――でしょうか」

 ルカは、よどみなく答える。

「最後にもう一つ。自分たちの問題は、あくまで自分たちの力で解決せねばならないこと、我々に頼りきっていてはいけないんだと、自覚させることです。その自覚が無いと、こんな小さな島一つ、すぐに外国の勢力に飲み込まれてしまうでしょう」
「自分たちの問題は、あくまで自分たちの力で――と?」
「そうです。私達の仕事は、あくまでそのお手伝いに留めておく必要があるのです」

 御上は、そう言って笑った。

「手伝い……か」
「どうした、ルカ?」

 いつの間に説明を終えていたのか、ダリルがきょとんとした顔でルカを見ている。

「そろそろ、決戦の時刻だぞ」
「あら、もうそんな時間?それじゃ、張り切ってお手伝いしますか!」
「お手伝い?何が手伝いなんだ?」
「なんでもなーい」

 訳がわからないという顔をしているダリルを引き連れ、ルカは雄信の元へと向かった。

 
 
 対峙する両軍で陣太鼓が打ち鳴らされ、法螺貝が盛んに吹き鳴らされる。
 ついに、決戦時刻の正午を迎えたのだ。



 
「ハァッ!」 

【修羅の装束】を纏い、【マホロバの軍馬】にまたがった隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)は、馬に拍車を当てると、先陣切って駆け出して行く。
 銀澄は、ちょうど両軍の真ん中あたりで馬を止めると、あらん限りの声で呼ばわった。

「私はマホロバ幕府葦原藩直参、隠代銀澄!義をもって広城雄信殿にお味方致します!忠義を尽くすべき主君の病にかこつけて兵を起こし、いたずらに世を乱す九能 茂実(くのう・しげざね)とその一党よ!もしそなた達に一縷(いちる)なりとも義があると申すのなら、その義、刀をもって証立てて見せなさい!」

 パートナーの樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の頼みを受け、この島に来た銀澄。
 これまで、常に武士道を重んじ研鑽を積んできた彼女にとって、先陣として一騎打ちを挑むという大役を仰せつかったのは、何にも勝る栄誉である。
 その晴れがましさに、彼女の目は爛々と輝き、その頬は薄紅色に紅潮していた。
 
   
 突然の一騎打ちの申し出に、寂として声も出ない西湘軍。
 だがその中から、身の丈2メートルはあろうかという、一人の騎馬武者が現れた。

「我こそは茂実公一の家臣、黒田玄武(くろだげんぶ)!己が剣技を鼻にかけ、なんとも無礼な振る舞いをする小娘よ!例え分別のつかぬ女子供と言え、その高慢は目に余る!我が主君へと数々の非礼、その首をもって詫びるがよい!」

 腰から大段平(おおだんびら)を引き抜いた騎馬武者は、一声大きく叫ぶと、銀澄目がけてまっしぐらに突っ込んだ。

「ハイッ!」

 これに対し銀澄も、【羅刹刀クヴェーラ】を引っさげ、駆け出していく。 

「キィンッ!」

 戦場に、刀同士の打ち合う金属音が一際高く響き渡り、続けて二度、三度と打ち鳴らされる。
 リーチの長さと圧倒的な腕力で銀澄をねじ伏せようとする玄武に、たまらず落馬する銀澄。

「死ねぃ!」

 ここぞとばかりに、馬上から大段平で斬りつける玄武。
 これに対し銀澄は、やっと膝立ちになったばかりだ。

「「「ああっ!」」」

 東野軍から、悲鳴にも似た声が上がる。
 重なる、二つの影。
 そして――。

 ブシュー!
 玄武の腋窩(えきか)動脈から吹き出した血が、銀澄の身体を、朱に染めていく。

「ば、馬鹿、な――」

 玄武の身体が、どう、と馬から滑り落ちた。

 銀澄に斬りつけようと、馬上から振り下ろされた玄武の腕の付け根を、銀澄が切り上げたのである。
 銀澄の《抜刀術『青龍』》で威力をを増した羅刹刀クヴェーラは、腕の皮一枚残して玄武の腕を両断していた。

 必死に立ち上がろうとする玄武。
 だが、動脈から吹き出す血の量に、彼はもはや、膝立ちになるのがやっとだ。
 目の前に差す影に、のろのろと首を上げる玄武。
 そこには、クヴェーラを上段に構えた銀澄がいた。
 しかし玄武のうつろな目は、もはや何者をも捉えてはいない。


「黒田玄武、討ち取ったりーーー!」

 玄武の首を、高く掲げる銀澄。
 その姿は、東野軍の将兵に軍神の如く映った。

「敵に義の無きことは、ここに証立てられました!この戦、我等が勝利に疑いなし!皆の者、我に続け!」
「「「「オオーーーッ」」」

 鯨波の如き鬨の声が、東野軍から上がる。
 意気上がる東野軍は、我先とばかりに九能軍へと突き進んでいった。



 こうして東野軍優勢で始まったかに見えた戦だったが、その進撃は九能軍の厚い守りに阻まれた。
 初めの勢いを失った東野軍は、ジリジリと後退していく。
 これが初陣である東野軍は、勢いのある内は強いが、守りに入ると弱い。
 早くも、前線は後退しつつあった。
 
「お味方、押されております!一番隊、二番隊は既に後退!現在、三番隊が支えております!」

 しかし、伝令によって次々と伝えられる苦戦の報にも、ルカは動じた様子はない。

「中央各隊は、現在の段列を保ったまま徐々に後退。三番隊に乱れが生じた場合には、四番隊が、四番隊に乱れが生じたら、五番隊が代わる様に伝えて。けっして、潰走するまで戦ってはダメ。まだ余力のある内に、次の隊に代わるのよ。全ては、訓練通りに」
「ハッ!」

 ルカの指示を各隊に伝えるべく、伝令が散っていく。

(ここまでは、作戦通りだけれど――)

 ルカは、横目で雄信と定綱を見た。
 二人共、やや顔色が悪いが、まだ大丈夫なようだ。
 この戦術は、総大将である雄信が戦況の悪化に耐え切れなくなると、失敗である。

(今は、雄信様の胆力を信じるしかない――)

 ルカは、そう自分に言い聞かせた。
 

「敵は浮足立っておる!進め、進めーーー!」

 絶叫する指揮官の元、退却する東野軍の後を遮二無二追う九能軍。
 その進路上、彼等を見下ろす位置に、ペガサス【レガート】に跨ったティー・ティー(てぃー・てぃー)が、静かに佇んでいた。

 身に寸鉄も帯びぬ場違いな乙女の姿に、思わず足を止める九能軍の兵士たち。
 これまで《戦乙女の導き》や【ラウルネアの軍服】姿で、味方の士気を鼓舞し続けたティー。
 だが今、その唇から紡ぎだされるのは、九能軍の兵士たちへ向けられた、鎮魂歌だった。

「異邦の者を排斥する為と言いながら、己が地を穢し、森を焼き……。己が野心の為に、主に背いて死体の山を築く。それが、貴方達の誇りなのですか?それが、貴方達が命をかけるべき事なのですか?もう一度、よく考えて下さい――」

 ティーの囁く悲しげな《天使のレクイエム》に、怒涛の進撃を見せていた九能軍兵士の足が止まる。

「ええぃ!何をしている!あのような小娘の世迷い事に、耳を貸すでない――貸せっ!」

 指揮官の一人が兵からライフルを奪うと、ティーに向かって引き金を引く。
 だがその弾丸は、ティーの展開する【U.T.フィールド】に阻まれ、彼女に傷一つ付ける事は出来ない。

「そうですか――。それが、貴方達の答え……。では、教えてあげましょう。貴方達の行いを嘆き悲しむ、霊達の声を。子孫達の無分別に猛り怒る、先祖達の姿を」

 ティーがそう呟くと、彼女の周りに、ぼぉっとした光を放つ騎馬武者達の亡霊が、姿を現した。
 皆、ポッカリと開いた瞳孔からどす黒い血の涙を流し、何かを求めるように、中空に手を差し出している。
 彼等の駆る馬も主同様、眼窩から黒い涙を流し、悲しげな嘶き(いななき)をしきりに上げている。

「あ、あれは!!」

 突然現れた亡霊の群れに、兵達に動揺が走る。
 それは、本当の亡霊ではない。あくまで、ティーの《夢想の宴》が創りだした幻なのだ。
 しかしその幻は、兵達の罪悪感を巧みに突いたティーの筋書き通り通りに、兵達に真実の恐怖を呼び起こす。

「ヒイイ!」
「た、助けてくれぇ!」

 たちまち混乱に陥る九能軍。
 襲いかかる亡霊達の群れに、指揮官の必死の督戦も虚しく、逃走しようとする者が続出する。

 そしてさらに、その混乱に追い打ちをかける事態が、出立しようとしていた。